~卑劣! さよならバイバイ、元気でいてね~

 遺跡探索を充分に楽しみ、パルはランドセルを、ルビーは魔導書を手に入れた。

 まぁ、ランドセルの使い道はあんまり見当たらないが……しかし、パルにとっては良い経験になったんじゃないだろうか。

 未発見・未探索・未踏破の遺跡など、そう簡単に見つかるものではないし、存在もしない。人を殺しにかかってくる罠という存在そのものの空気感を味わえたと思う。

 これはどんなに高レベルな冒険者でも経験していなければ分からないものだ。

 言ってしまえば魔物だけを倒して魔王と渡り合えるほどの最高レベルに到達した盗賊でさえも。経験を積んでいなければ初探索の遺跡であっさり死んでしまう。

 数字だけでは計れない実力をパルが手に入れられたのは僥倖だ。

 いずれ魔王の居城に攻め入る際、勇者の隣にはパルに立っていて欲しいわけで。およそ賢者や神官に罠など見抜けるはずもないからなぁ。

 勇者もそこそこ経験を積んでいるとは言え、罠解除のために勇者が前に出るっていうのは、ちょっと危ない話だ。


「……」


 う~ん。

 なんか心配になってきた。

 もうちょっとパルをしっかり育てないと、まだまだあいつを任せられない。いや、逆か。あいつにパルを任せる勇気が、俺にはまだ無いっていう感じなのかもしれん。


「はぁ~」


 勇者。

 勇気ある者。

 あいつなら、さぞかし自信満々に自分の弟子を他人に託すことができるんだろうなぁ。きっと弟子の育て方も優れているに違いない。

 俺みたいに、その目的をナイショになんかしないで真っ直ぐに育てるはず。

 もっとも。

 すでに魔王領に入ってしまっている状態で、勇者の弟子になるような者など見つかるはずもないが。

 いっそのこと、素質のある剣士や戦士を片っ端から勇者パーティに転移で送りつける方法をとるのも、ひとつの手かもしれんな……


「う~む」


 俺はパルとノーマたちがルビーに訓練をつけてもらっているのを見学しながら、ぼ~っとそんなことを考えていた。


「ほらほら、いきますわよ~」


 ルビーはすっかり魔導書の扱いになれたようだ。その理由は一目瞭然で、水魔法『マニピュレータ・アクアム』と眷属召喚での影の扱い方がほぼ同じだったから、らしい。

 影人形と同じように、湖の水で作った水人形を使って魔物の形を模して操っている。

 それも複数体。

 水の体を持った魔物軍団がジリジリとパルとノーマたちのパーティへ迫っていた。


「良い訓練になってるなぁ」


 攻撃をくらっても濡れてしまうだけ。

 安全安心に全力で戦える相手と本気で戦える機会なぞ、存在しない。模擬戦闘はどこまでいっても模擬であり、どこか攻撃する側も遠慮があるものだ。

 だが、相手が水の塊ならば遠慮はいらない。

 本物の武器を、躊躇なく叩き込めるし、容赦なく襲われることもできる。


「来るぞ!」


 水魔物軍団がパルとノーマたちに向かって波状的に襲い掛かった。


「ノーマ、サティス、前へ出ろ! レーちゃんは魔法を、コルセは中心へ!」


 パーティのリーダーであるセルトの判断も的確になってきた。

 本来ならば、どう考えてもキャパオーバーの敵の物量なので、逃げる判断をするのが正しいのだが……まぁ、今は訓練だからな。

 こういう状況に陥ったら敗北確定というのも経験として理解しておいたほうがいいだろう。

 しかし、セルトめ。

 いつの間にかパルのことを呼び捨てにしてるな。

 ……まぁ、いいけどさ。


「おーっほっほっほっほ! それそれそれ、左辺が瓦解しておりますわよ。上手くカバーに入らないと、そこから終わりますわ」


 ルビーは楽しそうに崩れた左辺、ノーマを執拗に攻める。

 ゴブリンらしき水人形とスライムがノーマに襲い掛かるが、それを防ぐようにレーイの魔法が水魔物たちの足を止めた。

 その間にパルがノーマと入れ替わるように前に立ち、前衛のドットが牽制のために剣を大きく振るう。

 水魔物たちの進行がそれで止まる。

 一呼吸あいて、立て直せたように見えるが――


「後ろだ!」


 セルトは良く見ている。さすがリーダーだ。

 スキル『俯瞰の目』もしくは『鷹の目』ぐらいは取得できそうだな。


「おや、バレてしまいましたか」


 ルビーは大げさに騒ぎ、左側が危ないと注目させていた。しかし、その間に魔物を後方に回り込むように送り込んでいたのだ。

 パーティの状況は最悪。

 挟み撃ちにされた。

 さてさて、リーダー・セルト。

 おまえの判断で人が死ぬぞ。おまえの判断が遅ければ全員死ぬぞ。おまえの判断が合っていれば全員が助かるし、誰かを犠牲に切り捨てれば全滅は防げる状況だ。

 さぁ、どうする――?

 ここを打開する方法をどう判断する――?


「み、右方向へ全力移動! シンガリはオレがやる!」


 セルトの声に合わせてパーティ全体がそのままの陣形で右側へ全力移動……つまり、逃げるように走った。

 一手遅れてセルトが走りだし、魔物を釣る形になる。


「ディフィンシオニス・クルトゥーラ!」


 逃げながら神官コルセの防御魔法でセルトの防御をあげた。

 ここは防御アップではなく、速度アップが良かったのかもしれないが……まぁ、間違いではないだろう。傷を負った時に備えて回復魔法かポーションの準備しておきたいところだ。


「フランマ・ムールス!」


 全力移動を終えたところでレーイが覚えたての新魔法を発動させた。

 いわゆる『炎の壁』。

 攻撃にも行動阻害にも使える便利な魔法だ。

 普通の攻撃魔法とは違って、範囲と持続に大量の魔力を消費してしまう魔法であり、魔力が少ないうちは使いどころが難しい。

 ここぞ、という使いどころは間違っていない。

 セルトが魔物に追いつかれないように炎の壁が進行を防いだ。

 しかし――


「くっ、はぁ、はぁ、はぁ……んぐ」


 精神力が尽きたか、魔力が枯渇したか。

 レーイがその場で膝を付いた。


「レーちゃん!?」


 慌ててレーイを守るようにパルとノーマが彼女の前へ立つ。

 移動によって魔物からの挟撃は防げたものの、消費は激しかった。水魔物たちは炎の壁が無くなった瞬間、なだれ込むようにパーティへと襲い掛かる。


「お、おおおおおお!」


 ここで最後のあがきをみせたのは、意外にもノーマだった。

 あまり魔力糸が得意じゃなかった彼。おそらく本来は軽戦士の素質もったと思われる。

 ダガーナイフを駆使して前衛に立つ。

 臨機応変なる中衛の本領発揮といったところか。

 本来はこの間にマインド・ポーションを飲んでレーイを回復したいが、さすがに訓練で消費するわけにもいくまい。

 ここらでおしまいにしてくれ、という意思を込めてルビーを見た。

 ぱちり、とワザとらしいウィンクを返してくれる。


「それでは、トドメと参りましょう」


 一撃を受ければパシャリと弾けるように崩れる水魔物たち。そんな地面にこぼれた水分が集まって、大きな人型を形成した。

 頭に角があるところを見るにオーガ種といったところか。この魔物たちのボスっていう感じだな。

 その迫力に思わずパーティの足がすくむ。

 これもまた良い経験だ。

 生物としての本能なのか、デカい魔物は怖い。単純に怖い。慣れていない限り、経験の無い限り、どうしても体が一瞬でもすくんでしまう。


「やああああ!」


 そんな中でパルが飛び出した。オーガ種に向かって投げナイフを投擲しつつ、突っ込んでいく。

 正解でもあり、間違いでもある。

 みんなが動けなくなった一瞬は、死を意味する時間だ。その『時間』と『膠着状態』を打開するにはパルの取った方法が一番となる。

 鼓舞する意味でもあるし、膠着を解く意味もある。

 ただし――


「愚か者が突出してきましたわね」


 ルビーの言うとおり、いまのパルの状況は一対多。その状況でひとりでボスに突っ込んで無事となるには、相当な実力が必要となる。


「とりゃぁ!」


 オーガ種の首を狙ったナイフでの斬撃。残念ながら水魔物に防御という方法は取れない。なにせ水で出来た体なので、腕で防御してもパシャリとパルの攻撃が素通りしてしまう。

 まぁ、オーガ種はそれで倒せたとしよう。


「よし――ふぎゃぁ!?」


 哀れ、盗賊少女は着地したところを足元にいたゴブリンに狙われてしまいました。

 体当たり的なものと仮定しよう。ゴブリンの形をした水人形がパルに掴みかかり、バシャンと弾けるように飛び散った。

 抑え込まれて、錆びだらけのナイフを腹に刺し込まれた。みたいなものだ。

 ずぶ濡れになった、ということでパルの死が確定。


「あう」


 ばったり、とパルは倒れる。

 パーティの中で一番経験の豊富な者が倒れると、あとは時間の問題。

 ボスなんか倒れた後でも、魔物たちは平気で押し寄せてくるのは現実と同じ。対応が追いつかずノーマがやられ、セルトがやられ、コルセが続き、ドットがレーイを守って倒れ、最後に残ったレーイもずぶ濡れにされてしまった。

 ぐっちょりと濡れた少年少女が、あたりに転がってぜぇぜぇはぁはぁと呼吸を整えている。


「……」


 そんな様子は。

 少しうらやましくもあるな。


「あ~、楽しかったです! んふふ~、見ていてくださいました師匠さん。わたしの采配、なかなかのものでしょう」


 ルビーがぴょこぴょこと楽しそうに跳ねながら近づいてきた。


「あぁ。敵だと思うとゾッとする」


 実際にルビーが自分の領地で采配することもあったのだろうか。

 それを考えると、ゾッとするとは本音でもある。

 つくづく、知恵のサピエンチェが退屈に殺されていて助かったと言えるかもしれない。

 でも、これ以上の采配を『乱暴のアスオェイロー』という名のオーガ種がふるったことになる。なにせあの賢者を出し抜いたわけだし。俺がいなくなったのを良い事に色ボケしていなければ、の話だが。


「みんなの訓練になった。助かるよルビー」


 俺はルビーの頭を撫でながら、お願いをひとつした。


「で、申し訳ないのだがずぶ濡れになってるあいつらの水分を取ってやってくれるか」


 汗を流すには丁度いいのだが、いかんせん装備も服も下着も濡れてしまっているので、大変だ。風邪でも引いたら本末転倒になってしまう。


「了解ですわ」


 魔導書で魔法を行使して、ルビーはみんなに付着した水分を取ってやる。カラっと乾いたノーマたちは、はぁ~、と息をしながら立ち上がった。


「また勝てなかったかぁ」


 落ち込むセルトに、まぁまぁ、と俺は声をかけつつポンポンと背中を叩いた。


「あの状況で生き残るのはベテランパーティでも難しいからな。訓練だから選択しなかったと思うが、逃げることも考えとけよ」

「はい、分かってます」


 セルトはしっかりとうなづいた。

 ふむふむ。遺跡探索中は、どこかルーキーらしさみたいなものを感じていた彼らだが。なかなかどうして、貫禄が出てきたじゃないか。

 ベテランとまでは言わないが、経験値的にはルーキーを無事に脱出したと言っていいのかもしれない。


「気を付けろ。慣れた頃が一番危ないからな」

「あ、はい」


 自信が逆に枷となってしまうことは多い。

 大丈夫、俺なら問題ない。そう思ってしまうことが失敗につながるわけで。多少は不安を抱えているほうが無難だ。

 もっとも。

 いつまでたっても不安を抱えているのも、それはそれで問題だが。

 そのあたりのバランスは難しいところだなぁ。


「やっぱりもうひとり仲間を入れようと思います。サティスさんが入ってくれた時の安定がぜんぜん違いますから」

「そうだな。六人パーティは理想の形だ。前衛三人、後衛三人ってところだ。騎士の女の子でも探してみたらどうだ?」

「やっぱり女の子なんですか」

「さっさとノーマとレーイがくっ付けば大丈夫かと思うが……いや、それでも心配だな」


 俺とセルトは腕を組んで、う~む、とうなる。

 レーイはノーマの乱れた髪と服を正してやっていて、それを照れながらも受け入れてるノーマ。ただし、それをちらちらと見ているドットとコルセ。


「わたしとしましては、このままドロドロのパーティ関係を見ていたいものですわ」

「却下だ」

「シャレになりませんから、やめてください」


 ルビーの言葉をふたりで却下しておく。

 あら残念、とルビーは肩をすくめた。


「どうしても見つからなかったら、ドットとコルセを連れて娼館に行け」

「……マジっすか」

「マジだ。大人の女を経験しとけ。レーイが子どもに見えてる内はそれで解決する」

「な、なるほど……娼婦……娼婦か……う~ん……」


 セルトが腕を組んで考え込んでしまった。


「素晴らしいアドバイスですわね、師匠さん」

「お、おう」

「ただし、師匠さんが童貞でなければ、の話ですが」

「……」


 俺は目を反らした。

 何もかも目を反らしたい気分だった。

 うん。

 くふふふ、とルビーは笑っていたけど。

 俺は知らないフリをしておいた。

 うん。

 その後、しっかりと休憩を取ったあと。みんなで今回の戦闘訓練の反省をしているとルシェード殿が馬に乗ってやってきた。


「皆さま、こちらの準備が整いました」

「あ、はい。よろしくお願いします」


 セルトが慌てて立ち上がり、頭を下げる。

 大金を手に入れた彼らの護衛はルシェードたちシェル騎士団が請け負うことになった。というのは大げさな表現か。

 単純に活動拠点を王都に移すので、いっしょに行動する。というのが正確なところだ。もちろん許可という名のワイロを送っているので、騎士団所属の騎士たちの目も緩やかになっているはず。

 できればルシェード殿が所属する騎士団に脱退予定の女の子騎士がいればいいのだが……そんな都合が良い展開があればいいのだが、世の中そんなに甘くは無いか。


「エラントさん、ありがとうございました」


 準備が整い、セルトが代表して頭を下げる。ドットとコルセもそれに続いて頭を下げたが、ノーマが少し前へ出た。


「あ、あの……!」

「どうしたノーマ。聞きたいことでもあるのか?」

「あ、握手をして欲しいんですけど……いいですか?」


 ふふ、と俺は少し笑ってしまった。

 まったく。

 こんな卑劣で卑怯な俺に握手を求めるなんて。妙に感慨深くなってしまうな。

 勇者パーティにいた頃は、こういうのはすべてあいつの役目だったからな~。


「いいぞ」


 俺はノーマの差し出された手を取り、ぎゅっと握ってやった。思いのほか力が強かったのかノーマは少し驚いた顔をしたが、すぐに笑顔になる。


「ありがとうございます、師匠!」

「おう、頑張れよ」


 ん?

 いま、俺のこと師匠って言った?

 あ~……ま、いいか。いろいろ教えてやったし、弟子と呼んでもいいかもしれないな。まぁ、盗賊ギルド『ディスペクトゥス』の評判を広めてもらうには、フトコロの深さみたいなものも示しておこう。

 ギルドはいつでもメンバーを募集しています。みたいな?


「じゃぁね、レーちゃん。またいっしょに冒険しようね」

「うん! サティスちゃんもプルクラさんも、気を付けてね」


 パルはレーイとお別れしているようだ。

 女の子同士、楽しそうだったし。なによりランドセルを背負った女の子がふたり、仲良くしている姿はたまらない……いや、違う。

 愛らしいなぁ、が正解だ。

 うん。


「それでは師匠殿……いや、エラント殿。最後までお送りすることができなくなったのを許してもらいたい」


 ルシェード殿はアルマさまのご遺体を王都まで運ぶ任務ができてしまった。

 これから王都では新しく神殿も建てられるだろうし、アルマさまについて調べる仕事があったりで大変だろうな。

 それへの協力もノーマたちがすることになる。

 上手くやれば王都お抱えの冒険者に成長することができるだろう。

 できれば、勇者を支援できるほどの冒険者に育って欲しい。まだまだ実力も経験も圧倒的に足りないが。

 でも、スカウトできる日が来るのを楽しみに待っていよう。


「お世話になりましたルシェード殿。何かあればご依頼を待っています」

「えぇ、ご縁があることを。いえ、できれば事件などが無く、ふらりと訪ねて来てくれると嬉しいものですが」

「はは、そうですよね」


 騎士団と仕事上で縁があるとは、あまり状況が好ましくない。

 ルシェード殿が言うとおり、何も無い日常で出会えるのが一番だろう。


「それでは失礼します」

「ありがとうございました!」

「またね~、ぜったいまた会おうね~」


 いろいろな挨拶を受けながら、ルシェード殿が率いる騎士団とノーマたちは行ってしまった。

 途端に静かになった気がして、俺は周囲を見渡す。

 湖周辺にはまだまだ冒険者たちの姿はあって、遺跡の探索は進んでいる。中には商売を初めて、食料品を売り出す姿もあった。


「もしかしたら、次に来た時は村があるかもしれないな」


 湖底の遺跡。

 アルマイネの神殿。

 そこを管理する村……もしくは街。

 いずれ生まれる人々のにぎわいを夢想して。

 俺は少しだけ笑いながら。

 夏の暑い空気に、空を見上げるのだった。

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