~流麗! さっそく魔導書を使ってみよう~
遺跡から魔導書『マニピュレータ・アクアム』を持ち帰ってきました。
「何も問題は無かったか?」
「あら、心配してくださるのですか師匠さん」
このとおり五体無事に戻ってきたのは明白な事実として見て分かると思いますが。それでも一声かけて心配してくださるなんて。
とても優しい人ですわね、やっぱり。
好き!
「血が飲みたいですわ!」
「質問に答えなさいよ」
パルの的確なツッコミに師匠さんは苦笑した。
おっとっと。
ついつい本音が漏れてしまいましたわね。
「魔導書を台座から取ったところ、やはり遺跡の中の水の動きが止まりました。壁を登るように流れていた水はストップしましたし、台座の下から溢れるような水も止まってしまいました。ですが、橋があったところの水は流れている様子でしたわ」
わざわざ降りて確認はしませんでしたが、音は相変わらず聞こえていました。
「ふむ。じゃぁあれは天然の地下水脈って感じか」
「イメージ的には川ですけどね」
どういう理由かは分かりませんが、湖の下に巨大な川があっても……まぁ不思議ではないでしょう。同じ水ですし。
「地上ではどうでした?」
「見ての通りだ」
師匠さんは肩をすくめる。
どうやら空に浮かんでいた湖の水は一気に落ちてしまったみたいですわね。勢い余って溢れたのか、師匠さんもパルもズブ濡れの状態です。
周囲も水浸しになった様子もありますので、相当な落ち方をしたみたいですわね。
「でしたら、さっそく魔導書を使ってみましょう」
「どうするの?」
首を傾げるパルに、まぁまぁ、と声をかけて。
わたしは魔導書に手を添えました。
持っているだけで魔法が使えるようになる、と言われておりますし、開かなくてもきっと大丈夫なはず。
「マニピュレータ・アクアム」
旧き言葉の呪文を唱え、魔法を起動させる。
水を自在に操る魔法。
わたしは、師匠さんとパルの服に付着している水分を空中へ浮かべるように念じながらふたりに手をかざす。
すると――
「お」
「うわ」
ほのかにわたしの体が青色に光ったかと思うと、魔法が発動した。
ふたりの衣服に染み込むように付いていた水分がひとりでに浮かび上がり、空中に浮く。当然、衣服から水分が全て無くなったので、ふたりの服は一瞬にして乾いた状態になった。
「成功しましたわね」
水操作魔法『マニピュレータ・アクアム』はちゃんと発動した。
もちろん、魔力の消費もなし。
精神力や体力が減ったような感覚もなく、魔法使いではない人間が魔法を扱えるのは大きいですわね。
空中に浮いた細かい水分は、どうやら自在に動かせるみたいで、念じればひとつの塊となった。
師匠さんの水分とパルの水分がふわふわと空中に浮いている。
「……ふむふむ」
わたしはもう一度マニピュレータ・アクアムを使って、今度は師匠さんの皮膚についた水分を全て浮き上がらせた。
で。
それを操作して――
「あ~ん」
――口に運びました。
ごっくん。
えぇ、えぇ。
飲みました。
飲み込みました。
飲み込みましたとも。
「あぁっ! なにやってんだこの変態!」
なぜかパルがわたしに飛び掛かってきますが、直線的な動きなので避け――たと思ったのに掴みかかられました。
やりますわね、この小娘。ウォーター・ゴーレムと戦いで成長したようです。ステップに虚実を混ぜるとは師匠さんみたいなことをしてくる。
小生意気なこと、この上ないですわまったく。
「いいではないですか、これくらい」
「あたしも、あたしも飲みたい!」
「仕方がありませんわね~。はい、いくらでもどうぞ」
んべ~、とわたしは舌を出す。
今ならまだ口の中に師匠さんの水分が残ってますからね。分けてあげましょう。
「うわーん、師匠! ルビーがあっかんべーしたぁ」
「え、いや、違いますよ?」
「違わないじゃん!」
「わたしの舌に付いてる分を舐めてもいいですわよ、という意味です」
「あ、そうなんだ」
分かってもらえて良かったです。
「とか言うとでも思ったか!」
パルがわたしの舌を掴もうとしましたが。
それくらいは避けられますので、無事に逃れました。わたしも成長しているのです。吸血鬼の高い能力だけで生きていると思ったら大間違いですわよ。
うふふ。
それにしても、間接キスを恥ずかしがるなんて。
まだまだお子様ですわね~。
師匠さんもちょっと照れちゃって。
可愛らしい。
「むぅ~」
「ほらほら、パルも膨れてないで。体の水分を全部吸い取ってさしあげます。お手軽にミイラの完成ですわ」
「なにそれ怖い」
実際にそんな攻撃的なことができるのかどうかは分かりませんが。実験するわけにもいきませんので、気になるところです。
とりあえずパルの体に付いた水分を取ってあげると……
「うひゃぁ!?」
驚いて逃げてしまいました。
体の中の水分を抜かれるのかと思ったのでしょう。
「賢明な判断ですわね」
「絶対やるなよ……」
師匠さんはため息をつきつつ、苦笑しました。
「冗談ですのに。干からびたパルを見ても楽しくありませんわ」
師匠さんは肩をすくめた。
「で、実際はどんな感じなんだ、魔法ってのは」
「師匠さんも使ってみます?」
「そうか。借りればいいんだもんな」
師匠さんに魔導書を渡しました。こっそりとパルが戻ってきましたので、大丈夫ですわ、と手ぶらをアピールしておく。
「ルビーはヒドイ」
「人類種の敵ですから」
「……そういえばそうだった」
「ふふ。今は師匠さんの味方ですから、コウモリ野郎と呼んでくださってもいいですわよ」
「野郎」
「そこだけ呼ばないでくださいまし」
なんてパルとステキなお話をしているうちに師匠さんがマニピュレータ・アクアムの魔法を使う。
ほのかに師匠さんの体が青く光り、湖の水がほわんと浮き上がって球体になった。
「おぉ~」
師匠さんは嬉しそうにその球体を動かす。ゆっくり飛んだり素早く動かしたり。それを確かめた後、形を変えていった。
球体は紙のように薄くなり、水の膜みたいになる。それはカーテン状に広がってゆらゆらと揺れるように動いた。
「師匠、すごーい」
「綺麗ですわ~」
単純に水を操るといっても、いろいろな動かし方があるのですね。形を変えたりするのは思い浮かびませんでした。
――あ、なるほど。
「師匠さん。もしかしてウォーター・ゴーレムはこれで動かされていたのでしょうか?」
「かもしれんな」
破壊してしまった中心の丸い核からは魔力反応がありませんでした。
ゴーレムからはなにかしら魔力的な作用みたいなものを感じ取れていたのですが……もしかすると魔導書の中継的な役割だったのかもしれません。
魔導書から核を中継して、形を維持、攻撃をする。そんな感じでしょうか?
もしくは、魔導書の内容を拡張する力が核にはあったのかも?
「それを考えると――」
師匠さんは湖から大きな水の球を浮き上がらせた。ふよん、と水の塊が波を打つ。それを確認してから、師匠さんは腕を引く。
そして、まるで拳を突き出すように手のひらを前に出した。
水の球から放射される水流。
それはウォーター・ゴーレムが使っていた水流パンチと同じでした。
「おぉ~、超水鉄砲だ!」
パルが瞳をキラキラさせて言った。
「ん? なんですの、それ」
「ゴーレムが使ってた技の名前だけど?」
「水流パンチでしょ」
「だっさ」
「うるさいですわね。超水鉄砲とどっこいどっこいですわ」
「どっこいどっこいって言葉がすでにダサい」
なんでですの!?
普通に『同じくらい』という意味の共通語ですのにぃ!
「そんなことでケンカするなよ、おまえら」
「だってパルが~」
まぁまぁ、と師匠さんはわたしの頭をポンポンと撫でてくれた。
むふふ~。
今回はわたしは悪くありませんので。
「むぅ~。師匠はなんて名前を付けてたの?」
「俺か? 単純に『水・射出』、『水・壁』、『水・波』くらいな感じで呼んでたな」
それはそれで、なんとも面白味がない。
つまんないですわね。
「師匠さんだったら、水流パンチにどんな名前を付けます?」
「技に名前か……あ~、ん~……そうだな、あいつだったら……」
あいつって誰ですの!?
と、わたしとパルが割り込む前に師匠さんが水流パンチの名前を言った。
「激流射出(トーレンス・イニアクチオ)って感じか」
「「おぉ~」」
なんかそれっぽいですわ!
「さすが師匠さん。言語センスがカッコいいですわ~」
「えー……」
「うんうん、さすが師匠!」
「あー、うん……」
あれ~?
褒めているんですが、なぜかしょんぼりとされてしまいました。
男の子って難しい……
「何かマズイことでも言いましたでしょうか?」
「さぁ、分かんない……」
女心は読めない、なんて男の人はおっしゃいますが。
男心も難しいものですわね。
特にお年頃の男性は読みにくく感じます。下半身事情はとっても分かりやすいのに。
「気にするな。魔導書はルビーが持っててくれ」
わたしは魔導書を受け取ると、師匠さんのように水をいろいろな形に変化させてみた。その中でひとつ思いついたものを実行してみる。
「こういうのはどうでしょう?」
師匠さんがやっていたように水を薄くして、一気に射出する。
名付けて――
「水の刃、ですわ」
「お~、すごいすごい。木とか切れる?」
「やってみましょう」
湖の水を刃のように薄くして……近くの木に向かって射出した。
ばしゃーん、と水の刃は弾けて無くなる。でも、木は倒れることなくその場に立ったまま。少し表皮が削れただけのようです。
「あまり使えそうにないな」
師匠さんの言葉に、ですわね、とわたしは肩をすくめる。
刃状にするより、水流パンチ改め激流射出(トーレンス・イニアクチオ)のほうが威力もあって良さそうです。
そもそも、攻撃に特化した魔法ではないようですし、これが限界でしょう。
「あと、気になったのは水以外も操れるか、だな」
「どういうことです?」
師匠さんは腰のベルトからポーションの瓶を取り出した。
「ポーションも水っちゃぁ水だ。これを操れるか試してくれるか」
「なるほど、分かりました」
わたしは魔導書を使って魔法を起動させる。
師匠さんの持つポーション瓶の中の液体。これを宙に浮くようにイメージして魔法を使ってみるが……ぴくりとも動きませんでした。
「ダメですわね」
「やはり『水』を操ることしかできないようだな。それを考えると、体の中の水分とか血液とかは操れないのかもしれない」
「そうですわね。即席のミイラ作りは夢と散りましたか」
残念です。
それが可能でしたら、敵対する人間など苦労もなく無力化できましたのに。これが攻撃魔法と補助魔法の違いなのでしょうか。
「そんなことができるなら魔王も簡単に殺せるだろうしなぁ」
師匠さんのつぶやきにわたしもうなづきました。
魔王さまとて生き物です。
きっと体の中には水もありますし、血液も流れているはず。
対象の体内から水を取り出すだけでなく、その水を凶器に変えることができるのでしたら。有効範囲がどれくらいかは分かりませんが、きっと魔王さまも簡単に殺せるでしょう。
逆に言ってしまうと。
そんな魔法が存在しないからこそ、魔王さまは魔王さまを続けられているのでしょうね。
神からも人間種からも敵対されているというのに。
一度も命の危機におちいってませんもの。
「まぁ、何かの役には立つだろう」
「はい。あ、そうですわ。もうひとつ試したいことがあります」
わたしはパルににっこりと微笑みながら言った。
「パル、おしっこしてください」
「え?」
「おしっこは水と判断されるのか、それともされないのか。わたし気になります」
「やだ!」
「なにがイヤですの。さぁさ、遠慮なくしてくださいまし。操れるかどうか試してみますので」
「自分のでしてよー!」
「おトイレ中に魔法を使うのは、少し下品かと思いまして」
「他人のおトイレを見ながら魔法を使うのはもっと下品だと思いますぅ!」
え~、そうでしょうか。
あたしはちらりと師匠さんを見ました。
「パルがダメだと言っているので、師匠さんので――」
「断る!」
「あ、師匠さんが逃げましたわ! パル、捕まえてくださいまし!」
「断る!」
「なんでですの!?」
わぁわぁぎゃぁぎゃぁ、とわたし達は楽しく魔導書『マニピュレータ・アクアム』を実験しました。
ちなみに、あとでこっそり実験したところ……
「操れませんわね」
無理でした。
ご報告は、以上になります。
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