~可憐! 神さまだって恥ずかしい~

 最後のエリアには祭壇のある階段を挟んで、左右に扉がある。

 奥の壁に設置された左側の扉は宝物庫。

 階段の下には隠し扉があって、遺跡の水を操っていた魔導書が設置されていた。

 じゃぁ残りの右側の扉は?

 果たして何があるんだろう?


「案内するからこっち開けて」


 アルマさまが手で指し示すのは、行き止まりになっているような隠し部屋から続く反対側の階段の壁。どうやらこっち側も同じように隠し扉になっているみたいなので、みんなで協力して開けることにした。


「これ、めちゃくちゃ開けにくいんですけどアルマさま~」


 内側から開く場合、隠し扉は手前に引いてからスライドさせないといけない。でも取っ手とか何も付いてないので、めちゃくちゃ手前に引きにくい。


「外側から開ける造りになってますので。頑張ってください」


 にっこりと笑うだけで手伝ってくれないアルマさま。

 もう!

 こういうところは神さまっぽいよね。

 もしかして体は半透明だし、こういうのには触れたりしないのかも?

 でもさっきランドセルとかポンチョとかは自分で取り出してたし、ナーさまはあたしに植木鉢を落としてきたので、たぶん触れるか。

 つまり楽をしてるってことだ。

 やっぱり神さまって偉そう!

 なんて思ってる間に、なんとかみんなで爪を引っかけるようにして手前に引くことができた。そのまま扉が元に戻らないように慌ててスライドさせる。


「誰か回り込んで開けたほうが早かったのではないでしょうか」

「確かに」


 ルビーの言葉にみんなで、はぁ~、とため息をついた。

 あと爪がちょっと痛い。

 うぅ。


「まぁまぁ、皆さん。時間はいくらでもありますので」


 ひとりでにっこり笑って待っていたアルマさまは率先して隠し部屋から出て、右側の扉の前に移動していく。

 その後ろをぞろぞろと付いていくと、アルマさまは師匠――じゃなくて、今度はあたしを見た。


「次はあなたに開けてもらいましょう」

「あたし?」


 さっきまで師匠に任せていたのに、急にあたしになったのは何でだろう?

 師匠の実力はもう充分に分かったから、今度は弟子の実力を調べる、みたいな感じかな。

 よし、じゃぁ頑張らないと!


「え~っと、左側は扉の下に仕掛けがあったから……」


 右側の扉も下から上へ水が壁を伝うように流れている。その水を止めてから入らないといけないと思うので、あたしは扉の下を調べた。

 やっぱり同じように扉の位置は少しだけ床から浮いている。

 ここを引っ張り出せば――


「おっと、ストップです」

「え?」


 あたし、何か失敗しそうだった?

 思わず師匠の視線を確認するけど、師匠も不可解そうな表情だった。

 つまり、あたしはまだ何も間違っていない。

 そのはずなんだけど……


「実は、こっちの扉はそのまま開かないと罠が発動してしまうのです」

「えー!?」


 そんなの有り!?

 いや、でも、そっか……同じ罠を仕掛けるなんて、どっちか一方をクリアしたらすぐに分かっちゃうもんね。

 しかも、この遺跡を造った人っていうか、罠を仕掛けた人ってめっちゃ意地悪だし!

 うん、分かる分かる。

 卑怯な人が仕掛けた罠だから、左右で違うことをさせるのも納得だ。


「普通に開ければいいんですか?」

「はい。遠慮なく開けちゃったください」

「はーい」


 あたしは水が覆い隠すように下から上へ流れている部分に手を突っ込んで、扉の取っ手を掴んだ。

 びちゃびちゃと水が跳ねるように腕の下に当たるのは変な気分。しかも、当たった後の水は天井へこぼれていくみたいになるし。

 腕を伝う水も下から上へ伝っていって、天井に向かって雫となって上がっていった。

 まるで自分が逆さまになっているような気分。

 そんな奇妙な感覚を味わいながら、ぐいっと扉を押し開いた。


「開きまし――えぇ!?」


 扉は普通に開いた。

 でも、開いた場所からジャバジャバと普通に水が入って行くんですけど!?


「アルマさま、みず、水が!」

「はい、危険ですので近づかないでください。離れて」

「えー!?」


 なにそれどういうこと、って思っている間にも扉から水が部屋の中に流れ込んでいく。部屋の中は反対側の宝物庫と同じぐらいの大きさだけど、中にあるのはテーブルとか机とかベッドとかだった。

 なんとなく普通の女の子の部屋っていう感じ。

 奥には窓も作られていて、カーテンがまとめられていた。残念ながら窓の外はすぐ壁っぽいのか、真っ黒で何も見えない。

 衣服をしまうクローゼットとかもあるし、床には可愛いデザインのカーペットも敷かれていた。

 そのひとつひとつは素材が良さそうな感じ。

 貴族のお嬢さまとかが住んでそうなイメージの部屋だった。


「ここ、もしかしてアルマさまのお部屋ですか?」


 レーちゃんが聞くと、アルマさまがコクンとうなづいた。


「天界に行ったあとだけどね。もしも私の体に意識が戻った際に不便が無いように、って。地上で生きていた際の部屋をまるまる再現されてしまいました」

 ほへ~。

 って感心してたけど、一番最後の言葉が気になった。

 再現されてしまいました。

 ってことは、アルマさまはイヤがってるってことなのかなぁ。

 別に部屋ぐらい大丈夫だと思うんだけど。

 恥ずかしい物が置いてあるわけじゃないし。

 って思ったけど。

 アルマさまにとっては大丈夫じゃないらしい。


「見せられないものがたくさんあります。というか、このまま放置しますと私の下着が聖遺物として神殿に保管されてしまいます。それだけは! それだけは阻止したかった!」


 アルマさまは拳を握りしめて熱く語った。

 あぁ~、もしかしてクローゼットの中にはちゃんと服とか下着がしまってあるのか。

 冒険者だったら、ただの女の子のぱんつに興味ないけど。

 でも、ここがアルマさまの遺跡って分かった後だと、ただのぱんつが普通のぱんつじゃなくなっちゃうもんね。

 ぜったい神殿で大切に大切に保管されちゃう。

 それは、想像しなくても分かる。

 めっちゃ恥ずかしいヤツ!

 自分のぱんつが神殿で大切に保管される上に、なんか神殿のエラい人にスミズミまで調べられた挙句、イジくり回されちゃうし。

 なんの意味もないはずの自分のぱんつが、なんか意味ありげなアイテムっていうか、アーティファクトにされるのは、なんかすっごいイヤっていうか恥ずかしいっていうか、妙な気分。

 そういう意味では、いまあたしの髪を結んでるコレって……


「安心しろ。ほんとに聖骸布だ」

「あ、はい」


 こっそり師匠が耳打ちしてくれた。

 良かった。

 あたまに光の精霊女王ラビアンさまのぱんつを装備してた、なんてことにならないで。

 というか師匠なんて口に巻いてるし!

 師匠が物凄い変態になるところだった。

 危ないあぶない。

 まぁ、でも、師匠はロリコンなので、物凄い変態っていうのは間違いじゃないのかもしれない。口にぱんつを装備してても、強くなるのなら平気でやりそうな気もする。

 あ、いや、嘘です。

 やっぱりそんな師匠ヤダー!


「なにを百面相してますの?」

「師匠がぱんつを許されるか許されないか」

「言葉がおかしくて、意味不明ですわよ」

「気にしないで」


 師匠があたしを見て怪訝な表情を浮かべていたけど、大丈夫です。

 あたしは師匠を信じていますので!

 扉からはジャブジャブ水が入って行き、部屋の天井には水がドンドン溜まっていく。

 このまま水でいっぱいになって人が入れなくなっていくのかな~。って思ってたら違った。

 ピシリ、となにやら部屋の中から音が聞こえたかと思うと――


「うわぁ!?」


 バキィっていう大きな音を立てて部屋がまるごと落下していった。

 まるで壁にくっ付いていたみたいになっていた部屋が、前のエリアにあったような崖の下に落ちて水の中に沈んだっぽい。

 もしも――

 水浸しになって水没しちゃう前に部屋の中を探索してアイテムを回収しよう、なんて思ってたらいっしょに落ちていたところだ。

 部屋が水でいっぱいになる遥か手前、天井が少し水で満たされた程度で発動する罠。

 やっぱり罠設置した人は意地悪だ。


「ふぅ。これで心配事が無くなりました。心置きなく天界で過ごすことができます」


 アルマさまは胸を撫でおろしてる。

 自分の肉体がみんなから忘れられてしまったのも気がかりだっただろうけど、自分のぱんつが残り続けるのも気になってたみたい。

 神さまも大変だし、神さまになっちゃうのも大変だ。

 天界に誘われても、ぜったいに神さまなんかにならないでおこう。

 そう思いました。

 まぁ、あたしなんか神さまに成れるわけないんだけどね。

 英雄でもないし、偉業なんか達成する予定もない。

 ちょっと魔王サマに会っただけで、もう二度と会う予定もないから、安心あんしん。のんびり師匠といっしょに盗賊ライフを楽しむんだい。

 いつかは結婚して、もっとラブラブになりたいなぁ。

 うへへ。


「それでは、私はそろそろ天界へ戻らないと怒られますので。肉体を発見して頂き、ありがとうございました。騎士ルシェード、しばらくの間、私の肉体をよろしくお願いします」

「ハハ!」


 ルシェードさんは片膝を付いて返事をした。


「冒険者の方々も。天界で応援しておりました。セルト、ドット、コルセ、ノーマ、レーイ」


 アルマさまはレーちゃんパーティのみんなの名を呼んで、順々にその顔を見ていった。


「皆さんに天運を」

「あ、ありがとうございます!」


 パーティを代表してか、リーダーのセルトくんがそう言って頭を下げた。それに続くようにみんなも頭を下げる。


「それでは皆さま。またいつかお会いしましょう」


 アルマさまはそう言って、あたしを見た。

 師匠でもルビーでもなくって、あたしに視線を向けて――一瞬にして消えてしまった。

 キラキラと光る残滓のようなものが少しだけただよって、空へと向かうように天井へ登って行った。

 みんなでそれを追うように天井を見上げる。

 もちろん天界なんてどこにあるか分からないし、空には水が浮いているだけ。しかも、ここは遺跡の奥深くだっていう状態なのに。

 この場所のほうがよっぽど不思議だし、綺麗だし、夏なのに涼しいから、もしかしたら天界っぽいのかもしれない。

 でもきっと。

 天界はもっとステキな場所なんだろうな~。

 なんて思いながら、天井から視線を元に戻す。

 そして、みんなで一斉に――


「はぁ~」


 と、息を吐いた。


「疲れたぁ~」「神さまと話してしまった」「緊張したのかしてなかったのか、もう分からないよ」「貴重な体験だったね」


 とか、いろいろと男の子たちが話してる。


「まさか自分がこんな冒険をするなんて思ってもみなかった」


 レーちゃんも精神的に疲れたのか、背中を丸めていた。

 巨大レクタの足止めの穴掘りに雇われていただけのルーキーパーティだもんね、レーちゃん達。それがまさか未発見の遺跡の最前線を経験するなんて。

 冒険譚に出てくる主人公たちみたいな話だ。


「しかも、マジックアイテムまでもらえるし……金貨もいっぱいだし。え、なに、私たち明日死ぬの?」

「え、死なないでよレーちゃん!?」


 せっかくいっしょに冒険した仲だから、立派な冒険者になって欲しい。金貨とか宝石とか、いっぱい手に入ってるはずなので、しっかりと装備とかアイテムを整えて欲しいなぁ。

 というか、これだけ金貨と宝石があったら。

 人生をクリアしたってことで、なんか安全に生きていけるかも?


「死ぬつもりはないけど、なんだか運が良すぎるっていうか……」

「そんなことないぞ」


 レーちゃんの話を聞いていた師匠は苦笑しながら言った。


「君たちのパーティは、自分たちの意思で最前線を選んだ。もちろん補助はあったし、ゴーレム戦では活躍できなかったけど。でも、後ろでおこぼれを狙っているヤツらなんかよりは、よっぽど貴重な経験だ。運の良さだけで経験は得られない。ちゃんと『冒険』した結果だよ」


 師匠はそう言ってレーちゃんの頭を撫でようとして……肩をポンポンと叩いた。


「だが、冒険者ってのはあっさり死ぬ。決して油断しないようにな」

「は、はい。ありがとうございます。えっと、エラントさん」

「ん……名前を聞かれていたか」


 師匠は照れるように頬を指でかいて――黒仮面も外してしまっていることに気付いた。


「しまった。どこへ落としたっけ」

「ここにありますわよ」


 ルビーが黒仮面を持ってきてくれる。

 たぶん、新しく作ったヤツだ。古いのは消滅させたのかもしれない。


「ありがとう」


 師匠は黒仮面を装備した。


「はい、サティス。あなたのも落ちてましたわよ」

「はーい」


 あたしもマスク型の黒仮面を装備して、ルビーも顔の半分を隠す黒仮面を装備する……って、ルビーの黒仮面、隠す側が逆になってるんですけど?

 まぁいっか。

 盗賊ギルド『ディスペクトゥス』にようやく戻ったって感じ。

 ルシェードさんは、その間にアルマさまの遺骸を聖骸布に包んで丁寧に運んできていた。外までお持ち帰りするのは、ちょっと大変そう。

 あたしもレーちゃん達の宝石と金貨がギッシリと詰まったランドセルを背負う。


「おおう」


 めちゃくちゃ重いけど、なんとか、大丈夫。


「これも修行だ」


 宝物庫にはまだ防具や金貨が残っている。とてもじゃないけど、一気に持ち帰れる量じゃない。

 あとは、よーいどん、で取り合いになるだろうから、すぐに空っぽになっちゃうだろうな。

 魔導書の隠し部屋は閉じて置いた。

 まだ入口を補強していない内に魔導書を取ってしまうと、溺れてしまう可能性があるし。遺跡の中にも影響が出てくると思う。

 あとからきっちり回収しよう。


「よし、地上まで戻るか。いいか、帰るまでが冒険だぞ。調子に乗って落とし穴に落ちるなよ」

「はーい」

「分かっておりますわ」


 というわけで、湖底の遺跡。

 完全攻略したぞー!

 わーい!

 やったね!

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