~可憐! ごねる吸血鬼のために~

 浄化のポンチョはレーちゃんがもらうことになった。


「え、いいの?」

「レーちゃん、体洗うの大変そうだし」


 男の子ばっかりのパーティだから、水浴びも思いっきり出来ないだろうし、体を拭くのも覗かれたりして大変だろうから。

 なので、浄化のポンチョはレーちゃんにピッタリのマジックアイテムだと思う。

 あたしは師匠に見てもらいたいので、必要ないし。

 うんうん。


「ありがと、サティスちゃん」


 レーちゃんはさっそく浄化のポンチョを装備した。


「かわいい?」

「う、うん。可愛いよ」


 ノーマくんに褒めてもらって、レーちゃん嬉しそう。


「ふたりばっかりズルいですわ! わたしにも何か欲しいです!」


 そこそこ浄化された程度では消滅しなかった残念な吸血鬼が復活してきた。あのまま消滅してたら世界は平和になったのに。

 というか、そもそもルビーってめちゃくちゃ強いんだからマジックアイテムとかいらなくない?


「必要ですわ。わたしにだって出来ないことはたくさんあります」

「たとえば?」

「道化を演じることでしょうか。あふれ出る知性が邪魔をしてしまいますので」

「うん」

「ちょっとちょっと、なんですのその素っけない返事! ちゃんと相手してくださいまし。会話は重要ですわよ。アンドロも言っておりました。報告・連絡・相談のできないカップルから別れていくと!」


 アンドロさんも何を言ってるんだろう……

 でも師匠が、うんうん、とうなづいてる。

 もしかして重要な言葉だったのかな。

 子どものあたしには分からない……


「ともかく! わたしも何か欲しいのです。お願いします神さまぁ」

「仕方ないなぁ」


 アルマさまはすがりつくようにお願いしてくるルビーに対してため息をひとつ。

 あんまりルビーを放置していると退屈だからといって人類を滅ぼしそう。人類種の未来が危ない気がするので、是非ともアルマさまにはルビーを満足させて欲しい。


「では、付いてきてください」


 アルマさまは宝物庫を出ていく。

 何がもらえるのか楽しみだし、なんだか面白そうなので、あたしも付いていくことにした。


「心配だし、俺も行く」


 そんなあたしの後ろから師匠も付いてきた。


「師匠は宝石とか金貨とかいらないんですか?」

「金貨をいくつかと、これだけもらってきた」


 師匠はポケットから宝石を一個取り出す。


「あ、それって……」

「覚えてるのか?」


 もちろんです、とあたしはうなづいた。

 あたしが師匠と出会った日。師匠が宿屋の支払いを宝石で済まそうとしたんだけど、リンリーさんが価値が分からなくって。

 その時に出会った宝石商のメルカトラさんが、めちゃくちゃ興味を持った透明な宝石だ。透明って言っても光を通すと七色に光って見えるし、キラキラと虹色にも見えてすっごい綺麗。

 確か名前は――


「アダマンテムですよね」

「そう、それ。価値ある宝石みたいだし、またメルカトラ氏に買い取ってもらおう」

「結婚指輪にしてくれないんですか~」

「なんでそうなる……」

「だってだって」

「はいはい、そのうち作ってやるよ」

「やった~」


 なんて話してるうちに階段の側面の前でアルマさまは立ち止まった。


「エラントさん、このあたりです」

「また俺が探すのか」


 つまり隠し部屋があるってことだ。

 師匠は側面をコツコツと手の甲で叩いて調べていく。いくつか叩いていくと、音が違う場所があった。ほんのわずかだけど、空洞みたいな音が抜けるような感じ。


「ここか」


 師匠は音が違う範囲を更に調べていき、ぐい、と側面を押す。

 すると、ガコン、と音がして階段側面の一部が後ろへ押し込まれるように下がった。ちょうど大人ひとり分くらいの高さで、後ろへ下がった後に横へスライドしていく。


「お~」

「特別な品が保管されているのでしょうか」


 あたし達は隠し部屋に足を踏み入れる。

 やっぱりどういう仕組みになっているのか分からないけど、部屋の中は明るくて天井は外の光を取り入れるように太陽の光が差し込んでいた。

 足元は水で満たされていて、部屋の外へ流れ出ていくような感じ。もしかしたら、このエリアの水はここから出ていたのかも?

 水が溢れるように出ている場所には台座があり……その上には一冊の本が浮かんでいた。

 本は開かれており、なにか魔力みたいな感じの丸い光で覆われている。空中に固定されている感じで、なんだか不思議な感じがした。

 中に書かれている文字はまったく読めない。神話時代に作られた本だから神代文字なのか、それとも別の文字なのか。それすらも判別できなかった。


「魔導書か!」


 師匠が声をあげた。台座の上で浮かんでる本を見て、驚いたっぽい。

 まどーしょ?

 まどうしょ……?

 魔導書?


「師匠、魔導書ってなんですか?」


 魔法関連っていうのは何となくわかるけど……それ以上のことは名前からも本の見た目からも分からなかった。


「簡単に言えば、持ってるだけで誰でも魔法使いになれる本だ」

「え、すご」


 魔法って、ある程度の才能が無いと使えないっぽいし。なにより普通の人は基礎的な魔法を使うにしても魔力が足りなくてマインドダウンしちゃう。

 そんな魔法が誰でも使えるようになるなんて、すごいすごい!


「ただし、使えるのは一種類のみ。複数の魔法を使うには、あの分厚い本を何冊も持ち歩かないといけない。冒険者にはまったくもって人気の出ないアーティファクトだ」

「え~……そうなんですね……なんかガッカリ……あ、でもめちゃくちゃ強い魔法だったらいいんじゃないですか?」


 持ち歩くのが一冊だけで、誰でも使える強力魔法。

 便利だと思うけど……?


「その通りなのだが、やっぱり威力と内容は比例しててな。凄い魔法であればあるほど、本は分厚くなる。そもそも簡単に発見されないしな。やっぱり不人気な古代遺産だ」


 なるほど~。

 分厚くて邪魔になる本を持ち歩くか、それとも別のアイテムを持ち歩くか。

 あたし的には魔導書のほうが役に立つ気がするんだけどなぁ。そこまで強力な魔法の魔導書がまだ見つかってないってこなのかも?

 台座の上に浮かんでる魔導書は、そこそこ分厚いと思う。大きさはあたしが抱えて持つぐらいに大きい。


「……」


 ん~。

 やっぱりこの大きさを持ち歩くのは、ちょっとイヤかも……めっちゃ邪魔っぽい。


「ちょっとちょっと、イヤがらせではありませんの?」


 ルビーは半眼になってアルマさまをにらんでる。でもちょっと楽しそう。師匠が驚くぐらいに珍しいアイテムなので、嬉しいのかもしれない。


「ルゥブルム・イノセンティアだったら大丈夫でしょ」


 アルマさまはツンと済ましながら言った。


「む。わたしのことも知っておりますのね。しかも師匠さんに名付けて頂いたフルネームまで知られているとは」

「ここは人間領だから。あなたみたいなのが入ってきて、派手に活動してたら分かるもの。監視されてないと思った?」

「神もデバガメするとは情けない。わたしと師匠さんのベッドシーンも覗き見するつもりでしょうか?」


 なんかとんでもないこと言ってないか、このスケベ吸血鬼!


「その時は性愛を司る神たちが応援します」


 もっと最悪なこと言ってませんか、この神さまー!?


「見られて喜ぶタイプではありませんが……なかなかそそりますわね、その状況」


 この吸血鬼も最悪だー!


「あ、あの」

「はい、どうしましたパルヴァスさん」

「あたしも見られちゃう……?」

「安心してください。吸血鬼は監視されてますがパルヴァスさんはそこまででは無いです。せいぜい応援されている程度と思ってください」

「は、はぁ……」


 良かった、のかなぁ~。

 応援してくれているのはナーさまかな? 純粋つながりでナーさまとアルマさまは気が合ったりするのかも?


「で、この魔導書はどんな魔法が記述されておりますの?」


 台座の前に立つルビーは本の内容を調べる。

 でもやっぱり読めないみたいなので、ルビーは素直にアルマさまに聞いた。


「魔導書『マニピュレータ・アクアム』。水の魔法です。もっと正確に言うと、水を操る魔法です」


 ほへ~。

 と、あたしはルビーの後ろから魔導書を覗き込んだ。まぁ水を操る魔法って教えてもらったところで、やっぱり文字はなにひとつ分からなかったけど。


「なるほど。この遺跡の水の流れは全部こいつが制御してるのか」


 師匠の分析にアルマさまはにっこりとうなづいた。

 そっか。

 水が壁を伝って上に向かって流れていたり、そもそも湖の水が空に浮かんだりしているのはこの魔導書の力ってことか。

 そう考えたら、めちゃくちゃ凄い魔法だ。

 大きくて分厚いっていうのも納得できる。


「ちょっと待ってくださいな、アルラウネ」

「アルマイネです。誰が植物系の魔物ですか」

「名前など些末な問題ですわ」

「さっき名前を呼ばれた魔物が嬉しそうにしていたのは気のせいだったようですね、ヴァンピーレ」


 うふふふふふ、と吸血鬼と神がにっこりと笑い合っていた。

 怖い。

 ルビーのせいであたしまで天罰を落とされそうで怖い。助けてナーさま。あとでお友達のアルマさまを説得しておいてください。


「それで、なんですか?」

「この魔導書が遺跡の水を制御しているということは、この魔導書をこの場所から動かした瞬間、空に浮かんでる水が全て落ちてくるのでは?」

「……あ、はい」


 ダメじゃん!

 あたし達みんな溺れちゃう!


「……この神――いいえ、この邪心の肉体。路地裏に放置して慰み者にしてもらいましょう。いくら犯しても綺麗なままなんでしょ? 理想ですわね~。むしろお金を取りましょうか? 抱き人形。冷たくて気持ちいいでしょうね」


 ルビーのとんでもない意見だけど、今はそれを止める気が起こらなかった。

 あたし、溺れて死にたくないし。


「あぁ、待って待って、待ってください吸血鬼!」


 さすがの神さまも、自分の遺骸が無茶苦茶にされるのはイヤっぽい。


「わたしの名前をおっしゃってくださいな、アルデンテ」

「ははぁ。ルゥブルム・イノセンティアさまー」


 神さまが吸血鬼に敗北してしまった。肉体の所有権がこっちにある状況が悪い。神さまにとっては最悪の条件で戦ってたのか~。

 大丈夫なの、天界?

 わりと面白い人……じゃなかった。面白い神さまが多いっぽんですけど?


「わたし達を全滅させるつもりでしたか、邪神アルマジロ」

「いえいえ、そんなことないです。そんなことをすると私の肉体も脱出不可能になるじゃないですか、やだなぁもう。冗談です。ジョークです。順番があります、順番が」

「そう。ならその順番っていうものを教えてもらいましょうか、邪神アル……アルぅ……アルルン」


 もうネタを思いつかないのなら素直に名前を呼べばいいのに。

 アホのサピエンチェだ。


「まず遺跡の入口を浸水しないように、しっかりと枠を作ってください。あとは水の流れが止まるだけで、遺跡が崩壊するようなことはありませんので、ご安心を」

「ホントですわね、それ」

「もちろんです!」


 主に湖の上に浮いてる水が問題なだけで、遺跡の中に流れてる水は影響を及ぼさないっぽい。

 じゃぁドワーフの人たちに頼んで木枠で作ってもらえるかな。

 あ、でも木枠だけだと水漏れしちゃうか。

 もっとしっかり作ってもらわないとダメっぽいよね。


「うわ、なんか本が浮いてる!?」


 後ろからレーちゃん達がやってきた。ルシェードさんもいて、みんなで来たみたい。アルマさまがヘコヘコしていた態度を改めて、ぴっしりと背筋を伸ばした。

 まぁ、あんまり見せちゃいけない神さまの姿だよね。

 秘密にしておこう。

 で、いざとなった時に助けてもらおう。

 うんうん。

 とりあえずルシェードさんとレーちゃん達にも魔導書のことを教えて、ドワーフ達に遺跡の入口を守る物を作ってもらうことにした。

 魔導書を手に入れるのはそれからだ。


「それでは私はこれで……」

「お待ちなさい」


 アルマさまが天界に帰ろうとしたのをルビーが引き留める。


「ま、まだ何か?」

「反対側の扉が残ってますわ。案内をお願いします」

「う……」


 どうやらアルマさま。

 まだ何か隠してるっぽい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る