~可憐! それは少女が無敵に見えるアイテムでした(師匠談)~

 純神アルマイネさまの綺麗なお水を売りつける案は見事にルシェードさんによって阻止されてしまった。


「信仰のチャンスが……うぅ……」

「まぁまぁアルマさま。学園都市に神さまが大嫌いっていう人がいますので、その人だったら売ってくれるかもです」


 サチが入った神秘学研究会。

 そこの先生であるミーニャ教授は、神さまに恨みがあったハーフ・ハーフリングっていう変わった種族だった。

 なので、信仰心とか欠片も無いミーニャ教授だったら、きっとアルマさま汁を売ってくれるはず。


「何をこそこそ話してるんですか」


 そんなあたしとアルマさまのこそこそ話が聞こえていたのか、ルシェードさんが後ろから声をかけてきて、びっくりした。


「な、なんでもないですぅ」

「うんうんうんうん」


 そうやって誤魔化している間にルシェードさんは冷静になったのか、顔色がみるみる青くなっていった。


「わ、私はなんてとんでもないことを……!」


 神さま相手にお説教してしまったことを、今さら後悔しちゃったのか。ルシェードさんは頭を抱える。

 レーちゃんパーティたちは、そんなルシェードさんの様子を見たりアルマさまの様子を見たりして、もうどういう態度を取ればいいのかさっぱりと分からないって顔をしてた。


「師匠さんはどうなんです?」

「何が?」


 ルビーが師匠に余計なことを聞いてる。


「アルマ汁です」

「知らん」

「飲みたいですか?」

「知らん」

「あぁ、アルマ汁で全身を洗うほうが良い効果が出るかもですね。手伝いましょうか?」

「知らん」


 師匠は、知らん、だけで押し通すつもりだった。

 さすが師匠。

 強い。


「あ、そうだ。おねがいを聞いてもらうお礼に、是非とも皆さんに持って帰って欲しいものがあります」


 アルマさまは両手を合わせてそう言った。

 ポンとかパンとか音が鳴りそうなものだけど、やっぱり音が鳴らないので不思議な感じ。そういえば足音とかもぜんぜんしてないから、半透明なのが影響してるのかなぁ。


「こちらです」


 アルマさまは祭壇の左側へと飛び降りた。


「えぇ!?」


 とみんな驚いて階段下を覗き込むと、波紋を立てずにアルマさまは着地していた。着地っていうか、着水? 足音どころか水がちっとも揺れてない。

 天界から地上に降りてくるくらいだから、これくらいの段差は大丈夫なのかな。

 見た目はあたしと変わんないくらいだから、身体能力が高いっていう感じがしない。それでもやっぱり神さまだから凄いのか、それとも半透明だからできるのか。

 良く分かんないけど、神さまなんだから当然って感じなのかも。

 そんなことを考えながら階段をトコトコおりて、水をパシャパシャ跳ねさせながら階段を回り込むようにして奥の壁にある扉の前に移動した。

 近づいてみてアルマさまが飛び降りて波紋が立たなかった理由が分かる。

 それは水の上に立っているから。

 祭壇では、あたしと同じくらいだった身長が、水の上に立っているせいで、あたしよりちょっと高くなってる。良く見れば、真っ白なワンピースの裾がまったく濡れてないし。

 まぁ、半透明だから濡れてるのかどうも分かんないのかもしれないけど。

 でもまぁ、神さまなんだから水の上ぐらい立てるよね、って言われたらそれまでなんだけど。なんだか不思議な感じがした。


「エラントさんエラントさん」

「俺?」


 アルマさまに手招きされて師匠が前に出る。


「罠解除をお願いします」

「あ、はい。え~っと……ふむ……この水の流れを止めればいいのですか?」


 壁には床から天井に向かって流れている水があった。それは扉の前にも流れていて、このままの状態で開けてはダメっぽい。


「はい、正解です。さすがですね」


 む。

 どうやらアルマさま、師匠を試したっぽい。ルビーも同じようなことを思ったのか、ちょっぴり視線が厳しくなってる。


「新しいライバルかしら……」


 あ、違うと思うよ~? そうじゃなくって、師匠の実力を確かめたんだと思います~。

 お~い、ルビー? ルゥブルムさーん?

 違いますよ~。聞いてます~?


「いざとなったらナーを抱き込んで全面戦争ですわね」


 やめてくださ~い。

 人類滅んじゃますぅ~。


「ふむ。これだな」


 吸血鬼が魔王以上に悪いことを考えている間に、師匠は扉の下にある床と壁に間を手で探る。何か仕掛けを見破ったらしく、机とかタンスの引き出しみたいに手前に引き出した。

 良く見れば、扉は床から少し浮いた位置に設定されている。その床と扉の間にある壁の一部が手前に引っぱり出された。

 まるで扉に入るための段差があったかのようになり、扉の部分を伝って流れ上がっている水が、扉の部分だけ無くなった。


「「おぉ~」」


 あたしとノーマくんは声をあげる。

 答えを見てしまえば単純だけど、この短時間で気付けたどうかって言われたら無理かもしれない。

 扉が少し高い位置に設置してあったことも、その間が引き出しみたいになっていたことも、分かってしまえば簡単だけど。

 でも、そこに気付くまでにはもっともっと時間が必要だったと思う。

 さすが師匠。

 すごいなぁ~。


「ノーマくんも頑張ればいけるよ」


 レーちゃんにポンポンと後ろから両方の肩を叩かれてるノーマくん。少し自信なさげに返事をしているけど、ドットくんやコルセくんにも肘を付かれて応援されている。

 なんだかんだ言って仲良しパーティなのかもね。

 でも、みんなレーちゃんを狙ってて、ギリギリで危ないパーティ。頑張れ、リーダーのセルトくん。パーティの未来はセルトくんの運営次第だよ!


「ここは宝物庫です。遠慮なく入ってくださいね」


 師匠に扉を開けてもらって、アルマさまが先導するように入って行った。あたし達もそれに続くように中に入る。


「おぉ~!」


 部屋の中に入った瞬間に分かった。

 ここすごい!

 テーブルや棚の上には宝石や金貨がたくさん置いて有って、レーちゃん達が喜びの声をあげる。箱から溢れるように金貨が詰まっているし、宝石もテーブルの上にいっぱい置いてあった。


「これは、かなり質の良い防具なのでは……」


 ルシェードさんは壁に立てかけられている防具類を手に取って確かめている。甲冑もあるし、盾もいっぱい並んでいた。タワーシールドはウォーター・ゴーレムに壊されちゃったし、新しい盾が欲しいのかも。


「なんと……!」


 壁に立てかけられていたタワーシールドを持ったルシェードさんが驚きの声をあげる。


「どうしました?」


 師匠が声をかけると、ルシェードさんは少し興奮気味に答えた。

 ルシェードさんが元々持っていたタワーシールドより、少し大きめの物があったらしく、それを軽々と持ち上げていた。


「素晴らしい! 驚くべき軽さです。だからといって見せかけの盾ではない。防護力も問題なさそうです」


 手甲でガンガンと叩くが盾はへっこむどころか傷ひとつ付いていない。むしろ手甲のほうが歪んでしまいそうな勢いだ。


「セルトさん、ドットさん、イイ物がありますよ。こちらを」


 ルシェードさんは近くにあった小さな盾……バックラーを前衛のふたりに投げ渡す。あわわわ、とふたりは慌てて受け止めるが、その軽さにびっくりしてた。


「すげぇ、なんだこれ」

「かっる!?」


 宝石や金貨も大事だけど、前衛を任されたふたりにとって盾は同じくらいの価値になったみたい。

 さっそく装備して、使い心地を試している。


「武器は無いんですの?」


 ルビーは盾や軽装の防具が並ぶところを見渡しているけど、防具と違って武器の類はひとつもなかった。


「一応、私のためにと捧げられたものですので。地上にいる時はあまり武器を好かないものでしたので、申し訳ありません」


 アルマさまが頭を下げる。

 そっか。

 遺跡だからといって、宝物庫だからといって、武器があるとは限らないんだ。それもアルマさまのことを思って捧げられた宝物だったら尚更かなぁ。

 アルマさまが剣を持ってる姿って、ぜんぜん想像できないし。

 防具があるっていうのは、もしもの時に身を守ってもらうため、とかそんな感じだと思う。


「じゃ、女の子たちはこっちに来て」

「?」


 アルマさまに呼ばれて防具とは反対側の壁際へ行く。こっち側にあるのは、服とか宝石が付いていない装飾品とかだった。

 なんか素朴な感じのアクセサリーとか、編み物で作られた可愛らしいポシェットとかがある。

 他にも、アルマさまの聖印が刻まれたペンダントとか、大昔に作られた服とか。肩から羽織るケープっていうんだっけ。なんかそういうのがいっぱい有った。

 そんな中でアルマさまが棚から取り出したのは――


「じゃーん」


 赤い革のバックパックだった。

 四角い形をしていて、丈夫そうな分厚い革で出来ている。真っ赤っていうわけじゃなくて、ちょっと暗い色の革の色で、女の子向けに作られたって感じ。

 新品らしく、型崩れとかしてなくて、ちょっと高級品っぽい。初めて見る感じのバックパックだけど、商人とか冒険者が使うっていうよりは、なんだか貴族が使ってそうなイメージだった。


「わ、かわいい! ……ハッ! し、失礼しました」

「あはは、大丈夫ですよレーちゃんサン。気にしないでください」

「な、ななな、名前まで。で、でで、でもあのレーイという名前ですので、そう呼んで頂ければ……」

「ふふ。ではレーイ、こちらをどうぞ」


 アルマさまに手渡されて、レーちゃんはバックパックを掲げるようにして見渡した。

 レーちゃんってば相当に気に入ったみたい。


「はい、パルヴァスちゃんも」

「はーい」


 なんかさらっと名前を呼ばれたけど、レーちゃんはバックパックに夢中で気付かなかったっぽいし、まいっか。


「肩ひもはベルトになってますので、長さを調整してくださいね」

「あ、ホントだ。じゃ、ちょっと短くして……っと」


 レーちゃんはベルトを少しだけ伸ばした。


「私は長くして……できた!」


 逆にあたしはちょっと短くしておく。背中に密着するほうが動きやすそうだし。

 両側のベルトを調整して、ふたりでさっそく背負ってみる。

 ちょっと大きくて重いかなって思ったけど、そんなに違和感が無い。なにより見た目以上に軽くて持ちやすい感じがする。

 もちろん、中身が空っぽだから、なのかもしれないけど。


「うふふ。可愛いですよふたりとも」


 アルマさまは、お似合いです、と褒めてくれた。


「師匠ししょう~。アルマさまにもらいました~。えへへ~」

「おっ。へ~……なるほど、いいな……赤いランドセルか」


 師匠はじっくりとあたしとレーちゃんを見て、聞いたことのない名前を出した。


「ランドセル? バックパックじゃなくて?」

「あぁ、ランドセルってのはバックパックの一種だ。まだ魔王が現れる前の時代に使われていたものだ。人類種が人類種同士で戦争している時、貴族や上級兵士が使っていた物で激しい動きにも耐えられる丈夫さが売りだったんだ。神話時代からあったんだなぁ、ランドセル」


 師匠もランドセルがお気に入りになったみたいで、ほほ~、とあたしの周囲をまわりながらランドセルを観察した。


「ふ~む、いい。素晴らしいな」

「そんなに気に入ったのなら、師匠も背負ってみますか?」

「いや、違う。なんだろう。こう……うん、背負っているのを見てるのが好きだ」

「はぁ……?」


 どういうこと?

 なんだか良く分かんないけど、師匠が嬉しそうなのでいっか。


「ちなみにその鞄はマジックアイテムになっていますよ」

「え、ホント?」


 すごい。

 どんな効果があるんだろう?


「はい。なんと、保存の魔法がかけられているので食材が傷まないようになっています」


 アルマさまの説明に、お~、とあたしとレーちゃんが声をあげた。


「じゃ、じゃぁ生卵とか運んでも大丈夫ですか?」


 レーちゃん、冒険に生卵持っていくの!?


「あ、さすがに卵は割れちゃうので。でも、中身の白身と黄身は新鮮なままで運べますよ。たぶん移動している間にぐちゃぐちゃに混ざっちゃうと思うけど」

「うへっ」


 腐ったり傷んだりはしないけど、ランドセルの中が悲惨な状態になりそう。

 変な想像をしちゃったのか、レーちゃんは顔をしかめている。

 レーちゃんってば冒険に紅茶を持ってきてるぐらいだから、ランドセルの中で紅茶の葉っぱと黄身が混ざっちゃったところを想像しちゃったのかもしれない。

 ……ちょっと美味しそうな気がした。今度試してみよう。


「レーちゃんレーちゃん。宝石とか金貨そこに入れていいかな? 持ちきれないし!」


 興奮気味にノーマくんが両手に宝石とか金貨を抱えている。すでにポケットの中にはパンパンに詰まってて、盗賊としては素早さが殺されてる状態だった。


「あ、うんうん。これに入れて持って帰ろう」

「じゃぁ、あたしのランドセルにも入れていいよ~。いっぱい持って帰ったほうがいいよね」

「ありがとうございます、サティスさん!」


 というわけで、レーちゃんパーティのみんながあたしとレーちゃんのランドセルに金貨とか宝石を詰めていく。

 う~ん、めちゃくちゃ重そうだ……

 でも、スライム退治で背中にワインの瓶を背負って冒険したこともあるし、経験値はあるもん。大丈夫だいじょうぶ。


「ちょっとちょっと、アルマゲドンさま」

「アルマイネです、アルマイネ。なんの用事ですか、ヴァンピーレ」


 レーちゃん達が一生懸命にランドセルに宝物を詰め込んでる頃、ルビーはアルマさまに話しかけていた。


「わたしには何も無いんですの? わたしも何かご褒美的なアイテムが欲しいです」

「欲しいんですか?」


 はい、とルビーは嬉しそうにうなづいた。


「変わり者ですね。魔王を裏切ったのはホントのようですし……」

「師匠さんといっしょにいるほうが楽しいですもの。それに、美味しいんですのよ師匠さんの血。アルマイトさまもご一緒に飲みませんか?」

「お断りします。堕天でもさせるつもりですか、まったく」


 アルマさまはため息をつきながら、ごそごそと服が並んでいる棚から肩掛けのポンチョを取り出した。

 ふわふわの柔らかい布で、生地は薄め。冬の防寒着っぽいけど、夏の日差し避けっていう感じもするような……なんか不思議な雰囲気のあるポンチョだった。

 なんか丸いボンボンみたいなのが首元から紐でぶら下がってて、可愛らしいデザイン。女の子用なのは間違いないけど、師匠が着てたら可愛いかも。


「これなんかどうです?」

「あら、可愛らしい。これはマジックアイテムですの?」

「うん。ほら、着てみて」


 アルマさまはルビーの肩にちょっと背伸びしながらポンチョをかぶせた。

 その瞬間――


「あいたああーーーー!?」


 ルビーの体にバシュゥと音がして、ぶわり、と煙みたいなのがあがる。一瞬にしてルビーの顔が真っ赤になった。

 なんだなんだ、とみんなが注目した瞬間には、ルビーはすでにポンチョを脱いで外に飛び出していた。


「ぶくぶくぶくぶく」


 なぜか全身を水にひたしてる。

 真っ赤になってたし、もしかして熱かったとか?


「……なにしたの、アルマさま」

「ちょっと『浄化』の効果があるポンチョを悪い子に着せただけです。うふふ」


 なるほど~。

 吸血鬼って、綺麗になっちゃうとダメージくらうんだ……

 ほへ~。

 汚いんだなぁ、ルビーって。


「ひどいですわぁ! オーガ! 悪魔ぁ!」


 遠くからルビーの声が聞こえてきた。

 神さまに言っちゃいけないような罵倒してる。

 すごい。


「うふふ」


 対してアルマさまは余裕で笑うだけだった。

 ちょっとナーさまに似てるかもしれない……

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