~可憐! ぴゅあぴゅあ降臨~

 柩の中で眠っている女の子は神さまでした。

 なんて言われても……

 ぜんぜんまったくこれっぽっちも実感がわかない。

 だってホントに眠ってるだけで。

 この女の子が神さまどころか、死んじゃってて魂が無いってことも信じられないくらいだし。


「ほんとに……神さま……?」


 長く黒い髪だけど、首元の内側だけ銀色になってる不思議な髪色をしてる。年齢はあたしと同じくらいかな。まだまだ子どもって感じでおっぱいも小さい。

 薄くて体が透けてる服は、とても綺麗で触り心地もいいけど……体が丸見えになっちゃってるので、なんだか恥ずかしい感じ。

 でも。

 なんとなく神さまって言われると納得してしまう感じがした。

 可愛いっていうよりも、綺麗。

 綺麗っていうよりも、なんだか美しいっていうか……こういうのを神々しいって言うのかもしれない。

 そう考えると、体が丸見えなのにそんなにえっちな感じがしないのも納得できた。

 師匠も驚きが勝ってるみたいで、ぜんぜんえっちな目で見てないし。

 ……でもちょっとチラチラと視線が動いてるのが気になる。

 むぅ。


「純神……『純』を司る神さま……」


 純を司る神。

 ん~、やっぱり良く分からない。

 というよりも。

 そもそもあたしが知ってる神さまって、ナーさまで。

 ナーさまって、初めて会った時はなんか半透明だったし、ホントの体なんてものは無かった。ルビーに依り代になる人形を作ってもらって、それに入ってるっていうか降臨している間は普通の人間っぽかったけど。

 そういえば、あの依り代になってた影人形ってまだ維持されてるんだよね?

 サチってば、ちゃんとお世話としかしてそう。

 やっぱり神官って、毎日大変そうだなぁ。

 でもでも。

 そんなナーさまとは違って。

 いま目の前にある肉体は、依り代とかそういうのじゃなくて……本物の肉体だった。英雄や偉大な人は、天界に登って神さまになった。っていう話が残ってる。

 大昔、いわゆる神話時代って呼ばれるほど前の時代では神さまや精霊女王たちは地上で生きていたって言うし。

 この女の子も、英雄だったり神話時代の偉人だったりするのかなぁ。


「ほ、ほんとに神さまのご遺体なのかしら」


 レーちゃんが恐る恐る柩の中を覗き込む。

 聖骸布に包まれていた女の子の体は、まったく痛んでいない。腐敗してるとか、ミイラになってるってこともなく、生きてるようにも思えた。

 においもぜんぜん無いし。


「人形ではございませんの?」


 いつの間にかルビーが戻ってきていた。みんなが女の子を見つめている……男の子の視線はちょっと胸とかあそことかが透けてる部分に釘付けになっちゃってる気がするけど……そんな間に割って入るように、ルビーは手を伸ばす。

 ほっぺたをぷにっと突っつくルビー。


「柔らかいですわね」

「ほへ~、やわらかいんだ」


 やっぱり人形とかじゃなさそう。

 あたしも指でほっぺたを突っついてみた。むにっとした感触で、硬くもなく柔らかい。やっぱり生きてる人間と同じような感触だった。


「か、神さまのほっぺたとか触っていいのかしら?」


 レーちゃんはビビりながらも触ってみてる。顔は遠慮して腕のあたりを突っついてた。


「僕も――」


 ノーマくんが触ろうとしたのをレーちゃんが止めた。


「男の子はダメ!」

「なんで――」

「女の子の体よ、普通にダメ。私の体で我慢して」

「え?」

「え?」


 なんかレーちゃんがとんでもない事を口走っちゃって、なにか叫びながら慌てて階段を下りていった。

 そんな様子を見て師匠とルシェードさんが肩をすくめ、男の子たちはなにやら想像というか妄想をしちゃったらしく、顔を赤くしてる。


「青春ですね」

「ふふ。見ていてなごんでしまいますわ」

「えぇ、人間の子どもは可愛いです」

「そうですわよね。いつまでも見ていて飽きないもの」

「人間の子どもは世界の宝ですから」

「分かります。愛でて良し、愛されて良し、ですわ」

「えぇ、えぇ。まさに。なにより子ども達がこんな所まで来られるなんて、世界の未来は大変に明るいです。罠とか大変だったでしょ?」

「苦労しましたわよ? ウチの盗賊が罠に掛かりまくっておりました」

「それはそれは。大変失礼しました」

「あはは、あたしは大丈夫だいじょうぶ――って、だれー!?」


 いつの間にか自然に会話を初めて、何の疑問もなくルビーと楽しく人間談義をしてる女の子がいたので、あたしはびっくりして思わず大声をあげてしまった。

 そこにいたのは、柩の中で眠ってる女の子とそっくりな人……? 人? いや、人じゃない。だって半透明で透けちゃってるし!

 長く足まで届きそうな黒髪は、ぶわりと広がるようにボリュームがあって。でも内側だけは銀色に見えるので、そんなに圧迫感は無い。

 真っ白でサラサラなワンピースを着ていて、足元はスカートで隠れてしまっている。地に足が付いてるのか、それとも幽霊みたいに浮いているのか、ちょっと分かんない。

 大きな瞳は空色をしていて、とっても綺麗だった。

 にこり、と半透明の女の子は優雅に笑う。


「挨拶が遅れてごめんなさい。私は『純』を司る神、アルマイネと申します。どうぞアルマとお呼びくださいませ」


 アルマさまはそう言って、ちょこんと頭を下げた。

 はらりと顔からこぼれる黒い髪が銀色に輝いてみる。どうなってるのか分かんないけど、やっぱり半透明だから?


「か、かかか、神さま!?」


 なんだかポケ~っとしてたレーちゃんパーティのみんなは、アルマさまの正体が分かった瞬間に、階段に這いつくばるようにして頭を下げた。

 ルシェードさんも片膝を階段に付くようにして頭を下げる。

 立っているのは師匠とあたしとルビーだけ。


「あ」


 と、声をあげてルシェードさんみたいに師匠は遅れて膝を付いた。それを見て、あたしも慌てて座って頭を下げる。

 ナーさまと普通に話してたりしたせいで、なんかちょっと神さまって存在が目の前に現れるのに慣れ過ぎちゃってたっていうか、なんというか。

 あと光の精霊女王ラビアンさまも声をかけてくれるし。

 神さまが身近になり過ぎてた感じ。

 こうやって頭を下げるのが普通なんだよね。

 なんか、あたしの中で神さまの位置が王様とか貴族よりも下になってた気がする。

 危ないあぶない。

 ルビーだけは、あたし達を見ても頭を下げなかった。

 空気読めよ、吸血鬼!

 とは思ったけど、吸血鬼だからこそ頭を下げないのだから、これが正しいのかな?


「あぁ、遠慮なさらず。頭をあげてください。そう緊張しないで欲しかったので自然と会話に混ざってみたのですが……失敗でした?」

「ゴースト種かと思いましたわ」

「あぁ、半透明ですものね。さすがに完全降臨するのは許されませんでしたので、この姿で失礼します。でも安心してください。これでも神ですので、魔法攻撃は効きません。なので、間違って魔法を打たれても大丈夫ですから」


 アルマさまは、えっへんと小さな胸を張った。

 ……これ、アルマさまの冗談ってこと?

 笑わないとダメ?

 分かんない!


「さ、さ、頭をあげて立ち上がってください。大人の男性から、さぁさぁ。どうぞどうぞ。怒りませんので、ぜひ。……むぅ。あ、分かりました。逆ですね。頭を下げたままだと私、怒ってしまいますよ? 天罰です天罰」


 そこまで言われては、とルシェードさんがちらりとあたし達を見て、立ち上がった。それを見て、師匠も立ち上がったので、あたしも遠慮なく立ち上がる。

 その後ろでレーちゃん達も立ち上がったんだけど、どこかそわそわとして緊張している感じ。

 目がきょろきょろと泳いでいた。

 アルマさまを見ていいのか、それとも視線は外すべきなのか。

 なんかそんな感じで困ってるのかな。


「ふふ、これでちゃんとお話ができますね」


 アルマさまは嬉しそうに両手を合わせた。その時に、パンと音がしなかったのが不思議な感じ。


「少し質問があるのだが……あるのですが、いいでしょうか?」


 師匠がおずおずと手をあげながらアルマさまに聞いた。


「はい、どうぞ。『エラント』さん」


 アルマさまは師匠の名前を呼んだ。それにギョっとしつつ、師匠はありがとうございますと頭を下げる。

 どういう意味があったんだろう?


「アルマさまは『純』を司ると仰いましたが、どういう物なんでしょうか?」

「ちょっと分かりにくいですよね」


 すいません、とアルマさまは苦笑した。

 神さまが謝るなんて!? と、ルシェードさんとレーちゃん達は首をぶんぶんと横に振ってる。


「純とは単純に言えば『混ざり物が無い』状態です。つまり、とっても綺麗な物、と考えてください。純粋とか清純とか純真とか、そういうのエラントさんは好きですよね?」

「うっ……は、はい……」


 さすが神さま。 

 師匠がロリコンってこと知ってるんだ!

 なんでだろうって思ったけど、純粋って言葉で気付く。


「アルマさま、もしかしてナーさまの知り合い?」

「最近大神になられたナーちゃんですよね。知っております。属性的に似通っていますので、ぜひナーちゃんとはお友達になりたいと思っていて。うふふ。今度、ナーちゃんの神官さんに会った時は、是非ともアルマイネがよろしく言っていたとお声掛けをして欲しいのですが」

「あ、いいよ。サチに言っておくね」


 アルマさまは、やった、と嬉しそうに笑った。

 その変わり、ルシェードさんとレーちゃん達の視線があたしに突き刺さってる気がする。

 うぅ。

 やっぱり神さまって割りとフレンドリーだよね。見た目の年齢も同じ年くらいだから、どうしても普通にしゃべっちゃう……

 光の精霊女王ラビアンさまとか、大人の女っていう感じもあるし、人間じゃなくて精霊って感じだから大丈夫なんだけど。

 女の子って感じの神さまだと、どうしてもこうなっちゃう……貴族さまより下に位置しちゃうよ、神さま達。


「なるほど。混じる物が無く、綺麗なまま。だからアルマさまのご遺体が生前のままなのですね」

「はい、そうです。朽ちてくれないので、どうしても遺跡も残ってしまって。あ、そうだ。至急、叶えて欲しいお願いがあるのですが」


 神さまからの依頼。

 時にそれは神託や天啓、神の導きと呼ばれる重大な指令や命令、クエストでもある。確か特別に選ばれた人間にしか与えられない物で、それを実行し、完遂すると神さまから特別な褒賞が与えられるとかなんとか。

 そういうのを聞いたことがある。

 勇者もそれに当てはまるんだっけ?

 精霊女王から勇者に任命されて魔王を倒しに行く、っていう物凄いクエスト。まだ誰も達成できてないので、あたしが魔王にやらかしちゃった人間第一号ってことになったので、もっと勇者はしっかりして欲しい。

 師匠なんか死にかけちゃったんだからね!


「な、なんでございましょうか」


 とにかくアルマさまからの神託に、緊張するようにルシェードさんが答えた。


「あ、男の人はちょっと遠慮して欲しいかな。その、私の体が見えちゃってるので……隠して欲しいかな~……なんて」

「今すぐにぃ!」


 レーちゃんは青ざめた顔をして自分の服を脱ぎ始めたので、慌ててノーマくん達と止めた。アルマさまもいっしょになって止めてくれたので、なんとか半脱ぎでストップできて良かった。


「その布で隠すだけでいいので、ホント。体さえ隠せればいいので」


 というわけで、あたしとレーちゃんでせっせと柩の中のアルマさまの体を聖骸布でぐるぐる巻きにしておいた。

 薄くてスケスケな布でも、何重にも巻けば見えなくなる。なんだか簀巻きにされてるみたいで、情けない姿になっちゃったけど。でも、おっぱいとかあそこが見えてるより、よっぽどマシかな。


「ふぅ、ようやく落ち着きました。ありがとうございます。あの頃の神殿長はまったく何を考えていたのでしょうね。私も乙女ですのに。こんな透ける衣装を着せるなんて。ほんと、もう、神聖視し過ぎというものです。まったくまったくぅ」


 神さまだから神聖なのは当然なのでは?

 なんていうツッコミを入れるのは辞めておいた。いま天罰を落とされたら、またウォーター・ゴーレムが復活しそうな気がする。大人しくしてよう。


「助かりました。そして、ありがとうございます。長らく忘れられ、失われていた私の生前の肉体を発見して頂き、たいへん嬉しく思います」


 アルマさまは頭を丁寧に下げた。


「そしてお願いがございます。騎士さま」

「ハッ!」


 ルシェードさんは、まるで仕える主人に対するように頭を下げつつ返事をした。


「あなたは冒険者ではなく、この国の騎士ですね」

「はい。ティスタ国は国王直属、シェル騎士団の団長を務めておりますルシェード・バッガーと申します」

「では、ルシェードさま。どうぞお願いがあります」

「なんなりと」

「私の肉体を運び出し、神殿を作って欲しいのです」

「――失礼ながら、質問しても良いでしょうかアルマさま」


 どうぞ、とアルマさまはうなづく。


「この遺跡が、神殿では無いのでしょうか?」

「はい、その通りです。ここは、私たちが生きていた時代に作られた神殿でした。私が神として天界に行った後に作られたものですが……残念ながら時代の流れに取り残されてしまって。忘れられてしまっているでしょう?」


 アルマさまは苦笑する。

 たぶんきっと、アルマさまは大神だ。でも、アルマさまが神さまになった時代より、信仰は無くなってしまっている。

 大神から小神に落ちちゃうとかがあるのかどうかは分かんないけど。それでも信仰が多い……信仰って多いって言うんだっけ? まぁいいや。とにかく信者の人とか祈りとかが多いほうがいいに決まってる。


「純神アルマ。その名前を聞いたことありますか?」


 アルマさまの質問に、あたし達は誰も反応できなかった。

 否定すると悪いし、でも本当に聞いたことないし。っていう反応。


「でしょう」


 アルマさまは、しょうがないよね、みたいな感じで笑った。


「というわけで是非、私の神殿を作って欲しいのです。エルフさんだったら、もしかしたら私のこと知ってる人もいるかもですので、お願いできませんか?」

「もちろんです。忘れられていたのは我が国の失態でもありますから。それを赦して頂けているだけで寛大な御心を感じられます。是非とも我が国の王都に神殿を作り、アルマさまのご遺体を祀らせて頂きます」

「ありがとうございます、ルシェードさま」


 やった! とアルマさまが小さくガッツポーズしたのがちょっと見えた。やっぱり神さまって大変なんだなぁ。信仰で優劣が決まっちゃう感じだし。

 ナーさまもイジメられてたみたいだから、アルマさまも肩身が狭かったのかも?


「それにしてもアルマさまの体って綺麗なままなの凄いよね」

「ふふ~、そうでしょう。なにせ『純』を司る神なので、物を綺麗なまま保つ力があるのです。保存に優れた神官魔法があるでしょう? あれを作ったのは私なのですから」

「ほへ~。そうなんだ……」


 第一エリアにあった美味しそうなごはん。

 あれも保存の魔法で腐らずにずっと綺麗なままで置いてあった。

 それを考えると――


「あたし、アルマさまの魔法のせいで罠に引っかかるところだったのか」

「え、なにそれごめんなさい」


 神さまがあたしに謝った。

 なんにしても、この遺跡の全てが綺麗な理由が分かったし、このエリアの水で洗うと肌が綺麗になってスベスベになる理由も分かった。


「神殿が出来たら、『純神アルマの綺麗なお水』って売ればいいよ。たぶん信者がめちゃくちゃ増えると思う。女性の貴族からモテモテになるよ、アルマさま」

「その案は採用したいと思いますけど、名前を変えましょう。なんだか私が出したみたいな印象を受けませんか、それ?」


 なんか口からダバーってアルマさまが水を吐いているイメージ。


「そういう意味でしたら、男性にも売れそうですわね。もっと具体的な名前にしましょう。アルマさまのろ過したお水」


 神さまへの敬意ゼロな吸血鬼が恐ろしいことを言った。

 アルマさまの口から入って、下のほうから出てきた綺麗なお水……


「なるほど! 信仰が増えるのであれば、それもアリ――」

「ふ、不敬ですよサティスさまにプルクラさま! なによりアルマさまも!」


 ルシェードさんに怒られた。

 ルビーだけじゃなく、あたしまで怒られたし。

 なぜかアルマさままで怒られてしまった。


「ふむ……悪くない……」


 師匠は腕を組んで考え込んでいる。

 たぶんきっと。

 えっちなこと考えてたんだと思います。

 ルシェードさん、あたしとルビーとアルマさまだけじゃなくて。

 師匠も怒ってください。

 うぅ。

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