~可憐! 祭壇に眠る者~

 ウォーター・ゴーレムを撃退した!

 というわけで、師匠とあたしとルビーは階段上の祭壇を調べることにした。

 ルシェードさんとレーちゃんパーティのみんなは階段の下で休憩中。ルシェードさんの意識は戻ってるけど、途中で気絶してしまったのが相当ショックみたい。


「騎士失格です」


 ルシェードさんはそう嘆いているけど、レーちゃん達を守ったのは確かだから、ぜんぜん問題ないと思うんだけどなぁ。

 レーちゃん達は別の意味でショックを受けていた。

 やっぱり恐怖で体が動かなかったって部分が大きいけど、何も出来なかったっていうのもショックだったみたい。


「はぁ~」


 ノーマくんは大きくため息をついて、ぐったりと階段にもたれるように座ってた。その隣にレーちゃんが座って、ふたりで反省中。

 ちなみに前衛の戦士たるセルトくんとドットくんは水攻撃をモロに受けてたのでコルセくんの魔法で治療中。魔法を使ってるコルセくんも、ぐったりとしていた。


「罠は無いな」


 階段を調べながら師匠が先頭を登っていく。

 エリアの中央にそびえたつ階段。相当高くて、ちょっと怖い。貴族のお屋敷の屋根よりも高くなってて、手すりとかそういうのが無い。

 横幅は充分広くて、三人ならんでも余裕がある。なので落ちちゃう心配は無い。でもやっぱりちょっと怖い。

 通路から続く階段は白くて綺麗だった。

 汚れひとつ、埃ひとつ付いていない。

 ずぶ濡れになってるあたし達の体からポタポタと雫が落ちても、階段から滑るように水は落ちていった。


「綺麗になるように保たれているのか……ふむ」


 師匠は自分の髪の毛を一本だけ抜いて、階段の上に落とした。

 すると、髪の毛がバラバラになるように分解されてハラハラと空気中に舞うように消えてしまう。


「ゴミと判断されたら消滅してしまうようですわね。気を付けないと消されますわよ、サティス」

「プルクラに言われたくない」


 ゴミっていうか、人類の敵のくせに。


「恐らく遺跡の中には同じような仕掛けか魔法があるんだろうが。ここはより一層とそれが顕著になっているようだな」


 その理由は、やっぱり祭壇があるから、かな~。

 ゴミって判断されないように気を付けながら、あたし達は階段を登って行った。

 最上段まで登ると、祭壇の全容が見えてくる。

 大きな石碑のような一枚の板があって、第一エリアのように金の装飾がほどこされていた。その中心部には聖印が刻まれていた。

 聖印。

 神さまを表すマークで、円の中に遺跡の入口にあった剣のような形や盾を表しているような形もあった。

 でもやっぱり見たことのない聖印だ。

 石碑の手前には燭台があって、ろうそくを灯せるようになっているんだと思う。棚のようになっていて、燭台の他にもいろいろと置いてあるけど……何に使うのかが分からなかった。

 お祈りするときのアイテムかな?

 でも――

 それよりも気になる物があった。


「棺だ」


 師匠がつぶやく。

 通路や階段と同じ素材の、真っ白な石で作られた棺。

 大きな長方形の棺が祭壇の前にあった。


「ひつぎ……棺桶でしょうか?」

「そうだ。厳密には違うが」


 師匠は説明してくれる。


「棺桶は土葬や火葬の際に使われる者で、棺は遺骸を納める物。同じ共通語で、同じ発音になるが、中に遺骸がある場合は『柩』とも書く」


 師匠は空中に指で文字を書いた。

 言葉は同じだけど、ツヅリが違う。雲と蜘蛛みたいな感じ。


「棺はまぁ、言ってしまえば偉い人が亡くなった時に使われている物だ」


 なるほど~。

 絵本なんかで眠り姫と呼ばれたお姫様が、眠り続ける箱みたいなのが描かれていたけど。あれって棺だったってことかな。

 あのお姫様、死んだ人として扱われてたんだなぁ~。なんかそう思うとヒドイ話に思えてくる。

 ベッドで寝かせてあげてよ~、なんて思った。


「つまり遺跡を作る原因となった人がこの中で眠っているということですわね」

「そうなるな」


 師匠は棺……じゃなくて柩のフタとなる隙間にナイフの刃を通していく。

 あたしはギョっとして思わず聞いてしまった。


「し、師匠!? いいんですか!?」

「罠チェックだ。いいもなにも、やらなきゃダメだろ?」

「そ、そうじゃなくて。偉い人の柩なんか、開けちゃダメな気がして……」


 なんとなくだけど、怒られそう。

 いや、誰に怒られるか分かんないけど。


「もちろん当時なら逆賊扱いの大犯罪者になるだろうが。逆に今だと忘れられた人を確かめる行為とも言える。いったい誰が、どんな目的で、どうしてここまで祀られることになっているのか。それを知らないままだと……真の意味で盗掘になってしまう」


 師匠は苦笑しつつ肩をすくめる。

 なんとなく、師匠の言いたいことが分かった。

 眠っている場所をみんなで騒いで、盗んだりしてしまっている。主を守るゴーレムまで倒してしまった。

 だから、ごめんなさい、って言わないといけない。でも、ごめんなさいって言う相手のことが分からないんだったら意味がない。

 柩の中を調べたら、少しでも分かるかもしれない。


「ですが、遺骸はすでに朽ちているのでは?」

「ミイラになっている可能性もあるぞ。ここまで大規模な遺跡だ。遺骸も、相当丁寧な扱いを受けている可能性が高い」

「ミイラって、あの魔物の?」


 ゾンビとかと同じ種類の魔物で、人間の遺体が枯れちゃった骨と皮だけの状態で動き回って襲い掛かってくる。主に暑くてカラカラに乾いた国で出現する魔物で、こんな水がいっぱいある遺跡の中にミイラがあるっていうのは、なんかちょっと想像できない。


「魔物じゃなくて、遺体の保存方法だな。腐らないように処置をして、生き返った時のために肉体を残しておこうとしたんだ」

「え、生き返るんですか!?」


 あたしはびっくりしたけど、師匠は首を横に振った。


「残念。ミイラから復活した人は今までひとりもいない」


 昔の人の風習みたいな感じなのか~。


「あらら、そうなんですのね。面白くありませんわ」


 似たような種族のくせに、なんか言ってる……

 師匠とあたしは、半眼で吸血鬼を見た。


「な、なんですの? わたしの顔に何かついてます? え、え?」

「吸血鬼って死んでるようなもんじゃん。ルビーが一番面白い状態だよ」

「わたし、生きてますわよ!?」


 さっき死んでてもおかしくないようなゴーレムの攻撃をもろにお腹で受け止めておいて。なに言ってんだろ、この魔物。


「ほれ、ルビー。柩のフタを外すんで手伝ってくれ」

「分かりました」


 石で作られているので、ひとりでフタを動かすのは難しそう。それなりの分厚さがあるので、かなりの重さだと思う。

 師匠とルビーが両端に立って、ズリズリと柩のフタをゆっくりズラしていった。罠は何も無かったみたいで、段々と中が見えてくる。


「わ、綺麗」


 中を覗き込んで最初に見えたのは、白い花だった。見たこともない花で、大きく花びらを広げている。


「え、花?」


 いやいや、おかしいおかしい。

 こんなところにずっとあるのに枯れてないなんて……って思ってよく見たら、ちょっと質感が本物と違う。

 なんかこう光を反射する光沢があるっていうか……これって、もしかして……


「陶器で作られてる!?」


 持ち上げてみるとずっしりと重い。

 コツコツと花びらを叩くと音がした。

 前のエリアにあった白いお皿とか壺とかと同じ感じで作られてると思うけど、でも物凄い技術ってことが分かる。

 たぶん芸術品ってことで、製作者が分からなくてもすっごい価値がありそう。

 持って帰るのは、めちゃくちゃ難しそうだけど。

 たぶん、花びらの先っちょとか途中でぜったい欠けちゃうと思う。


「わ、こっちも凄い」


 そんな花の下には、ふんわりとした真っ白な布があった。めっちゃサラサラで触り心地が無いくらいにすべすべ。

 その布が何重にも重なってるみたいだけど、不思議と重々しい感じじゃなくて、軽くてふんわりとした印象がある。

 ようやくフタを全て動かしきり、師匠とルビーも柩の中を検めた。


「……これは――」


 師匠は自分の首元に手をやる。

 そこにあるのは、聖骸布だった。

 光の精霊女王ラビアンの遺骸を包んだ、古代遺産・アーティファクト。装備すると能力が全体的にめっちゃ上がる凄い物。

 師匠がそれを触ってるっていうことは……

 もしかして、この布も……


「聖骸布ってことですか?」


 師匠はうなづいた。

 でも。


「問題は何者の聖骸布かってことだ」


 この布が……新品みたいにサラサラで、ふんやりと軽い感じの綺麗な布が聖骸布だったとしても、それがアーティファクトになるのかどうかは分からない。

 なにより。

 遺骸を包むだけで単なる布がアーティファクトになるんだったら、苦労はしないよね。大昔のお墓を掘り起こしたら、もしかしたら取り放題かもしれないし。

 柩の中にあった陶器のお花も凄いし、綺麗でふわふわな聖骸布も凄い。

 いったいどんな人が包まれているのか。

 師匠は、頭と思われる方向の布を、そっと寄り分けるようにして外していった。


「顔が見えて、き……た……これは」

「え、どうして……」


 師匠とあたしは驚いた顔で柩の中を覗き込む。

 聖骸布に包まれていたのは、あたしと同じくらいの年齢の女の子だった。でも、問題はそこじゃない。

 女の子だって分かるくらいに、遺骸が綺麗なこと!


「あら、美しい少女ですわね」


 ルビーはにっこりと笑って顔を近づける。

 女の子は、もちろん呼吸をしていない。

 でも、どう見ても眠っているだけのように思えた。


「どうなってるんですか師匠? もしかして精霊女王?」

「いや、違う。精霊女王であっても魂が無くなれば肉体は維持できていない。……もしかして、この聖骸布の力なのか?」


 師匠は丁寧に女の子から聖骸布を外していく。ちょっと体を起こしたりしないといけないので、あたしも手伝った。

 ちなみにルビーが手伝おうと手を伸ばしたところ――


「びゃぁ!?」


 なんか分かんないけど、痛かったみたいで慌てて階段から駆け下りて水の中に手を付けてた。

 もしかしたら熱かったのかもしれない。

 そんなルビーの様子を見て、ルシェードさん達も階段を登ってきた。


「こ、これは!?」

「女の子だ」


 みんなは驚きながらも手伝ってくれた。

 ようやく聖骸布を全て外し終えると、女の子の体が完全に出てきた。透けるほど薄いローブのようなものを着てて、裸が見えちゃってる。あたしと同じくらいの年齢だけど、あたしよりおっぱいはちょっと大きい。

 でも、女の子の体には傷とか見えなくて、病気で痩せてるとかそういうこともなかった。どうして死んじゃったのか、見た目にはまったく分からないほど綺麗な遺骸。

 ホントに眠っているようにしか見えなかった。

 これが聖骸布の能力?

 でも聖骸布を外したからといって、いきなり朽ちていったりはしない。

 生きてるみたいな死体。

 なんていうか、とても不思議な感じだった。


「あ、なんか下に……」


 レーちゃんが女の子の下にあったプレートのような物を拾い上げた。

 棺の中に落ちていたのか、それとも元々入れられていたのか分からない。金属で出来てるみたいで、なんかとっても綺麗に磨かれている。

 そこには文字が刻まれてあったけど、あたしには読めなかった。

 でも……レーちゃんと神官のコルセくん、そしてルシェードさんには読めたみたい。

 三人はその文字を見て、あわわわ、と声を震わせ始めた。


「なんて書いてあるの?」


 あたしが聞くと、レーちゃんが答えてくれる。


「こ、これ……旧き文字で――」


 旧き文字ってことは、やっぱり神話時代に作られた遺跡ってことだ。


「『純神』ここに眠る……って……書いてある」


 ほへ~。

 じゃぁこの人、神さまなんだ。

 あはは。

 この『人』、『神さま』って、変な言い方~。

 あはは……

 はは……

 ん?

 え?


「ええええぇ!?」


 この女の子、神さまなの!?

 ええええええええええええ!?

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