~可憐! VS・ウォーターゴーレム~ 1
ゴーレム。
魔物辞典では後ろのほうに載っていたのを覚えている。
それは、ゴーレムがレベルが高くて強いから……ではなくて、厳密には魔物ではないから。
神話時代に作られた遺跡などを守護している存在。
なので、魔王が人間領を支配して、魔物が現れるようになる前から遺跡にはゴーレムがいた。
盗掘者や冒険者たちから遺跡を守っている神話時代からの守護者だ。
そんなゴーレム種には、いろいろある。
代表的というか一般的なのが、石とか岩で作られたゴーレム。正式にはロック・ゴーレムなんだけど、あまり特別感が無いのでロックは略されることが多い。
そんなロック・ゴーレムより弱いのが、泥で作られたマッド・ゴーレム。柔らかいので、比較的倒しやすいみたい。レベルは20。ベテラン冒険者で勝てるよ。
で、反対に厄介なのが鉄で作られたアイアン・ゴーレム。もうめちゃくちゃ硬くて強いらしいので、レベル70に設定されてた。
冒険者がひとりで勝つには、ほぼ無理ってレベル。だからといってレベル10の人たちが7人集まったって勝てないと思うけど。
あくまでレベルは目安なので、仕方がない。
そんなゴーレムの中で、出会ったらラッキーと言われているのがゴールド・ゴーレム。アイアンゴーレムの亜種で、金で作られたゴーレムらしい。昔の人はアホなんじゃないかって思う。
むしろアレかな。
宝物自体が動いて自分を守ればいい、って考えなのかなぁ。でも逆に必死になって倒されてしまうので、ゴールド・ゴーレムの運命は短い。
「――避けろ!」
なんて、ゴーレムについての知識を頭の魔物辞典から呼び起こしていると師匠の声が響いた。
天井から降って来た丸い物。
それがみるみる形を作り、大きなゴーレムっぽい形を作った。
推定『ウォーター・ゴーレム』。
もちろん、魔物辞典にそんな名前なんてどこにも載ってなくて。今まで見たことも聞いたこともないけど、魔物辞典に載っているゴーレムと形は似ている。
なのできっとウォーター・ゴーレムだと思う。
師匠がそう叫んだんだし。
そんなウォーター・ゴーレムが腕を引いた。
遠く離れてるのに、予備動作をしたってことは――攻撃が来る!?
「ひっ」
それが見えた瞬間、あたしは横っ飛びで体を投げ出す。物凄い勢いで水ゴーレムの腕が伸びてきた。
いや、違う。
伸びるパンチっていうよりは、超スゴイ水鉄砲。
ドッッッパーン! って感じで音がした。
水に満たされた床を転がり起きながら後ろを見ると、ルシェードさんがタワーシールドをかまえつつも、後ろに転びそうになっていた。音の正体は盾に超水鉄砲が当たった音だったんだ。
あの攻撃を防御するなんて凄い!
あんな恐ろしい攻撃をしてくるなんて、怖い!
両方の感想が思い浮かぶけど、そんな感想をつぶやいているヒマもなかった。
レーちゃんパーティのみんなが、さっきの一撃で動けてなかった。みんな唖然とした感じでルシェードさんを見守っているだけ。
何人かが尻もちを付くように転んでいる。
ルシェードさんがいなかったら、まともに当たってた。
ヤバイ。
このままじゃ、みんなが死んじゃう。
「一時退却だ!」
師匠の声に反応したのは、ルビーだけだった。
アンブレランスを花のように開いて、それを傘のように肩に担ぎながら後方へ走る。一応は後方からの攻撃に備えてるんだろうけど……さっきの超水鉄砲の威力を考えると、アンブレランスじゃぜったいに防げない。
とりあえず退路の確保はルビーに任せて、その間に師匠は水ゴーレムへと向かっていった。
「隙を作る。頼む、ルシェード殿!」
「はい!」
レーちゃん達の前にルシェードさんは立ち、半身になるようにタワーシールドをかまえた。
「皆さん、私の後ろに!」
ルシェードさんが叫ぶけど、レーちゃん達の反応がにぶい。
どうしよう、あたしはどうすれば――
師匠の援護?
それともレーちゃん達の援護?
え~っとえ~っと――
「……レーちゃん!」
あたしは師匠じゃなくて、レーちゃん達を選んだ。
「立ってノーマくん! セルトくんみんなを指示して! コルセくんは防御魔法! ドットくん、しっかりして! レーちゃん、レーちゃん!」
みんなが動き出す。
レーちゃんが一番動揺してたみたいで、ノーマくんがレーちゃんを引きずり起こしていた。
その間にコルセくんが防御魔法を使ってくれる。
「ディ、ディフィンシオニス・フィルド……!」
弱々しい声でも、神さまは力を貸してくれた。
秩序を司る神『ライダット・ドゥルガー』の聖印がみんなの足元に広がり、その場にいた全員に効果が発生する。
「あたしも!」
範囲外から外れていたあたしは慌てて聖印の上に乗る。効果を受けて、ちょっとだけ体が魔力で光った。
でも、気休めだ。いや、気休めにもなんないと思う。
レベルの低い神官魔法で、あの超水鉄砲が防げるとは思えない。
当たったら即死しちゃうと思って戦わないと。
そのまま駆け抜けるようにみんなから距離を取ると、あたしは師匠とウォータ・ゴーレムに注視した。
「なに、あれ……」
師匠の進む先に、水の壁が現れる。そのせいで師匠が前へと進めていないし、水の壁が引っ込むと水ゴーレムの超水鉄砲が飛んできてた。
師匠はそれを避けつつ投げナイフを投擲してるけど、ゴーレムに当たったところでダメージが通ってる感じじゃない。
水の中にナイフを投げ入れたところで水ゴーレムは痛くもかゆくも無いんだ。
というか――
「足元の水も、ゴーレムの一部ってこと?」
物凄い勢いでウォーター・ゴーレムは水を放出してるのに、ぜんぜん小さくなったり減ったりしていない。
つまり、このエリアに満たされてる水の全てが、ウォーター・ゴーレムってことになる。
「なっ!? あ、あれ!?」
その時、ルビーの焦るような声が聞こえた。
そして、絶望的な報告をルビーは告げる。
「師匠さん、扉が開きませんわ!」
――えぇ!?
それってつまり、閉じ込められたってこと!?
これも罠なのかな。
もしかしたら、ウォーター・ゴーレムが襲ってくる条件みたいなのを満たしちゃったのかもしれない。
扉は閉めちゃいけなかった、みたいな?
「くっ!」
ルビーの声が聞こえた師匠の動きが一瞬だけ迷った。師匠の足元が一瞬で水柱のようにせり上がり、師匠の体を飲み込もうとした。でも、師匠はそれより早く後ろへ大きくジャンプして逃れる。
「仕方がない、倒す! プルクラ、みんなを守ってやってくれ!」
「了解ですわ!」
アンブレランスでどこまで防御できるか分からないけど、レーちゃんパーティが恐怖で動きが鈍くなっている今、ルシェードさんだけの盾じゃ不安だ。
水鉄砲だし、最悪ルビーが喰らえば威力は下がる――
「ッ! しゃがめ!」
師匠の絶叫と共に、まるで射程距離無限の槍を振り回すようにウォーター・ゴーレムが超水鉄砲を放出したまま腕を横に振るった。
頭の上を高出力の水が通り過ぎていく。
「ひぃぃ!?」
怖い!
こんなの良く盾をかまえて受け止められるよね、ルシェードさん!?
とりあえずあたしは避けられたけど、みんなは……?
「大丈夫そ――あっ!」
ルシェードさんの後ろ、レーちゃん達が固まっている場所に水が集まり始めていた。
逃げて、と声を出すヒマもない。
一気に足元から跳ねるようにレーちゃん達の体が水によって持ち上げられる。
「――!?」
みんなの声なき悲鳴。
ドッパーン、と波が前後から打ち寄せたようになり、みんなの体が強制的に水に浮かばせられた。踏ん張ったところで足は水の中。
自由が利くはずもなく、陣形がバラバラに崩れてしまう!
そして、ウォータ・ゴーレムの予備動作。
腕を引いたってことは、また超水鉄砲が来る!
「こっちだ!」
あたしは投げナイフを投擲した。
同時に人差し指と中指でウォーター・ゴーレムを指し示す。
「アクティヴァーテ!」
軽いナイフだと水の中で威力を失うけど、重いナイフだったら通るはず。
あたしの目論見どおり、投げナイフは水ゴーレムの体に通る。まるでそれが本体だと言わんばかりの丸い物体に、こつん、と当たった。
でも、それだけ。
ダメージにはなっていない。
ダメだ、やっぱりあたしの投擲力じゃ重くしたところで威力が足りな――
「いぃ!?」
レーちゃん達を狙ってた超水鉄砲があたしに向けて射出された。なんとかしゃがんで避けたけど、今度はあたしの元に波が前後から襲い掛かってくる。
逃げなきゃ!
めちゃくちゃ情けないけど、ジャバジャバと水を蹴り上げながらその場から逃げ出した。とっぷん、って感じで後ろで音がして波がぶつかりあってる。と思ったら超水鉄砲がまた飛んできて、あたしは命からがら横っ飛びで避けた。
「ひいいい!」
やばいやばいやばいやばい!
体勢がぜんぜん整わない。地面じゃなくて水の中に飛び込むからどうしても起きるのが遅くなるし、なにより息がぜんぜん出来ない!
避けて飛んで避けて飛んで、と繰り返したところでウォータ・ゴーレムの攻撃があたしじゃなくて師匠に向かった。
「げほっ、げほっ、えほ」
よだれなのか水なのか、もうぜんぜん分かんないけど、とにかく口の中の液体を吐き出して呼吸する。
「えほっ、けふ、はぁ、はぁ……」
それと同時に師匠の動きを確認する。
ウォーター・ゴーレムまで近づいてはいるけど、師匠の場合は特別に壁を作られてる気がした。
あたしやレーちゃん達が狙われたのは『波』を利用した行動制限だけど、師匠には水が『壁』を作って行動阻害をされてる。
行動制限と行動阻害。
どうして師匠にだけ?
師匠が一番強いから?
ゴーレムに行動がバレてるってこと?
「だったら」
あたしがなんとかしないと!
師匠が壁を避けながらもゴーレムに向かって全力投擲をしてる。それはゴーレムに当たってるんだけど、やっぱり威力が減ってて、ゴーレムの中にある丸い物に当たるだけでダメージになっていない。
でもすごいのは師匠ってば投げナイフに魔力糸を通してて、しっかり回収してるってところ。
あたしなんて使い捨てにしてるのに。
「……師匠すごい」
ハッ!
いやいや、感心してる場合じゃなくて。
ぷるぷるぷる、とあたしは顔を振ってポタポタと前髪から落ちてくる雫を跳ね飛ばした。
「行くぞぉ」
あたしはできるだけ威力を高めるためにウォーター・ゴーレムに向かって近づいていく。あんまり近づきすぎると、今後はこっちに反応されちゃう。だから、師匠よりは遠くて、それでいて狙われないギリギリを――
「んにゃ!?」
師匠を狙っていた超水鉄砲。それが放出しっぱなしで、あたしに向いた。ぐわん、と暴れるような軌道を見せて、剣を振り下ろすような上からの攻撃があたしを狙う。
ギリギリ半身になって避けたけど、足元を押し出されたように溢れた水のせいであたしは後ろに倒れる。
「あ」
やばいやばいやば――
「ぎゃああああ、あばばびゃばばばびゃばば」
水鉄砲の残りカスみたいなので、あたしは思いっきり後方へ押し流された。終わりかけだった攻撃だから助かったけど、それでもめちゃくちゃ痛しし、ごろんごろん水の中で転がったので、現在地も不明だし、いまどっち向いてるのかも分かんないし、息も出来ないし!
「もがががが!」
混乱したあたしは、早く起き上がろうと床に手を付こうとした。でも、床が無い。どうなってんの!? 起き上がれない!
「サティス!」
「んぐ、げほっ、げほっ! はぁ、はぁ、はぁ……」
レーちゃんに羽交い絞めにされるみたいで引っ張り上げられた。ようやく息ができるようになったあたしは、えづくように息を吸って、吐いた。
「あ、ありがとレーちゃん」
「どういたしまして……サティスちゃん、鼻水」
「うへ」
ぐしぐしと腕で鼻をぬぐう。
「ふふ、汚いよサティスちゃん」
「気にしない気にしない。涙よりよっぽどマシだもん」
レーちゃんが冷静になってるのか、それとも混乱が極まっちゃっておかしくなっちゃってるのか分かんないけど、レーちゃんは笑った。
とにかく緊張は解れてるので良かった。
でも、攻撃に参加はできそうにない。
「みんなを守ってて。あたしは師匠を助けないと」
「その『みんな』にはサティスちゃんは入ってる?」
「入ってる! ピンチの時は助けてね!」
「分かった!」
背中をパンと叩かれて、あたしは再び前へ走り出した。
「サティス! プルクラ!」
壁に押し戻される感じで師匠が前線から戻ってきた。
フ、とウォーター・ゴーレムとにらみ合うような時間が生まれる。
一瞬だけ訪れた静寂――
その静かさをぶっ壊すように、あたしとルビーは返事をした。
「はい、師匠!」
「なんでしょうか、師匠さん!」
「埒が開かん。なんとか隙を作ってくれ。三秒でいい!」
「「はい!」」
師匠とあたしとルビー。
三人で、ウォーター・ゴーレムに向かってパシャリと水を跳ねさせながら、突撃していった!
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