~可憐! 湖底の遺跡・最終エリア~

 地下エリアの最後に待っていたのは、とっても綺麗な扉だった。

 真っ白じゃなくて、ちょっと濃ゆいミルク色って感じの……乳白色って言うんだっけ。そんな扉に、ピンク色の透明な感じの石で装飾がされている。

 明かりを近づけると、扉全体がキラキラと反射する感じで、小さな砂みたいな宝石が散りばめられているみたい。

 縦向きに付いている取っ手は金で作られているみたいで、そこもキラキラと輝いてる。でも、そんな派手っていう印象じゃなくて、どっちかっていうと『かわいい』感じの扉に見えた。

 どこか女の子の部屋の扉っていう印象かな。

 今までの貴族と平民を分ける扉とか、重厚で重い扉とはぜんぜんイメージが違った。


「あれは、聖印でしょうか」


 両開きの扉の左右に、特徴的な円で囲まれた印が刻まれている。その一部には湖の底にあった台座に刺さった剣のようにも見える部分があった。

 神さまの持つマーク。

 聖印。

 ルシェードさんの言葉に師匠は、そうかもしれない、とつぶやいた。


「この遺跡が霊廟か、それとも神殿なのか。微妙なところだな」

「どういうことですか?」


 あたしが質問すると、師匠はちゃんと答えてくれた。


「神殿の場合、神さまの印である聖印があるのは当たり前だ。で、霊廟の場合だが……例えば亡くなった王様が信仰していた神さまがいたとすれば、その神さまの聖印を霊廟の扉に刻むのも、普通に考えられるだろ?」

「そっか。死んだら神さまの元に行けるんでしたっけ?」


 そんな絵本を見たことがある。

 人間が死ぬと魂になって、天界に登っていく。って内容。

 死んじゃった王様が神さまの元に行けたらいいね、ってことで聖印を刻むのかもしれない。


「あれ嘘だ」

「えっ!?」


 驚いたのはあたしだけじゃなく、レーちゃんパーティの男の子たちも声をあげてた。何人か重なってたので、誰が声を出したのかちょっと分かんないけど。

 でも良かった。

 信じてたのがあたしだけじゃなくて。


「勘違いしている人も多いですが、魂となって天界へ行けるのは神に認められた英雄だけです。だからといって救いが無いわけではありませんが。死後、魂となった人に神さまが声をかけてくださる場合が多いので、そんな勘違いが起こったのかもしれませんね」


 ほへ~、そういうことなんだ。

 神さまから、今まで信仰してくれたお礼なのかもしれないね。その人たちのおかげで大神になれたりするわけだから。


「それでしたら、魂はどうなるんですの?」


 魔物のルビーが聞いてきた。

 その質問には、師匠もルシェードさんも肩をすくめる。


「分からない。なにせ、魂だけになったことがないからな」

「なるほど、理解しました」


 死んでみないと分からないってことか。

 でも、実験するわけにもいかないので仕方がない。あ、でも、もしかしたら学園都市でそんな実験をしてるかもしれないので、学園長なら何か知ってるかも?


「とりあえず罠感知だが。サティス、ノーマ。ふたりでやるか?」

「はーい」

「やってみます」


 というわけで、なんか可愛いピンク系統の扉をあたしとノーマくんがチェックする。いつもどおりに隙間にナイフの刃を通したり、取っ手を調べたり、扉全体を観察したり。

 一通り調べたところ罠は無さそう。


「うん」


 ノーマくんも同じ結論だったので、あたし達は取っ手を握って開くかどうか確かめてみた。

 すると――

 ギギギギ、という金属のこすれる音がして何事もなく扉は開いていった。重くて重厚だけど、鍵も何も掛かっていない。

 それと共にパラパラとほんのわずかな埃が落ちてくるが……


「え?」


 目の前で、フッと消えた。

 見えなくなったというか、風でバラバラになったというか。まるで埃が消滅したように思えた。

 扉が開いた後にも罠が発動する可能性があるので注意しないといけない。

 ワイヤーが仕掛けられていて、連動して矢が飛んでくるパターンとか、単純に上から物を落とす単純な仕掛けとか。

 そういうタイプの罠も無いみたいで、あたしとノーマくんは大きく息を吐いた。

 どうやら罠も鍵も何にも無い扉だったみたい。


「師匠、無事に開きました」

「よくできました」


 あたしは師匠に頭を撫でてもらって、ノーマくんは背中をぽんぽんと叩いてもらってる。


「えへへ~」


 やったね、とふたりで笑い合ってると……ちょっと後ろでレーちゃんが怖い顔をしたような気がしないでもないので、あたしはそそくさと師匠の腕にくっ付いた。


「どうした?」

「師匠好き好きアピールです」

「お、おう……え、なんでこのタイミング?」

「バックアタックが怖かったので」

「不意打ち?」


 師匠は後ろを振り返る。

 もちろん、暗闇が広がっていて、細い橋があるだけで魔物とか他の冒険者がくる気配なんてゼロ。後ろから攻撃される心配は無かった。


「なにしてますの、早く進みましょう!」


 首を傾げている師匠を引っ張って、ルビーは扉をくぐっていく。中に興味津々な感じ。

 あたし達もそれに続く感じで、扉を通っていく。


「おぉ~」


 真っ暗だった地下2階エリアだけど、ここは天井がまた外と繋がっている感じでゆらゆらと水面のように揺れて、明かるかった。

 でも、上の階のような明るさじゃなくて、ちょっと抑えられている感じ。

 外の明るさっていうより、部屋の中の明るさっていう感じで、外から差し込んでる光が青くなってエリアの中に模様を作ってるみたいだった。

 そこそこ広いけど、上にあった最初の城下街風エリアよりは小さい。

 真ん中には真っ白な通路が外から続く感じで真っ直ぐ伸びている。

 ただし、今までと違って通路も水の中に沈んでいた。

 通路部分は水たまり程度で、通路から外れた部分は足首まで沈むほどの深さ。それほど深くは無いけど、歩くたびに波紋が立って、音がしてしまう。

 こっそり侵入するのは無理っぽいエリアだった。

 通路の先は途中から階段になっていた。見上げるほどに高く、奥まで続いている。最上段に当たる天井付近にあるのは……祭壇かな。

 なんかそれっぽいのがあるのが遠目で分かった。

 階段の向こう側は壁になっていて、その先がどうなっているのか分からない。

 通路が続いていないってことは、ここが最終エリアなのかも?


「ねぇ、壁の水が……」


 レーちゃんの言葉に、あたしは左右の壁を見てみる。

 上の階みたいに上から水が流れているだけかと思ったら、違った。

 逆だった。

 水が下から上へ流れてる。

 壁を伝うようにして、足元の水が天井へ向かって流れていた。


「うわぁ……どうなってるんだろ」


 良く分かんないけど、湖の水が空に浮かんじゃうくらいだから、水が壁を上に流れていても不思議じゃない。いや不思議だけど。


「師匠さん、ちょっとちょっと」


 みんながこのエリアに夢中になっている間に、ルビーが師匠を呼んで、みんなからちょっと離れた。

 なんだろう、と思ってあたしも近寄ってみる。


「どうにも体がピリピリします」

「ピリピリ?」


 そんな感じする?

 あたしは自分の体を確かめてみる。

 あちこち体を触ってみるけど、特に変わった感じや違和感はなかった。

 試しに足元の水をすくってみて腕に内側に付けてみる。でも、痛かったりかゆかったりとか、そういうのは何にも無い。

 これは師匠に教えてもらった方法で、葉っぱとかに毒があるかどうかを確かめる方法。

 手首にこすりつけてみて、異常が無かったらたぶん食べても大丈夫。

 あくまで『たぶん』。

 食料が無くなった時とかの緊急用の方法らしい。


「そう感じているのはルビーだけっぽいな。魔物だからか?」


 師匠も大丈夫っぽい。

 やっぱりルビーだけが異常を感じてるようだ。


「わたしだけのようですわね。この空間は神聖な感じもしますし、もしかしたらお役に立てないかもしれません」

「分かった」


 申し訳ありません、と頭を下げるルビー。

 師匠はそんなルビーに対して、問題ない、と頭を撫でた。


「なにかあれば逃げてくれてかまわない。ただし、夜になったら助けに来てくれ」

「ふふ、了解ですわ」


 そんなことにはならないだろうけど、事前にそういうのを聞いていれば安心できるかもしれない。

 まぁ、いきなりルビーがこのエリアから出ていったら逃げたって思われるけど。いや、実際に逃げてるんで、間違いないけど。


「ん? あれ?」


 あたしは撫でていた手首にちょっとした違和感をおぼえた。

 毒とかそういうのじゃなくて、なんかちょっとスベスベになってる気がする。くんくん、と手首のにおいを嗅いでみるけどにおいもしなかった。


「レーちゃん、レーちゃん」

「え、なにサティスちゃ――わっぷ」


 あたしはレーちゃんの顔に水をすくって撫でるようにこすりつけた。


「なな、なにするのよ」

「いいからいいから」


 むにむに、とレーちゃんの顔をちょっと背伸びしながら水を染み込ませるように撫でていく。

 すると――


「おぉ~」

「え、なになに? どうしたの……って、うわすご!?」


 レーちゃんは自分のほっぺを触って声をあげた。


「すっごいスベスベになってる!」


 あはー、と声をあげた。

 冒険中は、そんな綺麗に洗顔もできないので、ちょっと顔が荒れ気味になっちゃうっていうのは聞いたことがある。

 女性冒険者の悩みとしては有名なんだって。

 石鹸なんて持ち歩けるのは、それこそ余裕のある一流冒険者だけ。浄化の魔法も、女の子だけ使ったりしてれば仲間に引け目が生まれてしまう。

 ルーキーなんか、石鹸を買うお金も無いくらいなので。どうしてもお肌は荒れちゃうみたい。

 あたしもレーちゃんも、まだまだ子どもなのでそんなに気にならないけど。

 でも、それでも。

 そんなあたし達でも分かるくらいに、一瞬で肌がスベスベになった!


「どういうことでしょうか?」

「魔法の水か?」


 ルシェードさんと師匠も水をすくって確かめてる。まぁルシェードさんは甲冑だから確かめられないけど。


「化粧の神……いや、美の神……? それとも若返りの神?」


 師匠は考えを巡らせてるようだけど、答えはでなかったっぽい。肩をすくめて、手のひらの上から水をこぼした。


「なんにしても、あの階段の上まで登れば分かるかもしれん。それと、奥の壁にも部屋がふたつあるみたいだが……どこからにする?」


 師匠に言われて、あたしは向かい側の奥の壁を見た。階段の左右にひとつづつ、扉らしき物が見える。

 奥の壁にも水が足元から天井に向かって流れていたので、ちょっと分かりにくかった。

 すでに発見してるなんて、さすが師匠!

 でも、水が下から上へ流れているこのままの状態で入れるかどうかはちょっと分かんない。


「まずは階段の上からでしょうか」


 三組に別れて探索するのもいいけど、やっぱりこの遺跡の正体が気になる。

 祭壇っぽいし、もしかしたら何か答えが分かるのかもしれない。


「そうですね。もしも遺跡の主がいるのなら、挨拶しておいたほうがいいと思いますので」


 ルシェードさんの意見に賛成。

 ということで、みんなで階段を登ることにした。

 真っ白な通路を、ちゃぷちゃぷとみんなで歩いていく。

 ある程度階段へ近づいた時――


「下がれ!」


 師匠が声をあげた。

 それと共に、天井から何かが落ちてきてバシャーンと水しぶきをあげる。

 水の中に落ちてきた、丸い物。それが怪しく赤く魔力的な光が見えたと思ったら、ずずずず、と水が持ち上がっていく。

 まるで周囲の水を集めていってるみたいだった。

 あたし達が距離を取っている間に、それはみるみる大きくなっていく。

 透明な体は見上げるほどに巨大になっていき、その中心には上から落ちてきた丸くて赤く光っている物が埋まっていた。


「スライム!?」


 あたしは声をあげた。


「違う!」


 師匠はそれを即座に否定する。

 そして、推定される名前を叫んだ。


「ウォーター・ゴーレムだ!」


 聞いたことも見たこともないゴーレム種の名前を。

 師匠は叫んだのだった。

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