~可憐! 卑怯で卑劣なトラップと裏技~
卑怯な罠が仕掛けられていた、小さくて狭い橋。
それを全員で渡り切った後。
あたし達は素早く静かに壁まで移動すると、ぴったりと壁に寄り添うようにして待機した。通路からは見えないように隠れる感じ。
師匠が言うには、
「サティスが聞いた音は、もしかしたら魔物かもしれない」
らしい。
確かに遺跡の中は静かなので、あたし達以外の物音が聞こえるってことは、魔物の可能性が充分に高い。
なので、橋をひとりづつ慎重に渡った後、素早く通路から見えない位置に隠れることにした。
「――……」
あたしは先頭で、橋の罠の位置をみんなに教えてから、ジャンプして最初に渡ってきた。そのまま素早く壁際まで移動すると、しゃがんでみんなが来るのを待つ。
ルビーが来て、レーちゃん達が来て。
壁まで静かに移動してくると、ぴっとりと壁にくっ付くようにしてしゃがんだ。
そのまま全員が集合するまで待機。
でも油断しないように、いつでも攻撃態勢に移れるように。
息を殺しつつ、静かに待った。
その時にも、カコンとか、カランっていう音が聞こえてくる。
「……」
あたしの隣で待機しているルビーにも聞こえたみたいで、あたし達は顔を見合わせてコクコクとうなづきあった。
あたしは、壁にぴったりと寄り添って耳をつける。
盗賊スキル『兎の耳』の練習。
トトトト、とドットくんが小走りで近づいてくる音が聞こえてくるけど……こっちじゃなくて……
あ、聞こえた。
壁の向こう側で、カコン、コツン、と聞こえてくる。
それは足音のようでもあるし、何かがぶつかったような軽い音のような気もした。
「――……」
つい最近、それと似たような音は聞いている。
スケルトン・ドッグ。
骨だけになった犬がバラバラになった時に聞いた、骨同士がぶつかった時に鳴る音と似ていた。
でも、スケルトン・ドッグより音は鈍い気がする。もうちょっと重い感じっていうのかな。
壁越しだからかな?
あたしは壁の上を見上げた。
「……ん?」
思わず声を出してしまって、ルビーにぐみゅっと両側のほっぺたを片手で掴まれる。強制的にくちびるが尖らされるような感じ。
でも、そのままであたしは人差し指を立てて、上ウエうえ、と主張した。
「上?」
ルビーも声を出したので、あたしはルビーのほっぺたを両側から押しつぶした。あたしの指は短いし小さいので、片手じゃルビーの顔をつかめないもん。
ぐみゅってルビーの顔が押しつぶされる。
あはは、くちびるが尖って変な顔ぉ~。
って、痛い痛い痛い、ごめんなさいごめんなさい、ほっぺたつねられないで~。
「……?」
あたしのジェスチャーに他のみんなも気付いたのか、上を見上げる。
見て欲しいのは天井じゃなくて、壁。
壁の上。
この壁、もしかして上が空いてない?
高さがあって屋根みたいにふさがっているのかと思ってたけど、音は壁を通してだけじゃなく上からも聞こえた気がした。
「肩車して」
「わかりましたわ」
こしょこしょと話して、あたしはルビーの肩に座る。そのままひょこっとルビーは立ち上がったけど……届かなかった。
仕方がないので、そのままルビーの肩に足を乗せて立ち上がる。
壁の上に手が届いたので、そのまま体を持ち上げて、ゆっくりと向こう側を覗いてみた。
あ、やっぱり天井は無い。
壁っていうか、『仕切り』みたいな感じになってた。迷路遊びっていう絵本の、世界を上から見てるような感じ。
天井が無い部屋が並んでる感じなのかも。
壁の向こう側は、特徴も何も無い真四角の部屋で、テーブルや椅子がある。そのテーブルの上には壺とかお皿がテーブルの上に置いてあった。
床にはテーブルから落ちて割れているお皿もある。古ぼけた印象は無く、お皿も壺も真っ白で綺麗だった。
「ッ!?」
そんな部屋の中を観察していると、不意に向こう側に白い物が見えた。どうやら移動しているらしく、横切っていく。
あたしはそれを見て、慌てて頭を引っ込めるけど――
「ぃ!?」
足元――つまり、ルビーが急にあたしが肩の上に降りてきたものだから、びっくりしてバランスを崩した。
わたわたと手を振り回すけど、一度崩れたバランスを取り戻すのは至難の業。ルビーが足首を持ってくれてるけど、上半身が後ろへ倒れていってしまう。
ついには、ぐらり、と完全に後ろへバランスが崩れてしまった。
ひぃ!?
と、声をあげるのを我慢して地面に倒れちゃう覚悟を決める――けど。
あたしの体は地面に倒れちゃう前に受け止められた。
「――……」
ふぅ、と息を吐く師匠。
師匠が受け止めてくれたみたい。
はぁ~、良かった~。
気を付けろ、とあたしの頭を撫でてから後ろを振り返る。
師匠が遅かったのは、ルシェードさんの防衛をしていたからだ。
なんてったってルシェードさんは全身甲冑でこの中の誰よりも重い。そんな装備のままで軽業を決めるのはちょっと難しい。
細い橋を渡るのは大丈夫だけど、さすがにジャンプするのは超危険だった。
もちろん、大した幅でもないので充分にジャンプできる距離だけど。
安全に安全を重ねて、ということでルシェードさんは一度甲冑を脱いで、アイテムとして運び、橋をジャンプして渡り切ったところで再び甲冑を装備する。
という手順を取った。
その間、完全に無防備になってしまうので師匠が周囲の警戒と万が一の時に迎撃ができるように守っていた。ルシェードさんがようやく甲冑を装備できたので、師匠が来てくれたタイミングだったみたい。
あたし、運がイイ。
うんうん。
「なにをしてたんだ?」
盗賊スキル『妖精の歌声』で、小さな声で師匠が聞いてきた。なんか耳に息を吹きかけられてるみたいでくすぐったい。
この距離だとえっちなスキルになっちゃうんだな~、なんて思った。秘密だけど。
そんなことを思いながらも、あたしも『妖精の歌声』モドキで返事をする。
「天井が無いです。あとスケルトンが歩いてました」
師匠の耳のそばでコソコソと話してみた。
なぜか師匠が肩をすくめて、背中を震わせている。
「……ふぅ~」
「んぐっ!?」
あはは、師匠ってば声を出してカワイイ――あいたー!?
音が鳴らないように頭を叩かれました。あんまり痛くなかったけど。
ごめんなさい師匠。
つい。
やってみたくなっちゃった。
ごめんなさい。
「――!」
ジリジリと近寄ってくるルビーは師匠が目で制しました。
強い。
「……~~」
音にならないため息をついて、師匠は落ち着くと――とりあえず左右の壁を見渡した。
師匠はジェスチャーだけでルシェードさんに伝える。
あたしとノーマくんと師匠とで、この壁の左右の端っこまで探索してくるので、ルシェードさんはここを守っていてね、って感じ。
同じようにルビーにも伝えて、あたし達はまず左の壁伝いに進んでいった。
盗賊スキル『忍び足』。
ノーマくんといっしょに注意しつつ、スキルを利用して師匠についていった。
ある程度進んでいくと師匠がピタっと足を止める。
何かあったのかな、と師匠の横から顔を覗かせると……
逆だった。
なんにもなかった。
壁の終わりは、足もとの地面の終わりでもあり、その先は真っ暗闇の穴っていうか、崖っていうか、とにかく何にも無かった。
さっきの橋の下ともつながっているのか、水の流れてる音が聞こえる。
崖から身を乗り出すようにして壁を調べてみるけど、同じように真っ直ぐ奥へと続いていて、足の踏み場も無い状態だった。
ズルして壁の外側を通って奥まで行くのは無理そう。
そのまま元の場所まで戻り、今度は右側の壁を伝って歩いていくが……こっちも同じように切り立った崖のようになっていて、底には水が流れている音が響いている。
とりあえず元の場所まで戻りった。壁からある程度の距離を取って、通路がある真ん中を警戒しつつ、状況をみんなに報告する。
「壁の上を歩けそうですけど」
橋の幅より狭かったが、普通に歩けるくらいの幅はあった。ルシェードさんが甲冑のまま歩くのは難しそうだけど。
「ふむ。だが、スケルトンがいたんだろ? 攻撃を仕掛けられる可能性は高い」
スケルトンは武器を持っている個体が多いみたいで、それでなくても物を投げてくる可能性はある。通常なら簡単に避けられる攻撃も、足幅が狭ければ危うい。
う~ん……罠とか有ったとしても、壁の上を進んでいけば全部すり抜けられると思ったんだけどなぁ。
絵本に出てきた意地悪迷路みたいな感じで、正解は壁の上を歩く、みたいな。
「だが、その手は使えるな」
んえ?
師匠はニヤリと笑って、あたし達に作戦を伝える。
危ないところは全部師匠とルシェードさんがやってくれて、あとはみんなで頑張る感じ。でも、あたし達が頑張らないと、ルシェードさんが危なくなっちゃう。
そう考えると……一番危ないのってルシェードさんなのかも?
「そのための騎士ですから」
危険なことは重々承知、って感じでルシェードさんはウィンクした。
やっぱりイケメンは、どんな仕草もイケメンになってしまうらしい。
なんか凄い。
「いいか。魔力糸は細く丈夫に、だ」
それはともかくとして、作戦の要でもある魔力糸。一本は師匠が顕現しためっちゃ細くて、むちゃくちゃ丈夫な物を使う。
それをお手本にして、あたしとノーマくんは魔力糸を顕現してみた。
「ぐ、ぐぬぬ」
「う、うおお、おお」
細く細く、と意識すると切れやすいし、丈夫さを意識すると太くなってしまう。まるで正反対のことを実行しないといけない。
なんか体の中で魔力がぐるぐると回っちゃう感じ。
これって魔力が少ないからなのかも。
と、思いながらなんとか細くて丈夫な魔力糸を顕現できた。でも、師匠よりはだいぶ太くなっちゃった。でもビンビンビンって引っ張っても切れない。丈夫なのは間違いない。
あたしとノーマくんはお互いの魔力糸をより合わせて丈夫さを補強する。そのかわり普通に見えちゃうくらいの魔力糸になっちゃったけど、これが逆に『罠』になるはず。
「お願いね」
あたしとノーマくんの魔力糸をレーちゃんと神官のコルセくんに持ってもらって、通路の左右に頭の高さくらいにセットしてもらう。
「任せたぞ」
師匠の魔力糸は前衛コンビのセルトくんとドットくんが、足もとの高さくらいにして左右に立った。
で、通路の真ん前にルシェードさんが盾を持ってかまえる。
それを確認した後、あたしとノーマくんも左右に別れた。ちゃんとノーマくんがレーちゃん側になるように、あたしが率先してコルセくんの方に移動しておく。
「わたしはどうしましょう?」
「プルクラはルシェード殿の補佐だ。戦士役、頼むぞ」
「分かりましたわ」
さて準備は完了した。
問題ないな、と全員の顔を見まわした後、師匠はひょいっと加速して壁へ向かってダッシュした。トントン、と壁を蹴り上がる感じで縁に手をかけると素早く壁の上に登り、その場で立ち上がる。
「そこそこの数がいるぞ!」
師匠はそう言いながら壁の上を走り始める。すぐにあたし達の位置から見えなくなるけど、それと同時に壁の向こうがなにやら騒がしくなってきた。
カロン、カツンと鳴っていた音が――
ガシャガシャ、カツカツ、ドタドタと騒がしくなっていく。
「やはりスケルトン種だ! 武器を持ってる!」
師匠の声が遠くから聞こえてきた。
金属音も聞こえてきたので、骸骨兵士が何か物を投げているのかもしれない。
「そろそろ行くぞ!」
「了解です!」
師匠の声にルシェードさんが返事をする。
段々と物音が近づいてくる気配に、あたし達は緊張するようにツバをごくりと飲み込んだ。
「来ました!」
ルシェードさんの合図。
それと共に剣の柄で自分のタワーシールドをガンガンと叩いた。
「おおおおおおおおおおお!」
思わず耳を塞ぎたくなってくるルシェードさんの叫び声。
騎士スキル『プロボック』――だっけ?
簡単に言うと挑発。
敵の注意を自分に引きつけるスキルだ。
単純だからホントは誰でも使えるスキルなんだけど、騎士以外の職業にはおススメしない。
なぜなら――
「カタカタカタカタカカタカタ!」
骸骨兵士が大量に、しかもなんか笑いながら突撃してくるのだから!
通路の壁際にいるだけで、その勢いが分かる。
怖い!
超怖い!
こんな勢い、ホントに止められるのか不安になってきた!
「来るぞ!」
頭上から師匠が飛び降りてきた。
足音が大量に押し寄せて来て――
「んっ!」
レーちゃん達が両手でしっかりと魔力糸を引っ張る。手や指を切っちゃわないように、ちゃんと布を当てているので、大丈夫。
「カカタカタカタカ――!?」
恐らく、先頭の骸骨兵士が目の高さにある魔力糸に気付いたんだと思う。ちょっと、笑い声と歩幅が変わったのが分かった。
でも、遅い。
次から次へとスケルトンが来ているので後ろから押されるようにして、スケルトンはこちらに向かって、一本道の通路を進んできた。
先頭のスケルトンが頭の魔力糸を避けようとして身を屈める。
でも。
足元の魔力糸は発見できていなかった。
「やった!」
あたしが黒い石が気になって橋の罠に引っかかっちゃったように。
頭の高さにある魔力石に気を取られて、骸骨兵士は足側の魔力糸に引っかかった!
バシャーン、と地面に倒れたスケルトンは衝撃でバラバラになる。
そうなってくると、もちろん後続のスケルトンは警戒する。でも、後ろから次々に押し寄せる勢いに、スケルトンたちは背骨を押されてしまう。
後方から続くスケルトンも次々に罠に掛かって転んでいった。
「今だ」
地面にバラバラに散らばる骨。
そうなったら、次はあたしとノーマくんの出番だ。
転んだ衝撃だけではスケルトン種は倒せないし、なんなら骨の位置がめちゃくちゃ近いのですぐに復活する。
でも――
盗賊スキル『ぬすむ』!
一度も練習なんかしたことないけど、地面に落ちてるスケルトンの頭くらいは盗むことができる。
左右の壁を入れ替わるようにあたしとノーマくんは飛び出し、通路の真ん中に散らばる骨の中から頭だけを持ち上げて――
「とりゃあああああ!」
「うりゃああああああ!」
暗闇に向かって投げた。
つまり、スケルトンの頭を橋の方向へ向かって、投げ落とす。
うん。
それだけ。
師匠が知っていた裏技。
対スケルトン対処方法。
スケルトン種は頭が無いと復活できない。
だから、頭を遠くに捨てると簡単に倒せるよ。
「あははは、あはははははは!」
なんか面白かったから、笑っちゃった。
ノーマくんは必死だったけど。
でも、なんか慌てふためく骸骨兵士の頭だけを投げるのって、こう、なんか、ちょっと楽しい。
そのうち骨が大量に集まってるので、それに足を取られて倒れるスケルトンもいた。まぁその頃にはあたしとノーマくんが作った魔力糸は切れちゃってたし、普通にルシェードさんとルビーが戦ってたり、師匠が新しく魔力糸を張りなおしたりしてたけど。
とりあえず、見える範囲の骸骨兵士の頭は全部盗んで捨ててやった。
「ぜぇぜぇ……」
「はぁはぁ……」
カタカタと足元でうごめいている不気味な骨たち。でも、それが段々と消滅していったので、どうやら頭と離れ過ぎちゃうと倒した扱いになるのかも?
でも、残念ながら魔物の石は残らなかった。
もしかしたら頭のほうにスケルトンの石が出現するのかもしれない。今ごろは暗闇の中、しかも水の底。
ちょっと残念。
「油断するな。もう一周見てくる」
師匠はもう一度、壁の上に上がってスケルトンが残っていないか見てまわった。あたし達は警戒しつつ待っていたけど……
どうやら一体も残っていなかったみたい。
「全部倒してた。もう大丈夫だ、休憩しよう」
その言葉を聞き、レーちゃん達はヘナヘナとその場に座った。
「よくやったサティス、ノーマ」
あたしは師匠に頭を撫でてもらって。
ノーマくんは背中をポンポンと叩いてもらった。
「えへへ~」
「あ、ありがとうございます……はぁ~」
そんなノーマくんも、緊張の糸が切れたようにその場にヘロヘロと座った。
「あらら」
あたしは師匠と顔を合わせて笑う。
とりあえず、これで安全に進めるぞ~。
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