~可憐! 見えてる罠にはご用心~
罠チェックを終えて、あたし達は隠し扉の先にある階段を下りていく。
先頭はもちろんルビー。
その後ろに師匠が続いて、あとはレーちゃんパーティといっしょにぞろぞろとみんなで降りていく。一番後ろのシンガリはルシェードさん。
隠し階段は、最初のエリアにあった螺旋階段と同じように左側へカーブしてて、ぐるりと回っている。あまり高くは無かったらしく、二回転半ぐらいで地下2階へと出た。
「うわ」
そこは上のエリアとは全然違う空間だった。
今までは綺麗な壁や通路があったけど、ここは岩が剥き出しになっていて、洞窟の中みたいになっている。天井は普通に岩肌で明かりなんてどこにも無い。天井はゴツゴツの岩肌で、あまり水気は無さそう。
ランタンやたいまつ、レーちゃんの光源魔法で届く範囲では左右の壁までは見えない。螺旋階段の後ろは壁面人なっていて、天井と同じようにゴツゴツの岩肌だった。
綺麗な街みたいな遺跡だったのが、突然に洞窟の中に変化したみたい。
でもなんとなく。
ここからが本番って感じがした。
「ん~……何か聞こえますわね。何の音でしょう?」
ルビーが耳をすます。
確かに遠くから、どどどど、という音がかすかに聞こえていた。
「水の流れる音だな。もしかしたら上の水がここに落ちてきているのかもしれん」
でも周囲に水は見えない。
足元の岩肌には、通路としての区切りなのか、溝のような筋が左右に掘られていた。その筋にも水分は無く、乾いている。
かなり遠くから聞こえてくる水の音。
もしかして、この洞窟っぽい地下2階はめちゃくちゃ広いのかなぁ?
ひとまず師匠を先頭に、通路を進んでいく。
「ストップ」
真っ直ぐに進んでいくと、すぐに師匠がみんなを静止させた。
その先にあったのは、細い橋。
石のブロックに作られているらしく、人工的な橋がアーチ状に掛かっているのが前方に見えた。
手すりも何にもなくて、ひとり分くらいの通れる幅しか無い。
小さくて、なんとなく頼りない橋だった。
「この下はなんだろう?」
「気を付けろよ」
「はい」
あたしは、師匠に服の裾を持ってもらいながら、気を付けて端っこまでいく。足場というか、岩場はそこで終わっていて、切り立った崖みたいになってる。
削られた様子は無く、崩れた感じでもない。もともとあった崖に橋を架けたように思えた。
そこから橋の下を覗き込んでみる。
「ん~?」
真っ暗で何も見えない。
それくらいに高いってこと?
「明かりいる?」
「気を付けてよ、レーちゃん」
レーちゃんとノーマくんがあたしの隣に四つん這いになってやってきた。レーちゃんの照明魔法がふわりと浮いて、ちょっとだけ移動する。
ゆらゆらと揺れながら、白い魔力の光は下降していく。
いいなぁ~、便利。ある程度は自由に動かせるんだ。
しばらく魔法が下降していくと……橋の下に何があるのか分かった。
「水だ。水が流れてる」
橋があるんだから当たり前だろ、みたいな話だけど。でも、ここが遺跡の中で、しかも地下2階っていう状況だから、なんだか不思議な気がした。
どどどど、って音はこの水の流れる音みたいで、それなりに水量は激しい。
どこに繋がってるのかは分からないけど、たぶん落ちたら助からないと思う。
落下死じゃなくて、溺死。
流されてしまうから、仲間にも助けてもらえない。
「う~む……明らかに罠がありそうだな~」
師匠が頭をガシガシとかきながら愚痴るように言った。
橋は一本しかなくて、しかも細くて狭くて、手すりも無い。
罠を張るには丁度いい感じ。
あたしだったら、ぜったいここに罠を作る。
問題は、どんな罠が仕掛けられてるかってことか~。
「サティス」
「あたし!?」
無理むりムリむり、とあたしは顔を横に振った。
「いや、おまえが一番軽い」
「軽い?」
どういうこと?
「ノーマ。君だったら、ここにどんな罠を張る?」
「え? え~っと、渡ろうとしている人を落とすような罠です。あ、そういうことですか」
「そういうことだ」
なるほど。
この中であたしが一番軽い。
落ちたとしても簡単に引っ張り上げられる。
もしも師匠が落ちちゃったら、落下する勢いを止められなくっていっしょに引きずり落とされちゃうかもしれない。
「分かりました」
というわけで、冒険者セットのロープをあたしのベルトに結び付けて、念のためにもう一本体にも巻き付けて、更に不安なのであたしの顕現した魔力糸を師匠に持ってもらった。
合計三本の命綱。
あたし、ぜったいに落ちません!
「足元だけでなく頭の上にも注意しろ」
「あ、そっか」
下にばっかり注意を向けて置いて、上に罠を仕掛けるってパターン。
でも、あたし身長が低いから引っかからないかもしれない。そうなった場合、安心して渡ってしまう仲間が犠牲になっちゃう。
そんなことになったら、もう謝っても許されないので。
「頑張ってください」
「はい」
ルシェードさんからランタンを受け取る。
両手がふさがるといけないから、ベルトに吊るしておいた。これなら落としちゃう心配もないし、自由に動ける。
「行きます」
あたしはしっかりと足元と頭上を注意しながら、橋を渡っていく。
一歩一歩、着実に。
橋は長方形のブロックを並べるようにして作られていた。綺麗に等間隔で並べられていて、見た目の貧弱さのわりにはしっかりとしている。
大人がジャンプしても大丈夫そう。
アーチ状になっていて、あたしは坂道になっている橋をゆっくりゆっくり着実に進んでいった。
「ん?」
真ん中くらい……ちょうどアーチの一番高い部分まで移動してきたところで、気付く。
橋の一部、並べられたブロックが真っ黒な物に変わっている部分があった。
そこ以外は自然の色合いの石を使っているのに、なぜか二か所、上の階で見たような真っ黒な石材がはめ込まれるようにしてあった。
明らかに怪しい。
あたしは良く調べるために、その場でしゃがみ込んだ。
「どうした、サティス」
あたしがしゃがんだのを見て、後ろから師匠が声をかけてくれる。
罠っぽいのがあったと、あたしは師匠に報告した。
「気を付けろよ」
「はーい」
きゅ、と師匠がちょっとだけ魔力糸を引っ張ってくれる。
えへへ。
ちゃんと守ってもらってるって感じで嬉しい。
「よし」
さっそく罠感知だ。
今までと同じように、あたしは黒い石を調べる。まずはナイフで触り、何も起こらないのを確かめた後、強く押してみたりした。
「ん~? なんにも起こらない」
次は黒い石の周囲をナイフを差し込もうとしてみたけど、そんな隙間もなくきっちりと橋として組み込まれてる。
踏んだら発動するスイッチとかでは無さそう。
「う~ん?」
あたしは立ち上がって頭の上あたりの空間を観察してみる。黒い石に気を取られて、頭部分に張られた糸とかがあるかと思ったけど……見える範囲には何も無し。
念のために投げナイフの刃をぶんぶんと振ってみたけど、やっぱり何も無いみたいで、手応えも引っかかる感じも無かった。
「ただの模様?」
黒い石は手前と、もう二歩、いや三歩ぐらいかな。アーチ状になっている一番高い部分を挟む感じで、ふたつ有った。
そっちと連動してるのかも?
だから。
あたしは立ち上がって、もう一個の黒い石を調べることにした。
危ないかもしれないので、黒い石を踏まないよう飛び越して――
「え?」
とぷん、と水に落ちた音がした。
どこから?
あたしから!?
「――!?」
あたしの体は、なぜか橋をすり抜けた!
気が付けば体が落下してる!
「んぎゃああああ!?」
何が起こったのか分からないけど、あたしは橋から落ちたみたい!
なんで!?
どうなってるの!?
転移の罠とか!?
えー!?
「ひいいいああああああああ!? ぐぇッ!?」
がっくん、って体が揺れて、ぐえってなった!
ロープに引っ張られて、ぐえってなった!
いたい!
こわい!
「落ち着けサティス! 大丈夫だ!」
師匠の声で、あたしはようやく混乱から立ち直る。
「ひ、ひあ、あ、は……あ、はぁ……良かった」
ベルトと体に巻きつけたロープのおかげで、あたしの体は空中で止まってた。魔力糸は落ちたショックで霧散してたみたい。うぅ。精神力が足りてない。うぅ。
「どうなったんだろう?」
ぶらんぶらん、と揺られながらあたしは上を見上げる。
自分がどうして橋から落ちたのか、それを確かめないといけないんだけど。
「ん~……?」
暗くて良く分かんない……
とりあえずまわりを見渡すと、真っ黒の石で出来た柱があった。それがあたしの前と後ろに立っている。
遠くから見ても分からなかったのは、真っ黒で闇の中だったからだと思う。アーチ橋じゃなくって、ちゃんと柱で支えてる橋だったんだ。
たぶんだけど、橋にあった黒い石はこれと繋がってるのかな?
「じゃぁなんであたし落ちたの?」
ぜんっぜん分かんない。
とりあえず、ロープにつかまってあたしは登っていく。ある程度上がってきたら、奇妙なことに気付いた。
ロープが橋を貫通して、こっちに垂れ下がってる。
「えぇ……?」
まるで幻みたいに、橋をすり抜けてしまっていて、あたしが少しでも動くとロープの振動で橋の裏は波紋を立てるように揺れた。
「水ってこと?」
とりあえずロープをよじ登り、橋の裏側に手を伸ばしみる。
あたしの手は橋にコツンと当たることなく、まるで水に手をつけたみたいに沈んでいった。この場合、沈むっていうより貫通したって感じだけど。
手を引き抜いてみると……濡れてる。
「やっぱり水なんだ」
あたしは息を止めて、橋の中に突っ込んだ。とぷん、という音が聞こえて、更に登ると、ざぱぁ、という音が聞こえた。
「ぷはぁ!」
「大丈夫か、サティス」
師匠が近くまで来ていたらしく、手を取って引っ張り上げてくれる。場所が場所だけに狭くて危ないので、途中から抱きしめるように引き上げてもらえた。
えへへ。
師匠に抱っこしてもらってる~。
「どうなってるんだ、これ」
「たぶんですけど、水の幻っぽいです」
「幻影の魔法ってことか?」
師匠は投げナイフに魔力糸を通し、黒と黒の石の間に投げてみる。すると、とぷん、という音と波紋を立てて、投げナイフは橋の中へと沈んだ。
「師匠」
「なんだ?」
「これ、卑怯じゃないですか」
「明らかに黒の石に何かあるように見せて、その間が罠。知っている者には目印であり、知らない物には警戒させるブラフとなる」
ぐぬぬ……
「確かに卑怯で卑劣だな」
師匠はあたしを抱いたまま、ぴょんと向こう側の黒の石までジャンプした。もちろん、体は沈むことなく無事に着地できる。
「よし、このまま向こう側を調べてくれ。俺はこの罠をみんなに説明する」
「分かりました。あ、師匠」
あたしはもう一度魔力糸を顕現させ、師匠に持ってもらった。
「今度は維持します」
「俺も離さないよ」
ちょっとドキっとしちゃった。
やめてよ、師匠。
もっと好きになっちゃう。
でも――
「師匠にもっとあたしを好きになってもらわないと」
がんばるぞ、と気合いを入れてあたしは橋の反対側を進んだ。
結局、それ以上の罠はなく、あたしは無事に橋を渡りきった。
その先に待っていたのは同じような切り立った崖になっている地面と、舗装されている通路。橋と同じようにブロックを並べたような感じで真っ直ぐに続いていた。
それと――
「壁だ」
通路を挟むような感じで壁があった。
壁は左右に広がっていて、明かりが届く範囲より先にも続いてるっぽい。橋とか通路と同じように綺麗な石で積み上げられるような壁があった。
色は綺麗な白色をしている。
長いことこんな洞窟みたいなところにあるっていうのに、やっぱり汚れひとつ無いのは不気味だ。
左右に別れてる壁の間に通路が通っていて、ランタンの明かりはそれ以上先へと届かなかった。
「……」
どこかで、カコン、と何かが鳴った気がする。
何の音かと聞こうとしたけど、それ以上は水の音ばかりで聞こえなかった。
「……」
なにやら不気味な感じだったけど、あたしはひとまず橋を戻って無事に渡れたことを報告する。
それと共に、橋の向こう側の状況を師匠に話した。
「ふむ」
あたしの説明を聞いて。
師匠は少しばかり考えるようにうなづいたのだった。
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