~可憐! 遺跡の中の神殿~
侵入を防ぐような、真っ黒な暗闇みたいだった入口。
かがり火を灯してドゲザみたいなポーズを取ることで、闇が消え去って中が見えるようになった。
たぶんだけど、何もしないまま黒い部分に触れたりしたら罠が発動したりしたんじゃないかな。何も見えないだけっていうのならいいんだけど、魔法で攻撃されたら大変だった。
「中は……まるっきり神殿みたいだな」
「ほんとだ」
師匠といっしょに入口から中を覗く。
入口の近くには簡易的な長椅子がいくつか並んでて、奥には神さまと思われる大きくて真っ白な彫像が台座の上に立っていた。
その奥には色とりどりのガラスで模様が作ってあるステンドグラスっていうんだっけ? それが壁の中、地下空間なのにキラキラと輝いてた。どこから光が入ってきてるのか分かんないけど、神殿の中はそのおかげで明るい感じになっている。
「大丈夫そうだな」
見たところ、罠が仕掛けられている様子はない。しっかりと師匠が確認してから、みんなで神殿の中に入った。
「まぁ! 綺麗ですわ~」
ルビーが天井を見上げて声をあげたので、あたしも見上げてみた。
そこには埋め尽くすぐらいに天井に絵が描かれていて、思わず声を出してしまうくらいに凄く上手い絵だった。
ララ・スペークラさんの絵と同じくらい……いや、もっともっと上手なのかもしれない。
森の中にひとりの少女がいて、その周囲には動物たちが集まっている。湖と森が描かれているので、もしかしたらこの遺跡の近くの風景なのかもしれない。
少女は凄く長い金髪で、裸だった。そんな少女を迎えるように空から光の階段が降りて来ていて、その先には天使っぽい姿を描かれていた。
こういう絵って、どうしてみんな裸なんだろう?
でもぜんぜんえっちな感じに見えないので、芸術ってすごい。
「これは……物凄い発見かもしれません」
ルシェードさんが信じられないという感じで口元を抑える。
そうだよね。
こんな綺麗で上手な絵、きっと凄い人が描いたに違いない。なにより、天井に大きく描かれているのだから、めちゃくちゃ首とか腕とか痛くなったんじゃないかな~。たぶん、すっごく描きにくかったと思う。
「サティス」
天井をみんなでぽかーんと見上げていると師匠に呼ばれた。
「あ、はい。なんですか?」
師匠は神殿奥に飾られている大きな彫像の前にいた。ステンドグラスの前に立つ彫像は女神さまで、おっぱいが大きい。
目を閉じていて、子どもを抱くように大事そうに壺みたいなのを持っている。優しそうな女神さまだった。
「この神さまに見覚えはあるか?」
「へ?」
あたし、神さまと顔見知りじゃないですけど!?
ぶんぶんぶん、とあたしは顔を横に振った。
「そうか……」
「どうしたんですか?」
「いや、神殿の中というか、造りが今の時代とそんなに変わらないだろ?」
「そうですね。街で見る神殿と同じ感じですよね」
信者の人たちが座るようの簡易的な長椅子もあるし、お祈りを捧げる彫像もある。違うのは天井に物凄い絵があったり、キラキラと輝くステンドグラスがあったりするところ。
でも、街によって神殿の中は違うので。
まったく同じといっても、いいかもしれない。
「もしかして遺跡じゃなくて近年造られたんじゃないかと思ったんだが……」
「ここをですか!?」
あたしはびっくりしてキョロキョロと神殿の中を見渡す。
でも、ここが最近造られたとはぜんぜん思えなかった。なにより、こんな湖の水を全部空に持ち上げて、それでもって、物凄い綺麗な街とかお屋敷とか造っちゃうくらいに凄い場所。
そんな場所を造ったのなら、ぜったいに有名なはずなのに。
誰も知らないなんておかしい!
っていうのを師匠に伝えると――
「だよな」
師匠はそう納得してくれた。
「いや、もしかしたら俺が知らないだけで有名な神さまなんじゃないかと思ってな」
師匠は神さまの像を見ながら言った。
「大人な感じの優しくて美人な感じの神さまですよね」
「そうだな」
「師匠はぜんぜん好きじゃないタイプ」
「……そうだな」
だから覚えてないのか、俺?
そう言いながら腕を組んで師匠は首をかしげた。ちょっと面白かったです。
「あたしも覚えてませんよ。知らない神さまです。たぶん」
「そうか」
でも、と師匠は続ける。
「大神と小神ってあるだろ? 信仰の多さで神さまの位が決まってしまうやつ」
「あ、はい。ナーさまがそれで大神になったやつ」
神さまの世界も大変だな~って思った。信仰する人が多いと偉くなれて、信仰する人が少ないとあんまり良いことがない、みたいな?
信者を増やさないと大神になれないけど、ナーさまは裏技みたいな方法で大神になった。今は天界で楽に暮らしてるのかなぁ~。
ほっといてって言われたり、怒られたり、天罰でサーベルボアと戦わされたりしたけど。
ナーさまのおかげで師匠が助かったところもあるので。
お祈りのポーズでもある笑顔を送っておく。
にっこり。
「ワザと笑っても届かないと思うぞ」
「こういうのは気持ちが大事なんですよぅ、たぶん」
師匠は肩をすくめた。
「まぁ、とにかく。これだけ大規模な神殿を造ってもらえるほどの神さまっていうんだったら、必ず大神になっていると思うんだ。でも見たこともないし、知らないっていうのは変じゃないか?」
「そういえば……そうですよね……?」
有名なのに知らない神さま?
そんな矛盾したような神さまなんて、存在できるの?
「水に関係する神ではないでしょうか?」
そんなあたし達の話を聞いていたのか、ルシェードさんが話しかけてきた。
「ここまで水が大量に使われています。水の精霊女王の他に『水』を司る神もいますが、他にも水や湖に関連する神がいても不思議ではない」
「なるほど、確かに」
師匠はそう言ってあごに手を添えて考えてる。
「あ、そうだ。ねぇねぇコルセく~ん」
あたしはレーちゃん達といっしょに神殿の中を見物していた神官のコルセくんを呼んだ。
「はい、なんですか?」
「コルセくんの信仰してる神さまに、ここが何の神さまが聞いてくれない?」
「ええええ!?」
コルセくんはなぜか物凄く驚いた。
「む、むむむ、無理ですよ! 僕はただの一般的な神官ですから、返事なんてもらえるわけないです。むしろ他の神のことを聞くなんて不遜だ、と神官魔法を剥奪されるかも……」
「え」
なにそれ、厳しい……
「コルセくんの信仰してる神さまって、なんて神さま?」
「『秩序』を司る神、ライダット・ドゥルガーさまです」
なんかもう聞くだけで厳しそうな神さまだった。たぶんだけど、立派なヒゲが生えてそう。
もしかしてナーさまってめちゃくちゃ優しかったのかなぁ~。
というか、神官がサチだけだったから声も届きやすかったのかも? ライダットさまも、神官がコルセくんだけだったら答えてくれそうな気もする。
いや、でも、立派なヒゲを持った立派な神さまなんだったら、やっぱり怒られるかも?
う~ん……神さまって難しい。
「むぅ」
じゃぁ仕方がない。
と、あたしは師匠の袖をくいっと引っ張った。
「なんだ?」
「あたしひとりじゃ不安なので、師匠もいっしょに聞いてください」
「……誰に?」
「ラビアンさまに」
決まってるでしょ、とあたしは師匠に目で訴えた。
ラビアンさまは優しいので、きっと教えてくれるはず。
「まぁ、おまえが言うなら……たぶん無理だと思うぞ?」
「聞くだけならタダです」
そういうわけで、師匠といっしょに祈るような感じで光の精霊女王ラビアンさまに聞いてみた。
ラビアンさま、ラビアンさま。
この神殿に祀られてる神さまって誰ですか?
教えてください~。
「――ひぎゃ!?」
「……!?」
あたしと師匠は同時に肩をびくりと振るわせて、頭を下げた。
まるで頭のすぐ上で雷が鳴ったような衝撃に、思わず体を縮こませてしまう。
「ど、どうしました?」
ルシェードさんが慌てて声をかけてきた。
「ラ、ラビアンさまに怒られました……」
「楽をしてはいけません。自分たちで考えなさい、と」
師匠もがっくりと肩を落とすように言う。
「ごめんなさい、師匠まで怒られてしまいました」
「いや、いい。俺もラビアンさまに頼ったのは事実だからな」
ふたりで、はぁ~、とため息をつく。
光の精霊女王に怒られちゃうなんて、とんでもなく悪いことをしちゃった気分。ちゃんと自分で考えようって思いました。
「ひ、光の精霊女王が声をかけてくださるのですか!?」
ヘコんでるあたし達とは違って、ルシェードさんとコルセくんは驚いてる。
あれ?
そんなにビックリすることなの?
「ラビアンさまは優しいから、声をかけてくださいますよ? ねぇ師匠」
「おう」
んん?
師匠はなんでもないように答えたけど――あたしには分かった。
珍しく師匠が動揺してる……平静を装ってるけど、少しだけ目が泳いでいるのが分かった。
ふふん。
師匠とは長い付き合いだから、これくらい見抜けるようになりました。
逆に言うと、あたしに見抜かれる程度にはすっごい動揺してるってことなんだろうけど。
「そ、そんなこと――精霊女王は確かに信仰が厚く、神官も多いです。ですが、そんな簡単に声が聞けるなど……。なにより、おふたりは神官でもないのに」
コルセくんが訴えるように言う。
え? え? え?
そうなの?
前にもラビアンさまに聞いてみたら答えてくれたこともあった。神官じゃなくても答えてくれるのは、ラビアンさまが優しいからじゃなくて?
「はぁ~、仕方がない。あまり言いたくなかったのだが……」
師匠は肩をすくめながらルシェードさんとコルセくんに語った。
「我が盗賊ギルド『ディスペクトゥス』は光の精霊女王ラビアンさまを信仰している。その理由はまだ伏せておきたい。追及したい気持ちはあるだろうが、これ以上は語ることを許されていないので、容赦願いたい」
師匠は嘘をついた。
でも。
嘘にはほんの少しの真実を混ぜるといい。
今の師匠の語った内容は、どこが真実だったんだろう?
「わ、分かりました」
「僕は何も聞いてません。そういうことにします」
あ、コルセくんが厄介なことになりそうと思って逃げた。トコトコと小走りに仲間の元に戻っていった。
何をしてたのか聞かれてるけど、首を横に振ってる。
ルシェードさんの視線は疑惑っていうよりも羨望に近いものに変わった。むしろ信頼度が上がった感じ?
そういう意味ではディスペクトゥスの地位向上みたいなのに繋がったのかもしれない。
こういのって、ケガの功名って言うんだっけ? 違う?
「あっ! 大発見ですわ~!」
と、その時。
神殿の中にルビーの声が響き渡る。
みんなが注目すると、ルビーはこっちこっちと手招きをしているので、集合した。
ルビーがいたのは神さまの像の裏側。ステンドグラスとの間にある隙間部分。
さすが魔物。
さすが魔王直属の四天王のひとり。
神をも恐れぬ所業ってやつ?
あたし達だったら、なんか恐れ多くて神さまの足元なんかにホイホイと調べたりできなかったかも。
まぁ、調べるけど。
後ろめたさみたいなのが丸っきり無いルビーが一番に調べてたっぽい。
「ここです、ここ、ここ」
ルビーが示しているのは彫像の真後ろの壁。ステンドグラスの下に位置している場所で、木材で作られた壁の一部をルビーが指差していた。
そこにはスレたような横向きの傷がある。頭の高さから足元まで続くように、全体的に渡っていくつもの横向きの傷があった。
「隠し扉か」
傷があるということは、傷の無い場所を探せばいい。
ということで、師匠は傷のある部分から、すぐ左側の壁を調べると……すぐに発見できたみたい。
ガラガラガラとスライドするように壁の一部が開いた。
どうやら隠し扉が開く時に、壁の一部がこすれて横向きの傷が付いてたみたい。
あんまり隠すつもりが無かったのは、神さまの像の後ろだからかな?
普通だったら、ぜったいに来ない場所だもん。
それこそ、信仰してる人だったら恐れ多くて近寄れない。さっきラビアンさまに怒られたみたいに、この神さまに怒られるかもしれないし。
「どうやら……まだまだ遺跡は続きそうだな」
隠し扉の先を覗いた師匠がつぶやく。
あたしも扉の先を見てみると、その先がすぐに階段になっているのが分かった。しかも遺跡の入口と同じように螺旋階段になっているのか、すぐカーブするように曲がってるのが見えた。
果たして、この神殿はどんな神さまを信仰していたのか。
隠し扉の先、階段の下はどうなっているのか。
まだまだ続く冒険に、あたしはワクワクするのでした!
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