~可憐! ギミックは祈りかお尻か~

 真っ黒な暗闇通路から抜けた先にあったのは、神殿だった。

 といっても、大きな白い柱が左右に建っていて、入口みたいに大きな門があいてるだけ。街中で見るような神殿じゃなくて、あくまで入口だけがそこにある感じ。

 入口に向かっている真っ直ぐな通路は、再び白色になっていて、その先には五段ほどの階段があった。

 まるで、この先は神聖な空間だ、って言ってるみたいに左右に大きな柱が並んでいる。

 大きくて太い柱だけど、なにか支えてるわけじゃない。

 あくまで装飾品っていうか、調度品みたいな感じで、神殿の演出みたいな感じ。柱のデザインは全部同じで、途中までは縦にラインが引いてある感じの彫刻。で、上のほうには第一エリアの壁に見かけたような金色の装飾がしてあった。

 装飾の形が何を表しているのかは、ぜんぜんまったく分かんない。


「空は見えないんだ……」


 上を見上げても、外の様子とか空は見えなかった。

 それが当たり前なんだけど、改めて湖の底にいるっていうのが思い出さされる。

 天井は第二エリアと比べると低くて、洞窟みたいに岩肌が見えていた。濡れているっていうか、湿っているところを見ると、やっぱり水の影響があるみたい。

 場所によってはポツンポツンと雫が落ちてきている。

 それが長年続いているのか、通路ではない場所の地面には大きく穴が開くような感じでへこんでいて、そこに水たまりが薄くできていた。


「さっきまでと全然違う……」


 今までは外みたいな感じだったけど、一気にここが地下だってことを思い出させるエリアになっていた。

 壁も岩肌が剥き出しで、ゴツゴツとしている。水に濡れた感じでランタンの明かりをわずかに反射していた。


「師匠さん、あそこ」


 ルビーが前方を指差す。

 神殿の柱が立つ手前に三本足で組まれた金属製のカゴのような物があった。そこには、なぜか真新しい木が入れられている。

 薪っぽい。

 ってことは、かがり火かな?

 通路を真っ直ぐに進んだあたし達は、五段だけの階段を登って神殿の敷地内に入った。


「あれ?」


 あたしは思わず首をかしげる。

 神殿の入口みたいな門は大きく開いているはずなのに……その先が何も見えなかった。真っ暗で通路が続いているのかどうかも入口からすぐに見えなくなっている。

 ランタンの明かりが届いてないんじゃなくて、まるで光を弾いてるみたいに、ピッタリ入口から暗黒空間になっていた。

 ちょっとだけ、転移のマグで見る『深淵』に近い気がする。

 なんか不気味な感じ。


「師匠」

「あぁ。まだ近づくな」


 あの暗闇が深淵かどうかは分からないけど、普通じゃないのは確かだ。危ないのか、危なくないのか、それすらあたしには判断できない。

 ってことは、つまり、危ないんだろうけど。

 でも、あの暗闇に手を入れろって言われたら怖くて無理だ。なんか、入れた部分が消滅しちゃいそうな気がする。入れてみて、抜いたら手首から先が無くなってる感じ。

 こわっ!

 それくらいに真っ黒で黒い壁で、不気味な感じ。


「ひとまず探索をしよう。明かりを持つグループに別れるか」


 光源はルシェードさんがランタン、セルトくんがたいまつ、レーちゃんが魔法。

 その三人が明かりを持っている。


「セルト、君はかがり火にたいまつを使って火を点けてくれるか。ノーマ、そこに罠がないかどうか罠探知だ。コルセは何かあった時のために付いてやっててくれ」


 わかりました、と三人は移動する。


「じゃ、あたしレーちゃんと行く」

「ではわたしも。女の子組で探索しましょう」

「うん、お願いね」


 あとはルシェードさんに師匠とドットくんが組むことになった。ドットくんはちょっと緊張気味っぽかったけど、嬉しそうな感じもした。きっと、しっかりと一員としてカウントされたのが嬉しいのかもしれない。

 危険そうな神殿の入口周囲は師匠たちに任せて、あたし達は通路から外れた壁際とかを探索してみることにした。


「普通の岩肌っぽいですわね。ですが、自然ではなく削られた痕があります」

「ホントだ」


 壁に近づいてみると分かったのは、この空間が人の手によって削られて作られたこと。おおざっぱに割るようにして岩が削られているのが天井まで続いていた。

 大きな岩が何個かあるみたいで、それが隙間なくピッシリと積まれている。


「もしかして、わざわざ運んできたのかしら」


 あまりにもそろい過ぎてる岩を見てレーちゃんが言った。


「そこまでするのでしたら前のエリアのように綺麗に整えると思いますが……ですが、見る限りはその可能性が大きそうですわね」


 岩と岩の隙間をわざわざ削って、ピッタリ合うようにして並べてある。それを天井近くまで積み上げているにも関わらず、表面はでこぼこのまま。

 なんだかチグハグな印象を受ける。


「途中で飽きちゃったとか?」


 あたしの言葉に、そんなバカな、とふたりは眉根を寄せながら笑った。あたしも同じような表情だったと思う。

 とりあえず左側の壁や地面には何も無かったので、続けて通路をはさんで右側へと移動する。


「お、ついた!」


 その頃には、かがり火のひとつがようやく燃えだした。きっと長年の水気で物凄く湿気てたんだろうなぁ。

 男の子たちは嬉しそうだ。もうひとつのかがり火に移動して、火をつけている。


「こちらも同じような感じですわね」


 右側の壁も削って並べて積んだ感じだった。床にも何もなく、そのまま奥の壁まで移動してみるけど、やっぱり何も無い。


「この神殿……壁の中にあるんだね」


 あたしは横を見ながら言った。

 段差はあるけど、奥の壁と神殿の入口の奥行きが、ちょうど同じくらい。

 神殿の入口だけが見えてるんじゃなくて、神殿そのものが壁の中に埋まってるような造りになっていた。

 師匠が入口を調べている最中だったけど、罠とかは無いみたい。もちろん、入口の黒い何かにはまだ手を出してないっぽい。

 そんな師匠を応援しつつ、あたしはあたしの役目を頑張らないと。

 というわけで、奥の壁をコツコツと叩いてみる。

 だけど……?


「分かるんですの?」


 なんかそれっぽくやってみただけです。

 でも分かったことがある。


「空洞じゃないよね、ここ」

「詰まってる音っぽいよね」


 レーちゃんもコツコツと壁を叩いてみてる。

 鈍い音が返ってくるばかりで、隠し部屋とか隠し通路は無いっぽい。この先が空洞じゃないってことは、神殿の中は狭そう。

 う~ん?

 もしかして、ここで遺跡は終わりなのかな?

 なんて思ってると、セルトくん達の、ついたー、という声。通路の両側にあるかがり火がついて、周囲の明るさが増した気がする。

 でも、少ししてから師匠たちの驚く声が聞こえた。


「え、なになに?」

「なにごとですの?」

「どうしたのかしら?」


 なにか起こったっぽいので、あたし達は急いで師匠の元へ移動した。

 セルトくん達も師匠の元に集まったので、全員集合となる。


「どうしたんですか、師匠」

「これだ」


 師匠は通路にしゃがみこみ、何かを調べていた。

 そこには――


「記号……ですか?」


 うっすらと真っ白な通路に黒いマークみたいなものが浮かび上がっていた。丸っていうか、楕円形のマークが通路の中央に。

 そして分かりやすいのが手のひらのマークだった。


「手形?」


 大きさはあたしの手よりも大きい。たぶん大人の手だ。それが楕円マークの左右に浮かび上がっている。

 単純な形だから、誰かの手を象ったってわけじゃなさそう。


「コルセくん、感じる?」

「うん。レーちゃんも分かるんだ」


 コルセくんとレーちゃんが、なにかうなづきあってる。

 神官のコルセくんと魔法使いのレーちゃん。

 そのふたりに分かるってことは……


「魔力か」


 師匠の言葉にふたりはうなづいた。

 魔法をメインに扱わないあたし達には分からない感覚なのかな。師匠にも分からないってことは、魔法の才能が関係してるのかも?


「プルクラは分かる?」

「いいえ」


 ルビーにも分かんないみたい。じゃぁ、やっぱり魔法が使える人じゃないと分かんないってことか。

 コルセくんとレーちゃんは視線を後ろに向けた。そこにはさっきセルトくん達がつけた『かがり火』が燃えている。


「あれがスイッチになった、と」


 ルシェードさんの言葉に師匠もうなづく。


「リドル、ではなくギミックの類か?」


 師匠は魔力糸を顕現させ、通路に浮かび上がってきた黒のマークに触れさせる。特に何の反応も起こらなかった。

 師匠はそのまま指で触るけど……反応は何も無い。


「この通りに手を付くのか、やっぱり」


 手のひらが左右に並んでいるってことは、同時に手を付けってことだと思う。

 じゃぁ、手のひらの間にある真ん中の楕円は……


「あ」

「何か分かったのか、サティス」

「師匠、ドゲザですドゲザ」

「ドゲザって……あの土下座か?」


 あたしはペコペコと頭を下げた。


「義の倭の国で、床に両手と頭を付けて謝ってました。それってちょっとお祈りみたいじゃないです?」

「確かに」


 両手を床について、頭っていうか額を楕円形の場所に付く。

 ひざまづいてる感じ。

 それは、どこかお祈りしているようにも思えた。


「なるほど、確かに」


 ルシェードさんもドゲザを知ってたみたい。


「あたしやりますね」

「待て待て待て。危険があるかもしれんし、間違っていたら罠が発動するかもしれん」


 あ、そっか。

 というわけで、あたしと師匠の視線は自然とルビーの方向へと向いた。


「わたし?」


 うんうん、とあたしと師匠はうなづく。

 他の人たちから見たら、めちゃくちゃヒドイこと言ってるな、って感じだけど。でも、何かあってもルビーは大丈夫だと思うので、こういう時は便利。

 便利って言うとめっちゃ怒られると思うので、え~っと、ステキ。


「ステキ、ぷるくりゃ」

「噛んでるではありませんか。プルクラです」

「ごめんなさい、ぷりゅくら」

「分かりました。これからはサティスのことをサディストと呼びますわね」

「……サディストってなに?」


 知らない言葉だったので師匠に聞いてみた。


「……後でな」


 あ、わかった。

 たぶん、えっちな言葉だ!


「このマークに手と頭を合わせればいいんですのね」


 ルビーは床のマークの前にしゃがんで、手のひらをマークの上に重ねるように置いた。

 その時点ではまだ何も起きない。


「いきますわよ」


 そのままゆっくりとルビーは頭を下げて、床の黒い楕円形に額をくっ付ける。

 ルビーのドゲザ……なんだけどぉ……

 お尻を突き出した姿になってるので、なんか違う。


「失礼」


 ルシェードさんが視線を外した――じゃなくて、笑いをめっちゃこらえてる。肩が揺れていた。

 でも男の子たちは、おほー、と嬉しそう。


「むぅ」


 レーちゃんはノーマくんを後ろから抱き着くようにして視線をさえぎってる。


「あれだな。思わず叩きたくなる」


 師匠はルビーの突き出したお尻を堂々と見ていた。

 むしろ男らしい。

 ステキ。

 でも。


「師匠が一番ひどい」

「冗談だ」

「本音は?」

「触わりた――ほ、本音とかありませんよ?」

「あたしので我慢してください」

「いや、本音とかありませんので」


 お尻はルビーのほうがぷっくりしてる感じなので、師匠はそっちのほうがいいんだ。

 むぅ~。

 胸はぺったんこのほうが好きなくせに!


「これ、いつまでやっていればいいんですのー?」


 ルビーは床に頭を付けたままお尻を突き出したポーズで叫ぶ。

 周囲に何も変化は起こらない、と思った瞬間。

 いきなり通路の黒いマークが光り、消失した。


「なになになに?」


 慌ててルビーが頭を起こすと、お、という形にくちびるを丸くした。


「どうやら。このわたしが鍵だったようですわね」


 ルビーが指し示す先は神殿の入口。

 真っ黒で闇に閉ざされいた入口は、すっかりと明るくなって神殿の中が見通せるようになっていた。


「これで進めますわ。うふふ、褒めてくださいまし師匠さん」

「ありがとう。よくやった」


 師匠はルビーの頭を撫でた。

 いいな~、やっぱりあたしがやれば良かったなぁ~。


「そちらではありません。お尻を撫でてくださいまし」

「さぁ、進むぞ」

「あ~ん、無視しないでくださいまし~」


 そんな師匠とルビーのやりとりを、あたしと男の子たちはうらやましそうに見ているのでした。

 ルシェードさんだけは、苦笑しつつ肩をすくめていて。


「ノーマくん!」

「な、なんで怒られるの!?」


 レーちゃんがなぜか怒ってるのが、ちょっと面白かったです。

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