~卑劣! ただいま!~

 学園都市からジックス街へ。

 数週間は必要となる移動時間をゼロにして、俺たちはジックス街へと戻ってきた。

 もっとも――


「ここが師匠さんの故郷ですのね! あぁ、なんてステキな街なんでしょう!」


 ルビーにとっては『戻ってきた』のではなく『初めて来た』という状態だが。


「まだ何にも見えてないのに、どこがステキなのさ」


 パルがツッコミを入れるのも無理はない。

 転移先に選んだのは、もちろんジックス街の外側。魔物の侵入を拒む大きな壁のせいで、中の様子は見えない。

 加えて――


「しかも下水道の近くだし」


 一応は浄化されているとは言え、下水は下水。冒険者ルーキー御用達の冒険場でもあるのだが、基本的には不衛生で誰も近寄らない場所。

 転移先に指定するには、これほど好都合な場所は無い。


「見なくても分かります。師匠さんが生まれ育った街ですから、人も街並みもステキに決まっていますわ」

「俺は孤児だったぞ」

「人間の腐った街ですわね。命令してください、師匠さん。わたしが滅ぼします」

「やめてくれ」

「はい、辞めます」

「えらいえらい」


 手のひらがねじ切れる勢いで意見を変えまくるルビーの頭を撫でつつ、俺たちは入口の門へと移動した。

 季節がひとつ移り変わり、もう夏と呼んでもおかしくない。祈りを捧げる神は、春の女神から夏の女神へと交代したようだ。

 どこまでも空が色濃く、そして高くなったような気がした。


「師匠~」

「あぁ、いま行く」


 学園都市に向かって出発した時から季節が変わったが……外側から見る限りジックス街の様子はそんなに変化が無さそうだった。

 外門で衛兵から軽くチェックを受ける。

 久しぶりに帰ってきた時には大量の金塊を背負っていたこともあってか、なかなか入街許可を得るのが難しかったなぁ。

 領主のピンチを聞きつけ、寄付にきた。

 俺はこの街の出身者だ。

 というホントのことだけで押し切ったのは、少々強引だったか。

 商人のフリをしておけば、もうちょっとスムーズだったかもしれない。もしくは真正面からではなく別のところから侵入しておけば良かったか。

 まぁ、しかし。

 堂々と正門から入ったからこそ、パルと出会うことになったのでなんとも言えないが。


「冒険者です。護衛の仕事中だよ」

「これがプレートですわ」


 今回はパルとルビーに護衛をしてもらったことにして、あっさりと街に入った。しばらく留守にしていると顔も忘れられてしまうし、面倒なのは仕方がない。

 衛兵の誰かと懇意にしておいたほうが楽になるかもしれないな。盗賊ギルドとして活動していくには、必要になってくるはず。

 もっとも。

 ルビーがいるので、いざとなったらどうとでもなるが。


「あら、活気がありますのね。やっぱりいい街ではないですか」


 ルビーの言うとおり、ジックス街の中は活気に満ちていた。

 街の外側からでは分からない変化がしっかりとあったようだ。

 以前は橋を架ける計画が死者を出すほどに失敗したことによって街全体がどんよりとした雰囲気もあった。

 しかし、今は人通りも多く、店も繁盛している。屋台の数も多くなったのではないだろうか。食事の選択肢が増えるのはいいことだ。


「ふむ」


 その逆に、孤児や物乞いの数は表側から減っていた。活気があると、彼らは逆に裏側に引っ込んでしまう。

 路地裏に身を潜め、夕方や夜にかけて表通りに出てくるのかもしれない。

 屋台の売れ残りや捨てられた残飯を目的として。

 しかし、まぁ――


「盗賊はいるな」


 スリの活動は人混みと比例する。

 活気があればあるほど、スリがやり易くなるのは素人でも分かることだ。


「師匠。あたし達ぜんぜん狙われてないっぽいですけど」

「身内を狙うバカはいないってことだ」

「なるほど」


 俺たちはしっかりとターゲットから除外されていた。それっぽい視線は向けられるものの、すぐに外れる。

 冒険者風の少女と旅人の組み合わせから考えれば、逆に目立つ。それでなくともパルとルビーは可愛いし。

 良い意味で目立っているが、盗賊という立場から考えれば悪い意味で目立っている。

 なんにせよ、目立っている相手に仕事をしようだなんて考えるほうがおかしい。ターゲットから外されたとも考えられる。


「さすが師匠さんが所属している盗賊ギルド。素晴らしいですわ」

「さっきからルビーは褒めすぎ」

「いいじゃないですか。初めて訪れた旦那さまの故郷です。褒めておいて損はありませんわ」

「あたしのふるさとでもあるよ」


 厳密には、俺もパルもこの街で生まれて捨てられた証明は、どこにもないが。


「うらやましいですわ。わたしもここで生まれたことにしましょう」

「絶対ウソってバレるよ、それ。そういやルビーってどうやって生まれたの? 影から生えてきた?」


 吸血鬼はどこから生まれたのか。

 確かに気になるところだな。


「わたしは……ん?」


 すぐに答えようとしたルビーだが、首をかしげる。


「どうやって生まれたのでしょうか?」

「いや、あたしに聞かれても」


 ふたりは俺を見た。

 もちろん――


「俺が知るわけがないだろ。吸血鬼は人間が噛まれて増えるとか、永遠の若さを求めた女王が狂気の儀式の末に吸血鬼になったとか……そういう話は聞いたことがあるが」


 どちらにしろ、そういうのは伝説やら伝承が脚色されたもので、子ども向けの物語にされていることもある。

 正確な情報はそれこそホンモノの吸血鬼に聞くのが一番だが……


「忘れてしまいましたわ」

「あはは! やっぱりバカだ、この吸血鬼」

「親の顔も覚えてないパルもいっしょでしょうに!」


 ルビーはパルのほっぺたを両側から引っ張る。

 ぷにぷにと柔らかそうだ。


「普通に吸血鬼同士の子どもっていう可能性もあるのか。親の顔を覚えていないのなら、俺たちといっしょでルビーも孤児なのかもしれんな」

「では、そういうことにしておきましょう」

「そんな適当でいいのか」

「いいのです」


 開き直ってるなぁ、この吸血鬼。


「ジックス街出身のルゥブルム・イノセンティア。路地裏で育ち冒険者になりましたが、師匠さんのお嫁さんになりました」

「まぁ、嘘でもいいから経歴は必要か。そういうことにしておいてくれ」

「えー!? 師匠のお嫁さんはあたし!」


 そういえば後半部分をまるっと受け入れてしまっていた。

 当たり前に思ってしまっている自分が、ちょっと傲慢で嫌になってしまう。

 最近、俺……調子に乗ってしまっているのかな……

 今までモテたこともないから、どんどんと嫌な男になっていくのかもしれない。

 うぅ。

 そりゃ勇者パーティから追放されるよな。

 卑劣な男だもんな……


「ちょっとパル。師匠さんが落ち込んでしまいましたわ!」

「あれぇ!? ホントだ……師匠、あたしのこと嫌い?」


 しかも弟子たちに表情が読まれてしまうほどの体たらく。


「山奥に隠居したい気分だ。でもパルのことは好きだぞ」


 とりあえず弟子からの愛が嬉しいのでパルの頭を撫でておく。

 はぁ~、と一息。

 ポーカーフェイスを引き締めながら、街一番の宿にして本拠地にしている『黄金の鐘亭』のある中央広場へ向かった。

 その道すがら、周囲を探索しておくが……やはり特別変わった様子は無い。確かに活気に溢れてはいるが、治安が悪くなった様子もなく、むしろ良くなったと言える。

 監視されている感じもないので、何も問題はなし。

 街は平和そのものだ。

 遠慮なく黄金の鐘亭へと帰ってきた。


「おっきな宿ですわね」

「街一番の大きい宿だよ。こっちこっち」


 パルは嬉しそうにルビーを案内する。ルビーもそれを拒絶することなく、パルについていった。

 なんだかんだ言って仲良しなふたりを見ているのは、俺も嬉しい。仲良くケンカしているふたりを見るのも楽しいけど。


「ただいま、リンリーさん!」

「あっ、パルちゃん!」


 宿に入ると、エントランスを掃除していた巨乳従業員のリンリー嬢がパっと顔をあげてホウキを放り捨てた。

 いいのか、それで!?

 って、思う間もなくリンリーはばるんばるんと胸を弾ませながら近づいてくると、パルを抱きしめた。その巨乳で押しつぶさんばかりにパルを谷間にうずもれさせる。

 うわぁ、かわいそうにパル。

 確かに大きな胸っていうのは豊かでそれでいて救われる感じがあるものだが……俺にしてみれば年齢のいった女性の特性であり、嫌悪の象徴でもある。

 それは言い過ぎか?

 でもまぁ、なんとなく巨乳に押しつぶされるくらいなら素足で踏まれたほうがマシだ。みんなそう思うだろ?

 そうだと言ってくれ。

 あいつなら分かってくれるはず。

 たぶん。


「なんて顔してるんです、師匠さん。擬態できてませんわよ」


 周囲の男性客は巨乳に押しつぶされてるパルを見て、うらやましい、という表情を浮かべていた。

 俺だけが反対方向の表情を浮かべていたので、ルビーに脇腹を突っつかれる。


「疲れてるのかもしれんな」


 俺は片手で顔を覆うと、表情を消しておいた。


「もが……んぐ、ぷはぁ! 苦しいよぅ、リンリーさん」

「あぁ、ごめんねパルちゃん」

「えへへ~、ただいまリンリーさん」

「おかえりなさいパルちゃん。あ、ついでにエラントさんも」


 俺はついでかよ。

 まぁ別にいいけどさ。

 周囲のリンリー嬢を狙う青年商人たちの敵意ある視線を向けられなくて済むので。


「初めまして、リンリー。わたし、ルゥブルム・イノセンティアと申します」

「あ、これはどうもご丁寧に。リンリー・アウレウムです。えっと、ルゥブルムさんは――」「わたしのことはルビーと呼んでください。愛しの旦那さまが付けてくださった名です」

「は、はぁ……え、結婚されてるんですか。お若いのに」

「えぇ、そうなんです。紹介しますね、わたしの旦那さまのエラントです」

「えええええええええ!? エラントさん結婚したんですか!?」

「違う違う、してないしてない。ルビーの冗談だから本気にしないでくれ、リンリー嬢」

「嬢って言わないでください!」

「あ、はい」


 そういえば、そうだった。

 なんで嬢って呼ばれるの嫌がるんだろうな。

 まぁいいけど。


「とりあえず、俺は部屋で休むよ。パルとルビーは自由にしててくれ」

「はーい」

「分かりましたわ」


 ちょっと部屋で休んでから盗賊ギルドに向かうか。ちょっとは旅疲れを見せておいたほうがいいかもしれないし。

 夕方くらいに盗賊ギルドへ行って報告すれば、長かった仕事も一段落だ。

 しばらくはジックス街で活動しつつ、徐々に知名度を上げていこう。

 勇者を支援し――魔王を倒す。

 その日まで、慌てず急いで正確にしっかりやっていこう。


「まだまだ先は長そうだ」


 希望は持てる。

 絶望よりは、よっぽどいい。

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