~卑劣! 学園都市編おしまい!~
「え~、帰っちゃうの~」
学園都市の盗賊ギルド。
薄暗い部屋の中にタバ子の声が響く。
相変わらず仕事がないのか、気だるい感じでタバコの煙をくゆらせていたタバ子に挨拶したのだが、彼女は不満そうにくちびるを尖らせた。
有翼種たる彼女の背中の翼も、抗議するようにバサリと空気を打つ。周囲にただよっていた煙が、それによって霧散した。
「ふるさとなんて捨てて、こっちでいっしょに盗賊しようよ~」
「そう簡単にふるさとなんて捨てられるもんじゃないだろ」
孤児だった俺ですらジックス街には思い入れがある。早々に勇者といっしょに旅立ったとしても、帰ってくる場所はやはりジックス街だと思っていた。
たとえ待っている人なんかいなくても。
そこに自分の帰るべき家がなくとも。
なぜか、そう思ってしまうのだから生まれ育った場所というのは捨てきれない。
もっとも――
俺がジックス街で生まれたかどうか、ホントのところは分からないが。
もしかしたら別の街で生まれて、ジックス街で捨てられただけなのかもしれない。川に捨てられなかっただけマシだ。
「タバ子さんのふるさとってドコなの?」
「パルちゃんまでアタシのことタバ子っていう……」
さっさと自己紹介しないからだ。
「アタシのふるさとは魔物のせいで無くなったのよ。だから、ここがアタシのふるさと」
……あまり聞かないほうがよさそうな話だな。
「へ~、どんな魔物だったの?」
空気読めよ、パルパル!
突っ込んで聞いていい話じゃないだろ!
「今だから分かるけど、レッサーオーガかな。あ、今だとレッサーデーモンって言うんだったかしら」
魔物図鑑は何度か改訂している。
最新の魔物図鑑では名前が変わった魔物もいるので、その影響だろうか。
それにしても――
「レッサーデーモンか」
俺は顔をしかめた。
そんな俺の顔を見て、パルはキョトンとしている。
「師匠、そんな強い魔物なんですか? レッサーデーモンのレベルは、確か9ぐらいのはず。あんまり強くないと思うんですけど」
「レベルはあくまで参考値だ。スライム同様、その数字ばかりに気を取られると足元をすくわれるぞ」
「はい。で、でも……レベル9の魔物に全滅しちゃうって、想像できないんですけど」
俺は少しばかり眉根を寄せつつ、タバ子を見た。
「いいよ、師匠ちゃん。弟子に真実を教えるのは師匠の仕事だよ」
「そうか」
すまないな、とタバ子に謝ってから俺はパルにひとつの質問をした。
「レッサーデーモンの特殊能力を思い出せ」
「あ、はい。えっと……人に化けることです」
その情報を答えても尚、パルは理解できないでいた。
ふむふむ。
「なるほど。パル、おまえは情報不足から真実の誤認をしている」
パルが見た魔物図鑑が悪いのか、そもそもパルの記憶に欠損があるのか。
それは分からないが、『人に化ける』という情報だけでは、真実を見誤ってしまうのも無理はない。
「どういうことですか?」
「人に化ける。一言で言うとそのとおりなのだが……より重要なのは、どうやって化けるのか、だ」
むしろ単純に『化ける』より、よっぽどの問題がある。
「レッサーデーモンは誰かと入れ替わる。特定の何者かに化けるということだ」
「入れ替わり……?」
俺はうなづいた。
「顔を奪われるんだ。レッサーデーモンに襲われた人間は首から上を切断される。それをどのように使用するのかは分からないが、殺された人間とそっくりな姿にレッサーデーモンは化けるんだ」
「えぇ!?」
パルは途端に周囲を見渡した。
その反応は良く分かる。
誰かと入れ替わるということは、今も街の中に入れ替わったレッサーデーモンが入り込んでいる可能性がある、ということだ。
今まで親しく話していた人が、明日にはレッサーデーモンと入れ替わっているかもしれない。
そんな得体の知れない恐怖を覚えてしまう。
「安心しろ、パル。入れ替わっているかどうか、簡単に見分ける方法がある」
「ど、どうやるんですか師匠?」
「魔物は共通語を話さない」
「あぁ!」
なるほど、とパルは手を叩いた。
「……あれ? じゃぁなんでタバ子さんのふるさとは全滅しちゃったの?」
「全滅って言ってないわよ、パルパル。魔物のせいで無くなったって言ったの。まぁ全滅とも変わらないけど」
「どういうこと?」
「アタシのふるさとは、ちっちゃな集落だったのよ。全員が顔見知りのような、ときどき旅人が訪れるくらいの平和な集落。で、ある時、死体が見つかった。首から上が無い男の死体。でも、集落では誰ひとり欠けていない。みんな顔見知りだからこそ、一気に混乱が広がった。小さかったアタシでも覚えてるわ。まわりの大人がみんな魔物に見えた」
タバ子は肩をすくめる。
「誰かが冷静に話をすれば良かったんだけど、一度広がった混乱はもう手に負えなくなって。殺し合いが始まっちゃった。アタシたちの家族は無事に逃げられたけど、ふるさとを捨てる覚悟が出来なかった人たちは、みんなあの場所で死んだわ」
なるほど。
それでタバ子は簡単に、ふるさとを捨てろ、と言えるわけか。
むしろ、ふるさとなんていつだって捨てる覚悟がないと生き残れない。
そんなアドバイスにも思えた。
「全滅するまでって殺し合うって変じゃない? レッサーデーモンを殺せば終わるんじゃないんですか?」
そうですよね、というパルの視線を受けて俺は頭を撫でてやる。
パルの疑問は間違っていない。
それ以上に厄介な特殊能力をレッサーデーモンが持っている。
「奴らは、顔があれば……たとえ死体であっても顔さえ残っていれば入れ替わる。それがあの魔物だ。昔は別の魔物である『ゾンビ』とも呼ばれていたし、人の頭を食べていると仮定されたからオーガ種とも思われていた。今は悪魔と分類されているが、また別の何かに変わるかもしれん。人狼種とかな」
「ほへ~。次々に入れ替わってたわけですか」
誰かになりすまし、混乱に乗じて体を次々に入れ替えた。
もう誰が生きていて、誰が死んだのかも分からない。
もしかしたら、途中でレッサーデーモンは死んでいたかもしれない。それでも、疑心暗鬼に襲われた集落の人間たちは、殺し合いをやめられなかったのかもしれない。
ふるさとを捨てる覚悟があった者だけが、生き延びた話だ。
「そう。たった一匹の魔物に集落が全滅した話。冷静な話し合いって大切よ」
タバ子の含蓄のある言葉に、分かりました、とパルはうなづいた。
「というわけでエラントちゃんとパルちゃんは、冷静な話合いの結果、学園都市に残ることに決めました。そしてみんなと楽しい盗賊ライフを過ごすのでした。めでたしめでたし」
「勝手に終わらすな。また遊びに来るし、ジックス街に来てくれたら歓迎するぞ」
「絶対よ! 絶対に来てよね! アタシも遊びに行くから!」
うわん、とタバ子はパルを抱きしめた。
そんなに気に入ってたのか、パルのこと。
いや、単にその場のノリでやっているような気もする。
どっちでもいいか。
俺はタバ子がパルを抱きしめて頬ずりしている間にギルドマスターに挨拶しておくことにした。決してうらやましいとか俺もやりたいとか思ってるわけではない。決して。違うよ。
「聞いての通りだ」
タバ子がぎゃぁぎゃぁと騒いだおかげで、カウンター奥にいるギルドマスターの右と左ことイウストラムとシニストラムにも聞こえていただろう。
「了解いたしました」
「またの起こしをお待ちしております」
三つ子であるイウスとシニスは丁寧に頭を下げる。
と、思ったらふたりは腕を組んで、ぐるぐると回った。
「さて、どっちが――
「――どっちでしょう?」
「どっちでもいい」
「あなたはダメな盗賊ね」
「つまらない盗賊だわ」
「ひどい評価だ。真ん中は今日も仕事か?」
えぇ、とふたりは同時にうなづく。
「イアには私たちから伝えておくわ」
「エラントが愛している、と言ってたと」
「それが嫌だったら」
「またいつでも来ることを約束しなさい」
「はいはい、分かったよ」
俺は肩をすくめる。
イウスとシニスも、冗談です、と肩をすくめて笑った。
もちろん、どっちがイウスでどっちがシニスか、まったく分からないが。
「では、世話になった。ジックスの盗賊ギルドを代表して礼を言う」
「こちらこそ。ルーキーを喰い物にした犯罪者をのさばらせておいて不甲斐なかったわ」
「改めて、礼を。協力に感謝します」
俺たちはしっかりと貸し借りは無し、とうなづきあった。
これをやっておかないと後々大変なことになってしまう。
タバ子ではないが、冷静な話し合いは大事だ。
「よし、行くぞパル」
「は~い。じゃね、タバ子さん」
「うん、まったね~、ばっははーい」
やっぱり別れをしぶってたの嘘じゃねーか!
なんてツッコミを入れてしまえばタバ子の思うつぼ。グっと我慢して、俺たちは盗賊ギルドを後にして学園長のいる中央樹まで移動する。
学園校舎までの間にあった店で、ジックス街で待ってる宿屋の看板娘リンリー嬢にお土産をパルは買っていた。
中央樹はラークスに挨拶に行くと言っていたルビーとの待ち合わせ場所。加えて、一番世話になった学園長に最後の挨拶をしないといけない。
なにより、誰もいない場所で気楽に転移できるのは、中央樹の根本が一番だ。
もう何度目かになる通いなれた学園校舎の一階。
うすぐらい廊下を越えて、張り出した中央樹の根っこを越えながら移動すると――
「やぁ、待ってたよ盗賊クン。パルヴァスくん」
中央樹には学園長がちょこんと座って、待っていた。
すでにルビーは先に来ていたようで、おしゃべりでも楽しんでいたらしい。そばにはラークスが作った巨大なランスが置いてある。新しい試作品を受け取ったようだ。
ふたりのカップの中の紅茶はすっかりと冷めてしまっている。そこそこの時間、ふたりで話していたみたいだな。
「盗賊クンも飲むかい? 珍しく自分でいれてみたんだ」
どうやら学園長なりの気づかいのようだ。
「では、遠慮なく」
俺とパルも紅茶をもらうことにした。
その時間は、学園長にしては珍しくも静かで。
あまり語ることもないように過ぎていった。
「では、これでお別れかな」
「そうだな」
「と言っても、転移の腕輪があればお別れも何も無い。会おうと思えばすぐに会えてしまう。世界は小さくなってしまったものだ。普通なら、もう一生会えないものなのに」
数えきれないほど別れを経験してきたハイ・エルフとしては。
世界が小さくなってしまうのは、むしろ喜ばしいことなのかもしれない。
だからこそ。
饒舌でおしゃべりで、人と話すのが大好きなくせに、話が長すぎるので誰にも相手されなくなってしまった最古の長命種は。
静かに紅茶を楽しんだようだった。
「ところで盗賊クン、聞いてくれるかな?」
「なんだ?」
「転移の腕輪が作れたのなら、メッセージの腕輪も作れるだろう。続々と宝石の欠片も集まってきているのでね。大量生産は無理だが、誰でも使える転移の腕輪の開発もできるかもしれない。メッセージの腕輪も――いや、腕輪にこだわる必要はない。メッセージの箱でもいいし、メッセージの鏡でもいい。ふむ、鏡。いいな、鏡にしよう! 相手の姿やこっちの姿が見える『メッセージの鏡』というものを作ってみようと思う」
「おう。いいんじゃないかな」
「というわけで、長距離の試行相手を盗賊クンにお願いしたいのだが、いいだろうか?」
「ここまで世話になったんだ。今さら断らないよ」
「さすが私の旦那さまだ」
「断る」
「冗談だよ。冗句というやつだ。リップサービスでもいい。愛人ポジションで充分さ。子どもは十五人くらいでいいよ」
「愛人1号はわたしですので!」
「あ、あたしは!? あたしは愛人ゼロ号!?」
ルビーの主張は良く分からんが、パルがうろたえているのも意味不明だ。
「安心しろ、パル。おまえは正妻だ」
「へ?」
一瞬、理解できなかったらしい。
「あ、あわわわわ」
だが、その意味が分かった途端にほっぺたが真っ赤になった。
普段は愛してますだの好きだの言ってるくせに。
こういう風に言われるのは弱いらしい。
まったくもって――
「かわいいなぁ」
俺はパルの頭を撫でようとしたが……逃げられた。
「い、いま触らないでください師匠!」
「あら、嫌われましたね師匠さん。では、パルの代わりにわたしを触ってください。頭だろうと胸だろうと存分に!」
「私も触っていいぞ、盗賊クン。なんと、特別に耳を触らせてあげよう。君が触りたいというのなら、おまたでも!」
「や、ややや、やっぱり触ってください師匠!」
「触るって言うなおまえら! 撫でるって言え!」
はぁ~ぁ~。
と、俺はため息をついた。
なんだろう。
セツナ殿がうらやましくなってきたなぁ。
きっとシュユちゃんは静かで大人しくて甲斐甲斐しくセツナ殿をお世話しつつ、好いてくれているんだろうなぁ。
ウチのパルとルビーとは大違いだ。
ついでに悪ノリしている学園長も含めて、うるさいなぁ~、もう!
「おら、帰るぞパル、ルビー」
「はーい」
「分かりました」
なにはともあれ。
学園都市でやるべきことは全て終わった。
「では、盗賊クン。パルヴァスくん。また会おう。我が友人のルゥブルム・イノセンティア。君との友情をこれからも楽しみにしている。いつでも転移してきてくれ。ついでに、私も気が向いたらそっちに行くよ」
学園長の言葉にうなづき。
俺たちは、ジックス街に向けて――
「じゃぁね、学園長」
「また会いに来ますわ、ハイ・エルフ」
「世話になったな」
「あぁ」
最後は短く、学園長はうなづいただけだった。
それに苦笑しつつ、俺は転移の腕輪を発動させる。
「アクティヴァーテ」
短く静かに唱えた時には。
学園長は、笑って見送ってくれていた。
なにはともあれ。
学園都市でやるべきことは、これで全て終わらせられた。
いろいろあったけど。
ホント、いろいろあったけど。
ようやく俺は、あいつのために。
勇者のために前へと進めることが――
――できる。
いや。
前へと進もう。
勇者支援盗賊ギルドのスタートだ!
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