~流麗! いっつ・まい・にゅー・ぶき~

 盗賊ギルドに挨拶に行くという師匠さんとパルと別れて。

 わたしは学園校舎内にある『鍛冶師技術向上会』を目指して移動していました。

 もちろんラークスくんに会うためです。

 間違っても、あのドワーフたちには会いたくないものですわね。

 もっとも――

 未だに在籍し続けられたら、の話ですが。


「さて、こちらにいると良いんですけど」


 ラークスくんのおうちは武器屋でもありますので、もしかしたら学園ではなく家にいるかもしれません。

 ですので、先に学園にいるかどうかを確かめておかないと無駄足を踏んでしまいます。

 間違っても師匠さんを待たせるなんて、わたしにはできませんので。しっかりと確認してまいりましょう。


「それにしても……無駄足ってどうして踏むというのでしょう?」


 無駄足を進むのではなくって?

 なんて思いながら廊下を歩いていると、トンテンカン、と小気味良い音が聞こえてきた。

 どうやら鍛冶をしているのは間違いなさそうです。


「問題はラークスくんがいるかどうですが」


 鍛冶技術向上会をノックしようとして止めました。

 どうせ、このトンテンカンという音のせいで聞こえませんし。

 わたしは遠慮なく扉を開けると、ブワッ、と熱風が体を焦がすように廊下に流れてきた。風というよりも突風に思えるほどの熱気を浴びつつ、わたしは部屋の中に入る。

 ごうごうと燃える炉の前に、果たしてラークスくんはいました。

 煤で真っ黒になった顔。

 額から汗が流れ、それを拭う手が煤で汚れているので余計に顔が黒くなる。

 そんなことを繰り返したであろう姿は――


「美しいですわね」


 人間が頑張って何かを作っている姿は、美しいものです。

 魔物は、なにひとつ――それこそ、料理すら生み出すことのできない生き物ですから。

 モノづくりは人間にだけ許された特権であり、どんなに汚れた姿であろうとも……

 いいえ。

 汚れた姿で一心に何かを作り、生み出せる姿こそ。

 この世で一番美しいのかもしれません。


「うふ」


 さてさて。

 ラークスくんはわたしが入ってきたのにも気付かず、集中して炉の中を見続けています。素晴らしい集中力に惚れ惚れとしてしまいますわ。

 ラークスくんの近くにはドワーフの男性がひとりいました。ラークスくんをイジメていた年若きドワーフではなく、年齢を感じさせるたたずまい。

 恐らく、鍛冶技術向上会の教授に当たる人物でしょうか。

 ラークス少年から視線を外し、ちらりとドワーフが視線を向けてくる。

 ですが、それだけ。

 わたしという存在を些細な物として扱ってくる様子は、さすがドワーフ。

 物事の優先順位がハッキリとしています。


「――んっ」


 あぁ。

 あぁ……

 あぁ~!

 ゾクゾクしますわ!

 だってだって、魔王領にいた頃はどんな作業中であろうともみんな手を止めてわたしに挨拶をしていました。

 面白そうなことをしていたって、いつもわたしを優先して手を止める者ばかり!

 その後を見学してても、チラチラとわたしを気にするものですから、こちらも気が散ってしょうがありませんでした。

 それが、見てください!

 いま、わたし!

 無視をされています!

 かんっぜんに、完璧に無視されていますわ!

 あぁ!

 ありがとうございます、ドワーフ!

 いま、わたし!

 なぜかとっても気持ちいい――!


「んふふ~」


 わたしは邪魔をしないように、部屋のすみっこに移動してラークスくんの作業を見つめました。

 今は炉の中に金属を入れて真っ赤になるまで熱している最中でしょうか。片手にハンマーを持ったまま、ラークスくんは炉の中でゴウゴウと燃えている炎と金属を凝視しています。


「よし」

「はい!」


 ドワーフの言葉と同時にラークスくんは炉の中から真っ赤になった長細い金属を取り出す。それを金床に置き、ハンマーを叩き落した。

 トン、テン、カン、とハンマーを振り下ろすたびに火花が飛び散る。でも、その程度の火花に気負うことなく、ラークスくんはハンマーを振り下ろして、真っ赤になった金属の形を変えていった。


「素早く、慌てず、精度を保つ」

「はい!」

「上手いぞ」

「は、はい!」


 おっと、ラークスくんが褒められました。

 自分のことのように嬉しいですわね。

 その後、何度も同じ作業を繰り返していく内に、金属は薄く叩きのばされて一本のナイフの形になった。

 もちろん刃はまだ付いてないでしょうけど。

 それでも一枚の金属が形を変えていくのは見ていて大変面白いものですわね。

 ジャプンと真っ赤に熱せられた金属が水に付けられて、湯気がぶわ~って立ち昇る様子はワクワクしてしまいます。


「さて、ラークス。おまえさんにお客さんが来ているぞ」

「へ? わ、うわ!? いつ来たんですか、ルビーお姉ちゃん」


 作業が一段落したのを見計らって、ドワーフがわたしの存在を教えてくれる。

 ラークスくん、ホントに気付いてなかったようで、わたしがいきなり現れたみたいにビックリしてますね。

 うふふ、かわいい。

 思わず血を吸ってみたい衝動に駆られますが、我慢がまん。

 嫌われたくありませんもの。

 ラークスくんにも、師匠さんにも。


「立派な男になられましたわ、ラークスくん」

「へ?」

「仕事ができれば、もう充分に一人前。ひとりの男ですわ」

「そ、そうかなぁ……えへへ」


 嬉しそうに笑うラークスくん。

 ちょっと前までイジメられていたとは思えませんね。

 なにより誉め言葉を拒絶することなく、受け入れる器が出来上がっています。

 あぁ、素晴らしいですわ。

 やっぱり人間って、大好き!

 少年が大人になっていく姿には、たまらなく興奮してしまいます。

 これはご褒美をあげませんと。


「あなたに会えたことを誇りに思いますわ」


 わたしはそう言って、ラークスくんをハグしました。

 吸血鬼の抱擁です。

 本来なら血を吸って、名誉市民としてお城に招待をして差し上げるところなのですが……ここは人間領。魔王領とは違う文化とルールですので、そんな間違いは起こしません。

 なので、ラークスくんには申し訳ありませんが、抱擁だけで我慢していただきましょう。

 でも、サービスですので思いっきり抱きしめてあげます。

 ぎゅ~。


「わわわわわ、お、お姉ちゃん、む、胸が! あた、あたってぇ!?」

「当ててますのよ?」

「あぎゃぁ!?」


 なぜ悲鳴!?

 わたしがラークスくんを離すと、少年は慌てて後ろを向いたかと思うと、そのまま壁まで走って移動しました。

 なぜかわたしに対して背中を向けて、壁にぴっとりとくっ付くラークス少年。


「どうしましたの、ラークスくん」

「なんでもないですぅ!」

「でしたら、こっちを見てくださいな。人とお話する時は目を合わせるものですわ」

「も、もうすこし、ま、待っててください!」

「うふふ」


 かわいい~。

 ちょっと前屈みなのがいいですよね。


「姉ちゃん、あんまり若いモンをイジメないでやってくれ」

「これは申し訳ありません。つい調子に乗ってしまいました。あなたはラークスくんの教授ですか?」

「教授と呼ばれるような高みにはまだまだ遠い、ただのドワーフだ。教えられるものはないが、アドバイスくらいはできる」


 なるほど。

 ここは『技術向上会』でしたわね。

 研究会でもなく、ましてや訓練会でもないのですから、ドワーフが言うことも分からなくもありません。


「あんたがラークスの言ってたいた冒険者のお嬢さんか」

「えぇ、ラークス少年が浮気をしていなければ、それはわたしのことでしょうね」

「がはは! 浮気できるような性分なら苦労はしねぇな」


 でしょうね、とわたしは肩をすくめる。


「おーい、ラークス。まだ治まらんのか?」

「ま、待ってください……って、言わないでくださいよぅ!」

「若いから仕方ねーか」


 ドワーフはそう言って、部屋の隅に立てかけていた武器を持ち出した。


「これは……アンブレランスですわね」

「アンブレランス? あぁ、そんな名前にしたのか。ラークスが作った試作品の二号機だ。おまえさん、こいつを使えるのか?」


 前回の初期型よりも太くなっているアンブレランス。ドワーフから受け取ってみると、その見た目通りのずっしりとした重さだった。


「重いですわね」


 傘のように開くランス。

 アンブレラ・ランスと名付けたはずなのに、いつの間にかパルにアンブレランスにされてしまいました。

 ずっしりと重さを感じつつも傘の名前通り、ランスを開いてみる。


「あら。今度は隙間が小さくなっていますのね」


 初期型は骨組みに金属の板が貼ってあるだけのような形だったので隙間が開いていた。今度の試作品は、その金属板が扇状に広がっている。穴は開いているものの、前回に比べたら相当に隙間は減っていた。

 ただし、面積が増えた分、重くなってしまっているようです。扇状になっている金属板をもっと大きくすれば隙間はなくなりますが、もっともっと重くなっていたでしょう。

 現状の材料で扱えるギリギリの重さを考慮して、こうなったのかもしれません。

 加えて特徴的なのは先端でしょうか。


「前回はどちらかというと鈍器でしたが、今回はちゃんと鋭利になっていますわね。ランスとしても使えそうです」


 もっとも――


「重くて水平にかまえられませんけど」


 片手で持てませんし、水平にランスを持つなんてもってのほか。

 夜になり、吸血鬼の能力が戻れば問題なく使えそうですけど、昼間の能力が制限されている間で想定通りに使用するのはなかなか難しそうですわね。


「ごめんね、ルビーお姉ちゃん。なかなか上手く作れなくて」


 ようやく一部の興奮状態がおさまったらしいラークスくんが謝りながら近づいてきた。彼が手に持っていたのはホルダーでしょうか。

 背中に装備できるように、肩からナナメ掛けになっている革ベルト。

 わたしはそれを受け取って、装着する。


「謝る必要なんてありませんわ、ラークスくん。あなたが考えた武器ですから、あなたの考えたように作ればいいのです。たったの二回で成功を望むような愚か者にはなってはいけませんよ。繰り返しの試行錯誤によって、良い物ができるのですから。わたし達は天才ではありません。ですが、凡人でも凡庸でもありません。個性的なひとりの人間です」


 そう言ってラークスくんの頭を撫でました。

 ちょっぴり恥ずかしそうですけど、嬉しそうでなによりですわ。


「これでどうかしら」


 背中にアンブレランスを装備して、ラークスくんに見せる。

 ずっしりと背中に感じる重みは、どこか満足感がありますわね。単純に体当たりするだけでも威力がありそうです。


「カッコいいです、ルビーお姉ちゃん!」

「ふふ、そこは重要なポイントですものね」


 カッコ良くて強い、僕の考えた最強の武器。

 鍛冶師に憧れる男の子が一度は抱く夢ですもの。

 叶えさせてあげたいじゃないですか。


「今度は、あまり壊さないように丁寧に扱いますわね」

「そうなの?」

「えぇ、残念ですが学園都市を離れることになりました。今日はその挨拶に来たのです」

「そ、そうなんだ」


 あらら。

 残念そうな表情。

 このわたしにそんな表情を浮かべてくれるなんて、ラークスくんはやっぱりかわいいですわ。


「安心してください。いつでも会えます。なにより壊れたらすぐに報告に来ますわ」

「あ、うん。楽しみに待ってる」

「つきましては、これを」


 わたしは師匠さんから預かっていた物をラークスくんに握らせた。


「研究開発費用です」

「はぁ……うぇええ!?」


 師匠さんから渡されたのは金貨5枚です。

 金のインゴットをクララスではなくラークスくんに渡す案もあったのですが、さすがに受け取ってもらえないと思って、こちらにしておきました。

 過ぎたるは及ばざるがごとし、という言葉も聞いたことがありましたし。

 何事も適度が一番でしょう。


「ここ、こんなにもらえません!」

「なにを勘違いしてらっしゃるのですか、ラークスくん」

「へ?」

「開発費です。研究費でもあります。そのお金は君が好き勝手にできるお金ではありますが、どう使うかによって、君の本質が見えてしまうお金でもあります」

「本質……」


 えぇ、とわたしはうなづきました。


「美味しい物を食べるのもいいでしょう。新しい素材を試すのもいいでしょう。たまにはストレスを発散させるために娼婦を買うのもいいでしょう」

「か、買いません!」

「ふふ、分かっております。どう使って、どんな結果を出すのか。ラークスくんが全て決める大切なお金です。貰える貰えないという問題ではありません。全部使ってしまうのが当たり前であり、どう使ったのかが問われる問題です。分かりましたか?」

「う……」


 ラークスくんは迷うように手のひらの中の金貨を見つめました。

 たかが5枚の薄い金色コイン。

 ですが、一人前にもなっていない少年にとっては途方もないほどの価値のあるコインが5枚もあります。

 さぁ、少年。

 あなたは無事に、この金貨を使うことができるでしょうか。

 誘惑はたくさんあります。

 人間ですもの、欲望も多いでしょう。

 しばらくは自堕落に生きていける金額でもあります。

 なにより大金を持っているという情報は瞬く間に周囲に知れ渡るでしょう。

 さぁ、少年。

 あなたは、この金貨を持って。

 無事に生き抜くことができるでしょうか。


「僕が……自分で……」


 震えそうになる手で、金貨を見つめるラークス少年。

 本当なら、ここで突き放すのが一番なのですが……

 わたし、人間が大好きな変わり者ですので。

 ちょっとくらいは応援したいと思います。


「楽しみにしていますわね」


 わたしはそっと少年に近づくと、ほっぺにキスをした。


「ほへ」

「くちびるは、まだおあづけですわ。そうですわね……アンブレランスが完成しましたら、ラークスくんがお願いしたところにキスをしてさしあげます」

「は、はは、はい」


 くちびるを望むでしょうか?

 それとも勇気がなくて、またほっぺでしょうか?

 もしくは、ありあまる青少年の若さが暴走してしまうかもしれませんね。


「んふふ~。では、またお会いしましょう」


 そう言って、わたしは鍛冶技術向上会を後にした。

 真っ赤になったリンゴちゃんの顔は、とっても可愛かったです。

 ですが。


「男の顔になりましたわね」


 部屋を出ていくほんの少し手前で見た少年――いえ、彼の顔は。

 とても素晴らしいものでした。

 将来が楽しみですわね。

 期待していますよ、ラークスくん。

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