~可憐! 師匠はベッドの上でめちゃくちゃ我慢した~

 窓から見える太陽の光が消える。

 空は青からオレンジ色になって、黒くなった。

 月が見える頃にはルビーの能力が元に戻る。


「では、少女画はわたしの影の中に」


 ずぶずぶとルビーの影に沈んでいくララさんの絵。世界一安全な場所に隠しているはずなんだけど……なんだか真っ黒になって絵の価値が下がるんじゃないかって思えてくる。


「失礼な小娘ですわね。わたしの影は綺麗です。塵ひとつ持ち込むことのない純粋な世界なのですから。不満なのでしたら、パルの影の中にしておきましょうか?」

「え!? いや、なんか気持ち悪いので遠慮する……」

「気持ち悪いってなによ、気持ち悪いって」

「ひぃ、いやぁ入らないでぇ!」


 ルビーがあたしの影に手を入れたり出したりしてみせた。ちゅっぷんちゅっぷんって感じで腕を沈めたり引き抜いたりしてる。

 気持ち悪い!

 なんかこう、ゾワゾワする!

 意味もなく、ゾワゾワしちゃう!


「ふむ。ひとつお願いがあるのだがルゥブルムくん。実験をしてみたい。影の中に物を持ち込めるということは……私そのものを物として捉えた場合、影の中に入ることはできるだろうか? ひとつ試してもらえないだろうか?」


 なんか学園長がとんでもないこと言いだした。


「いいですわよ。抱っこすればいいかしら?」

「あぁ、頼む」


 ルビーは学園長を後ろから抱っこして、ズブズブと影の中に沈んでいくけど……


「ん、ん~?」


 ルビーは影の中に沈んでいくけど、学園長の足がトンと床に付いただけで身体は沈んでいかなかった。

 面白いのは、学園長の履いてる靴とか着てる服がちょっと沈んでたってところ。でも身体はまったく影の中に入って行かなかった。


「ふむふむ。つまり、物は持ち込めるけど生命は無理といったところか。なるほど、おもしろい。植物はどうなんだろう? アレを生命とみなすのか、それとも物とみなすのか。神の采配が気になるところだ。しかし残念だね。いざとなったら、全員で影の中に避難できると思ったのだが。そう上手くはいかないらしい」

「吸血鬼の特権ですわね。ちなみに植物は持ち込めますわよ。あくまで土に埋まっていない状態や茎を切った場合でしか試していませんが」

「なるほど。つまり、人間でも首だけなら持ち込めるというわけか」


 なんか恐ろしいこと言ってる。

 死んだら、それは生命じゃなくて物ってこと?

 うっ。

 魔王領で見た食材屋さんの光景がフラッシュバックしちゃった。

 考えないようにしよう。

 そうしよう。

 ひとまず絵が大丈夫ってことは分かったので、あたし達は師匠の買ってきてくれた夕食を食べて、お風呂に入ることにした。


「師匠もいっしょに入りましょう!」

「ぜったい嫌だ!」


 全力で拒否られた。

 残念。

 師匠はひとりで入って、あたしとルビーと学園長でいっしょに入りました。

 で、びっくりしたのが学園長の言葉。


「お風呂に入るのは久しぶりだ」


 ハイ・エルフってお風呂に入らなくても、あんまり汚れたり体臭が臭くなったりしないみたい。便利だけど、路地裏では女の子は汚いほうが有利だから、微妙な気もする。ほら、女の子って綺麗だと襲われちゃうし。

 エルフとかも、あんまり汚れないのかなぁ。森の中にお風呂って無い気がするし。

 水浴びとか?

 とりあえず、三人で順番にあらいっこして、なんかすっごい高そうな真っ白なバスタブに入ったりして楽しみました。

 あとは、ルビーに髪を梳いてもらったり、ルビーといっしょに学園長の真っ白で綺麗な髪を拭いたりして、ふっかふかで綺麗なベッドでみんなで寝ることになった。


「おやすみなさ~い」


 と、ランプの明かりを消して寝たのはいいけれど――


「ッ!?」


 あたしはビクリと身体を振るわせて、目を開けた。


「誰か、見てましたわね」


 ベッドに座っていたルビーが静かに言った。


「ただの偵察だ。まぁ、いきなり実力行使には出ないだろ」


 もちろん師匠も起きたみたいで、それだけ言うと、すぐに師匠は寝てしまった。


「ちゃんと起きれるじゃない、パル。いつもはお寝坊さんなのに」


 真っ暗な中でルビーの紅い目だけが見えた。

 ちょっと怖い。

 でも、今はその怖さが頼もしい気がした。


「師匠でもルビーとも違う視線だったから、起きれたのかな」

「ふふ。ありがとう」


 どうしてルビーがお礼を言うのか分からなかった。それを考えてたらまた眠りに落ちて行って、しばらくしたらまた視線か何かを感じて起きてしまう。

 それを何度か経験したところで空が紫色の染まって、朝が近いのが分かった。


「ん、ん~~~」


 最後はちゃんと眠れたかも。

 路地裏で生きてる時よりは、ちゃんと眠れたし大丈夫かな。なにより硬くて冷たい地面じゃないだけマシだ。体力は充分回復してるし、疲れも取れてる。


「おはようございます、師匠。おはよう、ルビー」

「おはよう、パル、ルビー」

「おはようございます、師匠さん、パル」


 学園長は……まだ寝てる。

 きっと疲れてるだろうし、久しぶりのベッドだろうから、まだまだ眠りは深そう。真っ白なほっぺたが少しだけ赤くなっている。

 あっ!

 もしかして、学園長ってば不健康だから真っ白なの!?

 なんて思ったりしながら朝の準備を整えておく。体調確認、装備点検、状況確認。全て完了するころには太陽の光が頭を出して、ルビーの能力が消えてしまう。

 気が付けば、ルビーの影の上に少女画が現れていた。


「マグを外して日陰にずっといれば、今より安全に守れますが。どうしましょうか、師匠さん」

「ふむ。昨夜の状況を鑑みるに、そこまで実力者はいなかっただろう。昼間は俺が持ってるから、ルビーは自由にしてくれて問題ない。あまり吸血鬼という存在をにおわせるのもリスクが高いしな。それに――」


 師匠があたしを見てにっこりと笑った。


「俺の代わりにパルが頑張ってくれるさ」

「うっ……ホ、ホントにあたしがやっていいんですか?」

「何事も経験だ。今回は失敗してもいい案件だからな。なにせ俺たちはオマケだ。メインは商業ギルドが雇った調査隊の仕事であって、俺たちはタダのお手伝い。数に含まれていないんだ」


 そういえば、そっか。

 あくまで、勝手に調査するだけ。

 しかもあたしが。

 商業ギルドに頼まれたわけでもないし、ぜんぜん期待もされてないってことか。


「失敗してもいい仕事なんて貴重だぞ、パル。思いっきり経験を積んでこい」

「わかりました! 頑張って失敗します!」

「おう」


 師匠はあたしの頭をくしゃくしゃと撫でてくれた。

 えへへ~。

 その後、師匠が買ってきてくれたパンとミルクで朝食を済ませた。サクサクのクロワッサンが美味しかったです。

 ちなみに学園長はまだ寝てた。

 あたしとルビーで学園長のほっぺたをぷにぷにと突っついてみるけど、ぜんぜん起きない。相当に疲れてたのかもしれない。

 むにむにと学園長のほっぺたを触ってると、師匠がめっちゃうらやましそうな顔をしてた。

 触ればいいのに。

 おっぱいとか触る師匠は嫌だけど、ほっぺたくらいなら別にいいと思うんだけどなぁ。

 師匠の矜持、というやつなんだろうか。

 男の子って難しい。


「では、師匠。行ってきます」

「気を付けるんだぞ。危なかったらすぐに逃げろ。調査が目的だ。深追いはするな。あと、それから――」

「分かってますよぅ、師匠」

「む、そうか」

「これでも師匠の弟子ですから」


 そうか、と師匠は肩をすくめた後、もう一度あたしの頭を撫でてくれる。今度は優しい撫で方だった。

 えへへ、気持ちいい。


「頑張ってこい」

「はい!」


 そう答えて、あたしは意気揚々と部屋のドアを開けて外に出た。


「――ッ」


 途端に見られてる感覚に襲われる。

 危ない危ない、反応しちゃうところだった。

 窓の向こう……どこか屋根の上かな。それとも別の建物から見られてたのかな。廊下とかじゃなくて、建物の外からなのは確実だ。

 やっぱり監視されてるみたい。


「よし、がんばるぞ」


 あたしは無駄に、おー、と片手を突き上げる。手ぶらだよ。何も持ってないよ、というアピール。


「ふふ、頑張ってください」


 通りがかった従業員のお姉さんに笑われたけど気にしない気にしない。


「あ、お姉さんちょうど良かった。この街で一番大きなお店ってどこですか?」

「お店? う~ん……難しい質問ね」

「そうなの?」

「みんな大きいお店ばっかりだから」


 あ、なるほど。


「じゃぁ、お姉さんが一番好きなお店は?」

「それだと、八番通りマーケットかしら」

「八番通りマーケット……それって、八番通りにあるお店ってこと?」


 ちょっと違うわね、とお姉さんはくすくす笑いながら教えてくれる。


「八番通りっていう大通りがあって、そこには大通りに沿って屋台や露店がずら~っと並んでるの。食べ物屋さんからアクセサリー、武器とか防具とかも売っているわ。もちろん建物のお店もあって、毎日にぎわってるわ。何にも用事がなくても、そこを見て歩くのが好きなの」

「おぉ~、オシャレ~」


 なんか分かる。きっとステキな通りなんだろうなぁ。

 でも残念。

 きっとそこには無いだろうな。

 盗賊ギルドは。

 商業が大きな街だから、一番大きなお店の中に隠れてそうかな~って思ったんだけど。そうでもないみたい。


「ありがとう、お姉さん。行ってみます」

「はい、お気をつけていってらっしゃいませ」


 お姉さんは丁寧に頭を下げた。

 最後だけは従業員らしく挨拶してくれたけど、それまでは気さくな感じ。

 いいなぁ、ステキな宿だ。

 きっと貴族には貴族らしい対応で、あたし達みたいな冒険者っぽい人には、冒険者に対した対応なんだろう。

 貴族みたいに扱われても困るし、やりやすい。


「リンリーさん、元気かなぁ~」


 ジックス街の『黄金の鐘亭』の看板娘、おっぱいの大きいリンリーさんを思い出した。

 おみやげ、買って帰らないといけないなぁ。

 なにがいいかな。


「八番通りマーケットで探してみようかな」


 あたしはワザとらしく独り言を言いながら宿の外に出る。

 まるで貴族の屋敷から出てきたみたいな錯覚を起こしそうになるけど、あんまり間違ってもない気がするほど豪華な宿だ。

 ララさんの絵を狙ってるわけでもないけど、こんな立派な宿からあたしみたいな人間が出てきたのでチラチラと見てくる人もいる。

 そういう視線は大丈夫。

 ぜんぜん関係ないってことがちゃんと分かる。

 だって真正面から見てくるし、ゾワゾワと背中が震えたり、首筋がチリチリしたりしない。

 そういった視線は後ろからだ。

 決して、あたしが見える範囲にはいない。


「あ」


 もしかして師匠、あたしをオトリにしてるんじゃないかなぁ。

 一か所にずっといたり、みんなでいっしょになって動くより、こうやってあたしだけ別行動してるだけで監視対象が増えてしまう。

 まぁ、あたしが絵を持ってないのはバレバレだけど。

 それでもチェックしない訳にはいかないだろうし。

 でもまぁ、気にしなくていっか。

 師匠の言うとおり、失敗してもいい仕事だ。もちろん成功するほうがいいけど、失敗してもいいっていうのは楽になれる感じがある。


「とりあえず、八番通りマーケットに行ってみよう」


 目標決定!

 まずは盗賊ギルドを見つけよう。

 情報収集から開始するとして――

 そこなら絶対にいるはず。

 そう、お仕事中の盗賊が!

 つまり、スリ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る