~可憐! 師匠のハーレムろーじょー~

 オークションを狙ってる人がいる。

 でも、なんかいつもの泥棒と違うみたい。

 っていう話をマーノさんから聞いた師匠は、調査させて欲しい、と言った。


「別にかまいませんが……どうしてまた?」


 うんうん。

 あたしもそう思う。

 どうして師匠は調査しようって思ったんだろう?


「旅人の矜持というやつです。一宿一飯の恩を返すのは旅人の勤めでもありますから」

「なるほど。いやしかし……あまり無茶はしないでくださいね。絵は無事でも旅人さんが無事では済まなかった、となると寝覚めが悪いですから」

「そこまで無茶はしませんよ。あくまで出来る範囲でやらせてもらいます」

「う~む……分かりました。よろしくお願いします」


 マーノさんが頭を下げた。

 というわけであたし達も独自でオークション事務所を狙う何者かを調査することになった。


「師匠ししょう」


 まずは安全が確立されている宿へ。

 商業ギルドの職員さんに宿へと案内してもらう。その間に、あたしはこっそりと師匠に質問した。


「さっきの旅人の話、本当ですか?」

「旅人の矜持ってやつか」


 はい、とあたしはうなづく。キョウジって言葉は良く知らないけど、たぶんなんか、こう、大切なこと、みたいな意味だと思う。


「矜持とは簡単に言うと誇りやプライドという意味だね。自分の力を信じてもらうことを意味する。つまり旅人であることの証明を立てる、という意味でもあるかな。そうそう、仁義を切る、という物があるのを知っているかなパルヴァスくん。アレと意味合いは同じだ。旅人なんて存在はともすれば冒険者よりも怪しい存在だからね。何者であるかの証明は大切な儀式でもある」


 聞いてもないのに学園長が説明してくれた。

 なるほど、そういう意味なんだ。

 でもでも。


「仁義を切るなら得意です!」

「え、あれ? そうなの?」


 学園長は当てが外れたみたいにあたしの顔を見て、師匠の顔を見上げた。


「我が弟子の得意技だ。おかげで俺の弟子になったし、俺は死にかけた」

「ぁぅ」


 できれば、魔王サマの前でやっちゃったことを記憶から消し去りたい。

 でも、魔王サマの前でやらなかったら師匠とキスできなかったので、無かったことにするわけにはいかない。ベロチューもしちゃったし。


「おいおい盗賊クン。君の弟子は青い顔になったと思ったら赤くなったぞ。随分と器用なのか、それとも情緒が不安定なのか。百面相が聞いてうらやましがるぞ」


 百面相は絵本で有名な怪盗だ。

 誰もが一度は憧れる盗賊で、変装スキルの名人っていうお話。英雄譚の勇者と同じくらいに人気の絵本だったりする。


「百面相には遠く及ばない、まだまだ修行中の身だ。許してやってくれ」


 ポンポンと師匠に頭を撫でられて、あたしは慌てて表情を消す。

 ポーカーフェイスは大事。感情を表に出して良いのは、恋人とベッドの中にいるときだけ。と、師匠が冗談交じりに言ってたし。


「それで、師匠。旅人の矜持は本当?」

「あぁ、本当だとも。一宿一飯の恩と言ってな。旅人は情報を提供する代わりに宿を提供してもらえた。ただし、それ以上のほどこしを受けたり恩を感じたりすると、それを返さなくてはならない。まぁ軽く掃除したり、仕事を手伝ったりするんだが……場合によっては、それが縁となって旅が終わる場合が多々ある」

「どうしてです?」

「仕事を請け負っている内に、どんどんと返せない恩が増えていくんだ。で、ずるずると滞在しているうちに宿の娘と恋人同士になり、子どもが生まれ、新しい家を建ててもらい、定住することになる。旅の終わりなんてのは、意外とあっけないものだ」


 ほへ~。

 そういうものなんだ。


「師匠さんは、そうならなかったのですか?」

「俺か?」


 ルビーの質問に、師匠はちょっと困ったような笑顔を浮かべた。苦笑とは違って、どこか悲しそうな笑顔。


「旅の仲間と別れて、故郷に帰ることにしたんだ。そろそろ年齢も限界だったし、魔王領を除けば、世界中を見てまわったし。無茶をして無理をして死んでしまったら仲間に迷惑をかけるからなぁ」


 仲間。

 あたしのリボンにしてる聖骸布。特殊効果で同じアイテムを持つ人の居場所を感じるんだけど、師匠とは別のもうひとつの反応。

 それが、師匠がいっしょに旅してた人なんだ。

 ずっとず~っとここから北にいる。北に行けば行くほど、魔物は強くて危険な場所なので、師匠が旅をリタイアしちゃったっていうのも理解できた。


「ふ~ん。その旅仲間に女性はいましたの?」


 それ!

 あたし、それを聞きたかった!

 ナイスルビー! 頭の悪い吸血鬼だと思ってたごめんなさい!


「いた」


 ももも、もしかして師匠の恋人とか!?

 って、あたしとルビーは師匠の顔を見上げた。


「……え」

「……ど、どうされましたの、師匠さん」


 師匠の顔が『無』になっていた。あ、いや、真っ暗じゃなくて、感情がゼロっていうのかな。まるで仮面になったみたいに、なんにも動いてなかった。

 ポーカーフェイスどころじゃない。

 表情が死んでる。


「いや、どうもしてないが?」

「あ、はい」

「わ、わかりましたわ」


 なんにも分からないけど、なんというか、聞いちゃいけないことなんだなぁってことが分かった。

 師匠の旅仲間には女性がいたけど……ケンカでもしちゃったのかなぁ。師匠って物凄く優しいのに、そんな師匠にこんな表情をさせるなんて。

 いったいどんな悪いことをした女の人なんだろう?

 きっと師匠はひとつも悪いことしてないのに、女の人が悪いことしたんだ。

 そうに決まってる。

 よし!

 もしもその女の人に会うことがあったら、あたしが師匠の代わりにぶん殴ってやる。もしもあたしより強かったら、ルビーに殴ってもらおう。


「――パル、油断するな」

「あ、はい」


 ジリジリと背中に視線が当たってる。

 商業ギルドから出て、職員さんに宿まで案内されてる途中だけど。あたし達を狙ってる視線があちこちから感じ取れた。

 いつもの見られてるって視線もあるけど、明らかに害意の含まれた視線もある。路地裏で生きてる時にも感じた視線だから分かる。

 あたし達の持ち物を狙ってる視線だ。

 ララさんの少女画を狙う意思。

 さっき商業ギルドで商人さん達に取り囲まれた時にあたし達の情報が筒抜けになっちゃったんだろう。

 そういう意味では、師匠は失敗しちゃったのかもしれない。

 大勢の前で出したらマズかったんだと思う。


「こういう時ってどうしたらいいんですか、師匠?」

「ふむ……さて何が正解かは難しいな。なにせ敵が多すぎる。数を把握できるか、パル」

「む、無理です。師匠はできるんですか?」

「ここまで多いと俺でも無理だ。こういう場合は基本的には逃げるに限る。しかし、状況がそれを許さない。となれば、籠城だな」


 ろーじょー。

 え~っと……?


「建物に引きこもって戦う戦法だ。ただし、援護がある前程の話であり、相手の疲弊を狙うだけの籠城はおススメしない。引きこもって籠城している側も疲弊し、物資は消費してしまうのだからね」


 学園長の説明に、あたしはうなづいた。

 ろーじょー、覚えました!


「便利ですわね。難しい言葉も自動で説明してくださる装置のようです」

「言葉に反応して自動で開く辞書か。面白い。帰ったらさっそく提案してみよう! 自動辞書。名付けて『オートメティック・ディクショナリー』だ。マグに実装できるかもしれないね」

「あはは、名前から決めるんだ。でも、旧き言葉じゃないんだ」


 学園長は旧き言葉でいろいろ名付けるけど。

 自動辞書は旧き言葉じゃないっぽい。あたしでも意味が分かる共通語だった。


「仕方がないさ、パルヴァスくん。旧き時代に『自動』も『辞書』も存在しなかったのだから。神というヤツは辞書という概念すら作らなかったんだよ。おかげで言葉が自由に変化してしまった。もうエルフですら旧き言葉を使わないのだから、さもありなん。逆に言うと、そのおかげで辞書が生まれたとも言える。新しい言葉、新しい概念、新しい意味が生まれるからこそ、辞書に登録して理解する必要があった。素晴らしい文化だとは思わないかい?」

「褒めてるのか悲しんでるのか良く分かんない」

「両方さ」


 周囲に警戒しつつ、学園長の話を聞きつつ、ギルド職員さんに付いて歩いてく。そして到着したのが、すっごく立派なお屋敷みたいな宿だった。

 まるで領主が住んでるみたいな立派な塀があり、師匠の二倍はありそうな大きく背の高い門があって。なんか植物のツタが絡みついているような彫刻が彫ってある。ルビーのお城なんかにも負けないくらいに立派な門だった。

 門の先には、ビシっとした黒い服を着こんだホテルの従業員が玄関前に立っている。まるで門番の衛視みたいだけど、武器は持っていないみたい。あくまで案内する人なのかな。


「すごいですね、師匠」

「立派だな」


 今まで見たどんな宿よりも凄い宿だった。豪華な馬車なんかも停まってたりするので、きっと貴族の人とかが利用する宿っぽい。


「街で一番安全な場所とも言われております。『ホテル・ロイヤル』です。あいにくとギルドが管理している一部屋しかご用意できませんでしたが、安全は保障しますのでご安心ください」


 なるほど~、貴族の人とかが泊まる宿だったら安全度がぜんぜん違うかも。

 ろーじょーするっていうのも大丈夫なのかもしれない。


「商業ギルドの大切なお客様です。どうぞよろしくお願いします」

「分かりました。謹んで引き受けさせて頂きます」


 あたし達はギルド職員さんに宿の従業員さんに引継ぎをしてもらって、宿の中を案内してもらう。

 エントランスはすごく広くて、受付カウンターだけじゃなく、ゆったりくつろげる大きなソファがいくつもあり、テーブルも並んでいた。

 受付を素通りしして、二階へと登る。

 階段のすぐ近くの部屋があたし達の泊まる場所みたい。


「どうぞごゆっくりと」


 従業員さんは師匠に鍵を預けて、優雅に頭を下げてドアの前で案内終了。

 意外とあっさりなのは宿がどんなに豪華になってもいっしょなんだなぁ、って思った。

 ドアには鍵がふたつも付いてて、ガチャリ、と開錠するだけで大きな音が廊下に響く。たぶんこれも防犯対策なんだと思った。

 思いのほか分厚かった扉にびっくりしながらも中に入ると――


「え、うわ、すご!?」


 そう叫んでしまうくらいに豪華な部屋が待っていた。

 まず大きな丸い真っ白な石で作られたテーブルが部屋の真ん中にあって、それを取り囲むように椅子が並ぶ。その椅子も金色で装飾された真っ白な椅子だった。すごい。

 テーブルの奥には暖炉があり、いつでも燃やせるように薪がくみ上げてある。すごい。

 暖炉の前にはソファがあって、ふかふかなクッションも用意されていた。すごい。

 ベッドとか無いのかな、と思ったけど、テーブルのある部屋にあった扉の向こうがベッドルームだった。大きなサイズのベッドが二台並んでた。すごい。

 更にその奥の部屋にはもうひとつベッドルームがあって、こっちは天蓋付きのベッドだった。絵本で見たお姫様の部屋っぽい。すごい。

 更に暖炉のあった先の扉にはお風呂も付いていた。しかも洗うところが広くて、バスルームの壁も床も真っ白で綺麗で、すごい。

 真っ白な石で作られた湯舟? バスタブ? はちょっと丸みのあるデザインで可愛い感じのお風呂だった。すごい。

 貴族の部屋っていうよりお姫様の部屋っぽい。

 すごい!


「師匠!」

「なんだ」

「ここに住みましょう!」

「却下だ」

「えー!?」


 却下されちゃった。


「そうですわよ、パル。ここは住むところではありません。子どもを作る場所です」

「違うぞ」

「えー!?」


 あははは!

 ルビーも却下されてる。


「甘いなぁ、パルヴァスくん、ルゥブルムくん。いや、青いというべきか。まだまだお子様の発想だよ。いや、あながち間違いではない。物事を点で捉えすぎている。もっと面で捉える必要があるね。そう! 正解はハーレム。お城にある御妃たちが住む場所さ。高級な後宮ということだね。おっと、はからずともダジャレになってしまったようだ。ふふふ。つまりだよ、夜な夜な盗賊クンがやってきては今宵の相手を求めて奥の天蓋付きのベッドルームに連れていくわけだ。私たちは盗賊クンという王の相手をしてもらうために、自分を磨き続ける。そのための美しいお風呂というわけだね。さぁ、今宵の初夜の相手は誰かなぁ。パルヴァスくんが大本命、ルゥブルムくんで実力試し、という手もあるが。なんと! この私であるところのハイ・エルフを初めての練習として実験的に使ってもらってもいいんだよ? なぁに失敗しても私は笑いはしない。全て受け止めよう」

「話が長い」

「えー!?」


 あはは、学園長への師匠のツッコミが酷い。却下でもなく、否定でもなく、そもそも話を聞いてもらえてない。

 こういうことばっかり言ってるから、学園長の話を聞きに行く人がいなくなっちゃうんだろうなぁ。


「よし、冗談はさておき、オークションまでは様々な妨害があると思う。というわけで役割分担だ。まずはルビー」

「はい」

「防御担当だ。少女画を管理しておいてくれ。夜の襲撃にはルビーが一番だ。昼間は俺が協力する。頼めるか?」

「了解ですわ。お任せください」


 ルビーは師匠から少女画を受け取る。


「夜になればわたしの影の中に入れておきましょう。魔王さまでも回収できない場所ですから安全は保障しますわ」

「そいつは頼もしい」

「師匠ししょう、あたしは? あたしの仕事はなんですか?」


 学園長の護衛かな?

 それともルビーの援護かな?


「パル。おまえには今回、頑張ってもらう」


 師匠が改まった感じであたしに向き直った。


「え、は、はい!」


 な、なんだろう?

 重要な仕事でもあるのかな。


「あとは全部任せた」

「はい! え? えええええええええええええええ!?」


 師匠はあたしの肩をポンと叩いて、そのままベッドに飛び込むように倒れ込んだ。


「がんばれー」


 そのままベッドの上から、ひらひらと手を振る師匠。

 えええええええええ!?

 し、師匠!?

 一宿一飯の恩、あたしが返すんですかぁ!?

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