~卑劣! 聞いてしまえば奇妙な情報~

 オークションの参加は問題ない。

 しかし、タイミングが悪かった。

 そう語った美術商人マーノ氏だったが……床に膝を付いた状態だったことを思い出し、立ち上がって対面のソファに座った。


「タイミングが悪かったとは?」


 それを待って、俺は声をかける。

 オークションの中止でも発表されたのだろうか? 会場の修理工事があって、しばらく開催できないとか? それとも大きな取引があった直後で、みんなの懐具合が悪いとか?

 そんな予想をしたのだが、マーノ氏が告げたのはまったく別の言葉だった。


「どうにもきな臭い動きがありましてな」


 多少声を抑えた様子でマーノ氏は語る。

 ということは――


「きな臭い……それは政治的なヤツでしょうか?」


 国王やら貴族やらが絡んでくると、単なる一般人な俺にはどうしようもなくなる。勇者でさえ、おいそれと手が出せない領域だ。

 しかし、俺が危惧していた事とは違ったらしく、マーノ氏は首を横に振った。


「いえ、貴族さまや王族の方にはオークションでお世話になっております。それとは別でしてね――」


 マーノ氏は大げさな感じで左右を確認し、更には後方もでっぷりとしたお腹を苦しそうにねじりながら確認した。

 もちろん後ろに誰もいない。

 いま、この部屋を監視していたりする気配は近くには無い。天井や壁、扉の向こうに潜む息遣いも怪しい気配も無かった。

 安全なのは保障しよう。

 マーノ氏にはそこまでのスキルはないだろうが……長年の商人スキルとしては、内密の話に長けているのかもしれない。

 テーブルに、これまたでっぷりとしたお腹を乗せる勢いで、身を乗り出してきた。

 つまり、こそこそ話だ。

 俺も身を乗り出すと……なぜかパルとルビー、学園長まで顔を近づけてきた。

 なんだこの仲良し状態。

 まぁ、いいか。


「これは盗賊ギルドからの情報なんですけどね。どうにも最近、オークションの情報を買い取っていった連中がいるらしいんですよ。なぜかオークションを管理している事務所の情報を、です。会場である建物の情報でもなく出品される物を預かる倉庫でもなく、運営に関わる雑用をする場所を聞いてまわる。しかも、わざわざ盗賊ギルドを使って」

「それは確かに……奇妙だな」


 オークション会場や、出品する品物を保管しておく倉庫などの情報を集めるのなら理解できる。まぁ、単純な話として泥棒をしようという意図が分かるからだ。

 会場と倉庫、どちからに品物があるのは明白なので、調べるならそのどちらか、もしくはどちらも、ということになる。

 ただし――会場情報はわざわざ盗賊ギルドを通さなくても分かるだろう。なにせオークションは一般的に行われており、秘密でもなんでもない。建物の構造を把握するのに盗賊ギルドを利用したのなら話は理解できる。

 商品の搬入口や天井裏、更にはスタッフの出入りをする裏口などの情報を買うのは当たり前とも言えるだろう。

 倉庫に関しても同じだ。スキルの無い一般人には難しいかもしれないが、倉庫も調べようによっては簡単に割り出せる。

 ひとつ例を出すと、オークション会場の職員に目星を付けて尾行すればいい。荷物を運ぶ役目を担った職員を尾行することができれば、倉庫に行く時が必ずあるはずだ。

 もっとも――

 オークションに出品するのはどれも貴重な品ばかり。それらを保管している倉庫をおいそれと発見されるわけにもいかないので、ギルド職員を合わせて、オークション関係者は恐ろしく警戒しているに違いない。

 なんなら盗賊ギルドも一枚噛んでいると思われる。

 それでも盗賊ギルドとは、あくまで『盗賊』だ。お金を積まれれば、首を横に振る盗賊などいない。利用できるモノはなんでも利用してこそ卑劣なら盗賊の本分だ。

 しかし……会場の構造や倉庫の情報ではなく、事務所の情報を買うとは。

 まったくもって不可解とも言えた。


「失礼ですが、事務所には何が?」

「売り上げの帳簿や、オークションの目録ぐらいです。あとはオークション運営におけるマニュアルや雑費、制服のデザイン案。言ってしまえば、普通の人間には価値のある物はありません。お金や貴重品に当たるものは一切置いてないのですよ。貴族や王族の方の情報はあるかもしれませんが、そんなものはわざわざ盗まなくても分かりますからね」


 ふぅむ……

 確かに貴族がどんな物を買ったか、なんてものはむしろ貴族が発表している。なにせ権威や富の象徴として珍しい物を買っているのだから、吹聴して当たり前だ。

 隠れて高い物を買うわけでもないので、貴族の情報でも無いか。

 う~ん……意図が分からんな……

 確かにマーノ氏が、タイミングが悪い、というのも納得できる。


「お嬢ちゃんは冒険者の盗賊かい?」

「へ、あ、はい! 盗賊です」


 マーノ氏はパルの装備品から盗賊と判断したらしい。

 なぜか嬉しそうにパルは返事をした。


「なにか分かるかね?」


 チラリとパルは俺を見た。どうやらマーノ氏は俺の護衛にパルを雇ったように思っているのかもしれない。


「オトリとか揺動とか?」


 パルの言葉に俺とマーノ氏は、確かに、とうなづいた。


「有り得ますわね。真の狙いは別のところにあって、それをカモフラージュするために事務所を狙う。というわけですわね。と、そうなるとやはり狙いはオークションの売り上げ金、もしくは出品される品物でしょうか?」

「黒い冒険者さんの言うとおり、我々もそう思っているんですが……しかし、だからといって事務所を警戒しないわけにもいきませんので。どうにもバタバタとしていましてな」


 マーノ氏はルビーの職業を見抜けなかったらしい。

 さすがのベテラン美術商人でも難しいだろう。

 正解は吸血鬼です。

 当てられるか、そんなもん。

 まぁ武器も盾も持っていないのに前衛風の装備をしている小娘、なんていう奇妙な感じなので黒い冒険者と呼ぶのは、間違ってはいないだろう。


「なにか分かるか?」


 とりあえず、俺は学園長にも聞いてみた。

 すっぽりと頭から外套をかぶったままなので、マーノ氏には白い瞳の小さい少女にしか見えていないはず。

 隠す意味があるかどうか分からないけど、無駄に騒ぎになったり狙われたりする可能性も無いとは言い切れないので、このままでいいか。


「今の情報だけでは何も判断できないな。相手が欲しいモノはなにか、これを見誤ると全てが間違いになってしまう。可能性を自分たちで狭めてしまうことは危険だぞ。特に、いま見失っている線がひとつだけある」

「な、なんですかな?」


 マーノ氏が更に身を乗り出すように学園長に顔を近づけた。

 話を聞いてもらえるのが嬉しいのか、学園長の白く濁った瞳がにんまりと歪んだのが分かる。


「怨恨だ。怨恨だよ、マーノくん。君たちはオークション関係者ということから、犯罪者の狙いがいつだってお金か出品される貴重品であると思い込んでいる。だが、世の中にはどんな貴重な絵画であろうとも興味が無ければ紙と同価値だと思っている人間種はいるのでね。むしろ材質の良い紙を使っているので、手触りの良さは認めているかもしれないが。そんな風に思う人間でも、オークションを狙う可能性は充分にある。親の恨みを子に晴らす、なんて言葉があるくらいだ。親の恨みを子『で』晴らすこともあるかもしれない。事務所で働く人間が、誰かに恨みを買った可能性を忘れないでくれたまえ。狙われているのは物ではなく人という可能性がある。逆恨みも含めて、一度話を聞いてみたほうが良いだろう。もちろん、怨恨の線が空振りに終わってくれるほうが良いけどね」


 学園長は楽しそうに、そう一気にしゃべり切ると満足したようにソファに背中を預けた。


「な、なるほど。少々失礼します!」


 マーノ氏は一礼すると、慌てて部屋から出て行った。

 とりあえず、怨恨があるかどうかの調査を命じるためだろう。

 物ではなく人命に危険が及ぶのであれば、行動は早いほうがいい。


「殺人依頼か。盲点だったな」

「いや、そうとは限らない。パルヴァスくんの言うとおり、オトリや揺動の可能性も高い。いつだって泥棒が最善手を打ってくるとは限らないよ。次善手、三番手をあえて使う方法だってあるだろう。むしろ、最善手を打つならこの街で盗賊ギルドは使わないものだ」

「……確かに」


 盗賊ギルドがオークションと繋がっていることは明白だ。商業ギルドと盗賊ギルドだって繋がっているし、冒険者ギルドだってつながりがある。

 表立って協力関係にあるわけではないが――盗賊ギルドは表向き存在しないので――それでも、それぞれの関係はきっちりあるわけで。


「バカの考え、休むに似たり。ですよね、師匠」


 あぁ、確かそんな言葉があったような気がする。


「パルはいろいろ知ってて偉いなぁ」


 俺はパルの頭をぐりぐりと撫でてやった。


「えへへ~」


 嬉しそうなパルを見てか、ルビーが慌てて口を開けた。


「あ、えっと、食べられない人間は不味くは無い、ですわよね」

「いや、すまん。魔族の格言はサッパリ知らん」

「えー!?」


 というかそれ、人間に向けて使っていいとは思えない言葉なんですけど!

 まぁ、それこそ後で恨まれてもイヤなので、ルビーの頭もぐりぐりと撫でておく。


「私は撫でてくれないのかな、盗賊クン」

「へいへい」


 怨恨の線は俺も思い浮かばなかったことなので、素直に学園長を撫でて――いや、人類最高の賢者がこの程度で頭を撫でてもらえると思わないで欲しい。

 いや、撫でるけどさ。

 見た目だけは超美少女で可愛いからさ。

 なんて思ってたらマーノ氏が戻ってきた。

 ぐりぐりと学園長の頭を撫でているのを見て、少しだけ穏やかに彼がほほ笑んだのが気になるところだ。やはり親子だと思われているのかもしれない。


「申し訳ない、お待たせしました」

「いえ、問題ないです。ところで、やはりオークションは中止でしょうか?」

「いえいえ、こんなことで止めていたら年中開催不能になってしまいます」


 まぁ、そうだろうな。

 狙われているのは日常茶飯事。もしかしたら倉庫は何個も確保していて、その都度、保管場所を変えているのかもしれない。

 襲ってみたら倉庫は空っぽ。待ちかまえていた自警団に一網打尽、なんて話も日常的に起こってそうだ。


「ただ今回みたいな意図の分からないケースは珍しくてね。どうにも対応に困っていたところです」


 それでですね、とマーノ氏は付け加える。


「ララ・スペークラの少女画を出品するに当たって、普段ならオークション開催までギルドで預かり厳重に保管するのですが。今回ばかりは責任を負うにはリスキー過ぎる状況なので……申し訳ないですが、本番のオークション開催までそちらで持っていただき、直接会場に運んで頂く形式にしようと思うのですが……可能でしょうか?」


 ふむ。

 なるほど。


「了解です。その点は問題ないですが……ただ宿を確保していないので、どこか安全の確証を得られる宿を紹介して頂きたい」

「それならばおまかせを。宿代もこちらで持ちます。なにか困ったことがあれば、なんでもおっしゃってください。最大限に手を尽くさせて頂きますよ」


 それはなにより、だ。

 ではさっそく追加注文を付けさせてもらおう。


「ありがとうございます。では、そのきな臭い事件とやら。こっちでも調査しても構わないでしょうか?」


 パルの良い修行になる。

 俺はそう思いつつ、キョトンした顔を浮かべるマーノ氏に了承をもらうのだった。

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