~卑劣! 目立ちたがりには向かない職業~
ギルド職員の女性が叫ぶような悲鳴をあげながら上司を呼びにいった。
そんな呼び声に答えてやってきた上司は、テーブルの上に置かれたララの少女画を見て、同じく悲鳴のような声をあげて、更なる上司を呼びに行ってしまった。
「師匠」
「なんだ……」
「めちゃくちゃ目立ってます」
「あぁ……そうだな……」
商業ギルドの職員が血相を変えてバタバタするものだから、そりゃぁ目ざとい商人たちが気付かないわけがない。
あれよあれよという間に俺たちの周囲は商人たちに取り囲まれてしまった。
たぶん用事を終えた商人がついでに寄っているのだろう。個室ではなく、あくまで商業ギルドの片隅にできた空間だ。誰でも近寄ることができる。
そんな彼らはテーブルの上に置かれている額縁を見て、息を飲む声なき声と共にララ・スペークラという言葉がさざ波のように伝播していった。
今さら少女画を隠したところで手遅れだ。
うん。
失敗した。
失敗してしまったなぁ……
「師匠、前に言ってましたよね。盗賊は目立つなって。目立っちゃいけないって。正体がバレてなくても、印象に残ってしまったら、あとあと影響を及ぼすかもしれない。だから、他人の記憶に残らないように行動しましょう。って師匠は教えてくれましたよね?」
「はい、言いました……」
俺は両手で顔をおおう。
今さら顔を隠しているのではなく――弟子の前で面目が立たないので。
合わせる顔が無いので。
俺は顔を両手でおおった。
「こういう場合、どうしたらいいんですか師匠?」
純粋な弟子の質問に、ふるふると俺は顔を横に振った。
分かりません。
たぶん、逃げるのが正解です。でも学園長を持ち上げながら逃げるのは限界があるので、それも無理です。
お手上げです。
うぅ~。
「師匠さんでも知らないことがあるんですね。ふふ、かわいい~」
ルビーにほっぺたを突つかれた。
ちょっとドキドキするのでやめてほしい。
「あはは。師匠もダメなところがあるんですね」
なんて言いながらパルも俺の反対側のほっぺたを突つく。
きゅんきゅんするのでやめてほしい。
「ふむ。では私はか・ふ・く・ぶ――」
「やらせねーよ!?」
大勢の前で大変なことになるので、学園長の人差し指での一撃はギュッと掴んで阻止した。
危ない。
確定クリティカルヒットは阻止しないと危ない。
俺の人生が危ない。
そんなくだらないやり取りをしている内に、商人たちの間にチラホラとよろしくない視線が混ざり始めた。
少女画の価値に気付き、それを手に入れられるならば……というリスクと天秤に乗せ始めた者が出始めたようだ。
この失敗は、本当に高くついてしまったらしい。
「お、お待たせしました。こちらへどうぞ」
そうこうしていると、ギルド職員が別室へ案内してくれた。もうすっかりとララの少女画の噂は広まった後なので手遅れで無意味かと思うが、それでも衆目にさらされながら話をするより、よっぽどいい。
「ララ・スペークラの人気を見誤ったなぁ。これは反省点だ」
同志ララ。という意識がどうしてもあって、なんというか友達の描いためちゃくちゃ上手い絵、みたいな認識になってしまう。
彫刻とかまったく分からないし。
俺自身の、ララ・スペークラの少女画の価値を正しく認知できていないのが根本的に悪いのだが……でもやっぱり、同士ペロペロ・ララの姿を思うと、そんなに価値があるように思えないのだから俺は悪くねぇ! と、叫びたい。
そんな衝動を抑えつつ、階段を登った先の二階へと案内された。
こちらは一階とは違って商人の姿は少なく、職員の姿がちらほら見かける程度。長い廊下にいくつもの部屋があり、それぞれの部屋にはプレートに『会議室』などの用途が記されていた。
「どうぞこちらの部屋でお待ちください」
案内されたのは『応接室』。
厳重で豪華な部屋。単純にそんな感想を持つ部屋に案内されて、貴族が座るようなふかふかのソファに座って待つことになった。
テーブルを挟んでふたつのソファがあり、その片側に俺たちは座る。
こういう場合って飲み物とか出てくるんじゃないの?
って思ったけど、出してくれる様子はない。
「ケチっているのではなく、万が一その液体をこぼしてしまって、その絵が汚れることを恐れているのだろう。気を付けたまえ盗賊クン。君の唾液でさえ作品を汚す要因になるのだからね」
学園長の推測に、なるほど、と納得できた。水ならまだしも紅茶とかコーヒーとかシャレにならないことになりそう。俺がもってきたのに俺が弁償させられる気がする。
「わたしでしたら、むしろウェルカムですのに」
「ルビーは師匠の靴でも舐めてたらいいと思うよ」
「以前から思ってましたが。パルは自然にケンカを売ってきますわよね」
「ふっふっふー」
「褒めてませんわよ小娘」
仲良しなのはいいことだ。
女の子同士が仲良くしている間に男は入ってはいけない。
うん。
ただ待っているだけでは時間が無駄なので、こういう密室に入った場合の脱出経路や注視する必要のある場所、こっそりと監視されているであろう覗き穴の位置を推測する方法などをパルに教えておく。
「逆に忍び込んだ場合、こういう豪華な応接室にはあまり期待しないほうがいい」
「なんでですか?」
「大切な物は、もっとプライベートな場所に置くだろ。こういう不特定多数の人間が入り込む部屋には置いておかない。せいぜい仕事で使う無地の書類くらいなものだ」
ソファの隣には立派な机があり、引き出しがいくつか付いている。そこにお金とか重要な書類などは入っていないだろう。
「分かりました。でも、師匠。そんな仕事をあたしもするんですか?」
「逆だ。盗むのではなく、盗みに来た泥棒を捕まえる仕事はあるかもしれん。そういった場合、相手の立場になって考える必要がある。世界一の守護者は世界一の殺し屋にもなれるってことだ」
なるほどぉ、とパルが納得しているが。ルビーは何かを考えるように人差し指を口元に当てて天井を見上げていた。
「師匠さん」
「なんだ?」
「ということは、女の喜びを全て知り尽くしたと豪語するような男って……実は男好きということでしょうか」
「おまえは何を言っているんだ?」
意味不明なんだが?
「守護者と暗殺者が表裏一体ということは、女性好きと男性好きも表裏一体。男の気持ちを全て理解したからこそ、女の気持ちが理解できる。そう思ったのですが?」
「世の中、全て同じなわけがないだろう。それだとパンと生ゴミが同じ価値になってしまうぞ」
「どっちも食べられますよ?」
路地裏出身者が余計なことを言った。
「パル、どっちが美味しかった?」
「もちろんパンです」
ほらな、と俺はルビーに対して肩をすくめる。
しっかりしてくれ、知恵のサピエンチェ。
というか、魔王。魔王よ。魔王サマよ。
ホントなんでマジで、この吸血鬼に知恵なんて名前を付けたのか。マジで再考をおススメする。マジで二度と会いたくないけどさ。
「いえ、でも、しかし――では師匠さんは熟女を知ったからこそ、小さい女の子が好き、ということでは?」
「――ある意味正解だが、俺は熟女など何も知らん。そもそもルビーって熟女なの?」
「熟れて美味しい頃合いですわ」
「腐ってぐじゅぐじゅになったトマトも美味しいよね」
路地裏出身者が余計なことを言った。
「それは褒めていますの、それともケンカを売っていますの?」
「あたしはまだ腐ってないよ」
「ケンカですのね、小娘」
「美味しいって言ったのに!?」
仲良しなのはいいことだ。
わちゃわちゃとジャレ合うロリとロリババァを見ながら待つこと数分。ふぅふぅと息を切らせて扉から入ってきたのは、おおきなお腹をした男性だった。
「お待たせしてすまない。仕事を全部捨てるのに時間が掛かってしまってね。初めまして旅人殿! 私は商業ギルドの美術商を担当しているマノイア・ルグラントと申します。気軽にマーノと呼んでください。さ、さっそくですが持ち込まれた絵を見させてもらってもいいですかな」
商人らしい人の良い笑顔が焦燥感のせいで剥がれかけている。化けの皮か面の皮かどうかは分からないが、やはりララの少女画というものは、これほど美術界を狂わせるのか。
恐ろしい。
「どうぞお願いします。オークションに出品したいと思っているので、お任せしても?」
俺はテーブルの上に少女画を置いた。
「え、えぇえぇ。ですが、まずは真贋を――」
マーノは対面にあるソファに座りもせず、床に膝を付いてテーブルの上に置かれた額縁をうやうやしく持ち上げる。
まるで初めて赤ん坊をおっかなびっくりと抱く父親のような姿にも見えたが……もしかしたら、初めて初孫を抱き上げるお爺ちゃんの姿なのかもしれない。
「お、おぉ……おぉ、おぉ……!」
瞳がキラキラとしてきたので、初孫爺が正解だったようだ。
「こ、この荒々しさ。それでいて精巧な線の一本一本。まるで時間に追われるように見えるが、それでいて忠実な印象を受ける。なにより、この、まるで神を描いたようにも見えるモデルが文字通り神々しさを引き立てている! あぁ、ララ・スペークラには神が見えているのだろうか! 彼女には、こんなにも美しい神が見えているのだろうか!?」
あ、いえ、違うんですよ。
それ、俺の隣に座ってる吸血鬼が大神ナーの肉体情報を素体にして作ったオリジナル少女なんです。だからほとんど神です。
しかも急いで描いてもらった絵なので、めちゃくちゃ荒いんです。
ごめんなさい。
「今までのララ・スペークラとは違った画風だ。しかし、なによりサインが……! 少女画には彼女の手書きサインが今までの通例だったが、これにはピードット国王の名前と紋章まで入っている! 宮廷彫刻家を辞したということか? いや、しかし、そんな情報はまだ無い。や、やはり特例の一枚ということか! 旅人殿! いったいこの絵をどうやって!?」
「……ふ、普通に描いてもらいました」
「ふつう!? ふつうって何!?」
マーノさんが一瞬でぶっ壊れた。
「いや、すいません。俺も聞いただけで良く分からんのです。実は、旅の途中で礼としてもらったものでして。なんでも空腹で倒れていたララ・スペークラを助けたので、そのお礼に描いてもらったらしい。でも仕事中だったので、急いで描いてもらった……とかなんとか、と聞いています」
嘘には真実を少し混ぜればいい。
というのは盗賊の鉄則だが、これで信じてもらえるかどうかは、逆に怪しいなぁ。でもこれ以上の嘘はとっさに思い浮かばなかったので仕方がない。
「な、なるほど。人伝に。し、しかし、それにしては状態が良い。額縁もシンプルな物で絵が際立っている。元の持ち主は絵の価値を理解している者であるのは間違いない」
あ、やっぱりそうなんだ。
さすが学園都市。芸術方面も人類種の最先端をいっているんだな。
「ふ~む」
マーノ氏は床にひざまづいたまま少女画をながめる。美術商ではなく、ひとりの鑑賞者になってしまっているので、俺は彼を現実に引き戻した。
「あぁ、それでマーノさん。オークションに出品させてもらえるだろうか」
「え? あ、あぁ、もちろん! 真贋は疑う必要もないでしょう。これは間違いなくララ・スペークラの新しい少女画だ。画風は今までと違うが、ニセモノと疑うには素晴らし過ぎる。ここまでの実力があるのであれば、ララ・スペークラを騙る必要もないですしな。なによりピードット国王の名と紋章の判があるので、ニセモノにしてはリスクが高すぎる。間違いなくホンモノでしょう!」
良かった。
当初の目的はしっかりと達成できそうだ。
「ですが――」
おっと?
マーノ氏が表情をくもらせる。
なにかマズイことでもあったのだろうか?
「旅人殿」
「なにか問題でも?」
「えぇ。タイミングが最悪でしたな」
そう言って、マーノ氏はにが虫を噛み潰したかのような表情を浮かべた。
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