~卑劣! 長蛇の列は長者の列~

 ニュウ・セントラルは商人の街である。

 というのは、街に一歩入れば嫌でも分かることだ。


「うわぁ~」


 そう目を輝かせるのはパル……ではなくて。

 退屈に殺されていた吸血姫、ルビーだった。

 学園都市が研究者たちで溢れているように、ニュウ・セントラルには商人が溢れている。

 街の入口から続く中央通りには馬車が忙しく行き交い、歩道沿いには所狭しと屋台と露店が並んでいた。

 食べ物から装備品、はたまた手作りのアクセサリーからどこかの名産なのか、変わった形の民芸品のような物まで多種多様で雑多な雰囲気がある。

 更に中央通りから見える範囲の建物は全てお店であり、こちらには屋台等では振る舞えない料理や、露店に置くには危険な武器店などが多く見える。

 店にとっては、それら全ての見える範囲がライバル店と言っても過言ではないような状況だ。

 この場所で店舗を維持するのは逆に至難の業なのだろうか。メイン通りにも関わらず新しく出来たという看板も目立つ。老舗らしき雰囲気の店は無い。

 商売の難しさと入れ替わりの激しさをうかがい知ることが嫌でも出来た。


「まぁ! なんて楽しそうな街なんでしょう! もしも学園都市より先にこちらに立ち寄っていれば、わたしの人生はぜんぜん違うものになっていましたわ」

「残念」

「聞こえていましてよ、小娘」


 ルビーはパルの口に指を突っ込んで両側へ引っ張る。いひゃいいひゃい、と暴れるパルの上でぐったりとしていた学園長が再びがっくんがっくんと揺れた。


「と、盗賊クン。頼みがあるんだが? だが!?」

「分かった分かった、ほれ」


 転んでしまって頭でも打たれたら大変だ。人類の叡智がこんなところで終わってしまうと、俺の責任では負いきれない。

 というわけで、パルに肩車されたままだった学園長をひょいと抱きかかえる。

 見た目通りに恐ろしく軽いのが、なんというか不安になってしまう。ちゃんと食べているんだろうか。出会った頃のパルを思い出して、ちょっと陰鬱な気分だ。

 いくら美少女でも、ガリガリに痩せてアバラ骨が浮いた状態では、欲情するもなにも無い。

 健康的じゃない美少女など、ただの保護対象だ。

 ロリコンなどと言っている場合ではない。


「あ、学園長ズルイ!」

「卑怯ですわよ、ハイ・エルフ!」


 ケンカをしている愚か者たちが、俺に抱っこされた賢人を見て抗議の声をあげた。


「あっはっはっは。これを義の倭の国の言葉で『漁夫の利』という。ちなみに語源は――」

「聞きたくない!」

「えー!?」


 全否定されて学園長は驚きの声をあげた。

 いや、なんで聞いてもらえると思ったんだ、この古代種。そんなだから誰も会いに来てくれなくなるんだよ、まったくホントに。


「ほれ、商業ギルドに行くぞ。学園長は背負っていく。文字通り、足手まといだからな」


 もうそろそろ夕方が近づいてくるという時間帯。

 まだまだ人通りが多く、ちらほらと悪意のある視線を感じる。旅人を狙っての詐欺か、スリの機会をうかがっているのか。もちろん物乞いの姿もあった。

 今や人間以下の能力に成り下がっているハイ・エルフをそのまま歩かせるには少々危険な街と言えたので、俺がおんぶするのが安全だ。


「あたしは危なくないんですか、師匠?」

「そこそこ経験は積んだだろ。それでなくとも路地裏出身者。危険には敏感だろ」

「ちぇ~」


 一人前になりたいのか、それともなりたくないのか。

 まったくもって女心は難しい。


「商業ギルドはどこにありますの?」

「街の中央だ。乗り合い馬車の列に並ぶより、歩いたほうが早いだろう」


 学園都市の異常なほどの乗り合い馬車な数に慣れてしまうと不便にも感じる。だが、そもそもからして街中に乗り合い馬車がある方が稀有なわけで。

 端から端まで移動するわけでもないので、歩いても充分だろう。

 なにより、歩くことによってその街の雰囲気を肌で感じることができる。パルにはそのあたりの経験もさせておきたい。


「分かりましたわ」


 学園長よりも自分の楽しみを優先したらしく、ルビーは瞳をキラキラさせながら前を歩いていく。

 きょろきょろとしている様子はどう見ても田舎から出てきた冒険者、という感じか。ただし、その後ろを歩くパルと相まって恐ろしい美少女コンビにも見えた。

 こうなると、逆に俺の立場が悪い。

 学園都市の冒険者ギルドで因縁を付けられた理由が分からなくもないなぁ。

 まぁ、冒険者に護衛を頼んで親子で旅をしている風、を装えなくもないか。幸いにも、学園長は頭から外套をすっぽりとかぶっているので俺の子どもに見えなくもない。

 チラチラといろいろな視線を受けながら中央通りを進んでいき、途中で寄り道をしようとするルビーの服を何度か引っ張ることもあったが、日が落ちる前の夕方には無事に商業ギルドについた。

 しかし――


「まいったな……」


 中央通りの真ん中。

 まるで東西南北に伸びるような二階建ての十字型の建物が、このニュウ・セントラルの商業ギルドだった。

 商業ギルドの入口である大きな扉は開かれており、まだ受け付けているとは思われたが……

 しかし、そこには外に続かんばかりの行列が続いていた。

 そのほとんどが商人であり、大きな荷物を背負った者から新人と思われる若い者まで、ドワーフ、人間、獣耳種、有翼種と人種も様々な者が並んでいた。

 残念ながら商売に興味がないエルフとハーフリングの姿は見当たらない。探せばいるのかもしれないが、パっと見たところでは尖った葉のような耳を見つけることはできなかった。


「このままでは真夜中になりそうですわね。先に宿を探したほうが良いのではないでしょうか?」


 ルビーの意見に答えたのは学園長だった。


「もしくは、転移に適した場所を探して一旦出直すか、だな。人通りの多い雑多な街だが、路地裏や空き地が無いわけではないだろう。そこを転移場所に指定すれば街中に転移することも可能だ。まぁ、物と重なった場合に転移が失敗するかどうかも実験しておきたいのだが……さすがに強制転移してしまった場合、盗賊クンの身体とそこにいた人が合体してしまう可能性は無きにしもあらず。もしくは、重なっていない場所だけが転移した、なんてこともあるかもしれない。その実験だけはあまりやりたくないので、もうひとつ誰でも使える転移の腕輪を作製して、罪人に実験させる必要があるが……莫大な資産と資源が必要だ。まったくまったく、盗賊クンはなんてものを作ってくれたんだ」


 学園長がポカポカと嬉しそうに俺を叩く。相変わらず話が長い。ついでに内容がズレてしまっている。参考にならん。

 まぁ、それは置いておいて。

 行列は見ている間にも次から次へと増えていく。減っているペースと並ぶペースが同じくらいなので、いつまで経っても減る様子はなかった。

 転移して出直したとしても、朝だろうと夜だろうと、行列は消えてないんじゃないか。

 そう思えた。

 思っている間にも、また新しく並び始める商人の姿を見つつ。


「ふむ、どうするべきか」


 と、悩んでいると……ひとりの女性が近づいてきた。


「商業ギルドにご用件でしょうか?」


 薄い緑色の服に黒いタイトなスカート。商業ギルドの従業員が着ている、いわゆる『制服』だ。

 胸部分には商業ギルドの紋章が刺繍してあり、本物である証明をしている。

 柔和な笑顔を浮かべていて、人当たりの良さそうな大人の女性だ。

 ただし、営業スマイルなのを忘れてはいけない。

 親切にしてもらっただけで惚れてしまうのは、商人業界では死を意味する。ぱんつ一枚すら許されないほど絞り尽くされてしまうものだ。


「あぁ、すまない。実はオークションに出品したいんだが、受け付けてもらえるだろうか」

「まぁ! ありがとうございます」


 ギルド職員は丁寧に頭を下げた。


「でしたら、こちらへどうぞ。案内いたします」

「並ばなくていいの?」


 パルの純粋な質問に、彼女はにっこりとうなづいた。


「あちらは商業ギルドに用事のある商人さん達の列です。オークションへの出品は、また別の窓口になっておりますので。問題ありませんよ可愛い冒険者さん」


 ほへ~、とパルを含めて俺とルビーと学園長も納得した。

 何事も聞いてみるのが一番なのかもしれない。百聞は一見にしかず、だったか。義の倭の国の言葉は短く的確に言い表しているなぁ、まったく。

 しかず、の言葉の意味はちょっと分からないけどな。

 今度セツナ殿に会ったら聞いてみよう。


「どうぞこちらへ」


 ギルド職員に案内されて商業ギルドの中に入る。

 前回この街に訪れた時は中には入らなかったので知らなったが……外から見る以上に大きな建物で、中も忙しく職員が動き回る活気ある建物だった。

 商人たちでいっぱいになってる受付を少し外れた場所――柱で仕切られた場所にある長椅子にみんなで座る。

 テーブルを挟み、反対側にギルド職員が座った。


「それで、どういった物を出品されるつもりなのでしょうか? 失礼ですが、そられしき物が見たらないのですが……大きい物なんです?」

「失礼。美術品なんだ」


 俺はバックパックから額縁に入れられた少女画を取り出す。

 それをテーブルの上に置いた。


「商業ギルドのオークションか、もしくは美術専門の美術商オークションに出品したいと思っている」

「なるほど、絵画ですね。少し拝見させてもらっても――」


 と、ギルド職員がちらりと絵画を見て、息を飲んだのが分かった。

 それから俺の顔を見る。

 マジで?

 という顔をしていたので、俺は彼女の目を見てハッキリとうなづいた。

 マジで!?

 という顔になってしまったので、俺はもう一度ハッキリくっきりしっかりとうなづく。


「マジで!?」


 あ、ついに言っちゃった。


「しょしょしょ、しょうしょ、お待ち下しあせ!」


 なんだって?

 ちょっと何言ってるのか分かんなかったけど、とりあえず待てって言われたのが分かった。


「あっはっは。他人が良い意味で驚く姿っていうのは見てて楽しいものがあるねぇ。いい意味で期待を裏切るとはこのことか。可愛い女の子に護衛をしてもらってやってきた旅人が、こんな物を持ち出すなんて夢にも思っていないんだろう。くふふ。これは病みつきになりそうな表情だ。いやぁ、全人類に驚いてもらいたいものだねぇ。そうだろ、旅人クン」


 学園長の言葉に俺は肩をすくめた。

 そんなもの。

 超簡単さ。

 勇者が魔王を倒したって報告をすれば、神さまの驚いた顔だって拝めるぜ?

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