~卑劣! 新しい世界の中心へ~
もう何度も味わった、ふわり、と身体が浮く感覚。
その間に感じていた『無』の空白は、やはり短い距離でしか感じられないようで。視界が暗転し、身体が浮いたかと思った次の瞬間には、俺たちは岩のような物の上に着地していた。
転移の腕輪の最終試験。
複数人を連れての長距離転移は――どうやら無事に成功したようだ。
「うわっととと」
「なんでこんな岩の上に出ましたの、師匠さん?」
俺が転移先に選んだのは、特徴的な岩のような物の上。
街道から少し離れた場所にあったのを覚えていたこれは、実はレクタ・トゥルトゥルという動物の甲羅だ。
奇妙な習性を持つこの亀のような生物の死骸でもある巨大な甲羅が残されており、頑丈でかなりの重さのため巨大な岩と見間違うほど。
遥か過去の時代に、この場所で息絶えてからずっと存在し続けているので、風化具合も相まって自然の一部となっている。
高さはそれなりにあるが、まぁ落ちても死にはしないくらいの高さだ。
以前に周囲の状況を観察するのに登ったのを覚えていたので、転移先に選んでみた。
まさかこんな所に人が登っているわけがないと思って選んでみたが、正解だったようだ。
「ほほう。これはなかなか年代物のレクタ・トゥルトゥルだね。ほら見てごらん、良く見れば格子状の筋があるだろう。かなり風化しているが、それでも甲羅と見て取れる。これは旧き時代の遺物かもしれないな。恐ろしく重く、恐ろしく丈夫だということを証明するにはバッチリな資料だ。う~ん、それにしても……痛い!」
聞いてもいないのにレクタ・トゥルトゥルの検分を始める学園長。
長距離移動も体験したい、というので今回は同行することになったのだが……
「どうした? なにか転移の腕輪に不具合でもあったのか?」
俺は慌てて頭を抱え込むようにして座り込んだ学園長に目を合わせるようにしゃがんだ。
俺やパル、ルビーには何の影響もないようだが……もしかして四人以上の長距離転移には危険がともなうのか!?
しかし、よりにもよって学園長に何か起こってしまうとは――!
状況把握と不具合検討をしてもらえる唯一の存在であるのに――!
くそ、いったいどうすれば――!?
「あ、大丈夫だ盗賊クン。百年ほど太陽の光を浴びてないから、日光が痛かっただけさ。いやはや、私も吸血鬼の仲間入りかな」
「おら」
俺は遠慮なく学園長を巨大甲羅の上から突き落とした。
「ふぎゃぁ!?」
学園長はコロコロと転がりつつ、可愛くない悲鳴をあげながら落ちていく。
しかし、腐ってもハイ・エルフ。エルフの真祖であり、エルフといえば森の中を縦横無尽に駆け巡る斥候の達人。
身のこなしは、超一流――
「ぎゃふん!」
いま、ぎゃふん、と言ったかこのロリババァ……
この時代に、ぎゃふん、と悲鳴をあげたのか、ロリババァ……
「師匠。学園長がびたーんってなってます」
「師匠さん。いくらなんでも女の子を突き落とすのはどうかと思いますわ。気持ちは理解しますけど」
アレは女の子じゃない、という言葉を飲み込んでおいて。
俺は甲羅から飛び降りて学園長を助け起こした。
「痛い」
「悪かったよ」
俺は地面にへばりつくように倒れた学園長を抱き起こした。
「いや、落ちたことよりも太陽が痛い。日光がしみる。君の外套を貸してくれ」
「そっちか……」
はぁ、と俺は盛大にため息をつきつつ、マントみたいに使っている外套を学園長の頭からすっぽりと着せてやった。
「よし、これで甲羅の調査が再会できる。いやぁ、久しぶりに外に出てみるのもいいものだね!」
「そんな目的で来たんじゃないぞ、学園長。なんなら、ここに置いていってやろうか?」
「おっと。それは本望ではない。ニュウ・セントラルにはもっと興味深い物がありそうだ。そちらを優先しよう。この甲羅の調査は……そうだな、三百年後くらいでも充分間に合うだろう。一万年後までには調査しないと欠けてそうだから注意しないといけないね」
冗談なのか、それとも本気なのか。
まったくもってハイ・エルフの時間感覚を理解できないので、肩をすくめるしかなかった。
「では、盗賊クン。はい」
「ん?」
学園長は俺に向かって両手を広げた。なにを意味しているのか理解できなかったので、俺は首を傾げる。
「なんだ?」
「抱っこかおんぶをしてくれたまえ。街まで距離があるだろう? たぶん、途中で力尽きることが予見される。頼んだ」
「パル」
「はい!」
さすが愛すべき我が弟子。
名前を呼んだだけで、なにをしたらいいのか理解してくれた。
パルは学園長をおぶるわけでも抱っこするわけでもなく、いきなり足の間に頭を突っ込んで、肩車をして立ち上がった。
「うわぁ!? なにをするパルヴァスくん!?」
「あははは!」
ちょっとした嫌がらせみたいに、ひょっこひょっこと跳ねるように街道に向かって走って行く我が愛すべき弟子。
楽しそうでなによりだ。
「元気ですわね。わたしは抱っこでお願いします」
そんなふたりを見ながら吸血鬼が言った。
「却下だ。その二本の綺麗な足で付いて来い」
「まぁ。師匠さんは黒タイツ、好きですものねぇ~」
嫌いじゃぁない。
うん。
むしろ好き。
なんてことは言えるはずもないので、俺は黙ってパルへと追いつく。がっくんがっくんと身体を揺らしている学園長は、逆に疲弊してそうだ。
「ところで、師匠。ニュウ・セントラルってどんな街なんですか? 新しい中央っていう意味ですよね?」
「あぁ、その名の通りだ。魔王が北側を支配してからできた比較的新しい街で、大陸の中心的な国になっている。ニュウ・セントラルはあくまで俗称だったのだが、気が付けばみんなその名で呼ぶので、いつの間にやら正式名称になってしまった」
ほへ~、と相槌を打つパルに対して学園長が補足してくれる。
「ちなみに物理的な中央ではなく、あくまで経済的な中央を意味している。というのも、学園都市から最寄りで一番大きな街でもある。位置的には学園都市の北側だ。研究結果や新開発されたアイテムが最初に売られる街でもあるし、島国から輸入された物も運び込まれる。このニュウ・セントラルがここまで発展したのも、学園都市のおかげといっても過言ではない」
街道にはひっきりなしに商人たちの馬車が通り、荷馬車や大きな荷物を背負った商人の姿もある。
それとは別に豪奢な馬車も走っていた。無駄に豪華な意匠が施されているのを見るに、貴族も大勢来ているようだ。
「貴族も多いんですのね」
「魔物の気配が薄い南で、しかも珍しい物がいっぱいある。そうなると、貴族のヒマつぶしには一番の街なんだろう」
ちなみに学園都市は騒がし過ぎるので、貴族は遊びに来るけど長居はしない。一度見学に来る程度で充分、という感じなんだろう。
「ニュウ・セントラルの近くに貴族たちの別宅が集合している村が多くてな。夏になると遊びに来た貴族の子どもが迷子になり、冒険者が出動する。なんて事件が日常茶飯事だ」
「詳しいんですね、師匠」
「まぁ、以前にな」
勇者パーティの一員だった頃。
貴族に頼まれて迷子の子どもを探しに洞窟を探索し、無事に連れ帰ったことがある。残念ながら迷子になったのは男の子だったので、どんな子だったのかあまり印象に残っていない。まぁ無事だったのでなによりだ。
俺が黙ったのをこれ幸いと、学園長が再び口を開いた。
「貴族が集まるということはお金が動く、ということだ。彼らは珍しい物を手元に置いておきたい、なんていう見栄と権力と情報収集力を他の貴族に誇示しないといけない病気をわずらっているのだ。まぁ先行投資という意味もあるけどね。後にその品物の価値があがれば高く売れる。かもしれない。だから、珍しい物品を求めてニュウ・セントラルを訪れる。興味が無い人間にしてみれば、それをヒマつぶしというのかもしれないけどね。で、そんな貴族たちをカモにするべく、商人たちはあの手この手で商売を仕掛け、詐欺やニセモノが横行するようになった。そうすると治安が悪くなり、今度は逆に貴族たちは離れて行ってしまう。それを危惧したニュウ・セントラルの商業ギルドは現状を打破する手を打った。それがオークションというわけだ」
なるほど~、とパルは分かっているのか分かっていないのか、適当な返事をした。
「オークションって、お金を段々上げていって、一番高かった人が買える。っていうお買い物ですよね」
「そうそう。良く知っているじゃないか、パルヴァスくん」
「えへへ~」
「楽しそうですわね。誰でも参加できるんですの?」
ルビーの質問には俺が答えた。
「いくつか会場がある。貴族専門のオークションから普通の市民が参加できるオークションまで様々だ。中には入場料が金貨一枚、なんていう恐ろしいオークションもある」
もちろん、そこで出品される物は超一流の作品ばかり。
ララ・スペークラの彫刻品などが市場に出た場合は、そこで取引されたりする可能性があるだろう。
「そのオークションに出すんですか、師匠?」
「いや、今回は商人専門のオークションにかけてみるのがいいんじゃないか、と思っている。もしくは、美術品専門のオークションか。どうにも価値が把握できないからなぁ、これ。どれほど凄い物なのか、あんまり分からん」
確かに美しい全裸の少女が描かれているのだが、線は荒々しいし、仕上げてあるわけでもない。ただのラフといえばそれまでの絵。
ただし、ララ・スペークラとピードット王のサインと紋章付き。
ホンモノが適当に描いた物。
その価値は、どれほど?
「ハイ・エルフは分かりませんの?」
「うむ。残念ながら芸術は理解するのが難しい。いや、理解したと思ったら、新しい物や価値観が次々に生まれて、追いかけるには時間の全てを芸術のひとつの分野に注ぎこまないといけない。私みたいに広く浅く全てを知りたいという愚かな人間種には向いていないんだ。だから上辺だけしか知らない。ララ・スペークラを知ってはいるが、名前だけだ。本業は彫刻家であるのに趣味の少女画のほうが価値がある変態芸術家。しかも少女画は超一流ながら、趣味でしかないので放出しない。自分で眺めているだけ。盗賊クンを超える逸材だな」
うるせーよ!
「パル、速度アップだ!」
「了解です、師匠! あ、なにか速く走れる盗賊スキルって無いんですか?」
がっくんがっくんと肩の上の学園長を揺らしながらパルが聞いてきた。
「盗賊スキル『縮地』というものがあるが……」
「あるが?」
「これは相手に速く動いたように見せかけるスキルだ。視線誘導スキル『隠者の指先』と死角へと回り込むスキル『影走り』の複合的応用スキルがあるな」
いわゆる『複合スキル』だ。
忍術のような『上位スキル』ではない。
「でも、あせって覚える必要はない」
「どうしてです?」
「影走りひとつで充分だろ。相手の死角に回り込む以上に有用なスキルがこの世にあってたまるか」
「なるほど」
なんにしても、相手の死角を取れるほどの実力があるのならば。わざわざ縮地を使う必要がない。
覚えておいて損は無いが、覚える必要があるほどのスキルではない。
むしろ影走りと隠者の指先を習得すれば、おのずと出来るようになるスキルでもある。がんばって覚える必要もないだろう。
「じゃぁ、速く走る方法って――」
「ただの努力だ」
「はーい」
というわけで、肩車している学園長に嫌がらせをするために。
俺たちは走る速度をあげて、がっくんがっくんと学園長の頭を揺らしてやるのだった。
「あっはっは! ひぃ! 脳が揺れる!」
あれ?
意外と楽しんでない、学園長?
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