~卑劣! それその物の価値は、周囲も含まれる~

 ドワーフ国からの長距離転移。

 帰りも問題なく転移の腕輪は作動してくれた。

 証拠であるララ・スペークラの絵もある。

 転移の腕輪は完璧だ。

 と、思ったのだが……


「おかえり。待ってたよ。どうだったかね、盗賊クン。君の体調に問題や、なにか支障は無かったかな? それとも特筆すべきことは起こらなかっただろうか? 君が訪れたドワーフ国は、本当にドワーフ国だったと思う? それとも深淵が作り出した、また別のドワーフ国だった可能性はないかな。そう。君は転移して戻ってきたが、君という人間は本当にこの世界に盗賊クンだったという意思はあるかい? 私やパルヴァスくん、ルゥブルムくんは同一人物かな?」


 開口一番。

 学園長が恐ろしいことを言い始めた。

 いや、そうか。そういう可能性もあるので、学園長は言ったわけか。

 証拠を持って帰れ、と。


「俺は俺であると自信を持って宣言するよ。深淵の干渉なんか受けていない。それと同時に、俺の知っているパルとルビーであり、学園長は何にも変わらない」

「よろしい。では証拠品を見せてくれたまえ」

「あぁ。これだ。俺が転移したドワーフ国が、別の世界のドワーフ国である可能性は否定できない。だが、こんな天才が別の世界にふたりも三人もいるとは思えないな」


 学園長にララから受け取った絵を見せる。

 荒々しくも神々しい、みんなで作った影人形をモデルにした少女画だ。

 もちろんそこにはララのサインとドワーフ国王の名前と紋章が押印してあり、証拠としては充分だろう。


「ほほぉ! ララ・スペークラの少女画か! しかも私たちが作ったルゥブルムくんの人形をモデルにしている。前から作っていたものではなく、あくまで盗賊クンが転移して、それで人形を見せたからこそ生み出せる一枚だね。何に人形を使うのかと思いきや、こんな知り合いがいたとは! 私はてっきり君の変態性をいかんなくこっそり発散してくるのかと思っていたんだが……こんな使い道だったとは。つくづく君は面白い! やっぱり結婚しない? 柔軟な思考を持った子どもがたくさん生まれそうだ!」

「聞き捨てならん暴言が含まれていたので、絶対におまえとは結婚しない」

「酷いねぇ」


 学園長は肩をすくめながら少女画を返してくれた。と、同時にルビーが学園長の口に指を突っ込み、左右に広げた。


「簡単にプロポーズしてくれますわね、ハイ・エルフ。もしも師匠さんが承諾したら、どうするつもりですの?」

「いひゃいいひゃい……んっ。はぁ。私の口を広げるつもりかヴァンピーレ。別に略奪するつもりはないよ。せいぜい第三婦人というところか。子どもも三十人程度でいい」

「三人にしときなさい」

「えー」


 えー、じゃねぇよ! えー、じゃ!


「ララさん元気でした?」


 ロリババァたちの適当なケンカはさておき、パルが聞いてきたので俺は頭を撫でながら答える。ここに癒しがあったのだ。やはりロリババァよりロリに限る。


「死にかけてた」

「えっ!?」

「大丈夫だ。しばらく大丈夫なようにポーションと保存食を置いてきた」

「ほへ~。今度会ったら、美味しい虫とか食べても大丈夫な物とか、教えてあげたほうがいいかな」

「……そうだな。教えてやってくれ」

「はい!」


 パルには食べ過ぎることを注意してたけど、やっぱり仕方ないのかもしれないなぁ。食べられる時に食べておかないと、次はいつチャンスがあるか分からない。

 そんな常識を覚えてしまったんだ。

 どこか齟齬があるのも、仕方がない。

 俺はパルの髪をくしゃくしゃに撫でておいて、少女画に目を落とした。


「これは俺がもらっていいのか?」

「ん? あぁ、好きにしてくれてかまわないよ。あくまで長距離転移の証明が欲しかっただけだ。きっちりこの世界だった、という証拠をね。ララ・スペークラの少女画であろうと、ピードット王の王冠であろうと、なんでも良かったわけだ。額縁に入れて飾るなり、燃やすなり食べるなり、好きにしてもらってかまわない。あぁ、そうだ。額縁に入れるのであれば、絵画研究会とか美術研究会、新描写研究会や写実研究会などなど。まぁそのあたりに行けばたくさん有るだろう。額縁のひとつくらい譲ってくれると思うよ」


 絵をひとつ取っても、多くの研究会があるらしい。

 さすがに燃やしたり捨てたりするのはもったいないので、額縁をもらってくるか。


「次の実験までチャージ時間があるからね。好きにしてもらってもいいよ。私はまたドワーフくん達に報告をしてくるので、なにかあったらいつでも好きに呼んでくれたまえ」

「分かった。ルビー、どこでもいいので美術系の研究会まで案内を頼めるか」

「はい。任せてください、師匠さん」

「あたしも行きます!」


 サチは神秘学研究会に戻ったのか姿は無かった。ので、パルとルビーの三人で美術系の研究会に向かうことにする。

 楽しそうに前を歩いていくルビーの後を付いていき、到着したのは学園校舎の三階あたりの部屋だろうか。

 窓に板が打ち付けてあり、中の様子がひとつも分からなかった。入口には『絵画研究会』と銘打たれたシンプルなプレートが貼り付けられており、能動的ではなく静的な雰囲気を感じる扉だった。


「入ったことあったのか、ルビー?」

「真っ暗でしたので、心地良かったですわ」

「なるほど」


 迷いなくここまで来たものだから、絵画とかに興味があると思ったが……理由としては妥当過ぎるものだった。

 コンコンコン、とルビーがノックすると、中からくぐもった男性の声が聞こえる。扉も壁も分厚そうだが……爆発騒ぎがしょっちゅう起こっている学園校舎。これぐらい厳重なのがむしろ当たり前なのかもしれない。

 上層階は、むしろ新進気鋭なのでまだまだ大人しいのかもしれないなぁ。地上に近づけば近づくほど、研究は過激となり、爆発や謎の発光現象が日常茶飯事となる。

 言葉にすれば恐ろしい街だなぁ。

 なんて思いつつ絵画研究会の部屋に入った。


「お~」


 と、パルが壁一面に飾られた絵画たちを見まわして感嘆の声をあげる。

 俺も声こそ出さなかったが同じ気分だ。

 大きい物から手のひらサイズまで。風景から人物まで。いろいろな絵画が壁に飾られており、部屋の中にある机の上にも台座を使って多種多様な絵画が飾られていた。

 更には棚に収納されている絵画の数もかなりの枚数であるのが見て取れる。

 それらの絵画の良し悪しは俺には判断できないが、それでも価値のある絵だというのがなんとなく理解できた。

 俗物的に言ってしまうと、額縁の装飾がかなりの意匠をこらした豪華な物が多かったので。

 きっと高い絵なんだろうなぁ、というのが分かる。


「おや、お嬢さん。お久しぶりです」

「お久しぶりですわ、お爺ちゃま」


 絵画研究会にいたお爺さんはニコニコした顔で出迎えてくれた。

 種族は人間だろうか。まるでドワーフみたいな立派なヒゲは真っ白で、人の良さそうな雰囲気がにじみ出ている。

 良い人生を歩んできたんだろう。

 そう思えるような老人だった。


「またお茶でも飲みにきたんですかな?」

「それも楽しみなのですが。ひとつお願いにきましたの、お爺ちゃま」

「ほうほう。美しいお嬢さんのお願いでしたら、ぜひとも聞かねばなりませんな」


 お爺さんは俺へと視線を向けた。

 話を切り出しやすくしてくれたので助かる。


「申し訳ない。実はこの絵に合う額縁を探してまして。ここになら有るんじゃないかと訪ねさせてもらいました」

「ほうほう、この絵ですな」


 お爺さんに少女画を渡す。


「こ、これは……!」


 一目見ただけでお爺さんに衝撃が走った。


「ララ・スペークラの少女画です」

「まさか、本物……あぁ、あぁ~、なんてことだ。ピードット王国のサインまである。疑いようのないが、まさか、あぁ、そんな……!?」


 確かにララの少女画は滅多に市場に出たりしないので、物凄い反応されるんだろうな、と思っていたが……どうにもそれ以上の反応があるような?


「どうしたの、お爺ちゃん? ララさんの絵、なんか変だった?」

「変? あぁそうだ。変なんだ。これは今までに無いタッチで描かれている。ララ・スペークラの筆は繊細なことが多く柔らかいタッチが通常だ。ワシも何度か見たことがあるが、その描かれている少女たちは、皆やわらかい印象を受ける」


 しかし――!

 と、力強くお爺ちゃんは続けた。


「この少女画はなんて力強いのだ。まるで何かに急かされるように、時間が差し迫るかのような緊迫感がある。荒く、粗い。だが、それにも関わらず精密で精巧で、とても美しい。いや、美しいなんて言葉が稚拙にも感じるほどのこれは……神々しい。そうだ、とても神々しい絵だと言える!」


 お爺ちゃんは少女画を掲げ、今にも泣き出しそうな表情で絵を見つめた。

 いやぁ……

 アレですよね……

 モデルになった影人形を一刻も早くペロペロしたいっていう欲望に目が血走ったような状態だったのでね。

 そりゃ速度優先で仕上げたものだから、荒くなるよね。

 というか、モデルの素体となっていたのも大神ナーですので。

 そりゃ神々しさを感じるよね。

 うん。

 なんというか。

 それを見抜ける絵画研究会のお爺ちゃんって、凄い。

 残念ながら真実は見抜けていないけれど。

 いや、どんなに天才であろうとも、神さまを素体にした人形を早くペロペロしたいので急いで仕上げました、なんて見抜けるはずがない。

 真実はいつだった悲しいものだ。

 うん。


「そ、そうだ。額縁でしたな。あぁ、素手で触ってしまうなんて、なんと恐れ多いことか」


 お爺ちゃんは慌てて棚から未使用の額縁を取り出す。

 そして、少女画を丁寧に額縁の中に収めると、安堵の息をはいた。


「意外とシンプルな額縁ですのね」


 壁に飾られている絵画は、もっと派手な彫刻が施されている。しかし、お爺さんが選んだ額縁はシンプルな木だけの物だった。


「いえいえ、これで充分。絵画に関しては額縁も作品の一部と言われております。派手な物が似合う絵もあれば、シンプルな物がふさわしい絵もあります。このララ・スペークラの少女画は力強い。なにより絵のインパクトがあります。なので、額縁は決してそれを邪魔しないように、あくまで支えるための補助に徹するのが一番と思いましてな」


 なるほど。

 高ければ高いほうがいい、豪華であれば豪華なほうがいい……というわけではないのか。


「勉強になります」

「いえいえ、とても素晴らしい物を見せてもらえたのです。ありがとう」


 逆にお礼を言われてしまった。

 ふむ。

 ならば……


「どうでしょう。俺がこの絵を持っているよりも、この研究会に寄贈したほうが有益に使ってもらえそうなのですが」

「寄贈!? と、とと、とんでもない。そんなことをしてみなさい。ワシが独り占めしてしまう葛藤と戦わねばならない」


 独り占め。

 別にいいのでは?


「この絵は、多くの人々に見てもらう必要がある。こんな場所に置いていたは死蔵と変わりない。どこかの王城で飾られるか、価値の分かる貴族に買われてこそ本望でしょう。それこそ画商に預けるのが一番ですが……悪徳業者もいますからな」


 なんとも欲に強いお爺さんだ。こういう人を聖人君子と呼ぶのだろう。

 俺には、まだまだ到達できない領域だなぁ。


「オークションに出品されてはどうかな、旅人さん」

「なるほど。ニュウ・セントラルのオークションですか」


 オークション?

 ニュウ・セントラル?

 という弟子と吸血鬼の疑問はさておき。

 俺はお爺さんにお礼を言った。


「助言、ありがとうございます。額縁代はいくらでしょうか?」

「いえいえ、その絵をこの目に出来ただけでもおつりが出るくらいですよ。それよりも、どうぞ丁寧に扱ってください。人類の宝ですから」


 今ごろ影人形をペロペロ舐めまわしているドワーフの女が作り出したとは思えないほどの高評価なので、苦笑するしかない。

 真実を知っていると、人類の宝がホントにこんなのでいいのか?

 なんて思ってしまうなぁ。

 まぁ、勇者も同じか。

 誠実で素晴らしい人間と思われているかもしれないけど……どこか抜けていて、ちょっと不真面目だし、適当なところもあるし、必殺技の名前を考えるのが大好きな変わり者。

 評価と真実というのは、誰であっても乖離しているもの。

 賢者と神官から受けていた俺の評価もズレていて欲しいものだ。

 まぁ、卑劣であるのは否定しないが。

 盗賊だし。

 それはともかく。


「ありがとうございました」


 俺は丁寧に頭を下げて、絵画研究会を後にした。

 さぁ、次の転移先が決まったぞ。

 ニュウ・セントラルに行ってオークションに参加だ!

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