~卑劣! 速度を優先させるとクオリティは下がる~

 ドワーフ国の神殿で寄付をしつつスタミナ・ポーションを数本を買い、両手いっぱいになるまで保存食を買い込んだ俺はララの工房へと戻った。

 はてさて、どんな変態的ポーズを影人形の絵を描いているのやら。

 不安なようで、それでいて楽しみな気がする。

 そう。

 残念ながら俺もまた、変態なのだ。許して欲しい。誰に許して欲しいのかさっぱりと分からないけど、とにかく許して欲しい。

 性癖が歪んでいるのだ。

 仕方がない。

 これも全部勇者パーティにいた賢者と神官が悪い。

 俺は悪くない。

 うん。

 しかし、俺とララの性癖はさておき。

 パルやルビーには、とてもじゃないけれど見せられないような絵だったらどうしよう。

 そんときゃ学園長に証拠品として見せた後、俺の一生の宝物になってしまう。

 あぁ、残念だ。

 残念だなぁ!

 残念だけど仕方がないよね!

 なんて思いつつ工房の中へ入ると……


「おぉ」


 美しかった。

 ただ単純に椅子に座らせられた影人形。背筋をピンと伸ばして、それでいて上品に足を閉じて、膝に手を置いている。

 裸ながらも気品があり、えっちな感じとは程遠い姿だった。

 あぁ。

 なんだろう……死にたくなった。

 ララ・スペークラは間違いなく俺の同志であり、同じ『少女好き』というカテゴリーで語られる変態同士だというのに。

 その奥底にある根底というか、基本的な人間性というか、原始衝動というか。そういうものは、ララ・スペークラの場合『芸術』というしっかりとした基盤があるようだ。

 描きたい。

 描き記したい。

 描き残したい。

 そういう感情がララの原初なのだろうなぁ。

 恥ずかしい。

 ララに対して見誤ってた事実も情けなくて恥ずかしいし、彼女との『格』の違いのようなものを見せつけられた気がして。

 俺はいま、とても恥ずかしい。

 転移の腕輪のチャージが終わったら、とっとと学園都市に帰ろう。

 そう思いつつ、盗賊らしい『ポーカーフェイス』で感情を押し殺し、なんでもない風を装って、ララが座り込んでガシガシと紙に筆を振るっている横にポーションや保存食を置いた。


「……めたい……ロしたい……はやく……たい……まわし……」


 ん?

 一心不乱に無言で絵を描いていると思ったが、なにやらララはぶつぶつとつぶやいていた。

 上手く聞き取れないので、耳をすましてみる。

 盗賊スキル『兎の耳』。

 聞き耳を立てる、というやつだ。


「舐めたい、ペロペロしたい、はやく、はやく舐めたい、舐めまわしたい」


 訂正。

 俺とララ・スペークラは間違いなく同族であり、魂で繋がっている同盟者であり、彼女がピンチの時は、俺は無償の手を差し伸べるであろう!

 あぁ、素晴らしきかなロリコン同盟!

 これはセツナ殿にも教えておかないといけないなぁ!

 いやぁ、まったくまったく!

 共にこの世の全ての少女を手中におさめ、少女の王国を作りたい!

 王様は俺だ!

 家来は君たちだ!


「……」


 いやいや、待て。落ち着こう。どうどうどう。


「ふぅ」


 同志が同志たるゆえんを理解してしまったので、ちょっと興奮してしまった。

 よし、冷静になろう。

 もう大丈夫。

 少女の王国なんて作らない。それはダメ人間の王国だ。

 うん。

 ララの手元を覗き込むと……めちゃくちゃ上手いけど、めちゃくちゃ荒い絵が出来上がっていく最中だった。下書きの下書きみたいな感じか。

 それでも、俺が数日かけて描くよりよっぽど上手い絵であるし、どんな少女を見て描いているのかちゃんと分かるのが凄い。

 ララの描画スキルの高さもあるんだろうけど、モデルになっている影人形の美しさとかも関係している気がするなぁ。

 まぁ、専門外過ぎて詳しいことは何も分からないが。

 しばらくララの隣で転移の腕輪のチャージを待ちつつ、絵が完成していくのを眺めていた。一心不乱に休憩もなく描き続けるララの姿は、それこそ狂気的と言っても過言ではないのだが、止めるつもりもない。

 本人がしあわせそうなので、それでいいのではないか。

 と、思う。

 さっさと終わらせて、影人形を舐めまわしたいという言葉が漏れに漏れまくっているので、尚更だ。

 ララの目論見としては、さっさと報酬の絵を描き上げて、俺に帰って欲しいのだろう。だからといって、趣味である少女画を適当に描くのは言語道断。その激しいせめぎ合いで、荒々しくも繊細な絵が完成へと近づいていた。

 そして――


「できた……!」


 退屈でやることもなく、少しウトウトとしてきた頃。

 まるで目標の魔物を討伐した冒険者のように、ララは拳を高く突き上げた。


「同志エラント、完成した。さぁ、これを持って立ち去りたまえ。帰れ。すぐ帰れ」

「待て待て待て待て、同志ララ。悪いがその絵におまえが描いたっていう証明のサインが欲しい」

「良かろう!」


 しぶられるかと思ったんだけど、別に問題ないらしい。

 サラサラと名前でも書くのかと思ったら、ごそごそと絵画道具の中から手のひらサイズの石で作られた棒状の物を取り出した。

 それに赤色の絵具を乗せて、先ほどの少女画にぐぐぐと押し付ける。

 なるほど。

 手紙を蝋で閉じた時に押し付ける封蝋のようなもの……スタンプか。共通語で確かに『ララ・スペークラ』という文字と、ピードット王の名前と紋章もいっしょに押印された。


「ドワーフ王の名前……ということは、これはもしかして……物凄く正式なスタンプじゃないのか?」

「そう。確実にわたしの証明。王の名を入れることによって、ニセモノを作ることすら許されない物。これ以上ないってくらいにわたしが描いたって証明になる」


 確かに、これを偽造するなんてとんでもない。バレたら死刑程度で済むわけもなく、一族どころか関わった者すべてが確実に捕らえられ、下手をすれば街が何個か無くなるかもしれない。

 そのくらいに影響力のあるスタンプだ。

 逆に言うと――


「こんなもん、簡単に押すなよ」

「サインくれって言われたから押した。さっさと帰れ。わたしは忙しくなる」

「はいはい。ちゃんと終わったら拭くんだぞ」

「いっしょにお風呂に入る」

「お、おう。それがいい」


 冗談のつもりだったけど、マジだ。マジでやる気だ同志ララ。

 もうナニをするつもりなのかドキドキして聞けなかった。見たい気がするけど、ほら良く言うじゃないか。女の子同士の間に入る男は死ね、と。

 俺はまだ死にたくない。

 死にたくないので、素直に退散することにする。


「ありがとう。すまないが、その人形はあまり人に見せないで欲しい。俺の名前も出さないでくれよ」

「分かってる。見せられるわけがないわ。だって穢れるもの」


 マジだった。

 目がマジだった。

 任せとけ、という意思も視線に込められている。これは秘密を守る、という感じではなく、誰にも見せないし言わないし、自分だけの宝物にしておきたい、みたいな視線だと思う。

 うん。

 俺の人選と選択に間違いはなかった。

 ただ、俺の想像以上だっただけ。

 それだけの話だった。


「じゃぁな、死ぬんじゃねーぞ」

「死ねない理由ができた」


 カッコいい。

 しかし、その内容が変態染みてて本当にカッコいいのかどうか、良く分からない。

 俺は苦笑しつつ、ララの工房を後にした。

 まだ転移の腕輪のチャージは完了しておらず、もう少しだけ時間が必要だったので、適当に街の中をブラつく。

 しかし――特にこれといった情報も無かったし、世界の状況が変わったわけでもなかった。

 勇者が魔王領で死にかけた、というのに。

 そんなことは関係ないってくらいに、世界に変化は無い。


「……いいことなんだろうなぁ、たぶん」


 少し寂しいけれど、少し納得できないけれど。

 勇者の行動を固唾を飲んで見守られてるっていうことは、世界がそれほど逼迫している証拠でもあるので。

 気にもされてないっていう事実が、なにより良いのかもしれない。

 でも。


「四天王の戦って、引き分けたことは褒めてやって欲しいなぁ」


 まぁ、乱暴のアスオエィローと引き分けたことを評価できるのは、実際にアスオエィローを知っている人物でないと無理か。

 魔王を知ってしまったからには、あの四天王たちの強さもかすんでしまうが。それでも一騎打ちで引き分けたというのは、凄いことのはず。

 それを褒めてやって欲しいと思うのは、俺のひいきでも何でもなく、純粋な功績だと思うんだけど。

 でもまぁ。

 あまり頻繁にメッセージの巻物で情報をやり取りしてると、賢者や神官に勘付かれてしまう可能性もある。

 そうなると、あの年増たちがどんな行動に出るか分からないし、勇者の行動を制限してしまうかもしれない。

 それは不本意なので、注意しないといけない。


「はぁ」


 なんとも言えないため息が漏れ出てしまった。

 いっそのこと、あの丘へ転移して追いかけてみようか……

 なんて感情が湧き出てくるけど、そうなるとパルとルビーが心配するしなぁ。

 あいつに会うのは、まだまだ先でいい。

 いや、俺が会う必要もないか。

 パルとセツナ殿のパーティを勇者パーティに合流させ、影から俺とルビーで支援する。

 それでいい。

 それで充分だ。

 俺は盗賊なんだ。卑怯で卑劣で、とてもじゃないけど勇者の背中を任せられる人間じゃない。

 元から、裏方で充分なんだ。


「おっと」


 気が付けば腕輪のチャージは終わっていた。

 俺はそのまま目立たない路地裏に移動し、周囲の気配と視線に注意しつつ、学園都市の中央樹へと転移した。


「あ、おかえりなさい師匠!」


 真っ先に駆けつけてくる愛すべき弟子。

 そんなパルの頭を、俺は撫でてやりながら――


「ただいま」


 帰還の報告を学園長に告げるのだった。

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