~可憐! すりすりスリにすり寄ろう~
八番通りマーケットっていう名前なんだから、それこそ八番通りってところにあるはず。
で、八番通りっていう名前なんだから、きっと八番目の道だ。
「でもどこから数えて、どの向きに八番目?」
初めての街なので、そのあたりが分からない。こういう情報も、ちゃんと聞き込みするべきなのか、それとも師匠くらいのレベルになると感覚的に理解できるものなのか。
「それも分かんない」
う~ん。
あたしはまだまだレベルが低いっていうのが嫌でも分かっちゃうなぁ~。
冒険者レベルじゃなくって、盗賊レベルっていうものがあったらの話だけど。でもたぶん、冒険者レベルより低いんだろうなぁ。
盗賊レベル0。
盗賊っぽい戦い方ができるだけで、『盗賊』としてはぜんぜんだ。
ひとりでちゃんと『お仕事』したことがないし。
まぁ、だからこそ師匠は今回、あたしに調査を任せたんだと思うけど。
盗賊としての経験を積んでしっかりレベルを上げないといけない。
「よし、分かんないものは分かんないし、素直に聞こう」
あたしは近くを歩いていた大きな荷物を背負った商人のおじさんに声をかけた。
「ねぇねぇ、おじさん。八番通りマーケットに行きたいんですけど、どっちですか?」
「あぁ、それなら中央通りを真っ直ぐ進んだこの先に案内の看板が出てますよお嬢さん」
「なるほど! ありがとうございます、商人さん」
「いえいえ、どういたしまして小さな冒険者さん」
おっと。
そっか、あたしは冒険者に見えているのか。でも逆に盗賊みたいな格好をしている盗賊なんていないから、冒険者に見えるのも当たり前なのかも。
ふむふむ。
師匠が旅人のフリをしているみたいに、あたしは冒険者のフリをしてよう。
あたしは商人のおじさんに手を振りつつ、中央通りを進む。こっちは師匠たちと街に入ってきた大通りだから知っている。
そのついでに、冒険者ギルドでもらったプレートをポケットから取り出して首から提げた。安っぽくて薄い鉄のプレートには、あたしの名前とレベルが記載されている。
残念ながらレベルは上がってなくて1のまま。スライム退治で上がっても良かったと思うんだけどなぁ。残念。
「学園都市は魔物が少なくて『ヌルい』環境だからな。その分、ルーキーが調子に乗らないようにレベルの上がり方は厳しくなっているのかもしれん」
って師匠が言ってた。
ニュウ・セントラルの冒険者ギルドで簡単な仕事をしたらレベルを上げてもらえるかも?
なんて思いつつ、中央通りにある案内板を見つけた。
「おぉ」
矢印の形になった案内版にはそれぞれ通りの名前や商業ギルド、オークション会場の位置が記載されている。冒険者ギルドの方角もちゃんと書いてあった。
さすがに盗賊ギルドの場所は書いてない。
当たり前だけど、ちょっと残念。
「こっちか」
八番通りはすぐ近くの通りだった。宿で働いているお姉さんのお気に入りなんだから、近くて当然と言えばそれまでだけど、そんなことにも思い至らない自分が情けない。
冒険者のレベルすら上げてもらえないのが当たり前な気がして、トボトボ歩いているとすぐに八番通りに到着した。
「お~」
そこは大きな建物があるわけじゃなくて、通りにいっぱい露店が並んでいる場所だった。屋台だけじゃなくて、床に布を敷いただけのお店のほうが多いかも。なんなら商品も置かずにバックパックを背負ったまま商売をしてる商人さんの姿もある。
もちろん普通の建物もあるんだけど、そこもお店なんだけど店の前に商品を広げるようにして開店してる。
本来、馬車が通るはずの馬車道まで利用して、たくさんの露店が並んでいるのが八番通りマーケットってことらしい。
ワイワイガヤガヤと多くの人でにぎわっていて、人通りはめちゃくちゃ多い。
「よし」
まずは改めて装備点検。
お財布、服の内側に仕込んだ投げナイフ、背中側の腰に装備してるシャイン・ダガー、ベルトに装備したポーション瓶とハイ・ポーション瓶――問題なし。
成長するブーツちゃん、今日もご機嫌。
光の精霊女王ラビアンさまの聖骸布、問題なく黒くなってる。
「あとは、笑顔」
近くの建物の窓ガラスにうっすらと反射した自分のほっぺたをむにむにと揉んで確認する。
ポーカーフェイスじゃなくて、笑顔えがお。
うん、大丈夫。
あたしは盗賊じゃなくて、お買い物に来た冒険者の女の子です。
そういう感じで笑顔を作っておく。
「目的確認」
盗賊ギルドを見つけるために、まずは盗賊を見つけること。それには、大きな商店の場所で『お仕事』をしているスリを見つければ早いはず。
「うん、大丈夫」
あたしはほっぺたをペチペチと軽く叩いてから、八番街マーケットに足を踏み入れた。
「やぁ、冒険者のお嬢さん。ひとつ見てってくれないかい?」
きょろきょろとあたしがワザとらしくマーケットを見まわしていると、さっそく一番端っこに露店をかまえたお兄さんに声をかけられた。
床に敷いた布の上に木箱を置いて、そこに手作りと思われる指輪がいくつも並んでいる。
「これ、お兄さんが作ったの?」
「頑張って作ったんだ。買わなくてもいいからさ、ちょっと見ていくだけでも頼むよ」
「はーい」
あたしはお兄さんの露店の前でちょこんと膝を折って屈んだ。そのまま指輪をひとつだけ取り出してみる。
銀色のシンプルな指輪だけど、丁寧に作られているのが分かった。内側には共通語で『勇気』と彫られている。ちょっと意味が分かんない。
「ひとつ10アルジェンティだけど、お嬢ちゃん可愛いからなぁ。8アルジェンティにおまけしておくよ? どうだい?」
「お~。でもブカブカだよ」
あたしの指には大きくて、親指にも合わないくらい。試しに親指に付けてみたけど、大きくて抜け落ちちゃう。
師匠ならちょうどいいのかも?
「おっとっと、そりゃ残念。お嬢ちゃんはパーティメンバーに好きな男はいないのかい?」
あたしはブンブンと首を横に振った。
残念だけど、あたしはパーティに所属していないし。というか、好きな人は仲間じゃなくて、師匠だし。えへへ。
「あらら。可愛いからモテると思ったんだがなぁ。お嬢ちゃんみたいな子、男だったら命がけで守ってくれるっしょ」
「命がけ……」
師匠は命がけで守ってくれたけど。
でも、ホントに命がけだったので、嬉しいっていうより、なんていうか、こう、もっと頑張らないと。
「なんだいお嬢ちゃん。マズいことでも聞いちゃった?」
「あはは、大丈夫。生きてる生きてる」
だったらいいけど、とお兄さんは苦笑した。
「ところでお兄さん」
あたしはそう言いながら、ちょっと身を乗り出して、こっそりとお兄さんの手に小級銀貨一枚を乗せた。
「盗賊ギルドの場所、知ってる?」
「おっと、訳アリかいお嬢ちゃん。可愛いお嬢ちゃんにゃぁ協力したいんだが……残念ながら、オレぁ場所まで知らない。だけど、ひとつだけ知ってることがある。この街には盗賊ギルドがふたつあるっていうのは聞いたことがあるぜ」
「ふたつ?」
「あぁ、なんでも昔に大将同士のイザコザがあったらしくて、盗賊ギルドがまっぷたつに別れてしまったらしい。その名残で今でもこの街の盗賊ギルドはふたつに別れたまま、と聞いたことがある」
毎度あり、とお兄さんは銀貨をポケットにしまった。
「ありがとう。今度は小さい子向けの可愛い指輪も作ってね」
「考えておくよ」
重要な情報が手に入ったので、情報量を支払っただけの意義はあった。
と、思う。
たぶん!
「でも盗賊ギルドがふたつ……って、どういうことだろう?」
ケンカしちゃって別れたのはいいんだけど。
でも、商業ギルドが利用してるほうの盗賊ギルドがどっちか分かんないし、そもそもふたつの盗賊ギルドって見分けとかそういうのって、付くのかな?
「う~ん……とりあえずやっぱり、当初の予定通りに動こう」
考えても仕方ないや。
そのあたりのことも『お仕事』してる人に聞いてみたらいいし。
改めて、あたしは休日に散歩に来た冒険者、っぽい感じのフリをしながら八番街マーケットをきょろきょろしながら歩く。
八番街マーケットには武器が売ってる露店もあったので、冒険者が歩いていても不思議じゃないのが良かった。あたしの他にもちらほら剣を装備した人を見かけるし。
さすがに鎧を着こんだ冒険者らしい冒険者の姿は無いけど。
「お」
そんな中で、ようやく見つけた。
お仕事をしてる人!
スリの獲物を狙っているらしく、少しうつむき加減で両手をポケットに入れて歩いていた。でも、その足運びは一般人のソレじゃない。どこか静かで慎重で、決して他人にブツからないように歩いている。
師匠と同じで外套をマントのように着てて、裾がボロボロになっていた。
あんまり前を向いていないはずなのに、誰とも触れることなくマーケットの人通りの多い中をスイスイと歩いていく。
旅人のように見えるけど、でもなんか空気感みたいなのが違った。
なんていうのかな……
動物だったら、旅人は草とか植物を食べるような動物の空気なんだけど、あたしの前を歩くその人は、肉を食べる狼とかクマとか、そういう空気。
もちろん間違ってる可能性もある。
「確かめなくちゃ」
あたしはトテトテと少しだけ小走りになって、その人を追い抜く。その時に、ちょっとだけぶつかろうと思ったけど――避けられた。
うんうん、やっぱりホンモノだ。
そのままあたしは適当な露店に足を止めてチラリとその人を見た。
後ろから見れば旅人かと思ったけど、もしかしたら冒険者に偽装しているのかもしれない。外套から腰に付けた長剣の鞘が見えた。
ブーツも特別性なのか、金属のカバーが付けられているようなデザインだった。
「――」
あぁ、にらまれちゃった。
お仕事を邪魔してごめんなさい。あとでお話を聞きたいだけなんです。
なんて心の中で謝りながら、スリさんが再びあたしを追い抜いてくれるのを待ってから、尾行を開始する。
この場合、別にバレてもいいので適当に距離を空けて普通に追いかけて歩いていく。むしろあたしの存在を知ってもらうのが目的なので、難しいことは何にもない。
ジロジロと視線を送って、あたしの存在を明確にしておいた。
「――あら」
でも、そんなあたしが気に入らなかったのか、スリさんはちらりとあたしを振り返り、にらみつけるようにしてから、速度を早めた。
あらら。
ホントのホントに怒らせちゃった?
足早にマーケットから離れていくスリさんを追いかけていく。八番街マーケットからそのまま路地を一本だけ入り、小さな小径に出た。どちらかというと家の裏側を通しただけの、住民しか使っていないような通路だった。
そこを通って、更に裏路地に入って行くスリさん。
あたしも、慌ててそこに入って行ったんだけど――
「あれ!?」
行き止まりだった。
左右は少し幅広の壁で、行き止まりになっている前の壁の上には侵入を拒むように槍のように尖った柵が設置してある。
しかもそれなりに高いので、この短い時間で向こう側に渡ったとも思えない。たぶん師匠でも間に合わなかったはず。
「えぇ……どうなってるの……?」
抜け道?
それとも魔法?
隠れる場所なんて――どこにもないよ!
あれー?
スリさんはどこへ行っちゃったの!?
「おい」
「ぴゃぁ!?」
壁に手を付いて、隠し扉があるんじゃないかと色々と調べていると後ろから声をかけられた。
びっくりして悲鳴をあげつつ振り向くと――
そこには怖い顔であたしをにらみつける商人風の女性がいたのでした。
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