~卑劣! 密室にふたりきりになると誘われる~

 転移の腕輪が再び青くなるのには、しばらく時間を要した。

 予想では一日や二日は必要だと思っていたのだが……


「ふむ、一日に二度か三度使える程度かな」


 と、学園長が予想を立てた。

 腕輪の青くなる速度からの仮定ではあるが、ある程度の予測はできるようだ。


「ここから導き出せる結論は、やはり深淵魔法そのものには魔力があまり必要なく、周囲の空気中から大幅に取得している可能性が大と言えるな。スクロールが燃えてなくなるのも無理はない」


 紙とは違って腕輪には『成長する武器』要素がある。つまり、自己修復してくれる。だからこそ燃えたり消失したりしない……のかもしれない。

 今まで誰も作り出したことの無いものであり、それこそ神さまですら未知のアイテムだ。

 分からないことだらけで、なにひとつ断言できないのは仕方がない。


「そういえば、アーティファクトを解読して模倣したんだっけか。小さくなるハンマーに呪いのナイフ。良くこの短期間で改良して作ることができたな」


 人を小さくするハンマーと、傷が永遠に治らない呪いのナイフ。

 そのふたつを解析し、模倣品を作って組み合わせ、転移の腕輪の紋様――というには腕輪全体に彫り巡られ過ぎて、もはや紋様には見えない――を彫ってある。


「なに、すでに完成品があるのなら模倣はたやすいよ。ゼロからイチを生み出すより遥かに楽さ。でも、さすがは古代の技術者たち。我々が再現するには、ちょっとばかり巨大になってしまったよ」


 あっはっは、と楽しそうに学園長は笑う。


「どれくらいになったんだ?」

「家が二件程度だな」

「……あ、はい」


 まぁ、アレだ。そんな巨大な装置を手に納まる程度の物として作った神さま達も凄いが、家の大きさの巨大装置をこの短期間で作った現代人も素晴らしいのではないか。

 そう思った。

 いや、そう思っておこう。

 じゃないと、なんか申し訳無さが襲い掛かってきてしまう。

 俺は小心者なんだ。


「持ち運ぶことを諦めれば、大抵のことができるんじゃないか。いい教訓を得たよ。これからは街にひとつ巨大な転移装置を設置できるかもしれない。できないかもしれない」

「そ、そうか。ホドホドに頼む」


 なにがホドホドなのか、さっぱりと分からないが、ホドホドにしておいてほしい。

 そう思った。


「うむ。我々は粛々と転移の腕輪の実験を続けようではないか」

「次はなんだ?」

「同行者を連れての転移だ。ひとりでの転移は成功した。では、ふたりでの転移はどうなのか。それを実験してもらいたい。先ほどと同じ魔力が満ちた部屋から、この場所まで転移して欲しい。ただし、今回も安全の保障がどこにもないので、できればルゥブルムくん。君に協力してもらいたい」

「わたしですか?」

「正確には、君の眷属だ」


 なるほど。

 生物のようでいて、生物ではないようなものだ。もしも眷属があの無の空間『深淵』に放り出されることになっても、ルビーに影響はなく大丈夫だろう。

 たぶん。


「分かりましたわ。わたしでよければいくらでも協力いたします。これでも人類の味方ですから」


 ふふん、となぜか誇らし気にルビーは胸を手を沿えて瞳を閉じた。

 魔王には見せられない光景だなぁ。

 それからしばらく魔力の腕輪が青くなるのを待った。やはり学園長の予想を立てた通り、一日に三度ほど間隔で使えるだろうか。

 朝、昼、夜、と効率良く使えばの話だが、行って帰る、というのを素早く使うのは無理そうだな。

 あと少しばかり特殊な使い方を思いついたのだが……まぁ、それは実験が全て終わって無事に安全に使えることが分かってからだな。


「では、実験にまいりましょうか、師匠さん」

「ん? あぁ、分かった」


 眷属を出してくれれば俺が連れていくんだが……ルビーは先導するように先に歩いていくので仕方がない。

 ……いや、待てよ。

 いまの時間、ルビーは能力が減退している状態だったよな。つまり眷属を召喚できない状態じゃなかったか?


「おい、ルビー」


 地下室への階段を降りていく背中に声をかけた。


「眷属召喚できるのか?」

「いいえ、できませんけど」


 やっぱり。


「どういうつもりだ?」

「先ほど言いました通りですわ」

「なにが?」

「わたしは人類の味方である、と。ですがその前に大前提があります」


 うふふ、とルビーは笑う。


「身の危険よりも、師匠さんとふたりきりになれるチャンスを取ります」

「おいこら」


 待て待て待て待て。

 その程度のことを――たかが、ふたりきりになることをチャンスを安全度を度外視されても困る。

 安全と危険の天秤が完全に狂ってるじゃないか!

 しかも、それで安全側が受け皿が圧倒的に軽くなっているのを是とするなんて、意味不明なのだが!?


「まるで結婚初夜のような気分です」


 俺の静止などまるで聞く様子もなく、ルビーは階段下の扉の中にするりと入って行ってしまった。

 聞く耳もたぬ、とはこのことか。

 パルってとてもイイ子だったんだなぁ、というのが良く分かる。

 少なくとも、俺の話は聞いてくれるし。

 やっぱりロリババァはロリババァであり、ロリとはまったく違う種族ということが理解できたよ、ありがとう。

 まぁ、ロリババァ(エルフ、もしくはハイ・エルフ)ではなくロリババァ(吸血鬼)という条件付きではあるので、なんとも言えないけど。

 でもまぁ、普通のエルフは見た目はロリじゃないので、やっぱりロリババァは話を聞いてくれないという結論でもいいかもしれない。

 ドワーフの女性はずんぐりむっくりでロリババァとは言えないし、ハーフリングは年上の女性なんか滅多に見れないので、除外しておく。

 種族問題って難しいなぁ。

 なんて思いながら扉を開けると、嬉しそうにルビーが待っていた。

 暗闇の中で見ると、やはり吸血鬼。

 怪しくも紅の瞳が魔力の輝きを見せている。

 ――ん?


「ルビー」

「なんですの?」

「スライム退治の時、昼間に洞窟に入っても能力は戻らなかったよな」

「そうですわね。能力が戻ったのであれば、わざわざスライムの液体に服を台無しにされる必要はありませんでしたわ」

「おまえ、いま能力が戻ってないか?」

「え?」


 自分で気付いてなかったのか、ルビーは身体のあちこちを手で触る。手で触って分かるのかどうかはさておいて、吸血鬼として能力が戻っているのかどうか確かめているようだ。


「……戻ってますわね。どうしてでしょう?」

「この部屋、魔力が充填されているからな。それで強制的に戻ったんじゃないのか?」


 太陽の光に当たると、ルビーは燃えていた。

 もちろん身体が燃えていたということではあるのだが、その燃料に当たるのはもしかして魔力だったのではないだろうか?

 吸血鬼は太陽の光を浴びると体内の魔力が燃える。

 マグを装備した場合――闇属性が身体を覆うが、やはり太陽光によって魔力は消失してしまう。

 だから、真っ暗な場所で魔力を補填してやれば昼間でも吸血鬼の能力は戻る。


「その可能性は高いですわね。ですが、相当な量がいると思われます。恐らくマインド・ポーションを全身で浴びるようにしないと戻らないでしょう。限定的ですわね」

「まぁ、そうだな。だが切り札があるのと無いのとでは選択肢が違ってくる。俺やパルに何かあっても、昼間でもルビーに助けてもらえる可能性が出来たのは嬉しいよ」


 そう言って、俺は吸血鬼の頭を撫でた。

 ルビーは嬉しそうに目を細める。


「師匠さんの手、好きです。いつも撫でてもらっていたパルがうらやましいですわ」

「そうか? 言ってくれればいつだって頭くらいは撫でるが」

「胸でもいいんですのよ?」

「頭だ」


 ぶぅ、とルビーは可愛らしくくちびるを尖らせた。


「師匠さんのケチ」

「俺は盗賊だからな。ケチで当然だ」

「意気地なし」

「……うん」

「認めないでくださいまし。男の子でしょう、ハッキリと仰ってくださいな。俺はルビーの小さな胸が好きなんだ、と」

「この世は男女平等だぞ、ルビー」

「へりくつぅ」

「俺は盗賊だからな。理屈は曲解させて当然だ」

「へたれ」

「……うん」


 あはは、とルビーは笑った。


「ではもう少しだけ頭を撫でてくださいな」

「分かった」


 俺は素直にルビーの頭を撫でる。

 胸を撫でるのは、それこそ魔王を倒すより難しいんじゃないか。

 そう思う。

 え、みんなそんな簡単に女の子に触れるの?

 勇者じゃん。

 もう、みんな勇気ある者じゃん!


「はぁ~、とても良い気分です。仕方がありません、今回はこれで許してあげましょう。では、眷属を召喚しますのできちんと連れて戻ってきてくださいませ、師匠さん」

「あぁ、任せておけ」


 俺の言葉受けてルビーはにっこりと笑ってから足元から眷属を召喚した。

 影――は無いので、ルビーの足元から真っ黒な何かが競り上がってくるように盛り上がると、パンと弾けるようにして人の形を作った。

 そして――

 人形のような曖昧な簡単な形だったものが、長い髪が生えて、腕や足の形が整えられていく。胸が少しだけ膨らみ、腰がキュっと引き締まり、最後に顔の形がハッキリしてきた。

 ハイ。

 どう考えてもルビーの分身です。


「ニンジャ娘の分身を参考にしてみました。大神ナーの情報もありますから、模倣するのは簡単でしたわ。先ほどハイ・エルフが言っていたのが分かります。すでに有る物を作るのは簡単だ、と」

「……」


 ルビーの分身。

 そんな、えっと、あの、いろいろと細部に渡ってちゃんと作り込む必要はどこにもないんじゃないでしょうか?

 目のやり場に凄く困ります。


「さぁ師匠さん。私の大切な眷属をよろしくお願いしますね!」


 おほほほほほほほ、と楽しそうに笑いながらルビーは俺に眷属少女を預けて、地下室を出て行ってしまった。

 嫌がらせじゃないのか、これ。


「うっ」


 柔らかい。

 肉感が人間そのものだ。ちゃんと男とは違う、女の子らしいやわらかさ……と、言えるかもしれない。言えないかもしれない。

 ただし人間と違って体温が無く、冷たい。


「――死体に間違えそうだな」


 ちょっと気になったので閉じている目を開いてみた。


「うわ」


 暗黒空間が広がっていた。

 ルビーめ。油断しているのか、ここまで作り込んでなかったな。

 口の中はどうなんだ?


「おぉ」


 目とは違って、口の中は歯も舌もちゃんとあった。ノドの奥までどうなっているのかは暗くて見通せない。

 あ、やっぱり牙があるんだな。

 唾液がないので、あまり感触は良くなさそ――……


「なにが!?」


 なんの感触が!?

 俺は大げさなほどに頭をぶんぶんと振ってから、とりあえずマントのように使っている外套を脱いで眷属少女に着せておいた。

 中央樹には研究者もいっぱい居るからな。

 ルビーも見られてしまうのは本望ではないだろう。

 うん。

 決して、俺の嫉妬とか独占欲ではありません。

 うん。

 あくまで、ルビーの名誉のためです。

 うん。


「よ、よし」


 誰にしているか分からない言い訳をしたところで、俺は眷属少女を背負う。そのまま腕輪にマグを当て、準備を整えた。

 ふぅ、と一息いれて――


「アクティヴァーテ」


 と、発動キーを唱える。

 フワ、とした浮遊感と共に、やはりあの『無』の状態を感じた。『深淵』だと理解したからか、それとも二回目だからなのか、不安感は無かった。

 その間も背中にはちゃんと眷属少女の重みを感じる。浮いている感じなのに、触れている感触ではなく、ちゃんと重みを感じるのはどういうことなのか?

 それもまた良く分からないが、すぐに浮遊感は本物の浮遊感となって、身体は中央樹の空間に出現した。


「よっ、と」


 今度は本を避けて無事に着地することができた。


「よし、成功だな」

「素晴らしい!」


 わぁ、と駆け込んでくる研究者たち。

 そんな俺の背中に裸のルビーを見つけたパルは――


「あたしも師匠と裸で飛ぶもん!」


 という、キワドイ発言をしたとか、しなかったとか。

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