~卑劣! THEフライ~

 こちらだ、と学園長に案内された場所。

 それは中央樹から少し移動した先にあった地下への階段。急遽作られたのが分かる程度には塗り固められた素材が新しく綺麗で、そして小さく荒い。

 速度だけを優先させて作られたのを思わせる狭い階段。ランタンが直接階段に置かれただけで、かろうじて段差を確認できた。

 身長ひとつと半分だろうか。あまり深くないその地下階段を降りた先には、ランタンの明かりに照らされた一枚の扉。


「ダンジョンみたい」


 見学に付いてきたパルがそういうのも、無理はない。

 英雄譚や冒険譚に出てくる『ダンジョン』という名の遺跡や洞窟には、こうやって扉が付いているタイプもある。

 扉には罠が仕掛けられていたり、中に魔物が潜んでいたりと、扉は細心の注意を払う必要があった。

 俺がまだ勇者パーティの一員だった時、とある貴族の依頼を受けて、かの有名な未踏破ダンジョン『黄金城・アウレウムカストロム』に潜ったことがあるが……

 そこと比べてしまうと、目の前の粗雑な作りのダンジョン風の扉は、似ても似つかない。なにせ扉は真新しいので、不気味さというかおどろおどろしさというものは、まったく無い。

 しかし、わざわざパルを否定しようとは思わなった。

 ホンモノはこんなもんじゃないぞ、と言ったところで、本物のダンジョンに潜るような機会もないし、ちょっとした冒険者気分を楽しむ少女の心にケチを付けるほど、俺は酷い大人ではない。

 むしろ少女の味方である。


「お待たせ。準備はいいかな、研究者諸君」


 学園長が無造作に扉を開けてると、先に地下室にいた白いローブを身にまとったドワーフたちがこちらを見た。

 どうやら彼らが俺に協力してくれた製作者であるらしい。全員が目の下にクマを作っている気がするが……それはもう当たり前として受け入れるしかないようだ。

 ドワーフの姿が多いが、エルフもいるし、人間もいる。

 といっても、人数は極少数。

 精鋭中の精鋭を集めた結果なんだろう。

 おいそれと秘術と最新技術を広めるわけにもいくまい。


「おぉ! 腕輪がしっかりと作動しておる。綺麗な青になるのか」「どれどれ。ほぅ、組み込んだ安全装置はちゃんと動いているぞ」「待て待て、それは早計だ」「いや、合っているとも。そうでなければ動けまい」「それはあとで考察しよう」「今やるべきは実証だ」「確かに」


 という会話が一気に押し寄せて、いきなり去って行った。

 結論が速い。

 そんな彼らが何をしていたのかというと、なにやら部屋の中が霧のような蒸気のような物で満たされており、足元にはうっすらと液体が張られていた。

 鼻孔をくすぐる香りは、どこか落ち着くモノ。精神的に作用する麻薬の類じゃ無いと思うが、それでも気分を落ち着かせる程度には効果がある霧のようだ。

 それを考えると足元のこれは――


「マインド・ポーションだ」


 俺の疑問に答えるように、研究者のドワーフが答えた。


「どんな魔力影響があるか分からないから、最善手を使う。最善手? 違うな。取れる限りの安全というべきか。多少強引だが、部屋の中の魔力要素を濃くし、マインド・ポーションを設置した。本当は部屋の中を全てマインド・ポーションで満たしたかったのだが、それでは君が溺れてしまう。妥協して、霧状にして部屋の中に満たすことにしたよ」


 妥協してくれた助かった。

 マインド・ポーションを霧状にして散布しているわけか。

 これもまた、神官には見せられないような状態だな。


「霧状にすると精神的に落ち着く効果があるんだな。眠れない時には良さそうだ」

「ほほう! それはイイ方法かもしれんな。さっそく実験してみよう!」


 俺の適当な思い付きにエルフが喰いついてしまった。


「ほらほら、君たち。今は最重要事項が目の前にぶら下がっている状態だ。脇道を見る余裕があるとは、なかなか見上げた精神構造だ。が、しかし、君たちの研究熱心さと知的好奇心を褒めるのは後にするぞ。さぁ盗賊クン。君にしかできない実験だ。だからこそ、安全に安全を重ねたつもりだが、実際のところどうなるかは私たちにも分からない。失敗して何も起こらない、というのはむしろ、良かった、と言えるかもしれない。もしかしたら、いきなり魔王領に飛ばされてしまう可能性だってある。もしかしたら、まったく知らない場所に飛ばされるかもしれないし、別の世界に行ってしまう可能性もある。それを覚悟の上で言うよ。盗賊クン」


 学園長は小さな体で俺を見上げた。

 真っ白な瞳は、迷うことなく俺を捉えている。


「頑張ってくれたまえ!」


 シンプルな応援に、思わず苦笑してしまった。


「あぁ、任せてくれ」


 だから俺も、シンプルに答える。


「なにせ、俺は運がいいからな」


 勇者と同じ孤児院で育ち、勇者と仲が良かった。

 たったそれだけのことで勇者パーティの一員として、やっていくことができた。

 もっとも――

 運がいいだけで魔物と戦えるわけもなく。

 死にもの狂いだったけど、付いていくのがやっとだったけど、足手まといだと言われて追放されたけど。

 それでも、俺は――光の精霊女王ラビアンさまに声をかけて頂ける程度には。

 運がいい。

 だからきっと。

 転移の腕輪は無事に発動し、実験は無事に終わる。

 そう信じよう。

 なにより人類種の最高峰技術者たちが集まって作ったものだ。

 失敗するはずがない。


「よろしい。では、転移先は中央樹にしてくれ。私たちはそこで待っているので、是非とも転移の感想を聞かせて欲しい。あ、もちろん発動に失敗したら君は歩いて戻ってくるんだよ。子どもじゃないので、お迎えは必要ないだろうからね」


 それじゃぁ、と学園長はドワーフたちを連れて部屋から出ていく。


「師匠さん、お待ちしております」


 ルビーも静かに頭を下げて、部屋から出て行った。


「師匠」


 最後に残ったパルは、少しだけ不安そうに俺を呼んだ。


「なんだ、パル」

「え~っと……きょ、今日の夕飯はお肉が食べたいです」

「いいぞ」

「やった!」


 そう言って、パルは俺に抱き着いてきた。


「もう一生会えないような気がしてくるので、そういうのは遠慮したいものだ。そうだろ、愛すべき我が弟子よ」

「むぅ。いいじゃないですか、師匠。あたしはいつだって師匠に抱き着きたいです。女の子はいつだって好きな人に抱き着く権利を持っているんですぅ」


 ――なるほど、素晴らしい権利だ!

 ――俺もパルを抱きしめたい!

 ――好き!

 と、言いそうになった慌てて言葉を飲み込んだ。

 危うく胸焼けを起こしそうなセリフだなぁ。


「甘えんぼだなぁ、パルは」

「師匠が好きですから」

「あぁ、うん……もうそろそろ我慢ができなくなりそうなので、離れてもらっていいですか?」

「むふ、師匠のえっち~」

「えっちじゃありません! ふ、普通です!」

「普通の大人は、子どもに抱き着かれても我慢できますよ」

「あいつら異常者なんだよ。こんな可愛い子に抱き着かれて我慢できるほうが狂ってる。そう思いません?」

「あたしは師匠が異常者だと思います」

「えぇ~!?」

「だから好き!」


 そう言って、パルはようやく離れた。

 だからこの状況、まるでお別れするみたいで嫌なんだけど?


「ほれ、早く中央樹に行ってろ。すぐに行くから夕飯のメニューでも考えててくれ」

「は~い」


 パルはそう言って扉を閉めた。

 部屋の中が真っ暗になり、トントントンと階段を上がっていくパルの足音と気配を少しだけ感じることができた。

 まだまだ気配の消し方と足音が甘いな。

 なんて思いつつ、俺は大きく息を吸って――吐いた。

 少しだけ足幅を広げる。

 マインド・ポーションで満たされた足元の液体が、波紋を立てたのが分かる。それが納まるまで静かに待ち、呼吸を大きくした。

 体内の魔力が満たされていくのを感じる。

 接種過剰状態だが、まぁ危険な水域ではないだろう。余剰分は鼻血になって放出されると聞いたこともあるが。いまのところ、鼻血が出そうな気配はない。


「よし」


 覚悟は決まった。

 いや、元より覚悟なんて決まっている。

 転移の腕輪。

 これが完成しないことには勇者支援など夢のまた夢。小規模な盗賊ギルドではなく、それこそ国レベルのギルドを作らないとまともな支援などできるはずがない。


「ふぅ」


 と、息を吐き――少し腰を落とすように左腕をだらんと垂れさせた。

 そのまま右腕の手首に装備した転移のマグを左腕の転移の腕輪に触れさせる。

 瞬間――

 まるで青のインクが滲むように腕輪に接触させた部分からマグの色が変わっていく。真っ黒だったマグの紋様が、腕輪と同じように青へと変化していった。

 全ての紋様が青に変わり、ほのかに輝く。

 太陽や炎の明かりとは違って、どこか鈍く、遠くまで届かない。

 真っ暗な部屋の中だからこそ分かる程度の光。

 おそらく外では把握できないくらいの光量なので、ランタン替わりや明かりに使うにしては心許ない。

 なんて思いつつ、感覚的に理解できた。

 これで、準備完了だ――と。

 息を吐き、吸う。

 緊張はしている。

 でも、恐れはしない。

 この程度でビビってたんじゃぁ、勇者の背後は守れない。なにより、パルを抱きしめるなんて夢のまた夢。魔王直属の四天王である吸血鬼の愛を受け止めることすら不可能だ。

 この程度。

 どうということもない!

 イメージするは、中央樹。その誰もいないであろう、誰とも重ならないであろう、少しばかり空中を想定して――

 俺は。


「アクティヴァーテ」


 と。

 転移の腕輪の発動キーを唱えた――!

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