~卑劣! ニンジャごっこは誰もが通る道~

 義の倭の国からやってきた仮面の商人とニンジャ娘とハーフ・ドラゴン。

 そんなセツナ達と別れて――

 俺たちは宿に戻ってきた。

 パタン、と扉を閉めた瞬間に、ブアっと感情が溢れだす。


「おいおい、おいおいおいおいおい! サムライと戦っちゃったよ、俺! うおおお! あいつ強かったよ、マジで! 死ぬかと思った!」

「あたしも! ニンジャ! ニンジャすごい! あたしもニンジャと戦いました! 目の前で忍術見た! ホントに分身とかするんだ! どっちも本物みたいですたよ!」

「なんですのなんですの、あの鱗の身体! 見たこともない種族でしたわ! ドラゴン! ドラゴンって人間の間にも子を宿せるんですのね! 素晴らしいですわ!」


 思い思いの感想を、みんなでぶっちゃけた。

 サムライと戦うなんて夢にも思わなかったが。

 それ以上に、ニンジャも見れて良かった気がする。


「ニンジャも凄かったよなぁ。シュユちゃん。強いっていうよりも、凄いっていう感じが強いよな。やっぱいいなぁ、忍術。あの手で印を作るのとか、めっちゃカッコよくない?」


 手の指を組み合わせ複雑な形を取る『イン』と呼ばれるもの。


「あれって意味あるんですのね。ハッタリとかではなくて?」

「印と呼ばれる物らしい。忍術というより仙術行使に必要なモノだ。それこそ詳しいことは知らないが、マグの発動キーと似たようなものじゃないかな」


 なるほどぉ、とパルとルビーは自分の腕に装備したマグを見る。

 誤って効果が発揮されないように、指の形と言葉を鍵として、マグの魔法効果が発動する。

 それと同じようなものが『印』なんじゃないだろうか。

 まぁ、予想でしかないけどね。


「複雑なのは模倣されないためでしょうかね」

「それもあるかもな。なんか、こんな風だったかな?」


 俺は少しだけ印をマネてみる。

 といっても、拳を握り込み、それを手のひらで覆うようにした後、両手をパっと伸ばす……ぐらいしか覚えていない。

 残念ながら今回、シュユが印を結ぶところは目の前で見れなかった。荷物を隠していた忍術を解除するところは、簡単な物だったし、残念。


「あたし覚えてますよ!」


 ばばば、とパルは手の形をそれっぽく組み合わせて動かして見せる。そういえば目の前で忍術『分身』を見たんだったか。

 いいなぁ~。

 うらやましい。

 パルが印を全てやって見せるが……もちろん何も起こらない。センコツというのが必要なんだろうが、修行や訓練をしないで簡単に使えるほど忍術も仙術も甘くないだろう。

 逆に。

 修行や訓練もしないで使える魔力糸が簡単すぎる気がしないでもない。


「戦闘中でしたのに、そんな細かいのまで覚えてますの? 凄いですわね」

「えへへ~」

「覚えてるヒマがあるなら、邪魔すればよろしかったのに」

「うぐっ。だ、だってぇ。カッコよかったし? あと、何をしてくるのか分かんないし、発動までにどれぐらいの時間が必要とか分かんなかったから、警戒してたんだもん。あたし悪くないもん」

「まぁ、初見の怖さっていうものがあるからなぁ。だが二度目は無いぞ、パル。今度は積極的に邪魔しにいけ」

「はい、師匠!」


 しかし、それはニンジャも織り込み済みだろう。距離を取ったり、逃げながらでも発動させることができるかもしれない。

 加えて――

 シュユには害意が無かった。

 敵意はあったが殺意は無い。

 たぶんだけど、それはシュユの弱点でもあるような気がする。ニンジャと言えば、盗賊の上位職とも言われ、暗殺にも特化しているはず。

 特に女性のニンジャは『くのいち』とも呼ばれており、姦計に優れている……らしい。

 まぁ、アレだ。

 肉体関係を使って、毒を盛られたりするので、めちゃくちゃ注意する必要がある。

 もっとも――

 シュユのように分かりやすくニンジャの格好をしていてくれれば問題はない。本物のくのいちは一般人を装って近づいてくるだろうし、シュユも町娘のような服を着ていれば、判断はできなかっただろう。

 そんな殺意の強いニンジャという職にあるにも関わらずシュユには殺意が感じられなかった。

 どう考えてもおかしい訳で。

 それが訳アリのハーフ・ドラゴンたるナユタと意味深な角のある仮面を被った商人風のサムライと旅をしている。

 恐らく……シュユは人を殺せない。

 雷のような鋭い気配はあれど、そこに人を殺せるほどの殺意が無ければ、ニンジャとしては失格だ。

 つまり、あの状況でパルは殺される心配が無かったわけで……もしも本気になったシュユが使う忍術は、また別格なのかもしれない。


「次は頑張るぞぉ」


 そう言って、パルは印を結び続ける。

 何も起こらないけど、もしかしたらブラフで使えるかもしれないな。マグの『加重』を上手く使えば、忍術に擬態できるかもしれない。


「それにしてもセンコツって何なんだろうな。骨みたいなものなんだろうか。どんなだった、パル?」

「たぶん骨だったと思います。このあたり」


 パルは遠慮なくホットパンツをボタンを外して、おへその下の下腹部を見せてくれる。ぱんつをはいてなかったらしく、素肌に直でホットパンツをはいてたようだ。

 うん。

 ギリギリだった。

 素晴らしくギリギリだった。

 ありがとう、センコツ。これから先、見知らぬ少女にセンコツの有無を確かめるというテイで少女の下腹部を触るという詐欺を実行できる。


「……師匠さん」

「ハッ!」


 ルビーが半眼で俺をにらんでいた。

 心が読まれてしまったのか――!? とかいう問題じゃなくて、俺はなんて酷いことを思いつく人間になってしまったのだろうか……

 そりゃもう勇者パーティから追放されて当然だ。

 心が汚れてしまっている。


「パルだけでなく、わたしのも見てください」

「あ、そっち」

「え?」

「え?」


 ま、いいや。

 とんでもない詐欺は心の墓場に生き埋めにしておいて、と。

 スカートを遠慮なくぺろんとめくって、ぱんつを見せているルビーの姿はちょっと破壊力が強すぎるので、パルにお願いすることにした。


「パル、ちょっとルビーにセンコツがあるのかどうか、確かめておいて」

「はい。師匠はなにか用事ですか?」

「うん」


 俺はその場で逆立ちした。


「下がった血液を上げる」


 血よ。

 どこかに集中した血よ。

 元に戻ってくれ。


「は、はぁ……?」


 その後、ベッドの上で繰り広げられたロリとロリババァの下腹部のさわりあいっこは危険な物だったので、心の中の宝石箱に永久保存しておいた。

 パルの瞬間記憶がうらやましい。


「わたしにもありませんわねぇ、センコツ。ニンゲンという種族に限らず、義の倭の国特有の物なんでしょうか? あちらの国のニンゲンは、少しだけ雰囲気が違いますし」

「確かにそうだな。倭国のニンゲンは見たら分かる。どう違うのか、言語化するのは難しいのだが……それがセンコツの有無なんだろうか?」

「ちょっとおでこが広い感じだったよね。セツナさんとかシュユとか。あとナユタさんも」


 パルが髪の毛をあげて、額を見せた。

 俺も額に手を当てながら思い出してみるが……そこまで額の広さを感じない。むしろセツナのイメージは、あの仮面から出てる白い角だろうか。

 目立つことをあまり是としなかったのに、ことさら特殊な仮面を被っているのは。

 なにか理由があるのかもしれないな。

 それこそ、あれも七星護剣と同じように、あの角付きの仮面も、特別なアーティファクトなのかもしれない。


「なんにしても師匠さん。未だ聞かせてもらっていない師匠さんの目的と、あの倭国人は合致するのですね」


 俺は、改まる感じでゆっくりと深くうなづいた。


「申し訳ないが、まだ話せない」


 パルには、話しても良いのかもしれない。

 俺が勇者パーティの一員であったと語れば、きっと信じてくれる。それに、勇者パーティであろうとなかろうと、パルのやることには影響がない。

 そのまま、盗賊の修行を続けるだけだから。

 でも、ルビーに語るのは……少し怖かった。

 魔王を倒す勇者を支援すること。

 それはルビーにとって、本当の意味で魔王と敵対することを意味する。

 現状では、確かにルビーは魔王を裏切っていると公言している。

 それに偽りは無いだろう。嘘をついてないっていうのは分かるし、俺を……好きでいてくれるのは理解している。

 だが。

 それは俺が、どこにでもいる有象無象のひとりだからこそ。

 世界に何の影響も与えない、ちっぽけな盗賊だからこそ、そう言えるのかもしれない。

 もしも――

 俺が勇者パーティの一員であり、今は追放さていて、それでも勇者を支援するためにこっそりと動いている。

 そう伝えた場合の、ルビーの行動は……読めなかった。

 もちろん、俺に付いてきてくれると思う。

 俺へ賛同してくれて、勇者を支援してくれると思う。

 でも。

 それを伝えた場合――

 伝えてしまった場合――

 俺は、ルビーを支援の要として意識してしまう。

 魔王にぶつける『駒』として、ルビーを認識してしまう。

 それは。

 それはあまりにも、横暴ではないだろうか。

 他人の好意を利用して、自分の……いや、自分たちの利益のために利用するのでは。

 それは人間としてどうなんだ?

 果たしてそれを、是、として良いのだろうか?

 あの黒衣の、漆黒の全身鎧である魔王を前にして。

 ルビーを勇者の盾として利用するのは。

 どうしても――

 どうしても、俺の心が許さなかった。


「問題ありませんわ、師匠さん。男の子ですもの、秘密のひとつやふたつ合って当然ですわ。ちなみにわたしは何ひとつ隠していません。お望みとあれば、どうぞ舌の裏から奥歯まで遠慮なく見ていってくださいな」


 ルビーはそう言って、んべ~、と舌を出した。


「えい」

「あ。なにをひゅるのひぇふは、ハル」


 パルがルビーの舌を指でつかむ。ルビーははふはふと抗議の声をあげるが……残念ながら何を言っているのか、あんまり良く分からない。


「師匠!」

「なんだ、いい加減に離してやれ。噛まれてもしらないぞ」


 それ、吸血鬼の舌だぞパル。


「はい。えっと、師匠が話してくれるまであたしは待ちます。でも、信じていいんですよね? 浮気とか、子どもがいるとか、そういうのじゃないですよね?」

「神に誓って、俺は童貞だ。しかも彼女いない歴と年齢が一致する。更に付け加えるなら、女性に嫌われていた」


 だからロリコンになってしまったので、普通に恋愛できるわけもなく。

 浮気とか子どもがいるどこのレベルではありません。

 というのは、言わないでおいた。


「んん。見る目がありませんわね、その女。殺してきましょうか?」

「是非頼――やめてください、お願いします」


 危うく勇者パーティが壊滅するところだった……危ない……ざまぁ、とか言ってるレベルじゃない大事故だ。

 天罰どころじゃなく、精霊女王が九柱そろって俺を殺しに来てもおかしくはない。

 俺が魔王になってしまうところだった。

 危ない。


「よし、それじゃぁいつも通りの修行を始めよう。夜になったら、俺の修行も頼むな、ルビー」

「はい!」

「任せてくださいまし」


 というわけで、いずれ話せる時のためにパルを鍛えておき、俺自身もレベルアップしておこう。

 そして、七星護剣。

 セツナが探しているあの剣を、残り六本を見つけることができれば……

 魔王を倒すための一歩につながる――かもしれない。


「まだまだ遠いが」


 それでも明確な目標ができたのは僥倖だ。

 加えてその夜――


「エラントさん。学園長が呼んでいます。でも、お疲れですので明日の朝にお願いします」


 どうやら例のアイテム。

 勇者支援の最重要アイテムに動きがあったようだ。

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