~忍者! 結局いつもどおりの旅路~

 エラント、と名乗る旅人を装った盗賊。

 いきなりご主人様のことを『侍』って見破るし、ご主人様はいきなりエラントさんに斬りつけたりしてびっくりした。

 それでいきなり戦いになって、シュユはパルと戦うことになって、普通に勝った。

 でも、あの人は……

 エラントさんは、シュユより強い……と、思う。

 実際には、シュユもエラントさんも、真正面から堂々と戦う場面なんてまず無いけれど。もしも、そうなった時にはシュユは確実に勝てない。

 勝てる見込みなんて、無かった。

 それがシュユにとっては――少し……


「ご主人様」

「ん? どうした須臾」


 いつもの柔和な笑顔でご主人様は振り返った。仮面の奥で、目も笑っている。こんなシュユを見ても、笑ってくれている。

 弱い者として、役立たずとして、切り捨てないでいてくれる笑顔。

 どんなに失敗しても。

 どんなに弱音を吐いても。

 ご主人様は、シュユに笑顔をくれた。

 だから。

 それが救いになるので、シュユはいつも困ったことがあると……悪いことだって分かっているけれど。

 ご主人様を利用してしまう

 ご主人様の笑顔を私利私欲のために、使ってしまう。

 自分のために、主さまを利用するなんて……忍者失格で、情けなくて、『抜け忍』らしくあって、やっぱり少し、泣きそうになってしまう。


「ご主人様、シュユは弱いですか?」

「そんなことはない。ぱるばす、だったかな。パルと呼んで欲しいと言っていたね。あの子よりは、ずっと強かったじゃないか」


 まるでお祭り騒ぎのような学園都市。

 ざわざわと賑やかな雑踏の中、ご主人様はわざわざシュユの隣まで来て頭を撫でてくれた。

 そんなことをしては『隠れ身の術』が不安定になってしまうのに。隠さないといけない七星護剣が目立ってしまうのに。

 そんな負の面を気にするより、シュユの感情を優先させてくれた。


「あう」


 いつも撫でてくれるご主人様の手。

 武骨でゴツゴツしてて、大きな手。

 いつもより少し強めに頭をくしゅくしゅと撫でてくれる。いつもシュユが落ち込んだ時の強さだった。

 どこか安心してしまう。

 シュユはまだ、必要なんだって思わせてくれる。

 それが嬉しくて、ちょっとだけくちびるがほころんでしまう。

 あぁ。

 シュユはなんて酷い女なんだろう。

 忍者として、くのいちとしては、それが正解なんだけど。利用できるものは、なんでも利用しろって教えてこられたし、男の感情を利用するのは当たり前だって言われてきたけど。

 でも、それをご主人様に求めるなんて。

 まったくもって、間違っている。

 気がする。

 うぅ。

 でも、嬉しい。

 うぅ。


「ん~? おいおい。また落ち込んでるのか、須臾は」


 そんなシュユ達を見て前を歩く那由多姐さまがケラケラと笑った。


「ほれ、肩車してやるから乗りな」

「シュユはそこまで子どもじゃないです」

「なんだ、あのちっこいのに対抗してんのか?」

「ち、違います。シュユが子どもじゃないだけです」


 もう一度そう言ったら、那由多姐さまは苦笑しつつ、シュユの頭を乱暴に掴みました。


「んあぁ!?」

「おまえさんには、旦那の手などもったいない。あたいの手で充分だ。上書き上書き、と」

「や、やめてください姐さま! あぁ、あぁ~ご主人様の、ご主人様の手成分が!」


 ほんのり温かで、ちょっぴり乱暴なご主人様の手の感覚が、那由多姐さまのゴツゴツとしたひんやり鱗感覚に上塗りされていくぅ!

 わぁわぁ、ぎゃぁぎゃぁと姐さまと揉めていると、ご主人様は苦笑した。


「こらこら。いくらでも撫でてあげますから、そんなことでケンカしないでください」

「ほ、ホントですか、ご主人様?」

「はい、いくらでもいいですよ。タダですから」

「で、ででで、では……だ、抱きしめる、と、とか、とか言ってみたり……?」

「却下だ」

「ぴゃ」


 急に商人型から侍型に戻らないで欲しい。

 カッコいいので、ドキドキしちゃうでござるぅぅ。


「旦那、漏れてる漏れてる。隠して隠して」

「おっと」


 こほん、と咳払いしたご主人様はコツンと仮面を叩いた。

 それだけで柔和な商人の顔に戻る。


「それは却下です。いくら私でも、我慢ができなくなりそうなので」

「旦那、本音が漏れてる。隠して隠して」

「おっと」

「にへへへ~」

「おいおい、須臾。おまえさんも感情がダダ漏れになってるじゃないか」


 あぁあぁあぁあぁ~、と那由多姐さまは天を仰ぎながら額をぴしゃり、と叩いた。


「お熱いこって。あたいにゃ縁の無い話だねぇ」


 姐さまはシュユのほっぺたをツンツンと突っついた。

 ですから、隠れ身の術が不安定になるのでやめて欲しいのですってば。それでなくとも姐さまは目立つのですから、前を歩いていてご主人様とシュユのめくらましになってください。


「あ、でも那由多姐さまは美人です。きっとすぐにステキな男性か女性か見つかりますよ!」


 困った時はいつだって助けてくれますし、赤銅色の鱗も綺麗でカッコいいと思います。

 エルフには負けるかもしれませんが、でも負けないくらいに那由多姐さま美人ですもの。

 すぐにご主人様みたいなカッコいい男性か、那由多姐さまと同じくらい美人な女性が声をかけてくれるはずです!


「あたいに惚れてくれるのは嬉しいけどさ、逆にあたいが好きになるようなヤツがいるとは思えないんだよなぁ。旦那はいい男だけど、好きかって言われると違うし。いや、もちろん人間として好きだぜ? 恋愛感情のそれとは違うけど」


 うん、とシュユはうなづきます。

 もしも那由多姐さまがご主人様を好きになったら、殺さないといけないので良かった。

 うんうん。


「さっきの黒髪の子はどうなんですか?」


 ご主人様の質問に、那由多姐さまの雰囲気がぴしゃりと変わった。冷や水を浴びせたような、っていうのでしょうか。


「あいつはヤバい。たぶん人間じゃねぇ」

「どういうことです?」

「最初は殺すつもりはなかったんで、刃は当てないことを選んでたんだが。途中から普通に刺してた」

「えぇ!?」


 血とか、傷とか、ぜんぜん無かったのに!?


「なにか特殊な防御魔法でも使っていたのでは?」


 ご主人様の質問に那由多姐さまは首を横に振る。


「手に伝わる感触は、確実に生身の肉体だった。硬くもなく、それでいて柔らかくもない。ありゃ確実に人間と変わらない感触だった。でも血は出ねぇし、それどころか痛みすら感じてなかった。あんなバケモンは初めてだ」

「シュユの分身みたいなものでしょうか?」


 忍術『分身』は、依り代を使って肉体を複製できる。ある程度の感触はホンモノと同じなので、そういった魔法とかがあるのかもしれない。


「否定はできないが……なんにしても、本気じゃなかっただろうな。装備もそこらへんの服だけだったし」

「なるほど。まぁ彼らとは今後、敵対することはないでしょうから。あまり気にしなくて良いでしょう」


 敵対……。

 あの話って――エラントさんが言ってたことは本当なのかどうか。シュユにはすぐに信じられなかった。


「ご主人様、あれって本当なんでしょうか?」

「勇者の話かい?」


 はい、とシュユはうなづきます。

 盗賊エラントのくちびるを読んだ結果ですが……

『勇者パーティに追放されたので、盗賊ギルドで成り上がることにした』

 そう語っていた。

 勇者とは、自然界を司る神、精霊信仰の頂点でもある精霊女王の加護を受けた、選ばれし人間だと聞いたことがある。

 エルフでもドワーフでも有翼種でも獣耳種でも妖精種でもなく。

 人間。

 種族ニンゲンだけが勇者として選ばれる。

 そう聞いたことがあった。

 この大陸の北側を領地とする魔王。

 魔王を倒すべく選ばれた勇者と、その仲間。

 そのうちのひとりが盗賊エラントだ、と言われても。

 にわかには信じられなかった。


「あたいも疑問だった。勇者パーティ『を』追放されたんなら分からなくもないが、勇者パーティ『に』追放されたんだろ? おかしくないかねぇ」


 那由多姐さまの疑問は分かる。

 世界を救おうっていう勇者の仲間に追い出されたなんて。

 ちょっと、おかしいと思う。


「盗賊ですので、嘘をついたんでしょうか?」


 シュユの疑問に対して、ご主人様は首を横に振りました。


「嘘にしては荒唐無稽過ぎますからね。仮にも盗賊でしたら、もっと上手に嘘を付くでしょう。卑怯と卑劣、詐欺や騙し討ちは彼らの専売特許ですから。他人を信用させるのも上手いはずです」

「嘘が下手だから追放されたんじゃないのかねぇ」


 姐さまは苦笑しながら言った。


「あの場でわざわざそんな嘘を付く値打ちがありませんからねぇ。私は真実と見ました。なにより、そのほうが面白い」


 その言葉を聞き、シュユと姐さまは同時にため息をつきました。


「はぁ~、出た出た」

「ご主人様の、そのほうが面白い、はロクなことがないです」


 面白そうだから、と寄り道するのはいいですが。

 寄り道した結果、いい事なんてほとんど無かったです。

 むしろ散々苦労してきた結果が多かったのに。


「いいではないですか。おかげで良い縁も生まれましたし」

「あ、旦那! もしかして面白そうだからあいつらに声をかけたのか!?」

「いえいえ、そんなことは――こほん、こほん」


 あ、ご主人様!

 なにかごまかしてる!

 ――分かった!


「パルちゃんだ! ご主人様、パルちゃんが可愛かったからだ! る、るびーちゃん? ルビーちゃんも可愛かったし! ふたりのことチラチラ見てたし! ご主人様の変態! 裏切者ぉ!」

「な、なにを言うのです、須臾。私は変態ではありません。ただの博愛主義者です」

「小児性偏愛主義者!」

「ち、違いますぅ、人類共通の愛ですぅ」

「ルビーちゃんのぱんつ見てたくせに!」

「知りません!」

「あ、逃げた!」


 ご主人様が駆けだしたので、シュユは慌てて追いかけます。

 忍者から逃げられると思わないでください、ご主人様!

 いくら侍でも忍者のほうがいろいろと得意なことは多いんですから!


「おいおい、旦那! 須臾! 護衛のあたいから離れてどうするんだ――あ、いや、マジで! ちょ、おまえら! おまえら待てぇ!」


 新しい大陸の、新しい国に来て。

 せっかく新しい気分で、みんなで頑張ろうって言ってたのに。

 これじゃぁ倭国にいるときと変わらないじゃないですか。

 あぁ~ぁ。

 いつまでたっても、シュユたちはいつものまま。

 でも――

 でもでも。

 それが、なんだかとても楽しくて。

 たまらなく愛しく感じる旅路だと。

 須臾はそう思うのでした。

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