~卑劣! おまえも盗賊ギルドに入らないか?~

 完全敗北。

 パーティメンバーの三人中、ふたりが無様にも拘束されている状況を鑑みれば。

 俺ひとりがどれだけ勝ち誇ろうとも、負けは負けだ。

 とは言え、俺の目的はあくまで『縁』を作ること。

 なによりセツナの持つ武器『七星護剣』とやらが手に入れば、勇者の手助けになるのではないか……と、思っていた。

 だが、しかし――

 これは嬉しい誤算とでも言うべきか。

 いや、言うべきだろう。

 セツナ・ゴウガシャ。

 勇者パーティの前衛を任せるには充分な実力を持っている。

 それこそ、俺なんかよりよっぽど……いや、確実に俺より遥かに役に立ってくれるはずだ。

 彼自身も相当な実力だが、部下にニンジャであるシュユを従えている。

 勇者パーティとして、これほど適合している者はそうはいまい。

 いざとなったら件の『七星護剣』を盗むつもりでもあったのだが……無駄に敵対するよりも仲間に引き入れたほうがいい。

 是非、勇者の隣に立っていて欲しい。

 だから俺は正々堂々、真正面から勧誘した。


「おまえも俺の仲間にならないか」

「断る」


 即断即決の潔い男だった。

 好感が持てる!

 何より同じ性癖だし、賢者と神官の敵になってくれる男であるのは間違いない……!

 あ、いやいや――


「待て待て、待ってくれセツナ殿」

「セツナでかまわんよ、エラント殿」

「では、俺のこともエラントと呼んでくれ」

「心得た」


 セツナはその場でどっかりと座り、あぐらをかく。ハカマというキモノは緩みがあるというか、遊びが大きくあるので、足がどのような体勢を取っているのか、判別がつかない。

 つくづく、彼の国は奇妙にもサムライに特化した服をつくるものだ。

 座っていても尚、油断した姿を見せないとは。

 サムライとは恐ろしい。


「申し訳ないが、エラント。そなたの意図がまったく読めぬ。つまらぬケンカを売るような者に思えぬ。それでいて拙者の実力を試したようでもあるが、その真意はどこにあるのだ?」


 いわゆる『腹を割って話そう』というヤツかな、これは。

 俺もセツナに合わせて、その場でどっかりと座った。


「重ねて謝ろう。申し訳ない、セツナ。俺にはどうしてもやらないといけないことがあるんだ」

「それはどれほどの意味を持つ?」


 ちらりとパルとルビーを見た。

 未だふたりとも拘束されたままで、こちらに意識を向ける余裕はあまり無い。

 しかし、それでも。


「――――」


 俺はゆっくりと口を動かした。

 セツナのことだ。

 読唇術の心得くらい、あるだろう。

 ましてやニンジャ娘がいるのだ。もしかしたら読唇術ではなく、読心術を使える可能性すらある。

 俺の声なき言葉に合わせて、セツナの表情が少しばかり変わった。

 信じらない、という表情が半分以上で、残りは興味深い、といった印象か。


「それは、誠か」

「偽りなく真実だ」

「なるほど――では、そなたの狙いは七星護剣、というわけだな」


 一を知り、十を知る。

 それぐらいの勢いで、セツナは俺の行き当たりばったりな考えを言い当て、くつくつと笑った。それでいて仮面の角はぴくりとも揺れないのだから恐ろしい。


「まったくおかしな男だな、そなたは。欲しいのであれば奪えばいい。殺してでも奪い取る、とは盗賊の特権ではなかったか?」

「そいつはホンモノの盗賊だ。俺は職業盗賊なんでな」

「ははは。優しい盗賊とは恐れ入った」


 セツナはほがらかに笑い、拳をコツンと自分の仮面に当てた。なにか笑ったことを恥じ入るような行動だが、クセのようなものなのかもしれない。


「中途半端な人間なんだよ、俺は。ホントは盗賊よりも、戦士になるべきだったのかもしれない。でも、表よりも裏に立ってしまったのだから、もう後には引き戻れなかった」


 それだけのことさ、と俺は肩をすくめる。


「拙者も似たようなものだ。堂々とサムライ風を吹かせることができぬ、恥多きモグリ。剣を腰に挿すこともできない、不意打ち専門の外道よ」


 仕込み刀を少しだけ親指でスライドさせ、刀身を見せる。鏡のような刃は、俺の視線を反射させていた。恐らく、反対側ではセツナの瞳を映しているだろう。

 キン、と甲高い音を立てて納刀する。

 サムライとは、それこそ戦う前に自分の名を名乗るようなほど誇り高い戦い方をすると聞いたことがある。

 そんなサムライたる者が杖に見せかけた仕込み刀で背後から斬るとは……

 まさに武芸の風上にも置けない、というやつかもしれない。

 盗賊としては素晴らしいバックスタブだ、と褒めたたえるべき戦い方なのだが……ひとつ国や大陸が違えば、例えそれがお隣であっても、考え方はくるっと反転してしまう。

 盗賊たる俺の戦い方は、義の倭の国では大批判をくらってしまいそうだ。

 正々堂々真正面から不意を打つスキルなど。

 サムライに通用するレベルでは無い。

 まったくもって、俺とは相性の悪い国かもしれない。

 勇者といっしょに行った時は、大人しくしてて良かった。こっそりニンジャに憧れたところもあったので、こそこそ動き回っているのが正解だったらしい。


「して、エラント」

「仲間になってくれる気になったか?」

「断る。初志貫徹の言葉を忘れたのでは、拙者がここにいる意味がなくなってしまう」


 残念ながらセツナの意思は硬そうだ。


「分かったよ。セツナは、あの剣を集めることが目的なのか?」


 仮面の下で目を閉じ、セツナは深くうなづいた。


「七星護剣。七本の剣を集める事こそ、拙者の生きる目的だ。それのみに存在していると言っても良い。志半ばで目標を変えるつもりも、寄り道をしているヒマもない。それこそ――」


 セツナはそこで自嘲気味に笑いながら言った。


「親を人質にされても、目の前で親を殺されたとしても、拙者の心は動かぬよ」


 なにか。

 なにか親という存在に、思うところがあるのかもしれない……

 実際に人質にされているのではなく、セツナ自身が親に恨みを抱いているような、そんな印象を受けた。

 もっとも――

 親という、そのものがいなかった俺にとっては、あまり良く分からない感覚でもある。

 物心付いた時には、すでに孤児院にいて。

 孤児院の先生が親みたいだったか、と言われれば違うわけで。

 俺には親がいなかった、というのが正直な話だ。

 もしも本当の親が今さら名乗り出てきたとしても、何も言うことはないし、話すこともないし、恨みも何も無い。

 無感情、でしかないだろう。

 あ、はい。という一言で終わるかもしれない。

 恐らくパルに聞いてみても同じような感想だと思う。あいつも、本音のところは俺と変わらないんじゃないかな。

 捨てられたのではなく――初めからいなかった。

 それが俺の、親に対する意識。

 だからこそ、自嘲気味に答えたセツナの真意を推しはかることは……俺にはちょっと無理だった。


「そうか。悪かったな」


 勇者に剣を届けたかった。

 できるなら、セツナに勇者の背中を任せたかった。

 戦士には勇者の盾になってもらって、サムライには勇者の背中を預ける。

 それは、俺にはできなかったことだ。

 どれだけ望んでも、俺は戦士にも騎士にもサムライにも……ましてや上位職であるニンジャにもなれない。

 卑怯で卑劣な盗賊でしかない。

 仕方がない――

 せめて時間遡行薬だけでも――


「だが、拙者の目標はそれだけだ」

「え?」

「七星護剣。それを見つけ、回収することが拙者の生きる目的であり、それを達成してしまえば、あとには空白だけが待っている」

「……あぁ」


 それは、どこか勇者と変わらないんじゃないか、と思った。

 魔王を倒せ。

 そう言われて旅立った勇者には、生きる目的がひとつしかない。

 魔王を倒した後をどうするか?

 そんなことを考えるヒマなんて、あいつにはあるのかなぁ。

 でも。

 それは同時に、俺にも言えた。

 勇者と共に旅立ち、勇者の仲間を募り、勇者と共に魔王を倒す。

 それだけだった。

 だからこそ、勇者パーティを追放された時には、なにも残っていなくて、なにも出来ずにフラフラと故郷まで帰ることになってしまった。

 何も残っていなかった。

 勇者と共にあることしか、俺には何も無かった。

 もしも――

 もしもパルに出会わなければ……

 俺は今ごろ、ジックス街でスリか泥棒か、それとも冒険者でもやっていたかもしれない。

 そんなつまらない人生を、特に意味の無い人生を、歩き始めていただろうな。

 大きな目標を達成してしまった後に待っているもの。

 それはセツナの言うとおり、勇者も俺も『空白』だった。


「その空白に色を付けるのであれば、問題はない」

「本当か?」

「約束はできぬ。なにせまだ七星護剣は一振りしか手に入れてないからな。あと六本を問題なく手中に治めることができたのなら、拙者はそなたの目標に手を貸そう」

「あ、ありがと――」


 礼を言おうとしたが、セツナが手のひらをこちらに向けた。

 ストップ、という意味だろう。


「ただし、こちらからもお願いがある」

「――あぁ、なんでも言ってくれ」

「七星護剣の情報提供を願う。加えて、困難な状況では手助けをしてもらいたい。あの通り、須臾には根源的な欠陥があるし、那由多の容姿は悪目立ちする。それが足枷になる時があるやもしれぬ。だが、拙者の大切な者であり切り捨てる考えなど持ち合わせておらん。だからこそ、エラント。そなたの力を借りる必要が出てくるだろう」


 頼む、とセツナは頭を下げた。


「俺でいいのか?」

「そなたが良い。優しい盗賊など、どこを探してもおらぬよ。加えて――」


 セツナはニヤリと笑った。


「同志、だからな」

「そこは間違いない」


 俺とセツナは同時に立ち上がり、歩み寄って、再びガッチリと握手した。


「契約成立。あくまでビジネスの関係ということでいいかな、セツナ」

「無論、問題はない。拙者とそなたは心で繋がっており、すでに魂の友と言える。だが、それとこれは別だ。あくまで商売上の都合というやつよ」


 かかか、とセツナは笑って、その場で再び座り直した。

 いや、違う。

 それは土下座のように、足を折って座りなおした姿は、正座と呼ばれるものだ。

 両手の拳を握り、地面へと付けた。

 それはどこか『仁義を切る』に似ている。

 あぁ、似ているのではない。

 これもまた――


「遅ればせの仁義、失礼さんでござんす。わたくし、生まれも育ちも義の倭の国は氷護の国です。カケダシの身もちまして姓名の儀、一々高声に発します仁義、失礼さんです。宝剣神殿で産湯を使い、姓は八剱(やつるぎ)、名は清浄(せいじょう)。人呼んで恒河沙刹那と発します。西に行きましても東に行きましても、とかく土地土地のおあにいさん、おあねえさんに御厄介かけがちなる若造でござんす。以後見苦しき面体お見知りおかれまして、向後万端(きょうこうばんたん)引き立って、よろしくお頼み申します」


 これこそホンモノの『仁義を切る』というやつなのかもしれないな。

 だからこそ、それには応えなければならない。

 俺はセツナの座り方を真似て、正座をし、両腕の拳を地面へと付けた。


「申し遅れに失礼にござんす。俺は――あ、いや、わたくし……え~っと、すまない。俺はエラント。盗賊ギルド『ディスペクトゥス』のギルドマスターを勤めている。あいにくと親に捨てられた孤児なものでちゃんとした名前を持っていない。挨拶もちゃんとできない若輩者だが、どうかよろしく頼む」


 旅人用の仁義を切るはなんとか知っていたが、こちらのパターンはまったく知らなかったので、つたないモノになってしまった。

 それは容赦してもらいたい。


「そなたの心意気、しかと受け取った」


 セツナは頭を下げる。

 俺もそれに習って頭を下げた。

 しかし、まぁ真名まで教えてもらえるとは思わなかった。ヤツルギ・セイジョウか。それを名乗らずセツナ・ゴウカシャと名乗る意味は、さっきの親の件となにか関係はありそうだ。


「須臾、那由多。そろそろお嬢さん方を解放してあげなさい」


 顔をあげ、立ち上がった時には、セツナからはすっかりサムライの気配が消えており、商人に戻っていた。

 角の生えた奇妙な仮面の下で、にっこりと柔和な笑みを浮かべている。


「はい」

「分かったよ」


 シュユはパルを拘束していたロープを切り、ナユタはルビーの頭から足をおろす。

 パルは慌てて猿ぐつわを外し、ルビーは地面から顔を引き剥がすように、ぷはぁ、と顔をあげて息を吸った。

 次に会うまでには、このふたりをシュユとナユタに負けないくらいに鍛え上げておかないといけないな。

 それはなかなか骨が折れそうだ。

 特にパルをシュユレベルまで高めるには、相当な経験が必要になってくるだろう。

 まぁ、目標ができたと思って良しとするか。


「それでは失礼します、エラント殿。できればしばらく会わないことを願います」


 すぐに呼ばれるということは、すぐに困難にぶち当たったということ。しばらく俺たちの出番が無いほうが、セツナの旅路には良いわけだ。


「セツナ。この学園都市の東に『知識の墓場』っていう飲み屋がある。そこで『逆さまにしたエールと殻に裂け目ができなかったピスタチオ』を注文すればいい。俺の名前を出せば、それなりの対応をしてくれるはずだ」

「情報を感謝するよ、旅人殿」

「良い商売ができるといいな、仮面商人殿」


 セツナがにっこりと商売人らしいスマイルを浮かべた時には、すでにシュユの姿は見えなかった。

 ナユタはこちらを見て、ハン、と鼻を鳴らしてから赤の槍を肩に担ぎ、主人を先導するように前を歩いていく。

 どうやらハーフ・ドラゴンの印象は悪いようだ。子ども好きなのは間違いないのだろうけど、ルビーとの戦いは不可解極まっているのだろう。

 もっとも――

 夜に戦ったとすれば、ナユタの印象はまったく違ったものになっただろうけど。


「うぅ、師匠。ぜんぜん勝てなかったです」

「わたしもですわ、師匠さん。『技』を見切れませんでした。防御とは、やはり必要なものですのね~」


 ふたりは反省するように、大きく息を吐いた。

 落ち込んでいるわけではないけど、思うところはあるようだ。

 負けを受け入れ、何も感じないよりは遥かにマシ。

 なかなか良い心意気を持っているじゃないか。


「なに、全て上手くいった。ふたりとも良くやってくれた」


 パルとルビーの頭を撫でてやる。

 なんにしても、ひとつ。

 勇者支援への一歩を踏み出せた――ような気がする……

 たぶん!

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