~流麗! ヴァーサス・ハーフドラゴン~

「よし。パル、死ぬな。ルビー、死んでこい」

「はい!」

「了解ですわ」


 師匠さんの言葉に、わたしとパルは同時に飛び出しました。

 はてさて、師匠さんの狙いは何なのでしょうか?

 セツナと名乗る仮面の商人に恨みがあるわけでもないでしょうから、別の目的があると思われま――

 ハッ!

 まさかニンジャ娘を自分の物にしたいとか!?

 間違いなくあのニンジャ娘は師匠さんの好みに合致しています。パルが金髪ですので、金色に飽きた場合を備えて黒髪の小娘も確保するつもりなんでしょうか!?

 わたしという黒髪がいつでも師匠さんの好きにしていいですのに!

 なんて考えてたら、師匠さんの投げナイフがわたしとパルを追い越していきました。

 一瞬、わたしへのツッコミかと思いましたけど、違いますわよね。

 投げナイフはニンジャ娘が撃墜したので、パルが先に追いかけていってしまいました。

 あらら。

 パルがニンジャ娘を相手取るのは、少々荷が重いですのに。

 戦闘中に考え事をするなど、良くありませんね。行動が遅れてしまいます。

 あのニンジャ娘は、どちらかというとわたしが相手するべきでした。殺気こそゼロなものの、実力はかなり高そうです。

 わたしが見てきた人間の中では、上位に入る強さでしょう。

 師匠さんには敵いませんけど。

 パルがニンジャ娘を相手するということは――わたしはこちらのトカゲ娘ですわね。

 おっと。

 リザードマンと言われて怒っていましたので、トカゲ娘などと言おうものなら、本気で怒らせてしまうやもしれません。

 わたしもコウモリ女などと言われては心外ですもの。

 でも――

 ハーフ・ドラゴンと自称しておりましたが……本当でしょうか?

 ハーフ・リザードマンと言われたほうがまだ信じられるくらいです。しかし、頭の上の角のような部位はリザードマンにはありませんし、ドラゴンの角と言われたほうが納得できます。

 それでも、やっぱり――

 人間とドラゴンの混血って信じられませんわよねぇ。

 ですが、その点はわたしも同じようなもの。

 いくらわたしが吸血鬼と名乗ったところで、真昼間から薄着で出歩いている、そんなに強くない小娘、という状態ですのでねぇ。

 信用されない同士、戦ってみましょう。

 おっといけません。

 ニンジャ娘に意識が向いてしまったパルをトカゲ娘が狙っていますので、ここはしっかりと分断しないと!


「えい」


 できるだけ豪快に、目立つように。

 わたしは両脚で踏み切り、そのまま身を投げ出すようにトカゲ娘に両足を叩き込みました。

 いわゆるドロップキックという技です。


「なっ!?」


 驚くトカゲ娘はわたしの両足を槍で防御しました。


「ぐぇ」


 これ、身軽ではない人間がやってはいけない攻撃ですわね。両足で蹴った後、着地なんてできるはずもありませんので、地面に叩きつけられてしまいます。


「どういうつもりだ、てめぇ!」

「どうもこうもありません」


 そう挑発しつつ、わたしはゴロゴロと転がって距離を取りつつ立ち上がりました。

 挑発成功。

 ちゃんと分断も成功したようです。

 あとは師匠さんが仮面男に用事を済ませるのを待つだけ。

 楽勝ですわ。


「てめぇ、死ぬぞ?」


 槍をかまえるトカゲ娘。

 右手を高く、左手を腰のあたりまで下げ、地面スレスレに穂先が固定される。

 分かりやすい殺気。

 ニンジャ娘とはまったく違うタイプの視線ですわね。


「そのつもりです」


 師匠さんは、死ね、と命令されました。

 なるほど、こちらのトカゲ娘には明確な殺気がありますので、パルを相手させるのは危なかったかもしれませんね。

 さすが師匠さん。

 瞬時に見抜き、分かりやすい命令をくださるとは、ギルドマスターとしての才覚をお持ちのようです。

 では、命令通りに死にましょう。

 無論。


「死ねませんけど」

「ほざけ!」


 自嘲したのですが、どうやら挑発と受け止められたらしい。

 まったくまったく。

 トカゲ娘なら頭は冷やして冷静に対処して欲しいものです。

 もしくは、ドラゴンを親に持つのでしたら、ちゃんと思考を巡らせてもらいたい、とも言えますが。

 いずれホンモノのドラゴンにも会ってみたいものですね。

 ドラゴンは古い時代……それこそ神々が地上を跋扈していた時代から生きている種族ですので人間より賢い個体が多いそうです。

 それぞれ個性がちゃんとあって共通語を話せるドラゴンもいるとか?

 あと、人間と仲良くしてくれたり、菜食主義者の個体もいると聞きます。

 もうそれだけで面白そうですよね!

 あと、本当に財宝をため込んでいるのなら、きっと面白い物を持っているはず。わたしの城の宝物庫の中身と、入れ替えてもらえないでしょうか。

 とかなんとか考えてたら、トカゲ娘から攻撃を仕掛けてきました。

 クッ、と穂先が動いたかと思うと、一直線に『突き』が迫ってくる。

 吸血鬼でなければ見えなかったでしょう。初速がすでにトップスピード。

 足元から一気に水平に、伸びるように槍の穂先が迫る。

 狙いは――肩。

 殺気があるくせに、優しいトカゲですこと。


「ん!」


 と、短く気合いを入れて穂先の腹を拳の甲で叩く。肩を狙ってきた限り、手加減はされていたのでしょう。

 軽く突くつもりだった一撃は、肩の外側に反れた。

 やった!

 できましたわ、師匠さん!

 防御スキル『パリィ』、習得しました!

 うふふ。

 次はどんな技を教えてもらえるのかしら。

 楽しみですわ。

 それはともかく――


「次は、こちらの番ですわね」


 と言っても、今日は武器を持ってませんからね。眷属の召喚もできませんし、爪で引っかくくらいでしょうか。


「えい」

「あん?」


 一撃目を反らしたことでトカゲ娘の警戒度が上がっていたらしく、防御に徹してくれたみたいですが。

 わたしの自慢の爪の一撃は軽く槍の柄で受け止められてしまいました。


「ふざけてんのか、てめぇ」

「大真面目ですわ」

「だったら腑抜けた攻撃してんじゃねぇ!」


 ぎゅるり、と空気を巻き込む音がして、トカゲ娘は槍を円を描くように回転させた。弾かれるようにわたしは一歩引くが、そのまま槍を持つトカゲ娘の手を狙う。

 どんなに槍が速く回転してても、中心にある手は動いてません。


「そこっ」

「おせぇ!」


 回転させる槍で叩きあげられたわたしの腕。

 穂先ではなく、槍のお尻のほう……確か石突というのでしたっけ。そのあたりで、腕を下から弾かれ、わたしはバンザイをするように腕をあげた。

 しびれるような一撃だったのでしょう。残念ながら人間種のような痛みを感じませんでしたが、それでも強烈な攻撃だったのは分かります。

 なにせ、衝撃で身体が浮きそうですので。


「うるぁ!」


 そのまま隙だらけになったわたしの頭を狙って、トカゲ娘は槍を棒のように振り下ろした。刃ではなく鈍器のように使った一撃。


「ふん」


 さすがに不安定になった体勢でしたので攻撃を弾くことは無理。

 ですので弾かれた腕をそのまま頭上にかまえるように防御しましたが――力が足りませんでした。


「あいたぁ!?」


 腕で槍を止めることができず、ゴン、と思い切り頭を叩かれました。

 さすがにマトモに当たりましたら、痛いです。

 強いですわねぇ、このトカゲ娘。


「ちょ、ちょっと待て」

「なんですの?」


 あいたたた、と頭をおさえているとトカゲ娘が声をかけてきた。


「痛いで済むってどういうことだ? 魔法か? それとも不可視の防具でも付けてんのか? こっちは割と意識を狩るつもりだったんだが」

「いえ? 単純にあなたの攻撃が痛かっただけなのですが?」


 槍の穂先にある刃は当たっていませんので、頭は斬られてません。むしろ棒で頭を叩かれたようなものです。

 誰が攻撃されても『痛い』のでは?


「……試させてもらうぞ」

「え? はい、どうぞ」


 良い実戦練習とわたしは思ってましたので、攻撃をしてもらえるのはむしろ嬉しいです。それも本気であればあるほど、練習の練度が上がるというものです。

 師匠さんもパルも毎日本気で練習されてますので。

 わたしも見習わないと、と思っていたところ。

 師匠さんはなんだかんだ言って攻撃が優しいですからね。本気の殺気混じりの攻撃は、正直言ってありがたいです。


「いくぜ」


 フ、と短く呼気を吐き。

 トカゲ娘が槍を突き出してきた。


「ふん、あ、あら、あ? あら、あら、あ、あら? あらら?」


 刺突。

 槍特有の点での攻撃。

 さっきまでのトカゲ娘はまったく本気ではなかったようで。今度の連続した攻撃は一撃目は反らせたものの、その次からは手が追いつかなくなって、ドスドスと身体を刺されました。

 なんということでしょう。

 新しく買った服に穴が開いてしまいました。

 人間だったらホントに死んでいたかもしれません。


「……バケモノめ」


 わたしが自分の身体よりも服の心配をしていたので、トカゲ娘は悪態をついた。


「えぇ、そうですわ。あなたもそうでなくって? ハーフ・ドラゴンさん」

「フン」


 明確に挑発してみたのですが、逆に冷静になられてしまったようですね。

 仕方がありません。

 今度はこちらも攻めましょう!


「いきますわ」

「させるか!」


 一撃目はパリィできる。

 それ以上は無理と分かった今、わたしにできることは一撃目の後に踏み込むこと。

 槍は、突いた後に必ず引く動作がある。

 距離の優位性は他の武器よりも遥かに高いが、その分、間合いの内側に入られると、攻撃ができないはず。

 ですので、勇気の一歩!


「えい」


 初撃を弾きつつ、わたしは大きく前へと進んだ。

 ですが、驚くことにトカゲ娘もこちらへ踏み込んできた。


「えっ!?」


 自分で間合いを詰めるってどういうこと!?


「見え見えなんだよ!」


 トカゲ娘は槍を引くのではなく、『返した』!

 つまり、穂先を後ろへ、柄を前へ、ぐるりと下方向から回転させた。そこにあるのは、わたしのスカートと――お股です。


「ふぎゅ!」


 と、情けない悲鳴をあげてしまったのは、そんなところ強く叩かれたことのない未知の感覚でしたので。思わず。はい。我慢できませんでした。


「おるぁ!」

「へ?」


 股間を強打すると男女問わず痛い、とは聞いていましたが……股間を強打された上に上空に跳ね上げられるように持ち上げられるっていうのは、なんといいますか、ステキな体験だったと思います。

 トカゲ娘の狙いはお股を槍で叩きつつ、身体を上空に跳ね飛ばすことでした。


「あ~れ~?」


 自分でジャンプしたわけでもないので姿勢制御もできず、ばたばたと手足を動かしたまま、最高到達点に到着。

 もう後は落ちるしかないのですが――


「セイッ!」


 という声と共にトカゲ娘の振り下ろした槍が落下中のわたしの背中を強打。そのまま地面と槍にサンドイッチにされてしまい、わたしはびたーんと地面に叩き落されました。


「取った!」


 トドメとばかりに頭を踏みつけられ、終わりました。


「……」


 これが『技』というものですか。

 槍術、というものでしょう。

 なるほど、魔物にはまったく無い技術です。力こそ全て、という魔物に対して、力で劣るものが勝つ術を見い出したのが技、なのでしょう!

 素晴らしい!

 初見では、まったくもって対応できません!


「……!」


 わたしは足をバタバタさせて、頭の上にある足をポカポカと叩きました。

 降参、という意味ですが……

 このトカゲ娘、まったく足をどける気がありませんわね!

 しかも、ちょっと力を強めていません!?

 まったく。

 完全敗北です。

 あ~ぁ~、死にました死にました。

 でも。

 楽しかったです!

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