~可憐! ヴァーサス・ニンジャ~

「よし。パル、死ぬな。ルビー、死んでこい」

「はい!」

「了解ですわ」


 師匠の命令であたしとルビーはいっしょに走り出した。

 そんなあたし達の間を師匠の投げナイフが追い越していく。

 師匠ってば予備動作が無いっていうか、気配が無いっていうか、そんな連携とかしたことなかったので!

 投擲されたナイフの速度とか、めちゃくちゃ速いし!

 正直、マジでビビった!

 でも顔には出さない。

 出しちゃいけない。

 ポーカーフェイス!

 頑張って、ポーカーフェイス!

 そんな師匠の投げナイフをシュユちゃんが叩き落した。持ってるのはクナイっていうニンジャが良く使う武器だ。

 短刀でもあるし、投擲武器でもある。

 あたし達が使っている投げナイフと違うところは、柄のところに穴とか輪っかが無いところ。ニンジャは魔力糸を使わないから必要ないのかもしれない。


「うりゃぁ!」


 とりあえずあたしは一番前に出てきたシュユちゃんを狙ってシャイン・ダガーを引き抜き、振り下ろした。

 ルビーはそのままナユタさんに突撃していく。なんか無防備に両足でジャンプキックしてるんだけど、バカじゃないの!?

 とりあえず後先考えないで突っ込んでいった吸血鬼は無視するとして。

 えっと、つまり、この状況だと――

 あたしがシュユちゃんと戦って、ルビーはナユタさんと戦って、師匠はセツナさんと戦う。

 なるほど!

 師匠が、死ぬな、って言った意味が分かった。

 だってあたし、ぜったいにシュユちゃんに勝てないもん。

 あたしと同じくらいの年齢だと思うし、身長も同じくらいだし、おっぱいも同じくらいぺったんこだから、きっと生きてきた時間にそんな差は無い。

 でも――強さはぜんぜん違う。

 たぶんだけど、あたしが路地裏で死にそうになっている頃、シュユちゃんはもう戦う訓練をしていたんだと思う。

 あたしが死に物狂いで生きてた頃から、シュユちゃんは死に物狂いで修行してた。

 しかもニンジャとしての修行。

 盗賊系の訓練に加えて忍術の訓練もあっただろうから、あたしより遥かにレベルが上に決まっている。

 なにより、師匠の投擲した投げナイフを普通に撃墜したし!

 しかもあたしの攻撃も、普通にクナイで受け止めてるし!


「ぐっ」


 視線が合う。

 しびれるような、背中が震えてしまうような怖い視線。いくつもの攻撃パターンが、あたしに突き刺さるように見えた。

 そのどれもが、的確にあたしの身体を狙ってる。

 首、胸、背中。

 まるで雷が枝分かれするみたいに、シュユちゃんの狙いが見えた。

 でも、どうしてだろう?

 怖くは――無い。


「む」


 大きな瞳のシュユちゃんが、あたしを見上げてくる。

 上目遣いで、こういのを三白眼って言うんだっけ?

 あれ?

 見上げて――!?


「うわっ」


 低い位置からの攻撃に、あたしはなんとか身体をのけぞらせて避けることができた。おっぱいがぺったんおじゃなかったら、もしもあたしが巨乳だったら、胸を下から殴り上げられたかもしれない。

 貧乳バンザイ!

 師匠の大好きな貧乳で良かった!


「ふぇ!?」


 そんな大振りアッパーカットをいきなり繰り出してきたものだから、シュユちゃんは隙だらけのはず!

 なんて思ったら、もう次の攻撃――後ろ回し蹴りが迫っていた。

 なんで!?

 さっきまで腕を振り上げてのに!

 めちゃくちゃ速い!?


「ぐっぅッ!」


 なんとか両腕で防御するけど、アッパーを避けるのにのけぞったままなので、あたしは後ろへと吹っ飛ばされた。

 半分は自分で後ろに退くために飛んだせいもある。

 威力が高い!

 速いし強い!

 でもでも、吸血鬼のルビーほど怖くもないし、師匠よりも遅い。なにより、殺気みたいなのを一切感じないので、ちゃんと向き合うことができる。

 なんとなくだけど――

 シュユちゃんって、もしかして人を傷つけることができないんじゃないかな。

 攻撃の意思は凄く感じるんだけど、そこに害意は無いような気がする。敵意みたいなのはあるし、視線はビシビシと感じて痛いんだけど、それだけだ。

 どこか師匠と似てる。

 訓練の時、師匠が相手してくれる時の視線と、似てる気がした。

 でも。

 だからといって、勝てるわけじゃない。

 今のあたしじゃぁ、正々堂々真正面から勝てない。

 だったら――!


「ほ、っと」


 勢い良く飛ばされたまま、あたしは地面を後転。衝撃を殺しつつ、地面を両手で押して、跳ねるように立ち上がる。

 もちろんシュユちゃんはあたしを追撃しようと追いかけてきている。

 だから、あたしはワザと視線をセツナさんに向けた。

 戦闘中によそ見をするなんて有り得ない。

 周囲の状況確認は、始まる前にやっておけ。

 と、師匠は言っていた。


「ただし、あえて視線を外すこともある」

「あえて? えっと、それは盗賊スキル?」

「あぁ。スキル『隠者の指先』の応用版と言ったところか。視線による意識誘導。対象が何かを守っている時のみに使える方法だ。対象の保護物を視ろ。人か物か、それとも場所か。状況によって変わるだろう。その対象物に視線を送れ。ただ見るだけじゃなく、視ろ。狙え。意思を込めろ。相手はフェイクと分かっていても、行動が鈍る」


 迫ってくるシュユちゃんじゃなくてセツナさんを、視る!


「ッ!?」


 同時にくるりと背中を向けてあたしは逃げた。

 あははは!

 ホントに引っかかった! できたできたー!

 あたしを狙ってたシュユちゃんだけど、あたしの視線がセツナさんに向いたのを感じ取って、攻撃をやめた。

 師匠、やりました!

 あたし、盗賊スキル『隠者の指先』応用版を使えましたよ!


「とう!」


 今のうちに倉庫跡の骨組みに登って、シュユちゃんから少し距離を取ろう。

 師匠の命令。

 死ぬな。

 つまり、あたしに与えられた命令は時間稼ぎだ。どうして師匠がセツナさんにケンカを売ったのか分かんないけど、そこにはぜったい意味があるはず。

 だって師匠は優しいもん。

 師匠が、なんかムカつくから、みたいな感じでケンカするわけがない。

 師匠の行動には、いつだって意味があるんだから。

 だからしっかりシュユちゃんを引きつけて、師匠とセツナさんの戦いを邪魔しないようにしないといけない。


「ぐぬ、ん! ふぅ」


 鉄骨の一番上までよじ登って、一息ついた。

 師匠が誰からかメッセージの巻物を受け取った時はもっと上手く登れたんだけどなぁ。あの時はまぐれだったみたい。

 もっともっと修行しないと――


「遅かったでござるな」

「あ、あれぇ……」


 なぜかシュユちゃんのほうが先に登ってた。

 しかも余裕そうにあたしを見てる。

 ニンジャすごい。

 ニンジャ速い。

 ニンジャ強い……


「ご主人様に敵意を向けたこと、後悔してもらうでござる」


 あ、ヤバい。

 シュユちゃん、ちょっと怒ってる。


「だだ、だってだって、師匠に教えてもらったスキルだもん」

「言い訳無用!」


 なんで!?

 シュユちゃんは、なんかこう、手で複雑な形をしてみせた。

 忍術だ!

 ど、どどど、どうしよう!? どうしたらいいの!? 忍術ってキャンセルさせられるの!? え、え、え、魔法使いじゃないから、普通に攻撃しても避けられるし、なんかできる方法ある!? ない!? 分かんない!


「――以縄為分身 変(なわをもってぶんしんとなす かわれ)」


 なんか手の形が完成して、シュユちゃんがそう言った瞬間――シュユちゃんがふたりになった。

 なにを言ってるんだおまえは、と師匠に笑われそうだけど、いや、ホントの話でシュユちゃんがそっくりそのままふたりになったんですけど!?

 魔法的な幻かと思ったんだけど、違う。

 風で揺れる髪とか、ぴらぴらの服の揺れ方がふたりで違う。


「ま、マジで!?」


 どっちもホンモノだー!


「マジでござる!」

「マジでござる!」


 ふたりのシュユちゃんが鉄骨の上を走りながら迫ってくる。

 ただでさえ勝てないって言うのに、ふたりになったらもっと勝てるわけないよぅ!


「わー、来るなくるな!」


 こうなっちゃったらあたしに出来ることは、もうほとんど無い。

 前後左右に無理やり攻撃できる方法――投げナイフに魔力糸を結んで、ぐるぐる振り回すしかない。

 シュユAちゃんはそのままあたしを追い越すようにジャンプしてあたしの後ろにまわった。

 で、シュユBちゃんが滑り込むようにして、あたしの足を狙う。

 足払い!

 あたしはそれをジャンプして避けたけど――


「終わりでござる」


 後ろにまわったシュユAちゃんが振り回している投げナイフをキャッチした。そりゃそうだよね、師匠も余裕で掴んでたし、ニンジャだったらそれくらい出来るよね!

 そんな後ろのシュユちゃんに気を取られている間に、シュユBちゃんがあたしの足をガッチリと掴んだ。


「捕まえたでござるよ」


 そういうとシュユBちゃんはあたしに足に抱き着いた。


「あっ」


 という間に、シュユBちゃんの姿はロープに変わっちゃう。どうやらBちゃんのほうがニセモノだったらしい。あたしの両足はぐるぐる巻きにされてしまう。

 ズルい!

 こんなの分かるわけないじゃん!

 っていうか、捕まるだけで捕縛されるなんて、忍術ずーるーいー! 捕縛術なんて難して、あたしぜんぜんまだまだ使えないっていうのにぃ!

 でもでも――!


「あたし、まだ負けてないもん!」


 というわけで、あたしは鉄骨からジャンプした。

 まだだ、まだ逃げられる!

 時間はまだもうちょっと稼げるはず!

 と、思ったけど、ガクンと身体が停止した。


「ふにゃぁ!?」


 足に巻きついているロープをシュユちゃんが引っ張ったみたい。

 空中でピーンとなったロープ。あたしはそのまま鉄骨でブランコみたいになった。


「あ~う~」


 こうなっちゃったらもう逃げられない。


「シュユの勝ちでござる」


 シュユちゃんは、あんまり痛くないようにゆっくり地面に降ろしてくれた。

 ありがとうシュユちゃん。

 優しい。


「うぅ……、負けました」


 転がるあたしを見下ろして、シュユちゃんが満足そうにうなづく。

 あたしはくちびるを尖らせながらシュユちゃんを見上げた。

 むぅ。

 ぱんつ履いてないくせにぃ、なんか辺な紙っぽいのであそこだけを隠してるくせにぃ。セツナさんにぱんつも買ってもらえないくせにぃ!

 って言おうと思ったら、腕をロープで縛られて、背中をのけぞらされて、足と繋げられた。


「え、え、え、ちょ、シュユちゃん!? ま、まま、待って! あたし負けたから、負けでいいからぁ!」

「うるさいでござる。敗者は黙っているものでござるよ」


 口の中にちっちゃな布を入れられて、口を縛られるように布を巻かれた。


「ん、んぐ、んぐー!?」

「これで完全勝利でござる」


 シュユちゃんは満足そうにうなづくのだった。

 ここまですることないじゃん!

 ぱんつ履いてないくせにぃ!

 しかも、これ!

 かなり苦しいんですけど!?

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