~卑劣! ヴァーサス・サムライ~
サムライ。
それは義の倭の国における剣士を意味する職業の名だ。
ただし、同じ剣士として扱うには異質過ぎるのが、サムライという存在である。
大きな違いとしては、防具が限りなく薄いこと。身につけているのは普段着であるキモノ程度で、せいぜい手甲やキャハン程度。ブーツすらも装備せず、草を編んだようなゾウリの者もいるぐらいだ。
そしてなにより。
扱う武器が唯一無二である。
この世で斬撃武器と言えば、これしかない。
カタナ――!
「くっ!」
樹枝の如く伸びる雷のような気配を放つニンジャ娘に対して。
セツナのそれは、閃光のような一条の殺気。
だからこそ防げた。
一動作のひとつひとつが、まるでノーモーション。
腰を落とす、足を引く、杖に手をかける、抜刀、斬撃――!
それらが全て、まるでひとつひとつを切り取った絵画のような連携。一呼吸でもなく、まばたきひとつでもない。
意識ひとつ。
いや、『意』よりも速い一撃!
それが俺の首に向けて放たれた。
刃。
磨き上げられた鏡面のような刃が、俺の首を跳ねとばさんと迫った。
俺は――なかば、勘を頼りに。
左手で投げナイフの腹を向け、その後ろに右腕を当てる。投げナイフと腕で十字を作るようにして防御体勢を取り、その一撃を防いだ。
金属のぶつかり合う甲高い音。
遅れるように、突風の吹き戻しが音を連れてきた。
セツナの持っていた杖は、いわゆる『仕込み刀』というやつだ。杖に擬態させていた反りの無い真っ直ぐで細いカタナがオーガを――
鬼を象徴する角を映した。
「どうして分かった、盗賊」
「あれで隠していたつもりかよ、サムライ」
仮面の下で、それこそオーガのごとき形相でセツナがにらみつけてきた。
なにを言わんや、だ。
そっちこそ、俺が旅人じゃなくて盗賊だと看破してるじゃねぇか。
もっとも――
俺がセツナをサムライと看破できたのも。
セツナが俺を盗賊と看破できたのも、簡単な話だ。
握手。
お互いの性癖を認め合ったあの時。
俺とセツナは固い握手をした。
あれが決め手だ。
どこの世界に、勇者と同じような手の皮をしている奴がいるっていうんだ。毎日々々、それこそ年がら年中休みなく、妥協もなく、ましてや命がけで剣を振るってきた勇者の手。
それと全く同じだった。
ボロボロになり、回復したら、またズタボロになるまで消費される手の皮と爪。
「いつつつ……へへ、ほら見てみろ。立派な剣士の手になったぜ」
と、あいつが喜んで手を見せてきたのを覚えている。
ようやく一人前だ、と嬉しそうに語っていたのを覚えている。
そんな勇者の手とそっくりな商人が。
いったいどこにいるって言うんだ。
加えて足運び。
頭の位置が上下しない歩き方など、武人のそれ。ともすれば盗賊でさえ通用する足さばきは、ハカマと相まって正体を明かさない。
アホみたいに厄介な装備だからこそ、サムライは普段着こそ最強装備と言えるのかもしれない。
残念ながら白杖が仕込み刀と見破れたのは消去法でしか無い、少しばかり自分の経験不足を痛感するところだ。
シュユと同じ忍術でカタナを隠しているのかと思ったが、常に手に持っている白杖が無意味になってしまう。そう考えると、白杖そのものが武器と考えるのが普通だ。
もっとも――
「あんなクソ重い木剣を片手で持つバカが何を隠すっていうんだ」
へへ、と笑いたかったが……俺の首へと迫る刃の重みが増した。
と、同時に俺に向かって槍が振り下ろされる。
ナユタの槍。
まるで剣を叩きつけるように、しなる穂先が俺へと迫った。
「動くな」
だがそれはルビーの言葉でビタリと止まる。
ルビーの爪先がセツナの首に添えられた。魔物らしい判断だ。ただし、今のルビーにセツナを殺せる能力は無い。
ただのブラフだ。
それがバレているのだろう。
シュユが動く。
俺ではなくルビーを狙った一撃。クナイと呼ばれる倭国の投げナイフで斬りかかる。
その攻撃を防御したのはパルだった。
俺と同じく、投げナイフに腕を沿えてクロスする形でシュユの一撃を防いだ。
「ぐぇ!?」
だがシュユのほうが一枚上手。
そのままパルを蹴り飛ばす。その一撃でシュユの実力を『みやぶる』。忍術を除けば、彼女の実力は俺以下。
しかし、パルよりも遥かに強い!
もっとも――
弱点は露見したようだが。
吹っ飛ばされたパルによってその場に一瞬の意識空白が生まれる。それは呼吸する間も、ましてやまばたきする時間もない一瞬だ。
それでも、緩みはある。
加速する知覚時間の中でコツンとカタナ下から叩き、ズレた瞬間を狙って屈んだ。頭の上を一撃死の暴力が通過していき、後方へと抜ける。
俺はそのまま後方へ――パルが吹っ飛ばされたところまで下がった。
ついでにルビーに魔力糸を巻きつけ、強引に引っ張って回収する。
「あら? せっかく首を押さえましたのに」
「仕切り直す。パル、大丈夫か?」
「けほっ。ぜんぜんオッケーです!」
「よし。パル、死ぬな。ルビー、死んでこい」
「はい!」
「了解ですわ」
パルとルビーがセツナに向かって走りだしたのに合わせて、俺は後方から投げナイフを投擲する。
ふたりを追い越してナイフが迫るのをシュユが叩き落した。
そこへパルがシャイン・ダガーで斬りかかり、そこを狙ったナユタが槍を振り下ろそうとするが、ルビーが走り込んだ勢いのまま無防備な跳び蹴りを繰り出す。
そしてセツナに向かう直線の空白ができた。
「すぅ」
たっぷりの息を吸って――突撃する!
対してセツナはカタナを真横にかまえる。両肘を少し曲げた遊びをもたせたまま、胸の高さにカタナを持ち上げた。
切っ先をこちらに向けるのではなく、真横へ向けて。
ただし、刃と殺意は閃光のように俺の顔を貫く!
「!」
その独特な剣の構えから、高速……いや、神速を超えた魔的な一撃。先ほどの俺の首を狙った一撃が手加減していたと分かるくらいに速い斬撃が、俺の目の前を通り過ぎた。
あと一歩進んでいたら死んでいた。
あと数ミリ、顔が前なら失明していた。
紙一重で見たのは、独特なカタナの持ち方から繰り出される一撃。
腕を振るのではなく、柄を持つ手の動きだった。右手を押し出すのと同時に左手を引く。腕を振るよりも圧倒的に無駄を省いた、最小限の斬撃。
手の力だけでなく握力も人間離れしているからこそ出来る技。
風すらも斬ったのか、風圧が来ない。
「フっ!」
俺はそのままセツナの間合いに入り込む。
血が凍るとはこのことか。
今までも、一撃で殺されてしまうような魔物との戦いに身を投じてきたが……これはその中でも一級品だ。それこそルビーと戦闘訓練をしていなかったら、魔王を見ていなかったら、身体が若返っていなかったら、無理な領域だった。
だが。
今ならいける。
踏み出せなかった一歩を、踏み出せる!
セツナがカタナを戻すのに合わせて、指を狙って攻撃した。殺すつもりも無く、ましてや戦闘不能にするつもりもない。
だから、ナイフは無しだ。
その攻撃意思に気付いたセツナは腕を下げて俺の拳を躱す。
空振りすると同時に視線が合った。
気付かれたか?
まぁいい。
どちらにしろ、この間合いでは俺が有利。どんなに優れたカタナであろうとも、刃が当たらない限り斬れないのは当たり前の話だ。
それこそ巨大木剣の、鉄の塊みたいな鍔で殴られたら死ぬかもしれないが、仕込み刀の鍔の無い柄の部分で殴られても痛い程度で済む。
「ハっ!」
セツナの短い呼気。
次に彼が取った行動は、斬撃ではなく殴打の類だった。
柄の底部分を振り下ろしてくる。後ろへ下がれば軽く避けられる攻撃だが、それが狙いのは一目瞭然。
だからといって軽く避けられる速さでもないので、防御しつつ――
「!?」
違った!
騙された!
仕込み刀で殴り掛かってきたのではなく、セツナの装備している仮面の角まで振り下ろしてきた。頭突きのように頭を下げ、尖った角で斬撃を迫る。
奇抜な仮面!
そのための角だったのか!
鋭利な角を防御するには生身の腕では無理だ。防御を諦め、角を避けるためにバックステップ――の途中。空中で速くもセツナの刃が迫る。
まったくもって閃光のような殺気だ。
だが、分かりやすい。
狙いは俺の首。
投げナイフを使ってクロスガードで斬撃は防御できたが、バックステップの途中で足は踏ん張れない。
吹っ飛ぶ身体を空中でバランスを取り、なんとか着地した。
強い!
ともすれば、勇者に匹敵する。
こいつは、ますます――
「ふへへ」
欲しい!
俺は笑い、右手を握りしめた。
集中。
ふぅ、と息を吐き、再び切っ先を横にして構えるセツナを見た。
向こうからは動かない。
あくまで防御の型というわけか。
後の先、というやつなんだろうな。
だが、好都合。
「俺の右手の中には、なにがある?」
右手を握りしめ、だらりと力を抜く。
「命乞いか?」
いいや、と俺は首を横に振った。
「あと、一手。お願い申す、セツナ・ゴウガシャ」
ニヤリ。
と。
鬼のような仮面を付けたサムライが笑った。
「――心得た!」
まぁ、俺の攻撃に殺意が含まれていないことなんてバレバレだし、ナイフを使わなかった時点で殺す気は無い。ましてや本気でもない。
こちらに敵意も害意も無いとなれば、ただの手合わせだと思ってもらっても仕方がない。
嘘にはほんの少しの真実を混ぜるといい。
多少強引だったが、本当の目的は縁結び。
だが、それを正直に話すわけにもいかないので、これで手打ちにして頂きたい。
俺の奥の手。
切り札をお見せしよう。
というわけで――
「完璧(ペルフェクトス)――」
握りしめた右手の中に亜空間を顕現させる。もちろん、俺には確認できない。ホントに右手の中に亜空間が顕現できているのかいないのか、それは神のみぞ知る。
セツナは同じように真横にカタナをかまえた。
だが、手の向きを入れ替えた。
まるで逆手で剣を握るように、切っ先を横にして構えた。
予想されるのは、神速を超えた魔速の一撃。
ただし、峰は返してある。
斬撃ではなく、殴撃なのだが……当たるとヤバイのは変わりない。
身を低く、突撃する。
一歩、一歩が、まるで引き延ばされた時間の間を動くような感覚になった。世界から音が消え、色が消える。
盗賊スキル『無音』。
更に無音スキルの上位スキル『無色』。
極限まで集中力を高めた世界で、音も色も消え去った世界で、俺はセツナのカタナの切っ先が動くのを見た。
それこそ闘志が拳を打ち込んでくるが如く――刃が時を斬る。
見える!
ギリギリ知覚できる!
あとは今まで培ってきた経験に、勇者パーティとして全力全開、全身全霊、文字通り死に物狂いで戦ってきた経験に頼しかない!
「――強奪(ラピーナム)」
完璧強奪。
ペルフェクトス・ラピーナム。
勇者命名の、盗賊らしい卑怯な技。
ぬすむ。
対象から物を盗むだけ。
ただし、どんな物をどんなに大事にしまい込んだって、盗んでみせよう。
そう。
目の前にいるのなら――
たとえ神さまのぱんつだって盗んでみせる!
一際沈み込み、地面に鼻をこするんじゃないかってくらいにスレスレを這うように、滑るようにしてカタナの一撃を避けて。
俺は転がるようにセツナの横を通り抜けた。
「――っ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ!」
大量の汗が流れ落ちる。
体力の消費ではなく、スキルによる消費と恐怖に打ち勝つ精神面での消費が激しく、息切れを起こしてしまった。
ポタポタと汗が流れ落ちる。
ちくしょう。
まだまだ――だな。
「見事」
チャキ、と音がして。
振り返ればセツナが苦笑していた。
「俺の右手には、なにがある?」
「拙者のふんどし、であろう?」
やっぱり、こいつは凄ぇヤツだな……普通は戦闘中に盗まれた物など気付かないはずなのだが、しっかりと把握している。
そう。
神さまのぱんつだって盗める俺の技だ。
サムライの下着を盗むなど、朝飯前……と、言ってやりたいところだが、もしかしたら神さまより難しかったかもしれません。
「義の倭の国では、下着のことをふんどしって言うのか。というか、変わった形をした下着だな」
まぁ、男のぱんつなどをマジマジと観察するわけにもいかないのでポイっと投げ渡した。
「うむ。拙者の国では男はふんどし、女子は下着の類を身につけないのでな。外国人が面食らうのも仕方なかろう」
「なにそれうらやましい」
「はっはっは。だが、こちらの国のぱんつというのも魅惑があるではないか。白くて、なにやら柔らかそうな布だ。イイ。見えぬからこそ、惹かれるものがある」
「分かる」
俺は立ち上がりセツナと再び硬い握手をした。
おっさんの下着を掴んだ手で、おっさん同志が硬く握手しているっていう最悪な光景だけど。
まぁ、いいか。
これで縁は結ばれた。
しかし。
負けることはなかったが、勝ててもいない。
もっとも――陣営で言うと、こちらが完全敗北だが。
「んぐー!? んぐ、もが、うぎぃ!」
パルはシュユに縛られていた。
後ろ手に回された手にエビぞりにさせられた足が縛られている。で、口には布を巻きつけられており、さるぐつわ状態で転ばされていた。
「……」
ルビーは、地面にうつ伏せに倒れていてその頭をナユタに踏みつけられている。
完全に制圧されているみたいで、足をバタバタさせながら頭の上のナユタの足をポカポカと叩いていた。
「ふむ」
降参だ、と俺は両手をあげるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます