~卑劣! 七振りでひとつの剣、その名を――~

「ひとつ聞きたいことがある」


 セツナ殿の言葉。

 それに合わせて、ピリ、と空気が雷を帯びたような気がした。

 ひとつ間違えれば殺気のようにも感じられるが、首元にナイフを突き付けられるような感覚ではなく、背中に迫る得体の知れない恐怖感。

 ビリビリと小さな雷が首筋から背中へと突き刺さってくる。

 殺意ではない。

 だが、敵意ではある。

 果たして、それは仮面商人のセツナ殿からではなく――


「須臾、やめなさい」

「は、はい」


 ニンジャであるシュユからだった。

 セツナによって咎められ、ピリピリとした空気が霧消する。息苦しいとまではいかないが、どこか落ち着かなかった空気が、穏やかな平常のものへ戻った。


「……」


 だが、その空気を感じていたのは俺だけだったらしい。

 パルやルビーに気付いたような素振りは無い。

 路地裏で生きていたパルが、いくら安全を手に入れてヌルくなったからといって、この殺気のような空気に気付かないわけがない。

 ルビーにもそれは言える。能力が限りなく減衰している状態だが、あれほどの殺気に似た空気を感じ取れないはずがない。

 ニンジャ娘が俺だけに送った雷の気配。


「――」


 ジッとこちらを見てくる三白眼の黒い瞳。

 可愛い顔とは裏腹に、さすがはニンジャというべきか。その能力は忍術だけでなく身体能力も一流のようだ。

 はてさて。

 セツナ殿の聞きたい事が、なにやらとんでもなく厄介な気がしてきたぞ。

 エルフの深淵魔法や時間遡行薬と同じタイプの知識にならないことを祈るばかりだが……

 この倉庫跡には、ちょうど大神ナーのエンブレムがある。盗賊ギルド・ディスペクトゥスが長、エラント・ディスペクトゥスが幹部たる大神ナーに告げる。

 運を上げてください。

 おねがいしますぅ。

 今すぐ平伏して、お供え物のお菓子を捧げつつ、盛大に祈りたいところだが。そういうわけにもいかないので心の中で祈っておく。

 俺は盗賊らしいポーカーフェイスで何事も無いようにセツナ殿の言葉を待った。


「須臾、お願いします」

「いいんですか? ……そ、その――」


 チラチラとシュユが俺の顔を見てくる。

 かわいい。

 やはり、かわいい。

 困っている眉の形がかわいい。

 パルも美少女レベルは負けていないが、やはり黒髪の美少女もいい。オリエンタルな魅力、といやつなんだろうか。網目になっているインナーが、こう、なんというかドキドキ感が凄い。その上着脱いだら、アレなんでしょ? 全部見えちゃうんでしょ? 格子状になっている網目の隙間からいろんな所が見えるって凄くない!?

 いや、ルビーも間違いなく美少女なのだが、厳密には美ロリババァなので、ジャンルが違う。

 正真正銘の美少女で、黒髪で、しかもニンジャ。

 最高じゃないか、シュユちゃん。

 こんな美少女ニンジャと共に旅をしているにも関わらず手を出していないとは……

 やはりセツナ殿はホンモノだ。

 信頼できる!


「問題ない。ここは倭国ではなく、別の国。それに――」


 セツナ殿が仮面の下で視線を俺に向けた。


「彼なら大丈夫でしょう」


 なんだか知らんが、どうにも俺に対する信頼を置いてもらっているらしい。チラチラとセツナ殿はパルを見てたし、もしかしたら、俺と同じような意味合いで、信頼を得られたのかもしれない。

 人類皆兄弟!

 同類万歳!

 良かったぁ、パルに手を出してなくて。

 まぁ、そんな勇気はひとつも無いんだけどな。なにせ、俺は『勇敢なる者』勇者のパーティメンバーなだけ。しかも追放された人間だ。

 いやぁ、勇者でなくて良かった良かった。


「分かりました」


 こくん、とシュユはうなづく。

 セツナ殿が相手だと、ござる、って付けないんだな。もしかして、何かしらをカモフラージュしているのかもしれない。

 なんて思って見ていると、シュユが両手で複雑な動きを見せた。

 確か――印を結ぶ、だったか?

 仙術に必要な、儀式のようなものであり、魔法使いにおける呪文のようなものだ。

 手や指にいったいどんな意味があり、どのような作用をもたらして仙術の発動につながるのかは分からない。

 それこそ、センコツという物があれば理解できるのかもしれないな。

 縁が無ければ意味すら理解できない。

 だからこそ、義の倭の国は興味深くもあり、また独自の文化が恐ろしい。


「――解」


 そう短くシュユが唱えた瞬間、彼女の背負う大きな荷物に変化があった。

 一本の剣……のようなものが現れた。

 最初から荷物に括りつけてあったはずだが、どうやら忍術で隠されていたらしい。

 姿と荷物だけを最初に見せたのは、それこそこの一本に剣を最大限に隠すためのブラフのようなものだ。

 つまり、先に隠していた物を見せことによって、それだけで全てを見せたかのように思わせていたわけだ。真に見せたくない物だけを隠したままでそれを見せれば、普通はそれが全てだと思ってしまう。

 遺跡の中に隠されるように保管されていた石櫃。その底が二重底になっていて、更に大事な物を保管しているようなもの。

 仮面商人たるセツナ殿にとって、この一本の剣がよほど大事なのだろう。

 だが――


「木剣? いや、それにしても大きい……」


 いわゆる『だんびら』と呼ばれる刃部分の幅が広い剣の形をしているが、その刃部分がまるで板のような木で出来ていた。

 刃になるような処理もされておらず、厚みが目で確認できるくらいだ。紙すら切れないだろうし、なんなら棍棒と言ったほうが似合っているかもしれない。

 剣というよりも、剣の形をした鈍器と言うほうが合っている。

 そんな奇妙な刃の根本は、異常なほど大きな鍔があった。手首がすっぽりと隠れそうな大きな箱型になった鍔には、鋲打ちそのままの武骨な金属が貼られている。箱状にするデザインの意味も分からないし、重くなるだけの無意味な形に思えた。

 柄はシンプルな丸い形をしており、滑り止めの布が巻かれている。ただし、武器自体が非常に大きいので、柄の部分も通常の剣よりは長くなっていた。

 それは、およそマジメに作られた武器とも言えず、むしろ少し手先が器用な少年が遊びで作った剣にも見えた。

 なんならラークス少年が思い付きで作ったアンブレランスのほうが、よっぽどシッカリした武器とも言える。

 もっとも――冗談半分で作るには、その大きさはデカ過ぎる。パルやシュユの身長よりも大きく、俺やセツナ殿の身長に匹敵しそうなほどだ。

 セツナ殿はシュユの荷物に括りつけられていたその巨大板剣を外し、俺の前に持ってくる。

 片手で持ち、水平に持ったまま差し出してきた。


「エラント殿……持ってみてくれ」

「あ、あぁ」


 手渡された瞬間、ズシリと重さが伝わる。

 残念ながら盗賊たる俺に扱える重量ではなく、片手で振り回せるような代物ではなかった。両手で持つのが精一杯で、柄を持ってかまえるには筋力が全く足りない。

 しかし――


「これは……マジックアイテム、いや、アーティファクトか!」


 冗談のような剣だが、持てば分かった。

 使ってみる必要もなく、ましてや質問するまでもない。

 初めて持ったというのに、異様なほど手に馴染む。その上、魔力の流れが発生し、木剣がほのかに自分の魔力に反応した。

 何も意識せずとも、剣が持つ魔力と自分の魔力が混ざり合って強大な物へと変化していくのが分かった。

 なるほど!

 成長する武器が、その人間しか使えないのに対して、この木剣は誰にでも使える……いや、誰にでも使えてしまう武器だ。

 専用武器ではなく、超汎用武器とも言おうか。

 誰にでも心を開いてくれる優しい皇族のお姫様のような感じか。モテない男だったら、一発でお姫様の笑顔に心酔し、惚れてしまうような武器だ。

 シュユが見せるのをためらったのも理解できる。

 こんな物、売れば物凄い値段が付くに違いない。商人知識の乏しい駆け出し商人でさえ、この価値に気付いてしまうようなもの。

 おいそれと他人に見せたのでは、無駄に情報を他者に与えてしまっては、狙われてしまう可能性が跳ね上がる。

 だが、逆に。

 セツナ殿が俺に見せた理由も分かった。

 魔力の流れは、それこそ伝説級のアーティファクトだが、それを扱えるかどうかは別問題。なにせめちゃくちゃ重いのに変わりはなく、こんな物で戦えるのは、それこそ勇者……

 ……前言撤回。

 セツナ殿の判断は多いに間違っている。

 こと俺に限って。

 よりによって俺に見せてしまった。

 シュユがためらったのが正解だ。こんな物、俺に見せるべきではなかった。

 もしも。

 もしも、だ。

 これを――この剣を勇者に届けることができれば……


「エラント殿」

「はっ、あ、な、なんだ?」


 良からぬ考えに心が染まりそうになったところで、セツナ殿の声が俺を引き戻してくれた。

 危ない。

 俺は、何を考えようとしてたんだ。


「致死征剛剣、という名を聞いたことがあるだろうか?」


 ちしせいごうけん?


「それが、こいつの名前なのか?」


 俺は木剣をセツナ殿に返す。

 余計な考えは消しておいた。

 俺は盗賊だ。

 卑劣な技を使う、卑怯者だ。

 だからこそ、努めてさっきの考えを消した。


「いや、違う」


 セツナ殿は木剣を改めてシュユの荷物にくくり付ける。それを確認したシュユは、複雑な印を結んで忍術を発動させた。


「――隠」


 すぅ、と霧の中に消えていくように剣どころか荷物全てが消えていく。

 これが忍術か。

 やはり魔法とは違うし、盗賊スキルでは到底およばない技術だ。

 しかし、よくよく考えれば。

 大きな荷物を背負い、更に巨大木剣の重さをプラスすると相当な重さのはず。それを物ともせず、しかも荷物の存在を隠蔽して違和感を覚えさせないとは……

 ニンジャ娘、シュユ。

 やはり、その実力は相当な物だろう。


「聞きたいことはここからです、エラント殿」


 無事に木剣が隠蔽されたのを確認して、セツナ殿は質問してきた。


「改めて聞きます。致死征剛剣という名に聞き覚えは無いでしょうか?」

「えぇ、残念ながら」

「では『七星護剣』という名はどうですか?」


 ちしせいごうけん――

 ではなく。

 しちせいごけん――

 まるで言葉遊びのような、言い間違いを指摘するような名前だった。

 恐らく、七星護剣というのが本来の名前なのだろう。それが間違って伝わっていくうちに致死征剛剣となった。


「残念ながら聞いたことがないな。その剣に何か関係があるのか?」

「七星護剣は、七振りでひとつの剣なのです。この剣は、『七星護剣・木行』。陰陽五行説に二つの属性を合わせた『七曜』の剣。強大な属性力を秘めた剣の情報を、なにか知らないでしょうか?」

「……九曜ではなく、七曜か。それには、光の精霊女王ラビアンは含まれているのか?」


 いいえ、とセツナ殿は首を横に振る。


「精霊女王の加護ではなく、純粋なる属性力です。なにか知りませんか?」


 ラビアンさまの加護ならば、とも思ったが……加護ではなく、あくまで純粋な属性のエネルギーを秘めた剣、ということか。

 確かに、さっき剣を持った時に感じたのは加護とかそういうのではなかった。だからこそ、誰にでも扱えるような、そんな剣なのかもしれない。


「すまない。俺は情報を持っていないな。パルはどうだ? なにか聞いたことがあるか?」


 瞬間記憶のギフトを持っているパルならば何か聞き覚えがあるかもしれない。

 そう思って聞いたみたが、パルは首を横に振った。


「ルビーは?」


 人間領ではなく魔王領で生きてきたルビーならば、特別な武器のことを聞き及んでいる可能性がある。

 しかし、ルビーもまた知らないらしく、首を横に振った。


「すまない。その木剣も、その名前も、その情報も初めて聞いた。どうやら役に立てそうにもないな」

「そうですか」


 少し気落ちしたように、セツナ殿は仮面の下で目を伏せた。


「時間を取らせてしまいました。ありがとうございます」


 セツナ殿は慇懃に礼をする。

 それを見て慌ててシュユも頭を下げた。


「いえ――」


 俺は、問題ない、と答えようとした。

 しかし――

 どこかでコツンと小さな音が耳に届いた。

 それはなんてことはない金属に小石か何かが当たった音。朽ちた倉庫跡の骨組みに、風で飛ばされたゴミでも当たったのだろう。

 と、思うのが普通だ。

 だがしかし――

 音は妙に高い位置から聞こえた。

 少し甲高い音だった。

 確かめてはいない。

 でも。

 それはエンブレムから聞こえたのではないか?

 大神ナーの印から音が鳴ったのではなかったか?

 確証は無い。

 それこそ大神ナーからお告げがあるわけがない。

 ましてやナーさまは今、絶賛お仕置き中であると思われ、俺たちを見ている余裕なんて無いはずだ。

 だからこれは、たぶんきっと恐らく。

 俺の勘違いだ。

 それでも、万が一ということがある。

 億が一の可能性でもいい。

 ゼロではないのであれば、それはどこかにつながることを意味する。

 無意味?

 無駄?

 この世にそんなものがあるはずがない。

 俺に関係しないことなど、この世にあるはずがない。

 だからそう――

 偶然にも聞こえたその小さな音を。

 俺は光の精霊女王ラビアンさまからのお告げと判断した。

 故に。

 故に俺は――


「いや、問題ないですよ。また何かあったら遠慮なく言ってくれ――」


 失言する。

 ワザと失言する。


「サムライさん」


 次の瞬間。

 雷よりも恐ろしい殺気が、俺を貫くのだった。

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