~卑劣! その日、運命に出会う~ 2

 観衆をにらみつける黄色の瞳。

 眼光鋭く、視線に射貫かれただけで子どもなら気絶しそうなほどの威力があった。

 殺気。

 その視線には間違いなく殺気が込められており、鱗をまとった女性が本気で怒っているのは確認するまでもない。


「いま、あたいをリザードマンと言ったヤツはどいつだ!?」


 牙を剥き出しにして、鱗を逆立てるように女性は叫ぶ。

 まるで威嚇をするように、太く重そうなしっぽが地面を叩いた。それこそ、まさにリザードマンのようにも見える。

 共通語を話す魔物はいる。

 その事実を知ってしまった今……目の前の彼女が人間なのか、それとも魔物なのか。俺には判断することができなかった。

 だから――彼女が本当にリザードマンであっても不思議ではないと思ってしまう。

 人間種と魔物の違いは、どこにあるのだろうか。

 言葉ではなく、敵対しているかどうかでもなく……

 いや。

 そもそも人間種と魔物種に違いなど無いのかもしれない。

 魔王の呪いで発生してくる『モンスター』を除けば、ただの種族の違いでしかない。

 肌の色が緑だろうが赤だろうが、頭から角が生えていようが、下半身がサソリであろうが、耳が頭の上にあろうが、背中に翼があろうが、耳が長かろうが、低身長だろうが、ヒゲが生えてようが、なんの特徴も無かろうが。

 同じ言語を使う生き物であるのは、間違いない。

 だから。

 鱗で覆われたリザードマンのような彼女が何者でも。

 問題はない……はず。

 だが――


「パル、ルビー、気配を消せ。ケンカを買ってしまうと厄介だ」


 彼女が何者であれ。

 ケンカを売るつもりはないが、買ってしまう可能性もある。因縁を付ける、というやつだ。

 この状況になったしまったら、彼女にとっては目が合った誰でもよくなってしまう。

 激高した気を治めるには、振り上げた拳を――彼女の場合は、振り上げたしっぽのぶつけ先を探している。

 ただのチンピラならば問題はない。それこそ、昨夜の冒険者レベルならケンカを売られようが買おうが、ネコがじゃれついてくるようなものだ。

 しかし彼女は――


「ん? あれ、パルは?」


 俺の後ろにぴったりとくっ付いていたはずの愛すべき我が弟子がいない。


「あそこですわ」


 あちゃー、という表情でルビーは前方を指差す。嫌な予感がしつつも、指先が示す方向を見ると、パルがいた。

 もちろん、鱗女の前。

 恐ろしい眼光を、それこそ殺気をモロに浴びてても臆することなくパルが近づいていた。

 後ろからでも分かる。

 あいつ、絶対キラキラした瞳をしているだろ……


「はいはいはい! お姉さんはリザードマンじゃないんですか?」


 うわぁ。

 あえて空気読んでない……

 あいつ、自分の好奇心を優先しやがった……!

 あぁ――

 そうだよな!

 そうだよね!

 魔王相手に無意識が勝手に仁義を切っちゃうような美少女だもんな!

 というか、魔王に比べたらどうってこと無いせいで、むしろ感覚がバカになっちゃってるんじゃないですか、パルパル!?


「てめぇいい度胸してるじゃねぇか。いいか、あたいはリザードマンじゃねぇ!」

「じゃぁ、人魚?」

「あたいのどこを見たら人魚に見えるんだ? てめぇの目には宝石でも埋まってんのか?」

「絵本にあったよ、魔女の薬で人魚に足が生えて人間になる話。でもその変わり、泳げなくなっちゃって、故郷へ帰れなくなった。違うの?」

「ちーがーう。あたいは人魚じゃねぇよ。人魚なんかよりもっと良いもんだ」

「人魚より!?」

「応よ」


 ハラハラと見守ることしかできなかったが、かろうじて会話になっているらしい。というか鱗女の怒りがいつの間にか納まっているのはパルの手腕なのか、はたまた偶然か。

 なんにしても観衆たちは、これ幸い、とその場から逃げ出していく。

 良い判断だ。

 空気が読めるとはまさにそのこと。

 俺も逃げ出したいところだったが、残念ながらパルを置いて逃げ出すわけにもいかない。ここは観念して、タイミングを見て謝りに入ろう。


「あたいは龍の末裔だ。残念だが、半分だけだがな」

「りゅう……龍って、ドラゴンのこと!?」

「応よ。あたいは半龍人。え~っと、こっちだとハーフ・ドラゴンっていうんだったか」

「おぉ~!」


 パルの瞳がキラキラと輝いているのが後ろでも分かる。

 ついでに、パルの隣に駆けていったルビーの瞳もキラキラと輝いているだろう。

 ちくしょう、いっしょに謝ってもらおうと思ったのに……


「うわぁ、なんだ!? もう一人増えたぞ!?」

「ドラゴンと人の子ですのね! とても興味深いですわ! さ、さささ、触らせてもらっても良いでしょうか。ぜひ、ぜひとも!」

「あ、ずるい! あたしも! あたしも触りたい!」


 いや、しかし――

 ドラゴンの末裔だって!?

 半龍人!?

 ハーフ・ドラゴン!?

 彼女はそう言うが……そもそもドラゴンと人間がどうやって子作りを……?

 それともなにか、義の倭の国には小さいサイズのドラゴンがいて、人間と交配することが可能なのか?

 あ、想像の逆か!

 人間の男がドラゴンのメス相手に、その……やっちゃったのか!?

 いや、もう、どっちにしろ――


「レベルたけぇ……」


 自分の性癖であるロリコンぐらいで恥ずかしがってるのが、むしろ逆に恥ずかしくなってくるほどの高みに登った人間がいるようだ。

 こういうのって確かケモナーって言うんだっけ?

 違う?

 いやまぁなんにしても……

 俺、ロリコン程度の性癖で良かった。


「ちょ、おい! 誰が触っていいと、ちょ、しっぽ、しっぽの付け根はやめ、やめて!」


 あら、かわいい――

 じゃねぇ!


「も、申し訳ないハーフ・ドラゴン殿! ウチの弟子が迷惑をかけた。パル、ルビー、離れろ。おい、離れるんだ」

「はい師匠!」

「え~、もうちょっと触っていたいですわ。ヒヤリと冷たく気持ちいい」


 鱗の身体って冷たいのか。

 いやいや。


「ダメだルビー。他人の身体に無闇に触れるのは推奨できない。それ以上続けるなら、俺はおまえの敵になる」

「むぅ、それでは仕方ありませんわね。申し訳ございませんでした、ハーフ・ドラゴンさん」

「あ、謝ってくれるならそれでいい……で、おまえがこいつらの保護者か」


 ギラリ、と黄色の瞳が俺を射貫く。

 さっきの本気で怒っている時よりはマシだが……恐ろしいものは恐ろしい。ましてやそれがドラゴンの眼光と理解してしまえば尚更だ。

 しかし、パルやルビーに向けるより遥かに威力の高い視線なのは、やめて欲しい。

 もしかして、相当な子ども好きなのだろうか?

 と、とにかく謝らないと。


「あぁ、申し訳なかった。弟子たちが失礼を働いたのは謝る。えっと、義の倭の国では土下座が正式な謝り方だったか」


 俺が膝を付こうとすると、彼女が慌てて俺を止めた。


「待て待て待て。そこまでする必要はねぇよ。頭を下げてくれりゃ、それでいい。土下座までされたら逆に申し訳なくなっちまう」

「そ、そうなのか。すまない。一度はそちらの国に行ったことがあるのだが、そこまで文化に詳しくないので」


 滞在期間も短かったし、倭国の人間と交流するヒマはあんまり無かった。

 向こうの常識みたいなものに馴染むには、やっぱりその土地に住み、交流を深くする必要がある。

 まぁ、なんにしても。

 義の倭の国の――それもハーフ・ドラゴンの女性の恨みを買うことは避けられたようだ。

 そう安堵していると、くすくすと笑う男の声が聞こえた。


「おいおい、笑ってないで助けてくれよ旦那」


 どうやらハーフ・ドラゴンの仲間……もしくは雇い主の男がいたらしい。

 義の倭の国で一般的な衣装である『キモノ』。藍色を基調とした上半身のキモノに対して、下には白い『ハカマ』を装備している。

 手には異様に長い杖を持っており、足に履いているのはブーツ……ではなく、キャハンと呼ばれる足の甲から脛を守る革系の防具とタビだ。

 身長は俺とそう変わらない。

 その姿から商人ではあるようだが……違った。

 黒の髪。

 それを真ん中で分けるようにして、一本の角が生えていた。まるでオーガ種を思わせるような真っ白な角が、額の真ん中から突き出していた。


「――仮面?」


 一角獣のような角が額から生えているのかと思ったが、違った。それは顔の上半分、目元と頬を隠す仮面から生えているものだった。

 仮面の商人。

 柔和そうな雰囲気とは、どこかちぐはぐな仮面をかぶった商人が、ハーフ・ドラゴンの後ろから杖を付きつつ歩いてきた。


「那由多が悪目立ちするのでね。しばらく隠れさせてもらっていたよ」

「あたいをオトリにしたってのか!? まったく、ひでぇ旦那さまだ」


 どうやら、ハーフ・ドラゴンの女性はナユタという名前らしい。そして、この仮面の商人の護衛をしているようだ。


「すまなかったね、旅人さん。ウチの那由多はケンカっぱやくていけない。みなさんに迷惑をかけたようだ」

「いえ、こちらこそ申し訳なかった商人さん。そちらの女性……ナユタさんを好奇な目で見てしまった弟子たちの不躾を許して欲しい」


 俺はもう一度頭を下げる。

 土下座はやり過ぎらしいので、これくらいで許してもらえるはずだ。


「いえ、充分です。那由多が好奇の目で見られるのは予想していました。この子の性格で、怒りをあらわにしては人払いができると思っていましたが……まさか逆に気に入られるとは予想外でしたよ」


 まぁ、普通は怒ってる人に近づかないよなぁ。

 魔王に出会ったせいで、そのあたりの感覚がおかしくなっている可能性もあるので、後でパルには充分に注意しておこう。

 商人の男は仮面の下からちらりとパルとルビーを見ている。

 ……ふむ。

 下に見るわけでもなく、憎しみもこもっていない。普通の視線だ。

 本当に許してくれているのは間違いなさそうだ。


「うん。大丈夫そうだよ、須臾」


 仮面商人は後ろを向いて誰かを呼ぶ。

 ――いや、呼んだのではない。

 普通に話しかけたのだ。

 なぜなら、最初からそこに居たから。

 黒い髪の少女が、大きな荷物を背負って商人のすぐ後ろに立っていた。彼女の身体よりも大きいはずの荷物を平気な顔で背負っている。

 どう考えても気付かないはずがない。

 だって。

 こんなにも大きな荷物を背負っているのだから。

 それにも関わらず――気付けなかった。

 そんなバカな。

 いくらなんでも目の前にいるのに見えていないわけがない。

 しかし、気付けなかったことは事実だ。

 だからそこに、強制的に意識を反らせる何かが、少女にあったに違いない。

 盗賊スキル『気配遮断』どころじゃない。気配がゼロではなく、むしろマイナスだった。

 気配を透過させるのではなく、まるで禁忌を体現したかのように、見てはいけないモノとして無理やり認識させられているようだった。

 シュユ。

 そう呼ばれた少女は、おずおずと頭を下げた。

 少し照れたような表情に、赤く染まったほっぺ。

 年齢も身長も体型もパルと同じくらいだろうか。シュユもまた美少女であり、とてつもなく可愛らしい。

 細い手足に出るところはまったく出ていない胸とおしり。腰回りはそれなりに細いので、寸胴というイメージではなかった。痩せているのではなく、引き締まった身体、というべきだろう。

 だが、なによりその装備品でシュユが何者か分かった。

 同時に、気配遮断どころではなかったスキルの答えが分かる。


「ニ、ニンジャ――!」


 そう!

 シュユの装備している服……というか防具は、いわゆる『ニンジャ装束』というやつだった!

 驚く俺の言葉に、パルとルビーも追随する。


「ニンジャって、あのニンジャ!?」

「ほ、ホンモノですの!?」


 長方形の薄い布を服のように穴を開けて、そこを頭からかぶって腰あたりで縛っただけのような服。

 前だれ、とも言うべきだろうか。ほとんと裸に近いような、ぜんぜん隠せてないし、防御力もゼロなんじゃないのかって思うほど機動力重視のニンジャ装束。

 下着と思われるのは、網目になった『くのいち』特有のインナー装備。

 あとは手甲とキャハンだけの超々軽装備。

 義の倭の国に伝わる盗賊の上位職業――

 その名もニンジャ!


「す、すごい。ニンジャに出会えるなんて――」


 そう俺が身を乗り出した時。

 海風が突風となって、港に吹き込んできた。


「きゃッ」


 と、ルビーのスカートがめくれ上がる。

 同時に、ニンジャ少女――シュユの前かけのような下半身部分もめくれあがった。


「わっ」


 重い荷物を背負っていたせいで少しばかり手で押さえるのが遅れたのだろう。

 見えてしまった。

 見てしまった。

 この子。

 このニンジャの美少女。

 ぱんつはいてない。

 なんかこう、紙? 紙っていうか、おフダていうの? なんかそんなのが貼ってあっただけだった。

 えぇ~……

 凄いの見ちゃった……

 あ、いや、ヤバイ。

 こんなの見てしまって感情が揺れているところを見られると、どんな疑いをかけられるか……


「……」


 仮面の商人が、慌てて俺に視線を合わせるのが分かった。

 ん?

 いま――ルビーを見ていたな。

 それでいて、必死に感情を抑え込もうとしている。

 あぁ。

 うん。

 なるほど。

 一瞬で理解した。

 分かる。

 理解る。

 見識る。

 そう、何故なら――


「うむ」

「うん」


 俺は仮面商人とガッチリ握手した。これほど硬い握手は、あの勇者とだってしたことがないくらいに熱い握手だった。

 そう。

 こいつは疑いようもない。

 仮面の商人は――

 俺の同類(ロリコン)だったのだ!

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