~卑劣! その日、運命に出会う~ 1
義の倭の国。
この大陸の隣に位置する島国ではあるのだが、それなりに大きな国だ。周囲を海で囲われているせいで独特の文化が育ち、今となっては大国とも言えた。
義に厚く、情に深い。
助けを求めれば、手を差し伸べてくれる。
そんな国ではあるのだが……付き合うには、同じような志が必要であり、こちらも義と筋を通さないといけない。
なにせ恐ろしく執念深く、また因縁を深く持つ文化なので。
来る者、拒まず。
だが、黙したまま去ることを許さない。
裏切者には死を持って応えるのみ。
一族郎党、皆殺し。
それが基本的な考えだというのだから、まぁ、ほとんどの国と付き合いが浅くなってしまうのも無理はない。
もっとも。
普通に仲良くするのであれば、なんの問題も無い。
理由さえ正当であれば、恩返しを先送りにすることもできる。
そんな国の商船が学園都市の港にやってきたようだ。
その目的はもちろん、商売のため、だろう。
「おぉ~。師匠、いっぱいお店が出来ていきます」
港に降りた倭国の人たちが思い思いに足元に布のような物を敷いて、商品を並べ出す。簡易的な露店というわけだ。
食べ物を売るのでなければ、地面に布を敷いただけで店の証というわけだ。
「変わった武具がありますわね」
ルビーが指し示したのは、倭国で一般的な全身鎧だった。こちらの全身を覆うフルプレートの鎧とは違って、倭国の物はチェーンメイルの上に武具を装着するタイプ。板を並べたような独特の鎧だった。
特徴的な兜は、二本の角が左右に伸びるようなデザインで、なんというかこう……
うん。
めちゃくちゃカッコいい!
「お、その鎧に目を付けるとは価値の分かる旅人だねぇ。えらいべっぴんさんを連れてるじゃねぇか。ひとつ、カッコつけてみたらどうだい?」
「重そうな兜だな。この頭に付いてるコレはなんの意味があるんだ?」
兜からはみ出すように、まるで昆虫の触覚のような、角のような物が付いている。武器というわけでもなさそうだし、どういう意味合いがあるのだろうか?
「ああん? 分からんのか、旅人さんよぉ」
「その反応から察するにアレか」
「応よ、アレよアレ」
俺と倭国商人に目を合わせて、へへへへへ、と笑った。
「な、なんですか師匠? どういう意味があるんですか?」
「わたし達にも教えてくださいまし。気になりますわ」
俺の両袖をパルとルビーが引っ張る。
仕方がない、教えてやるか。
「なに、単純な話さ」
俺は倭国商人から兜を受け取り、装備した。かなりの重さがあるが、頭をすっぽりと覆い隠す上に首の裏までしっかりと守っている。
防御力はかなり高そうだ。
「頭のコレ。ずばり、カッコいいから付いている!」
高らかに宣言する俺に、おぉ~、とパルとルビーは手を叩いてくれた。
優しい反応。
賢者や神官とは大違いだなぁ、まったくまったく!
うん。
ふたりとも、好き。
「よっ、兄ちゃん! 決まってるねぇ! 男前だぜ、毎度あり!」
「いや、買った覚えはない」
「チッ」
こいつ、客の目の前で舌打ちしやがった……
「はっはっは、冗談さ冗談。こっちの国では冗句、あぁ、ジョークって言うんだっけ? 気が向いたら買ってくれよな!」
「ま、そんときゃ安くしてくれよ」
「勉強させてもらいますぜ、旦那」
旅人さん、兄ちゃんと呼び名が変わって、最後には旦那となった。
それでいて不快感を覚えさせないとは、なかなか商人としてスキルが高い。人心掌握とも言うべきか、素直に商売根性と言うものか。
なんにしても、口の上手い商人だったな。
もしも俺が冒険者だったら、手甲くらいは買っていたかもしれない。
金属の板をいくつも並べたかのような手甲はガントレットとは違って手の自由が効きやすそうだ。防具ではあるが、武器として殴ることできるだろう。
ルビーに買ってやっても良かったかもしれないな。
港では次々に露店が開かれていき、俺たちと同じような見学者が続々と集まってきていた。そのほとんどが学園の生徒だが、住民もそこそこにいる。
ちょっとした娯楽のような扱いなのかもしれないな。
本格的な商人は、どちらかというと船の上で商談をしていた。大量の荷物をわざわざ降ろしてから交渉するのでは効率が悪いのだろう。
賑やかになっていく港を三人で歩いていると、不意にザワッと空気が揺らいだのを感じた。
「?」
なんだ、と思ってそちらを見ると……
次々に人々の集まりが、距離を取るように移動していくのが分かった。
何かを見ているのかとも思ったが、少し異様な空気が伝播していき、マイナスの雰囲気が漂いだす。
「なんでしょうか?」
ルビーが足早に移動していった。
ざわざわと、皆一様に口を隠しながら噂話をするような。
なにか異常を見つめるような、そんな様子。
まるで……
そう、まるで『さらし者』を見るかのような視線を、人々が向けていた。
「なにかいるのかな」
パルといっしょに、ルビーの元まで移動してみる。気が付けば人垣のようになっていて、人々が遠巻きになにかを見ていた。
「失礼」
「うわっぷ」
こういう場合、人々の間をすり抜けるには、それなりのスキルが必要だ。これはこれで良い訓練になる。
前の人の重心が前か後ろか。
また視線への集中具合など、それらを総合して人々の間をすり抜けていく。失敗すれば、にらまれたりケンカになったりしてしまうので、強引に進んではいけない。
「す、すいませ~ん……あうあう……し、師匠~」
「頑張れパル」
「ぐぬぬ。ひっさーつ……!」
なにをするつもりだ、と思ったら俺の後ろにぴったりとくっ付いてきた。
ある意味、大正解。
ただし修行にはならない。
「ズルはダメだぞ、パル」
「ズルは盗賊の専売特許です」
確かに。
他人を利用してスムーズに事を成すのもまた必要だ。
う~ん。
ま、いいか。
「ふむ」
さてさて。
人々がなにを見てここまで騒いでいるのか。なにか、異様な形の武器や大型の武具でも運んできたのだろうか。
それとも義の倭の国にしかいない珍しい動物でも運ばれてきたのかな。
と、思ったが――
違った。
そこにいたのは、人間だった。
いや、人間種の形をしていた、と言うべきなのだろうか。
およそ大陸の全ての国を、勇者と共にまわってきた俺だが……
それは、判断がつかなかった。
人間と呼べるのかどうか。
それを人間と呼んでいいのか。
分からなかった。
現在、人間種とされているのはニンゲン、ドワーフ、エルフ、ハーフリング、獣耳種、有翼種だ。それぞれニンゲンとの交配によるハーフも存在する。
過去――いわゆる神話時代においては獣耳種と有翼種は魔物に数えられており、迫害される対象だったと伝わっている。
どういった経緯で、獣耳種と有翼種が人間種に数えられるようになったのかは知られていない。
だが。
その事実は、現在の魔王領を見れば納得がいった。
なにせ魔物も共通語を話し、人間種と同じように生活をしているのだから。
獣の耳としっぽがあろうとも、背中に獣の翼があろうとも。意思疎通ができるのであれば、それは人間であると言えた。
だが、しかし――
今、目の前を歩いてくる者を……それを果たして人間種と呼んでいいのかどうか……獣耳種と認めていいのかどうか……
それが、分からなかった。
「――」
鱗があった。
赤い鱗が、倭国の軽鎧から覗いていた。女性らしく、ふたつの膨らんだ胸元から首筋にかけて、赤銅色の頑丈そうな鱗が皮膚を覆っていた。
それは彼女の頬まで達し、ざんばらに切られた乳白色の髪で隠されるように鱗があった。
その乳白色の髪は、乱暴にポニーテールのように結われていて、耳が見えていた。鱗が混じるような皮膚だが、それは人間と同じ耳の形をしている。
その背には長い一本の槍が装備されていた。
鱗と同じ赤銅色の槍。
まるでひとつの金属からそのまま削りだしたかのような、継ぎ目の無い槍だった。
武者――という言葉が頭に浮かんだ。
義の倭の国。
彼の国では、いわゆる傭兵のことを『武者』もしくは『武士』と呼んでいる。
天然の鎧を着こんだ彼女は、それこそ冒険者ではなく、武者の雰囲気を感じさせる。
鋭い黄色の瞳は、周囲を威圧するようでもあった。
そう。
それだけなら、何も問題ない。
鱗に見えるアレも、単なる装備品と思えたはずだ。
彼女には、致命的な特徴があった。
致命的。
致命的と言わざるを得ない、そんな物が……彼女には付いていた。
「しっぽが、ある」
思わず口走ってしまうほど、それは衝撃的な存在だった。
彼女の腰あたりから、太く大きな赤い鱗で覆われたしっぽが生えていた。それは装備品なんかではなく、彼女の歩く動きに合わせて左右に揺れている。
獣耳種かとも思った。
人間との間に生まれたハーフ獣耳種とも思った。
だが、違う。
獣耳種たる彼らのしっぽは、基本的には体毛で覆われている。しっぽというより毛がメインである場合も多くあったし、なにより耳とセットになっている。
だが、目の前の女性武者の頭には耳が無かった。
獣耳種たる証、獣の耳が頭の上には見当たらなかった。
だから……
彼女は獣耳種ではない。ハーフ獣耳種でもない。
そう。
何故なら獣の耳ではなく、まるで……まるで『角』のような、武骨な骨のような物が突き出ているからだ。
兜の装飾品かと思ったが違う。
赤い、赤銅色の鱗と同じ、骨のような角が二本。
頭から生えていた。
獣耳種でもなく、それはオーガ種でもない。
鱗に覆われた人型。
だったら。
だったら、彼女は――何者なのか?
「リザードマンだ」
誰かが言った。
誰かが、言ってしまった。
観衆の中で、誰かがポツリと致命的な言葉を発してしまった。
リザードマン。
人型の、トカゲの魔物。
その名を、誰かが言ってしまった。
「――ぁあん!?」
女性武者が歩みを止める。
その黄色の瞳が。
トカゲを彷彿とさせる鋭い眼光が。
怒りをぶつけるように、俺たち観衆をにらみつけたのだった。
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