~卑劣! 情報売買、情報バイバイ~

 縦に一本切り込みを入れたような海岸に、いくつもの大型船が停泊していた。

 船は一列に並ぶように泊っていて、太いロープで陸地に固定されていた。また、少し離れた場所では碇を海底に降ろして停泊している大型船の姿もある。

 それらは学園都市で新たに開発された船の試作機でもあるし、隣国の輸送船なども多くあった。

 陸で運ぶよりも海の上を通って運ぶほうが大量の荷を輸送できる。というメリットは分かりやすいのだが、さすがに海と面していない国には出来ない芸当だ。

 残念ながら世界各国に普及しているとは言えない。

 それにも関わらず、こうして学園都市の生徒による研究がなされているというのは、まったくもって自由の幅が広いとも言えた。

 なにせ一部の国と商人にしか需要が無いからね。


「はてさて。誰が金を出しているのやら」


 パルとルビーから逃げ切った俺は、港にある倉庫の屋根に登って大型船を見渡す。どの船にも屈強な船乗りがいて、浅黒く日焼けした人間もドワーフも獣耳種も、自慢の筋肉を見せつけるように働いていた。

 残念ながら基本的に森で生きるエルフの姿は皆無。それと共に有翼種とハーフリングの姿も無かった。

 力仕事が多い港での仕事だ。

 エルフとハーフリングは種族特性で腕力が低い。

 有翼種が少ない理由は、羽が邪魔になるから、だろうか?

 もしかたら、彼らは海に弱いのかもしれない。翼があっても空を飛べない彼らは、もしかしたら泳ぐのが苦手なのだろうか。

 なんてことを考えている内に、足元には続々と人が集まり始めていた。

 お目当ては、接岸中の大型船だろう。

 物珍しい形であるのだが……それよりも、ある種の記号めいた印が帆に描かれている。

 義の倭の国。

 その公用語である『漢字』と呼ばれる文字が、大型船の帆に刻まれていた。

 いわゆる商船、というやつだろうか。

 集まってくる人たちは生徒よりも商人が多く、生徒たちの姿はむしろ少ない。なにか珍しい物品を取引しに来たのか、はたまた倭国の人たちに自分の商品を売りつけにきたのか。

 商売根性のたくましい商人たちが続々とチャンスを掴みに集まってきた。

 人が集まれば、また人を呼ぶ。

 次第にわちゃわちゃと港が騒がしくなってきた。


「やぁ、エラント」

「ん?」


 突然に声をかけられ、俺は振り返った。

 そこにいたのは――見たこともない少女だった。茶色く長い髪に落ち着いた優しい雰囲気。厚手のエプロンを付けたロングのワンピースで屋根の上を登ってきたらしい。

 エプロンにはパンのイラストが描いてあるので一見してパン屋の看板娘に見えたのだが……


「真ん中か」

「そう、盗賊ギルドのギルドマスターの真ん中サンだ。分かったら、投げナイフをしまってくれると嬉しい」


 どうやら変装中らしい。

 後ろから突然声をかけられたので、思わず攻撃態勢を取ってしまった。それを気にする様子もなく、三つ子のギルドマスターの実働担当イアは笑う。


「だったら気配を消して近づかないでくれ。もう少し下手だったら襲っているところだ」

「性的な意味で?」

「十二歳以下になってから言ってくれ」

「なにそれ、オトトイ来やがれ、の最上級バージョンみたいな?」


 イアはケラケラと笑いながら俺と隣にまで移動してきて周囲を観察する。

 その動作に物音はせず、また存在感が希薄だ。今すぐここから飛び降りたとしても誰にも気付かれないだろう。

 さすがはギルドマスター。

 スキルは超一流のマスタークラスだな。


「なにか仕事か?」

「まぁ、それもあるけど。一番は情報収集だ。義の倭の国の情報は貴重だからね。なんでもいいから仕入れておけば、思わぬ金になる。貴族のたったひとりの浮気が国同士の戦争になるくらいだ。知っていて損は無い」

「どうしてパン屋の娘みたいな変装してるんだ?」

「パン屋の娘は美人だろ」

「え?」

「え?」


 パン屋の娘は美人……なのか?


「通説だと思っていたんだけどなぁ。よその国では違うのか、この概念。パン屋の娘は美人と相場が決まっているんだが?」

「だが、と言われても困る。まぁ、アレか。美人相手なら口も滑る、というやつか」

「それそれ。美味しいパンを作れる娘なんだ。きっと家庭的に違いない。オマケに美人だったら、良いお嫁さんになってくれるはず。というわけで好かれようとする男たちは自分の自慢話と気を引くために機密情報をベラベラと話してしまうっていう美人にしかできない特殊テクニック」


 いや、機密情報はベラベラ話さないだろう……

 いくらなんでも……

 話さないと信じたい……


「ま、なんにしても頑張ってくれ」


 邪魔するつもりはないので、どうぞ行ってくれ、と手をひらひらとさせたのだが。イアは俺を見て、にへら、と笑った。

 パン屋の娘は美人なんじゃなかったのか?

 その笑みは、どう見ても金儲けをもくろむ商人の嫌らしい笑みだぞ。


「時にエラントくん。実はここだけの話であり、君だからこそ打ち明けるとっておきの情報があるんだ」

「む?」


 つまり、営業っていうことか。

 盗賊ギルドは情報の売り買いをしているし、必要な情報を買いに来た者に売っている。しかし、時にはギルド側から情報を売りに行く場合がある。

 もっとも――それはよっぽどの場合だ。

 懇意にしている顧客であったり。

 同じ盗賊である身内の場合であったり。


「実は君の情報を買っていった者がいてね」

「なんだと?」


 俺の情報を買う者だって!?

 もしかして、エクス・ポーション絡みの話だろうか。それともルビーの存在を気取られたのかもしれない。

 可能性は低いが、勇者に関する者とも考えられる。


「むぅ」


 以前ならば気にもしないことだったが。

 今の状況を鑑みるに、選択肢が複数あって対象を絞れないな。


「分かった、買うよ。いくらだ?」

「毎度あり。同業のよしみでこれでいいよ」


 イアは人差し指を一本立てる。


「ほらよ」


 俺は指先の感覚で、少しだけ厚みのある銀貨……10アルジェンティをつまむと、そのままイアに向かって親指で弾き渡した。

 至近距離で、まるで攻撃するように渡した銀貨だが、イアは問題なくキャッチした。おでこを貫くつもりで弾いたんだがな。


「君の情報を買ったのは冒険者だ。エラント、恨みを買ったぞ」

「あぁ……あいつらか」


 冒険者ギルドでケンカを売られたのでルビーへのレッスンに使ったのだが。どうやらそれを逆恨みされたらしい。


「大した冒険者じゃなかったぞ? はぁ……わざわざ買う必要が無かった。詐欺じゃねーか」

「待て待て、結論を急ぐな。早い決断は素晴らしいが、早い男は嫌われるものだよ。その程度の情報だったら銅貨一枚だ。問題は、その冒険者のバックに貴族が付いてるってことだ」

「……ヤバイ奴なのか?」

「学園都市のお隣、砂漠国のデザェルトゥムは知ってるか?」


 俺はうなづいた。

 デザェルトゥムは学園都市の西に位置する広大な砂漠を有する国であり、珍しくも女王が統治する国だ。

 国土のほとんどが砂漠のため、食糧難になることが多く、そのほとんどを輸入に頼っている。

 そんな所に住むメリットなんてひとつも無さそうだが、砂漠という砂だらけの世界には固有の物が多く、特に『砂漠の薔薇』とも呼ばれる鉱石は高値で取引されていた。

 加えて、動物も植物も独自の成長するために貴重な物ばかり。

 あと、貴重な資源があると言っても生きていくには過酷な国をわざわざ欲しいとは思わないので戦争になることはほとんど無く、他国から狙われにくい。

 ハイリスクであり、ハイリターンの国がデザェルトゥムと言えた。


「貴族の名はアルゲー・ギギ。デザェルトゥムでは有名な貴族であり、趣味は拷問と処刑。メイドの入れ替わりが激しいが、金の羽振りが良くて、応募者は後を断たないそうだよ。不思議なことに募集する人数と辞めたメイドの数が合わないそうだ」

「死体すら出てこないのか」

「これは不確定な情報なのだが、死体を苗床にして趣味の園芸をしているらしい」

「マジか」

「分からん。ただアルゲーは独自の商売をしていて、なにやら珍しい植物を貴族に売っているという話だ。それが死体を苗床にして育てられたのかどうかの情報は入ってないよ」

「なるほど、了解だ。ふむ」

「まぁ、気を付けてくれ。ついでに、アルゲー・ギギの情報が手に入ったら喜んで買うよ」


 じゃぁね、と言ってイアは屋根の上から音もなく飛び降りた。

 ホントに周囲の人たちにバレてない。

 なかなかマネできる技術じゃない。さすがはギルドマスターだな。


「俺も、もう少しスキルを磨かないとな」


 アルゲー・ギギの件は、まぁ問題ないだろう。

 お抱えの冒険者を小バカにしたところで、貴族の面子を潰したわけでもない。ましてや砂漠国は学園都市と同じく最南端に位置する国だ。

 俺が本拠地にしているパーロナ国は人間領のおよそ真ん中に位置している。

 学園都市にいる間ならいざ知らず、ジックス街に戻った後ならば、そう警戒することもないだろう。

 そろそろ学園長に任せているアレが完成してもおかしくはない頃合いだ。

 学園都市を後にするのも近い。

 もっとも――

 ちゃんと成功したらの話だが。


「あ、いましたわ! パル、こっちです!」

「ホント!? あ、師匠いたー!」


 と、騒がしくも可愛らしい声が聞こえてきて、ドタバタと屋根の上に登る音。

 まったくまったく。

 ルビーはまだしも、パルの盗賊としてのスキルはまだまだのようだ。


「遅かったな」

「本気で逃げるなんて、卑怯ですよ師匠~」

「俺は卑劣な男だからな」

「やっぱり浮気は本当だった、ということでしょうか?」

「違うって言ってるだろ。ほれ、そろそろ船から荷物が降ろされるぞ。珍しい物が売ってるかもしれない。義の倭の国の商品なんて、滅多に出回らないからな」

「あ、ホントだ!」

「あら、面白そうですわね」

「師匠~、なにか買って!」

「わたしもなにか買ってくださいな」

「はいはい」


 というわけで、パルとルビーに手を引かれ。

 俺たちは屋根の上から飛び降りた。

 もちろん――


「うわぁ!? びっくりしたぁ!」


 通行人に驚かれてしまったのは、言うまでもない。

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