~卑劣! 下着姿の少女たちをガン見した罰~

 海岸沿いの朽ちた倉庫跡。

 孤児院の子ども達が遊び場として使用している場所に俺たちは来ていた。

 理由のひとつは、エンブレムの確認。

 ラークスとドワーフ達によって作られた大神ナーのエンブレムを朽ちた倉庫跡の二階部分に設置している。

 無垢と無邪気を司る神さまなので、子ども達が無邪気に遊ぶ場所に設置しておけば、それなりの信仰を得られるんじゃないかと思って設置した。

 倉庫後の朽ちた屋根部分に設置したので外れていないか、落ちて危険じゃないか、と確認しにきたわけだ。


「問題ないな」


 きっちりと固定されており、ぐらつくこともない。風雨にさらされる事になるが、まぁ数年は大丈夫だろう。

 子ども達の遊び場になっていることもあり、落ちてきたら危険だ。定期的に点検したいところだが……こればっかりはナーさまの御力に頼るしかない。

 いつまでも学園都市にいられるわけじゃないからな。


「うりゃ!」

「甘いですわ!」


 屋根の上からパルとルビーを見下ろす。

 パルはいつも通りの服装だが、ルビーは簡素な布の服とスカートだった。というのも、スライムの粘液が付着し、ワインで洗い流したということもあって、朝から洗濯をしたのだ。


「意外と楽しいですわね」


 宿の裏手にある井戸で幅の広い桶に水を張り、洗剤といっしょに服をいれて足と踏みながらの揉み洗い。


「あはは、気持ちいい」


 ついでに、とパルも服を洗濯していた。

 美少女ふたりが下着姿でキャッキャウフフと洗濯している光景は、さながら聖典に載っている宗教画の挿絵か、とも思えるくらいに素晴らしいものだった。

 座ってそれを眺めていて良かった。

 理由は聞かないでくれ。

 うん。

 というわけでパルは生乾きで濡れたまま服を着るという暴挙に出たが、吸血鬼のお姫様にはそんなことは許されないらしく、適当に買ってきた安物を着ているというわけだ。

 そして――

 倉庫跡に来たふたつめの目的。

 それは、そこそこ広い場所で模擬戦闘の訓練をしたかった。

 攻撃を反らす、という対処方法は、やはり実戦でないと身に付かないものだ。

 特に防御に関して甘すぎるルビーには、しっかりと感覚を掴んでもらいたい。

 本人が痛くない、とか、死なない、というのは置いといて。いくらなんでも不審過ぎるし、魔物というのが露呈した場合は、かなり厄介なことになる。

 なにせ『人類種の敵』だからなぁ。

 神さまでさえ、魔物は倒せ、みたいなスタンスを取っているわけで。なにより、精霊女王が勇者を選定し加護を与えているのだ。

 魔王は倒すべき存在であり、その手下である魔物たちも倒さねばならない。

 それが人類共通の概念であり常識となってしまっている。

 もとより魔物は――呪いで発生するモンスターは、人間種を襲ってくる。無視すればいい、という考えも通じず、言葉も通じないし、人間は容赦なく殺されている。

 どう考えても共存は不可能。

 だったら倒すしかない。

 殺すしかない。

 滅ぼすしかない。

 魔物は、殺さないといけない存在である。

 それが、ごく当たり前の考え方であり、常識であり、間違ってはいない考え方だ。

 だからこそ。

 ルビーが魔物である、吸血鬼であるということは秘匿すべき情報である。


「……」


 ため息を吐き出したくなるのを寸前でこらえた。

 今となっては、ルビーが、あぁ~、まぁ、俺のことを好き……でいてくれるのは本当っぽいし、信用したし、信頼している。

 なにせ魔王から本気で助けてくれたしなぁ。

 本気で助けられたせいで、本気で死にかけたけど。

 何の因果か、そのおかげで若返ったこともあるけれど。

 まぁ、ルビーの本気度は確認できた。

 これでまだ彼女を疑うっていうのは、それはもう魔物への不信感という一言だけになってしまうだろう。

 ルビーを――ルゥブルム・イノセンティアを疑うには、もう材料も理論も辻褄も合わなくなっている。

 だからこそ憂いてしまうのは……彼女が吸血鬼であり、恐ろしい力を持っていて、しかもその事実を何人かが知ってしまっている、という現実だ。


「できれば秘匿しておくべきだったか」


 仮に魔王の指令や罠、諜報みたいな役目を担ったいた場合に備えて、そこそこやんわり、大丈夫な程度に情報を漏らした感じだが……


「アダとなったか?」


 だが、まぁ。

 仮に情報が漏れたところで、ルビーに手を出すことはできない。

 というか、それこそルビーを討伐できるのであれば、それはもう間違いなく『勇者候補』であり、人間領にいる場合じゃなく、今すぐ勇者パーティに合流するように説得するべきだ。


「もっとも。真昼間の日差しの中で、戦闘練習を行っているような美少女が吸血鬼だなんて。誰も信用しないか」


 情報価値としてはSランクだが、情報の信頼性としては最低ランクのG。

 とてもじゃないけど、売り物にもならん情報だな。

 俺なら鼻で笑ってしまうだろう。

 嘘をつけ。

 詐欺をやるなら、もっと上手くやるべきだ。

 証拠なんて提出できるわけもないし。

 まぁ、大丈夫か。


「ぐへぇ!?」


 パルの踏み込んだ一撃、綺麗なボディブローがルビーのみぞおちへと突き刺さり、美少女吸血鬼が出しちゃいけない声をあげた。


「うわわ、入っちゃった! だいじょうぶ、ルビー?」

「も、問題ありませんわ。ちょっと体の中の空気が出て行っただけ。……酷い声が出ましたわね、今」

「うん、びっくりした」


 パルの近接格闘経験も増えるし、ルビーの防御意識も鍛えられる。お互いに段々と上手くなっていくので、バランスが丁度いい。

 俺だとどうしても加減してしまうからなぁ。なにより本気で攻撃しても死なないし怪我もしないっていうルビーの存在はありがたい。

 夜になって吸血鬼の力が戻ったら、俺の訓練にも付き合ってくれるし。


「ルビーがいてホントに良かった」

「む。聞こえましたわ、師匠さん。いまわたしのこと愛していますと言いましたわね!」

「え!? 師匠、ひどいぃ! あたしは!? あたしのことは!?」

「言ってない言ってない、一言も愛してるなんて言って――!?」


 と、伝えたところで目の前に魔力の流れが発生した。

 なんだなんだ、と思ったらキラキラと輝く魔力が線となって形が作られていく。

 これは――


「メッセージのスクロールか」


 遠く離れた相手に文字を送る『メッセージ』。

 対象の前に魔力を文字列に変換して形作る巻物であり、転移の巻物よりは安価で、転移の巻物より手に入りやすいものだが、それでも貴重品なのは間違いない。

 おいそれと使える物ではないはず。

 いったい誰が俺に――


「ん!?」


 俺の前に形作られた文字列……いや、それは文字ではなかった。

 たったひとつの『記号』。

 それだけが、大きく目の前で魔力によって形作られた。

 そう。

 大きなハートマークが俺の前に現れて……すぐに消えた。

 送り主の名前も無し。

 アホみたいにもったいないメッセージの巻物の使い方。

 だが、これは。

 あぁ。

 どう考えても。


「はは」


 あいつだった。

 バカじゃないのか、まったく。貴重なスクロールを消費して、たったひとつの記号だけを送ってくるなんて、どうかしている。

 しかもハートマークだと?

 ふざけるのも大概にしろよ。

 丸印でいいじゃないか、丸印で。

 そんなんだから、俺が賢者と神官に追い出されることに――


「どうした?」


 見下ろせば、パルとルビーが本気でこっちを怖い顔で見ていた。

 え?

 なに?

 なんなの?


「師匠」

「師匠さん」

「……なんだ?」

「それ、誰? 誰から? 誰からのメッセージですか!?」

「昔の女ですか!? もしや他に女が! 既婚者!? もしかして師匠さん、結婚してらしたの!? 誰ですの、教えてくださいまし! そしてわたしを愛人にしてくださいまし!」

「あた、あたしも愛人! 二号です! 二号になります! 技の二号を目指します師匠! でもこれ浮気だ! 師匠が浮気してるよルビー!」

「師匠さん教えて! じゃないと、そいつ殺せませんわ!」

「待て待て待て、待て待て待て待て待て待て待て待て! ちょっと待て、ちょっと落ち着け! 俺は結婚なんてしてないし、生まれてパルに出会うまで彼女すらいたことない!」


 なんて俺が言い訳している間に、ふたりは恐ろしい速さで朽ちた倉庫跡の骨組みを駆け上ってきた。

 や、やるじゃないか。

 登攀スキル『蜘蛛足』をいつの間に習得していたんだ? なかなか習得するには命がけの訓練が必要になってくるので、おいそれとマスターできるスキルでは――


「誰からですか、師匠!」

「教えてくださいまし。じゃないと今夜のベッドで覚悟を決めることになりますわ」


 なんの覚悟!?

 どっちの覚悟!?

 生命誕生の儀式か、それとも生命消失の行為か!?


「落ち着けと言ってるだろ! 男からだ、男! 前にいっしょに旅をしていた男からだよ」


 それを聞いてパルとルビーが顔を見合わせる。


「師匠はロリコンってだけじゃなく、男の人もイケたんですか」

「わたしはむしろオッケーですわ」

「師匠の愛の深さが怖い」

「器量良しの証ですわよ」


 いやいや、だから。


「俺は器量良しでもなく深くもない。安心しろ。そんな関係じゃなかったよ。というかロリコンと正反対に位置する概念じゃないのか、それ?」

「でもハートマーク……」


 う。

 それを言われると大変に心苦しいのでスルーして欲しい。


「男同士の、友達特有の冗談だよ。ほら、冒険者でも男同士で肩を抱き合ってるだろ? あんな感じの連絡だ。元気にしてるぞ、という挨拶だよ、挨拶」


 嘘にはほんのちょっとの真実を混ぜればいい。

 この場合の真実ってなんだろうな?

 もう分からん。

 と、そんな俺の視線の先に大きな船の帆が見えた。


「見ろ、パル、ルビー。なにか大きな商船が港に付いたみたいだぞ。珍しい物が見れるかもしれない。行ってみよう」

「ごまかした」

「ごまかしましたわね」

「うっ……行くぞ。俺に追いついたら好きな物を買ってやる!」

「あッ!」

「追いますわよ、パル!」


 というわけで港に向かって俺は全力で逃げることにした。

 ちなみに、本気を出したのでパルとルビーからは余裕で逃げ切ることができました。

 はっはっはっは!

 はぁ……

 勇者め、ややこしい返事を送りやがって、この野郎!

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