~卑劣! 必要のない起き攻めで理解らせる~
まさかこんな平和で比較的安全に冒険できるような街の冒険者に、
「調子乗ってんじゃねーよ、おっさん」
こんな風に分かりやすくからまれるとは思ってもみなかった。
いやいや。
というよりも、からまれる理由が不明だ。
調子に乗ってる?
俺が?
冒険者もしてないのに?
「ちょっと何言ってるのか分からんのだが?」
「ああん!?」
しまった。
どうやら言葉のチョイスを間違えたらしい。火に油をそそぐっていうよりも、油に水をそそぐっていう感じで、若者冒険者の顔が怒りでひきつった。
なにもそんなに怒らなくてもいいだろうに。
「自分は余裕ですってかぁ? ああん?」
「いや、すまん。何が?」
「女だよ女ぁ」
若者冒険者があごでパルたちを示す。
あぁ、なるほど。
年齢差が激しくあるものの、周囲から見れば、いわゆる『ハーレムパーティ』という形に見えてしまうのかもしれない。
ときどき存在するんだよね、男ひとりに対して複数の女性がパーティを組むパターン。
その場合、パーティの柱になる男性は間違いなくイケメンだ。
しかも強いし有能。
俺みたいなおっさんに、本来は勤まるポジションではない。
まぁ、イケメンくんは必然的に防御面にまわることが多いので、大抵は騎士職だ。つまりは貴族の三男坊や末っ子っていうパターンであり、金銭的な余裕もある。
加えて幼少期から鍛えられているので確かな実力もあるし、精神面でも余裕がある場合が多い。
つまり、普通に辺境の村から英雄譚を夢見て飛び出してきた少年とは何もかもが違うわけで。そういう場合には、狙っていた女の子冒険者を取られてしまう場合が多々あったりして。
僕が先に好きだったのに!
俺が狙っていた女が、あんなスカした野郎に!
ということが、冒険者男子には付きまとう問題である。
まったくもってイケメンは罪深い。
世の中の男子諸君のために全員が爆発して欲しいと願ってしまうのも無理はないだろう。俺も願いたいし。あ、勇者ってイケメン枠に入るのだろうか? どうなんだろう? あいつだけは勘弁してやって欲しい。
「てめぇ、どこ出身だ」
「パーロナ国だ」
「中央じゃねーか。おっさんが女連れて南下してんじゃねーよ」
言いがかりもハナハだしい……というか出身地でマウントを取ろうとするなよ。おまえの出身地を言わねーってことは俺より南で生まれてるな、こいつ。
「おぅ、ちょっとこっち来いよ」
ちょっと笑いそうになってしまうが、ここは盗賊スキル『みやぶる』を行使することによって意識をそらせておく。
よし、大丈夫。
笑わないぞ~ぅ。
「――ぶふっ」
「あぁ!?」
「失礼、セキが出た。ごほん、ごほん」
危ない危ない。火に油をそそいで、そこに水を入れて、灼熱のファイアーダンスが繰り広げられるところだった。
とりあえずパルとルビーとサチに誰もからまないようなので、おとなしく俺は若者冒険者に付いていく。
背後から『みやぶる』をしていくが……ふむ。
年齢は十代の後半、20から23くらいか。防具は軽装だが、肝心の武器が見当たらない。剣の留め具も鞘も無いってことは元から装備していないのだろう。
魔法使いか、とも思えたが……違う。
細く見えるが、鍛え上げられた筋肉が上半身を覆っている。同じくふくらはぎや太ももにも筋肉がガッシリと備わっていた。
前衛であることは確か。
それでいて、武器が見当たらないとなれば……
「ふむ」
拳士、もしくは闘士というやつか。
徒手空拳で魔物に殴りかかる、勇気ある職業だ。
なかなか見かけることのない職業なので、これは幸運。これは是非とも教材になって頂かなくてはもったいない。
ガヤガヤと騒ぎの中心になっていき、みんなの注目が集まっていく中で、パルに視線を送った。
ついてこい、という意味で視線を送ったのだが……その必要は無さそうだな。
「ごめんね」
盗賊スキル『兎の耳』応用編。
雑踏の中から必要な人物の会話だけをピックアップして聞き取る。
パルたちに話しかけていた男が、そう謝っていた。恐らく、この若者冒険者の仲間なんだろう。好戦的な仲間を止めるつもりはないが、女の子には媚を売っておく。
透けて見える下心が情けない。
が、しかし――
気持ちは分からなくもない。
パルやルビーみたいな美少女に話しかけるチャンスがあるのなら、それを逃す手は無いだろう。
もっとも――
ひとつ間違えるとロリコン扱いを受けてしまう可能性がある。
というか、だからこそ俺にからんできた若者冒険者の意図がよく分からんのだよなぁ。だって普通だったらハーレムパーティに見えないはずだし。
おっさんと幼女だぞ?
もしかして、こいつもアレか?
同類か?
でも、そんなにおいがしないんだよなぁ。
だって、原則があるじゃない。
イエス・ロリー、ノー・タッチだ!
「おうし、おっさん。今から一方的にボコる。泣きながら許してくださいって言えば金を置いてくだけで許してやるぜ」
冒険者ギルドの裏手。
ちょっとした訓練スペースになっているのか、広場があった。その中心地で足を止めた若者冒険者がそう宣言し、拳を手のひらで包みながらニヤニヤと笑う。
なるほど。
憂さ晴らしと物取りか。
パルやルビーが目的ではなく、俺たちの持ってる金が目的か。一方的にボコられる俺を見てパルがお金を差し出したりするのを期待しているのかもしれない。
まぁ、レベル1の女の子たちに旅人風のおっさんがひとり、というバランスもなにも考えてない弱小パーティ。しかも冒険から帰ってきたら、ひとりは神官におんぶされているっていう状況だ。
身ぐるみ剥いで、娼婦へ堕とす。
その線もあるかもしれないな。
「ふむ。ルビー」
「はい、ここにいますわ」
広場には冒険者たちがぞくぞくと押し寄せ、俺と若者を取り囲むように円ができていた。パルたちは丁度俺の真後ろにいて、ルビーが返事する。
「特別講義だ。実戦形式で教えよう」
「分かりました」
という俺たちのやり取りを聞いて、若者冒険者が顔を怒りに歪める。
「あ? なんだおっさん」
「なに、こっちの話だ。気にしないでくれ」
「泣いて謝るのは今のウチだぞ、おら。謝る気も金も出す気が無いってか? ああん?」
「もちろん」
「んだとごらぁ!」
やはり拳士だったらしく、軽く握られた鋭い一撃が顔面に向かって飛んできた。もちろん当たる訳にはいかないので、それを手のひらで受け止める。
パン、という小気味良い音が広場に響いた。
「レッスン1。防具が無い場合、拳を防御するよりも避けたほうが無難だ。特に顔を狙われた場合は視界がふさがってしまうから、次の行動に移れない。これは悪い例だからマネをしないように」
若者の繰り出してくる拳は、なかなかの威力。
牽制のジャブでも当たってしまえば相当に痛そうだ。
「なっ!? くそが!」
油断していた若者が腰を落とす。
ここからが本気だ。
足運び、拳のスピード、威力、筋肉の付き方……それらを考慮して、まぁレベルは30~40ってところか。まだ上があるとしたらレベル50も有り得るが……まぁ、そこまででは無いだろう。
こんな南の果ての冒険者にしてはなかなかの実力がある。もしかしたらどこからか遠征にやってきたついでにギルドに寄ったのかもしれない。
もっとも――
勇者と共に最前線で死に物狂いで戦ってきた俺にとっては、敵ではない。
「レッスン2。反らす、という意識よりも外側へ叩く、と考えれば分かりやすい」
若者の繰り出してくるジャブ。
それを手の甲でコツンと叩いてやる。それだけで体には当たらない。顔を狙われているのなら尚更だ。少し軌道を変えてやるだけで拳は反れていく。
「なるほど。分かりやすいですわ」
そんなルビーの言葉と同時に、周囲からも、おぉ~、という声が聞こえた。無料で公開授業をしている状態になってしまったか。
後で聴衆から授業料を徴収できないものかねぇ。なんてな。
「舐めんな、おっさん!」
「おっと」
掴みかかってくる若者の手をパシンと叩き、俺はバックステップで距離を取った。
「レッスン3。掴まれるのは非常に危険だ。相当な自信が無い場合、逃げるのを優先すること。ただし、自信があればワザと掴まれるのもアリだ」
俺はそう語りながら若者に近づいていく。距離を取ったはずの相手が逆に近づいてくるなんて経験は無かったのだろう。ビビりながら若者がジャブを放ってくるが、それを叩き反らしつつ、先ほどの間合いまで近づいた。
「く、クソが!」
胸倉を掴んでくる若者。一層と近づいてしまった彼我の間合いで、俺は男のあごに右手を沿えて、その肘を左手で叩き上げた。
右手の掌底の威力を左手で補助する技だ。
「このように、狭い間合いでは武器ではなく素手のほうが威力の高い攻撃を出せる場合がある。今のワザは首を鍛えていない者には危険なので気を付けて使うように」
「分かりました」
「はーい」
よろしい、とふたりの弟子の返事に俺はにっこりと笑う。
「な、なめやがってクソがぁ!」
かなり手加減しておいたので、この程度では骨も心も折れないか。
よしよし、いいぞ。
もう少しレッスンを続けさせてもらおう。
「おらぁ!」
若者の攻撃が拳から蹴りへと変わった。
拳士ではなく闘士だったわけか。
「レッスン4。威力の高い攻撃、特に重い一撃は反らすのが難しい。弾こうとしても重いので軌道が変わらないからな」
蹴りを避けつつ、講義を続ける。
しかし、ここまでバカにされても攻撃を続けるとは……もう後には引けない状態ってやつかなぁ。まったくもって、かわいそう。
「そういう場合は、避ける。もしくは技の起点をつぶす」
若者が蹴りを繰り出すのに合わせてダッシュで近づき、膝をトンと叩く。こうすると足が上げられないので、蹴りにつながらない。
再び距離を取った若者。
同じく蹴りのモーションに入ったので、今度は空振りを誘うためにワザと見逃し、上半身を後ろへ下げて避ける。そのまま若者が足を降ろす前に地を蹴り、懐に飛び込むと、スレ違うように脇をすり抜けながら胸をドンと押した。
「大技には隙が多い。特に空振りした後は無防備になるので、いくらでもチャンスがある。単純に押してやるだけで、こんな風に転んでしまうのでおススメだ。牽制や細かい攻撃を受け流してやると、相手は意地になって大振りになる。それは人間だろうと魔物だろうと同じだ」
おぉ~、と周囲の冒険者たちから声があがった。
いや、君たちに授業しているつもりはないんですけどね。
「ちくしょうが!」
若者が立ち上がり、今度は大振りのストレートパンチ。もちろん手の甲で弾く。で、蹴り技へのコンビネーションだが、それも出がけの膝をトンと叩き、片足の状態になっている若者へ軽く体当たり。
無様に転ぶ若者。
慌てて立とうとする手を足で払い、再び転ばせた。
「なっ!?」
転がって距離を取ろうとするが、それでも追いつき、中腰になっているところを軽く蹴ってやる。
面白いようにコロンコロンと転がる若者。
「特別レッスン。相手を転ばしたら勝ち。と言われるのはこういうことだ。トドメを刺さずとも永遠に遊べるぞ」
「ち、ちくしょう! 離れろや、おっさん!」
寝ころびながら蹴ってくる技をひょいと避けつつ、起き上がる時に必ずバランスを崩してやれば、若者は立つことが出来ない。
「以上で今回の講義を終了する。まぁ、彼我の差が大きくないとここまで上手くいかないだろうから自分の実力を過信しないように。加えて、彼我の差を見極められないようではケンカを売らないことが重要だな。そして、相手に敵わないと思ったら全力で逃げること。逃げることは恥ではない。意固地になって殺されることがクソダサい死に方だ」
トドメ、ということで俺は若者冒険者の首を軽く踏みつける。いつでもお前の喉を踏みつぶせるぞ、という殺気をしっかりと込めて視線を送っていた。
「う……」
「よろしい」
大人しくなった若者を確認して、俺は足を離す。
「理解できたかな、ルビー」
「ありがとうございます、師匠さん。人間にとってのクソダサい死に方を覚えましたわ」
「いや、そこを覚えるなよ……」
なんにしても。
実戦形式で講義ができたので、良しとしよう。
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