~卑劣! 全財産を使う価値があるもの~

 スライム討伐を終えて。

 洞窟を抜けた先の湧き水を利用して遅い昼食を取り、学園都市に戻ることになった。

 行きは商人の馬車に乗せていってもらえたので楽だったが、帰りはそういう訳にもいきそうにない。

 もっとも――

 そこまで消耗した冒険ではなかったので、余裕は充分にある。


「おぉ、できてるじゃないかパル」

「えへへ~」


 というわけで。

 帰り道を利用して、パルの盗賊スキル『忍び足』と『隠者』の訓練をすることにした。

 忍び足は成長するブーツのおかげでかなりの精度まで昇華できている。スキルとして実戦使用しても問題ないだろう。


「隠者はまだまだ練習が必要だな」

「は~い。やっぱり動くとどうしても難しい……」


 静止した状態なら、パルの『隠者』もそこそこ精度が出るようになったが。動くとどうしても希薄となっていた気配が出てきてしまう。

 この精度では残念ながらスキル『隠者』とは言えないな。


「コツは流水を乱さないイメージだ。水の流れに逆らわず、流水と共に歩く。止まっている岩も自然だが、転がる石もまた自然の成り行きだ。地上では……そうだな、風をイメージしろ。風があるなら風をさえぎらず、風と風の間を抜けていく感じだ。無風ならば、空気の小さな粒が浮いていて、それを避ける感じでやれば……こんな風に」


 俺が気配を遮断した瞬間に、前を歩いていたルビーがビクリとして振り返ってきた。


「気持ち悪いスキルですわね。いないのに足音だけが聞こえてくるなんて」

「まぁ、普通は『忍び足』と複合して使うスキルだからな。気配を決して足音を立てるやつなんて、よっぽどのマヌケだ。逆ならまだしも、な」


 足音を消すことは比較的簡単にできる。

 地面の材質によっては素人にだって可能であるし、雨が降っている状況だと水たまりにさえ気を付ければ子どもにだって可能だ。

 ただし、足跡は残ってしまうので注意が必要だが。

 対して気配遮断である盗賊スキル『隠者』の習得はなかなか難しい。

 これを天然で習得している連中が、いわゆる狩人たちだ。

 魔物よりも敏感に反応する野生動物から察知されないように森の中に潜む姿は、それこそスキルを習得した盗賊以上の能力でもある。

 やはり専門家には敵わない、というのが世の常だが……俺たち盗賊が相手するのは野生動物ではなく人間や魔物なわけで。

 そこまでの熟練度は必要ではないだろう。

 もっとも――

 魔王に通用するレベルまで熟練度をあげないといけないので、腑抜けたことは言っていられない。


「ふぬぬ……んぅ、ふはぁ。師匠、歩きながらはやっぱり無理です」

「だから練習するんだ。ほれ、頑張れ頑張れ。『忍び足』と『隠者』ができるようになったら、俺のベッドに忍び込み放題だ」

「なるほど! 頑張る!」


 と、気合いを入れるパルだが。

 気合いを入れて気配遮断なんか出来るわけがないので、気配ビンビンだった。応援は逆効果だったらしい。失敗した。


「ということは……わたしも師匠さんにバレないようにアレやコレをするのは良いってことですわね。うふふうふふふ」


 吸血鬼がいやしくも妖艶な笑みを浮かべてきた。

 失敗した。

 今日から本格的に気配察知の状態で眠ることにしよう。そろそろ俺の体も精神的な疲れが抜けてくれていたらいいのだが。

 ご機嫌になって歩いていく吸血鬼を見ながら対策を練っていると――


「ふぎゃ!?」


 後ろでナーさまが奇妙な悲鳴をあげた。

 またスライムが空から振って来たかのような驚き方だ、と思いつつ振り返るとナーさまがぐったりと倒れていた。


「ナ、ナーさま!?」

「わ、どうしたの!?」


 慌ててサチが抱き起こすのをパルも手伝う。

 だが、ぐったりとしたナーさまは身体に一切力が入っておらず、まるで抜け殻のようになっていた。


「……あ」


 なにか分かったのだろうか、サチは空を見上げる。

 その様子からなんとなく状況を理解した。

 アレだ。

 たぶん、強制退去だ。


「……ナーさま、天界に連れ戻されたみたいです」


 やっぱりそうか。

 いつまでも天界を留守にしていられるはずもなく、ましてや大神ともなればホイホイと下界に来て良いはずもなく。

 神の歴史に確実に汚点として刻まれてしまうので、やっぱり連れ戻されたらしい。


「あらら~」


 みんなで空を見上げる。

 もちろん天界なんて見えないし、どこにあるのか分からない。

 空には雲と、もうすぐオレンジ色に染まるであろう太陽しかなかったのだが、なんとなくナーさまを見送る感じでみんなで空を見上げた。


「大神ナー。どうぞ安らかに」


 ルビーが手を組んで祈りをささげたので、パルもマネをして祈ってる。


「……いや、ナーさま死んでないので」


 サチの的確なツッコミ。


「おっと。そうでした」


 もちろんルビーの冗談だったのだが、パルは素でやってきた気がする。

 なんにしても、物凄い体験だったはずなのだが……どうにもナーさまの性格がフレンドリー過ぎて、町長さんとか村長レベルの偉い人と話しているような気分になってしまう。

 いや、むしろ小さくて可愛い少女みたいな見た目なので、貴族の娘さまを相手する感じか。

 そう考えると……イイ!


「……」


 なぜかサチが俺を見た。

 ごめんなさい、ナーさま。冗談です。すいませんでした!

 心の中で全力で謝罪しておいた。


「これでお役御免、というやつですわね」


 残された影人形。

 しっかりとナーさまの姿がそのまま残っており、髪の毛の一本に至るまで表現されている。

 むしろ眠っている人間そのものに見えるほど精巧な作りだ。それこそ、質感も人間の皮膚そのものであり、これが『神の器』と言われると納得できるほど。

 むしろ、そうでない物であるのなら禁忌に迫るほど、神の怒りに触れそうなほど、人造的で不穏な人形でもある。

 そんなナーさまの抜け殻をルビーが回収しようとすると――


「あっ」


 と、珍しくサチが声をあげた。


「どうしました、サチ?」

「……えっと、その……影人形、売ってください」

「売る!?」


 驚いたルビーが声をあげたが、もちろん俺とパルも驚いた。


「別にかまいませんが……どうするんです?」

「――な、ナーさまがいつでも降臨できるように、と思って……」


 なんだろう。

 なにか今、普段のサチとは違う『間』のようなものを感じたんだが……ナーさまの抜け殻を使って、なにするつもりなんだ、この神官少女……


「でしたら無料で差し上げますわ。微々たる魔力消費も感じませんし、どうぞお好きになさってください。ただし、わたしが死んだら消滅しますので。そのつもりでお願いします」

「ルビーの寿命ってどれくらいなの?」


 パルの質問に、ん~、とルビーは可愛らしくあごに人差し指を当てて上を向く。


「あと五千年くらいでしょうか?」


 五千年も存在する影人形だと、むしろ自我を持ちそうで怖い。

 確実に神が宿ったこともあるので、もう人形だけで強大な力を持ってそうだ。もしかしたら五千年後には新しい魔王になっているかもしれない。

 怖い。


「……タダじゃ悪いから……受け取ってルビー」

「いえ、別に――」

「受け取って」

「あ、はい」


 吸血鬼に有無を言わせず革袋を持たせたサチ。

 凄い。

 というか、それ……手持ちの財産の全てじゃないんですか?

 え?

 なんか凄いズッシリした重さにルビーが確実に引いてるんですけど?

 だいじょうぶ?

 大丈夫なんですか、この神官!


「……ふふ。これでいつでもナーさまと……ふふ、ふふふ……」


 なんかもう色んな意味で怖いので、触れずにおこう。


「じゃぁ帰るか。早くしないと夜になってしまうし、ナーさまの体は俺が……いや、サチが背負うか」

「……はい」


 そこまで重い影人形じゃないんので、サチが背負って歩いても大丈夫だろう。魔物も、そう簡単に発生しないだろうし。

 小休憩を二回ほど挟み、学園都市に戻ってくる頃には夕方になっていた。

 乗り合い馬車に乗り込み冒険者ギルドに到着すると、冒険から帰ってきた冒険者たちでギルド内がにぎわっている。

 やはり魔王領から一番遠い最南端の場所だけあって、そこまで怪我を負ったような冒険者パーティはいないようだ。

 みな一様に明るい顔で冒険譚として感想を話し合っている。


「まずは報告ですわね」


 証拠であるスライムの石を持って、みんなで受付カウンターに向かうのだが……


「?」


 なぜか冒険者たちの視線が俺にビシビシと当たった。

 痛い。

 痛いほどの視線だ。

 パルやルビーを見る視線が多いが、その後に必ず俺に突き刺すような視線が送られてきた。

 これは……アレか……?

 いわゆる嫉妬、というやつか……?

 いや、でも、しかし……?


「おうおう、おっさん」


 なんとも居心地の悪さを感じていると、ひとりの若者冒険者が声をかけてくる。


「いいご身分だなぁ、おぉ?」


 なるほど。

 これは、アレだ。

 不良にからまれる、ってやつだ!

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