~可憐! 洞窟の奥にボスがいるのは常識ですか?~

 広い空間から続く奥への通路が、また細くなったので隊列を整えて歩いていく。

 相変わらずちゃぷちゃぷって水路みたいに細くなった海の水が揺れていて、洞窟の中が無音になってくれない。

 でもまぁ、スライムって音もなく移動するし、ずっと止まっているから水の音があっても無かっても、そんなに変わらないかも。

 それを考えると、ホントにレベル4の魔物なの? って思っちゃう。

 もっとレベルが上だと思う。

 ナーさまと師匠がいなかったら、最初の入口でサチが襲われたりして、大変なことになっちゃってたかもしれない。

 あたし達のレベルが1だから、ルビーとサチを合わせても3しかない。

 それを考えると、やっぱりレベル4の魔物には普通に敵わないっていうのも、なんだかうなづける気がする。

 レベルの数字は、実力じゃなくて経験の値を示してるっていうのも、良く分かった。

 だからこそ、師匠は『初見』への対応を見たかったんだろうなぁ。

 知らない物へ対応する怖さ。

 それを、身をもって体験したり充分に知らないと、スライム相手に普通に殺されちゃうこともあるんだ。

 レベルが1足りないだけ、じゃない。

 経験が1、足りてない。

 きっと、それって致命的なんだと思う。

 だからこそ、魔物にはレベルが設定してあって、冒険者にもレベルがあって、ちゃんと対応できるように、無謀な挑戦をしないようにしてあるんだろうなぁ。

 そういう意味では、何度も何度も戦える魔物っていう存在って、ちょうどイイのかも。

 魔物って個性がなくて、同じ種族なら同じ行動と強さを持っている。

 魔王の呪いって言ってたけど、冒険者にとっては良い仕事が生まれたんじゃないかなぁ~。

 って思いながら通路を歩いていくと、初めて分かれ道があった。


「どうしましょうか?」


 先頭を歩くルビーが暗くなっている通路の先を覗き込む。

 あたし達にはナーさまが持っているランタンの、明かりの先以上は見通せない。分かるのは、真っ直ぐ水路に沿って続く道と、そこから反れていく道。


「パル」

「はい、師匠」

「こういう時は盗賊の出番だ」

「分かりました!」


 あたしはナーさまからランタンを受け取って、注意深く探索する。

 まずは、無いと思うけど罠があるかどうかを確認する。

 足元の岩場から壁、天井までをぐるりと見渡して、怪しい物が何も無いこと、罠が仕掛けられて無いことを確かめた。

 次にみんなに静かにしてもらって、聞き耳。


「……」


 ちゃぷんちゃぷん、という音の他に……水路では無いほうの通路からわずかに音が聞こえた。


「こっち、なんかいる。ルビー、見える?」

「いえ、わたしが見える範囲には何もいませんわね。ホントに聞こえましたの?」


 なんか足音っぽい?

 そんな音が聞こえた!

 と、思う。


「たぶん、ホントだもん」

「では、信用します。スライムの討伐依頼ですが、ついでにボスを倒していっても良いでしょう」

「ボス?」

「洞窟や遺跡の奥には、決まってボスがいるものですわ。ドラゴンかしら。財宝をすべて頂きましょう」


 ホントにドラゴンだった場合、全力で逃げないといけないんだけど。

 ルビーの冗談はさておき、あたし達は水路から離れていく脇道へと進んでいった。

 こっちの道は広いので先頭はルビーとあたし、その後ろにサチとナーさまが並んで、一番後ろに師匠、っていう隊列になった。

 もちろん音がしたからと言ってスライムを警戒しない、なんていう失敗はしない。


「ルビー、あそこ」

「了解ですわ」


 濡れた天井に垂れ下がるようにして擬態していたスライムを発見。あたしが投げナイフを投擲して、飛びかかってきたスライムをルビーがアンブレランスで叩き落した。

 びしゃり、と粘液が跳ねてビクビクと震えたスライムは、すぐに動かなくなり魔物の石だけを残して消滅する。


「少々大きい個体でしたか……粘液が……」

「わぁ! 大変、溶けちゃう!」


 ルビーの服にべっちゃりと付いてしまったので、慌ててワインで洗い流す。布に染み込ませてる余裕もないので、ワインを直接ルビーの服にかけた。

 ぬるぬるだった粘液が、面白いように落ちていくんだけど。でも、なんだか凄くもったいないことをしてる感じになった。

 がんばってワインを作ってくれた人に、ごめんなさい、と謝りたくなる。

 うぅ。

 路地裏で生きてた時にこんな光景を見たら、きっとあたしは怒り狂って噛みついてたかもしれない。

 もったいない、もったいない……


「あ、ちょっとだけ残った。師匠、飲みますか?」


 瓶の底にちょっと残っているワイン。

 師匠に瓶を渡すと、くいっと一気に飲み干した。


「美味しいです?」

「う~ん……シブい。俺にはワインの良さが分からん」

「ほへ~。ワインってシブいんですね……ぺろ」


 気になったので舐めてみたけど。


「んべぇ」


 なんかこう、うん、シブい……ホントだった。

 泥水よりはマシだけど。


「う~ん……アンブレランスはボコボコですし、服もワインまみれ。さんざんな冒険ですわね。さっさとドラゴンを倒して帰りましょう」

「ドラゴン確定なの?」

「で、なければ洞窟のボスってなんでしょうか。海も近いですし、クラーケンとか?」

「巨大なイカだっけ? さすがに洞窟の中にはいないんじゃない?」

「なにはともあれ、進んでみれば分かります。いざクラーケン退治ですわ」


 ホントにいるの?

 クラーケン?

 ドラゴン?

 それとも、別の魔物?

 なんて思いながら通路を進んでいくと、折れ曲がるように通路が曲がっていて、その先はすぐに行き止まりになっていた。

 いわゆる洞窟の奥底。

 で、そこに待っていたのは――


「ギルマンじゃん!」


 通称、水ゴブリン。

 魚の体から手足が生えた、気持ち悪い魔物。

 ドワーフ国で、絵のモデルになった時に泉にいたギルマンを退治したのを覚えてる。

 うん。

 めっちゃ弱かったよね。

 これがボス?


「ぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱ」


 ぱくぱくと口で呼吸するようにギルマンが声を出して、あたし達を槍で威嚇する。でも、どう考えても地上では動きが鈍いので、そんなに脅威には感じない。


「おかしいですわ……洞窟の奥にいるっていうのに、こんな弱い魔物なわけが……ハッ!」

「なにか気付いたの、ルビー!?」

「ギルマンはギルマンでも、ギルマンキングではないでしょうか?」

「なにそれ!?」


 ギルマンキング!?

 オークキングとか、ゴブリンキングとか、そういう上位種ってこと?

 でも魔物図鑑でそんなに見たことないし聞いたこともない。

 もしかしたら、まだ人類種に発見されてないだけで、魔王領に住んでたルビーだからこそ知っている魔物ってこと!?


「パル、最大限に警戒を」

「わ、分かった! とりあえず牽制で投げナイフを――!」


 今にも襲ってきそうだったから、体勢を整えるためにナイフで牽制を……

 って思ったら、普通に刺さってるじゃん!

 弱いじゃん!

 やっぱり普通のギルマンじゃん!


「ルビーのうそつきぃ!」

「こんなのつまんないですわー!」


 あたしの声を無視するように、ルビーが八つ当たりのようにアンブレランスを振り下ろした。

 もちろん簡単に命中。


「ぐぎょぎょ……ぐぐぐぐぱぱぱぱ」


 そんな奇妙な断末魔をあげて、ギルマンは消滅した。


「ラスボスがギルマンだなんて……ありえませんわ……もう一方の水路のほうが正解ルートです。きっとクラーケンが待っています。えぇ、そうに違いありません」


 ルビーがぶつぶつ言っている間にあたしはこの空間の探索をしておく。特に罠とか無いみたいだし、スライムもいない。

 なにか漁の道具の残骸が捨てられているので、もしかしたら漁師さんが住んでたり休んでたりした場所なのかも?

 なんにしても今は使われてそうにないので、財宝どころか釣りに使う針すらも手に入れることができなかった。

 その後、道を引き返して水路のほうへ進んでいく。

 こっちでもスライムを二匹ほど倒したところで、奥に光が見えてきた。


「出口、でしょうか?」


 どうなってるのかな、と思いつつ進んでいくと洞窟が終わって地上に出た。水路はそのまま小さな池のような場所に繋がっていて、ぽこぽこと水が湧いて出ている。


「いつの間にか水の流れが逆転していたようだな。ふむ……しょっぱくない。こっちは真水で、洞窟の中で海水と混ざっているのだろう。いわゆる汽水ってやつだな」

「きすい?」


 師匠の言った聞きなれない言葉にあたしは質問した。


「川とか普通の水と海の水が混ざり合った物を汽水っていうんだ。なにか特別な実験でもしていた可能性があるな」

「あ、なるほど~」


 せっかくなので湧き水を飲んでみた。

 冷たくて美味しい。


「……依頼終了ね。ナーさまも無事で良かった」

「スライムに食べられそうになったけどぉ」


 まぁまぁ、とサチはナーさまをなだめていた。

 で、一番問題なのは――


「楽しくなーい」


 ガッカリと肩を落とすルビー。


「ドキドキのボス戦のはずでしたのにぃ。ピンチになって、師匠さんに助けられて、お姫様抱っこで街まで戻る予定が台無しですわ!」

「洞窟にボスがいるなんて、英雄譚の読みすぎだよ。しかも負ける予定だし。現実ってこんなもんじゃないの?」

「そうは言っても冒険ですもの。期待してもいいじゃないですかぁ」


 ルビーは本気でガッカリしてる。

 スライム退治のはずだったんだけどなぁ。いつの間にか、ルビーの中でドラゴン退治かクラーケン退治になっちゃってたみたい。


「まぁまぁ。ほら、本当の目的は果たせたじゃない?」


 あたしはルビーの持ってるアンブレランスを指差す。

 もうボッコボコで、壊れた何か、にしか見えない。無事なのは芯にしている中央の棒くらいなもので、あとは全部いろんな方向に折れ曲がっていた。


「ラークスくんが壊すつもりで、と言ってしまいましたが……ホントに壊してしまいましたわね。これで良かったんでしょうか?」

「トライ&エラーってやつだ。最初から上手くいくことなんて稀だからな。そういう意味では、ルビーの冒険も次に期待すりゃいいんじゃないか?」


 そう言って師匠はルビーの頭を撫でる。

 むぅ。

 いいなぁ、あたしも褒められたい!


「師匠、師匠! 今日のあたしはどうでした? ちゃんと盗賊、できてました?」

「パルはぜんぜんダメだったな」

「うぇ!?」


 あれれぇ!?


「途中からスライムしか警戒していなかっただろ。天井と壁、岩場ばかりを見ていて水路に注意を向けてなかった。サハギンが水路から襲い掛かってきた場合、不意打ちをもらうことになってたぞ」

「あ、そっか! あぁ、うぅ、ごめんなさい」

「スライム退治だからといって、スライムしかいないっていうのは思い込みだ。サハギンを倒した後、水路に注意が行くかと思っていたが残念。地上ではマヌケなサハギンも、水の中ではそこそこ脅威だ。レベルが低い魔物だからと侮ってもいけない。むしろボスがいるはず、とこだわってるルビーのほうが正解だったかもしれないな。というわけで、今日のパルはぜんぜんダメだ」

「あわわわわ……お、お仕置きとか、ごはん抜きとか……?」

「そんなことしない。もうちょっと頑張りましょう」


 と、師匠は頭を撫でてくれた。

 優しい……

 好き。


「甘いですわねぇ、師匠さん。わたしでしたら罰の与えますのに」

「どんな罰だ?」

「そうですわね。一晩、わたしと師匠さんのラブラブっぷりを見せつけてみてはいかがでしょうか? パルは縄でしばって横に転がしておきましょう。ふふ、見られていると盛り上がるかもしれませんよ」

「ふぎゃー! ぜったい許さない! させない! させるもんか吸血鬼ぃ!」

「おーっほっほっほ! 夜にわたしに勝てると思わないことね、小娘ぇ!」


 という感じで。

 あたしはダメダメだったけど、無事にスライム討伐依頼をクリアすることができました。

 次は頑張ろう!

 おー!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る