~可憐! 正しいスライムの倒し方~

「いいか、パル。スライムには視線が無い。物理的に目が無いのだから当たり前の話だが。そういう魔物は大抵周囲の魔力を感知している。魔力で人間を判断して襲ってきているわけだ」

「なるほど、それでナーさまに」


 サチがナーさまの頭をワインにひたした布で拭いているのを見ながら、あたしは師匠にスライムの倒し方講座を受けている。

 ちなみにルビーは、ちょっと曲がってしまったアンブレランスの骨組みをチェックしていた。


「恐らくナーさまの体は魔力の塊みたいなもんだろうな。普通だったらサチが真っ先に襲われていたと思ってくれ。『初見』という状況でどこまで動けるか見たかったのだが……ちょっと予定が狂ったな」

「入口でもう襲われるなんて、思ってませんでした……ごめんなさい」


 大丈夫だ、と師匠は頭を撫でてくれる。


「俺だって洞窟の入口で襲われるのは予想外だった。サチには注意していたが、まさか一番後ろのナーさまに襲い掛かるとは思ってもみなかったので、俺も失敗したよ」


 肩をすくめて、師匠は苦笑する。


「師匠も失敗するんですね」

「俺をなんだと思ってるんだ、パル」

「天才」

「ありがとう、愛すべき弟子」

「にへへ~」


 なんてやり取りをしつつ、サチが持ってきた冒険者セットの中からランタンを取り出して火を灯す。

 光源は複数あったほうがいい、っていう冒険の基本にならってたいまつを用意したいところだけど、残念ながら無かったので、あたしはシャイン・ダガーを引き抜いた。

 足元を照らす程度には役に立つはず。


「隊列の変更ですわね。ナーさまを先頭にしたいところですが……」

「嫌だ!」


 でしょうね、とルビーは肩をすくめた。


「ナーさまは真ん中ですわね。先頭はわたし、次いでナーさま、パル、サチ、師匠さんの順番で進みましょう。多少は夜目が利きますのでナーさまがランタンを持ってください。それぐらいは働いてくださいます?」

「ランタンを持つぐらいだったらいいよ」


 というわけで、隊列変更と明かりの確保、それから安全確認を充分にしながらスライム退治を再開した。

 今度は油断しないように、ゆっくりと天井と壁、足元を確認しながら洞窟のゴツゴツとした岩場を進んでいく。

 あたし達の歩く音と波がちゃぷちゃぷする音が反響して、洞窟の中はわりと賑やかな感じになった。

 それでも、共通語のような会話が聞こえてこないので静か、と言えるかもしれない。路地裏で生きていた時、誰もあたしなんかに興味がなく、見ているはずなのに無視されている時。

 あの時は、世界がなんだか静かな気がした。

 それとはまた別なんだけど。

 音があるのに静か、な洞窟っていうイメージ。

 なんて考えていると――


「ルビー!」


 またナーさまの頭にスライムが落ちてくるのが見えた。いや、落ちてくるんじゃなくて飛びかかってきた。

 ルビーの頭を越えて、ななめに降ってくるスライム。

 それを、ルビーは花のように広げたアンブレレンスを天井に向かって突き上げることによってナーさまから守った。


「うひゃぁ!」


 びちゃりと弾けるスライムの粘液から身を守るようにナーさまが身をすくめる。


「やあー!」


 ルビーはスライムを受け止めたアンブレランスを元のランスの形に戻しながら、スライムが落ちないように器用にランスをひっくり返して、地面に叩きつけた。

 複数の金属がぶつかる音と、水気を帯びた粘性の音が重なる。

 おぉ!

 ルビーすごい!

 倒せた?


「ルビー、離れろ!」

「はいですわ!」


 師匠の声に反応して、ルビーはアンブレランスから手を離して後ろへ下がった。

 それを追うようにしてスライムがびよーんと腕を……腕? なに? なんか体の一部を伸ばしてきたけど、空振りに終わる。


「一撃で倒せませんでした。打撃面に問題あり、ですわね」


 ナーさまがランタンの明かりを地面に落ちたアンブレランスに向ける。すると、うじゅるうじゅると透明なスライムが這い出してくるのが分かった。


「師匠、こういう場合はどうしたらいいんですか?」


 近づいたら溶かされるし、魔法攻撃もできない。よくよく考えたら、このパーティってバランスがめちゃくちゃ悪いよね……


「投げナイフで牽制。襲い掛かってきたところをダガーで切る」

「……え」

「ほれ、パル。出番だぞ」

「あ、あたしがやるんですか!?」


 がんばれ、と師匠に背中を押されてルビーと位置を入れ替わった。アンブレランスの下から這い出してきたスライムの先端が、ぴょこぴょこと魔力を感知するように動いてる。

 うん。

 気持ち悪い。

 誰もこんな依頼を受けたがらないわけだよ、ホント。

 ぜったいに食べたくない、っていうより、ぜったいに食べられたくない魔物だ。溶かされながらだと、たぶん、すぐに死ねないだろうなぁ。

 嫌だなぁ。まず師匠が買ってくれた大切な服が溶けて、裸にされちゃって、じわじわと皮膚を溶かされながら、口とか色んな所からスライムが体の中に入ってきて、外から内から溶かされていくんだ。

 うわぁ。

 ぜったい苦しい死に方だぁ……


「ふぅ」


 嫌な気分を息に乗せて、吐く。緊張とか恐怖とか、そんなマイナス感情もいっしょに吐き出した。

 集中。


「よし!」


 いきます、と合図してからあたしは投げナイフを投擲した。牽制っていうより、そのままスライムに当てるつもりで投げる。

 投げナイフが刺さった瞬間、スライムの体がびくりと縮こまる。液体から個体になったようなイメージだ。

 で、そのままスライムはあたしを目掛けて飛びかかってきた。

 これをシャイン・ダガーで斬――


「うひゃぁ!?」


 ごめんなさい!

 めっちゃ怖くて逃げましたぁ!

 こんなのシャイン・ダガーで斬れる気がしないよぉ……


「ちょっとパル。しっかりしてくださいな」

「だってだってぇ~。怖いんだもん!」

「それが魔王さまにケンカを売った女のセリフですか、まったく」

「魔王のほうが見た目的にマシ!」

「え~……まったく。スライム以下と言われては、魔王さまも形無しですわね。スライムだけに」


 うぅ。


「師匠、見本みせてくださいぃ」

「仕方ないなぁ」


 師匠はあたしの頭をぽんぽんと叩いてから先頭に移動する。そのまま何気なく投げナイフを投擲すると、同じように飛びかかってきたスライムを、投げナイフで両断した。

 粘液も飛び散らないし、めっちゃスマート!

 かっこいい!


「こんな風に、真ん中を切ればスライムは殺せる。恐らく体の中心になんらかの核のようなものがあるのだろう。倒しても粘液が残るのは、嫌がらせとしか思えないが」

「おぉ~、すごい師匠! やっぱり天才だ」

「さすが師匠さんですわ。あ、師匠さんの投げナイフはわたしが拭きますわね。ついでに師匠さんの体にも粘液が付いてるかもしれませんので、拭いておきましょう」

「あ! ずるいぞルビー!」

「早い者勝ちですわ」


 ぶぅ~。

 仕方がないので、あたしは自分のナイフをワインにひたした布で拭く。ほんと、面倒くさいなスライムって。いちいちこんな風に武器を手入れしないといけないなんて。冒険に時間が掛かってしょうがない。


「面倒な作業だな。後でまとめて洗ったらいいのに」

「……ダメですよ、ナーさま。武器を大切にしない冒険者は、すぐ死ぬって言われてます」

「そうなの?」

「……はい。でも武器にこだわり過ぎてる冒険者もすぐに死ぬって」

「なにそれ難しい。絶対に壊れない武器とか作ったらいいのに」

「……それ、こだわり過ぎてます」

「マジで!?」


 サチとナーさまのお話を聞きつつ、拭き終えたので再び洞窟を奥へと向かって進んでいった。

 一本道らしい洞窟は、途中で大きく広い空間に出る。海の水は真ん中に水路のような形で続いていて、まだまだ奥につながっていた。

 自然にできた洞窟なんだろうけど、なんかすごい人工的な感じ。見れば何かに使っていたような残骸が見える。もともとの形は分からないけど、木で作られているみたいで腐っちゃって壊れた感じかなぁ。

 何に使われていた場所なんだろ、なんて思いながら広い空間を探索すると、やっぱりスライムがいた。

 今度は天井じゃなくて地面にいた。

 水たまりのような感じで静止している。


「ここは広いから、ルビーが援護してね」

「了解ですわ」


 せーの、であたしが投げナイフを投げて、飛びかかってきたスライムをルビーがアンブレランスで叩き落す。

 今度はしっかり一撃で倒せたようで、スライムの体がびろーんって伸びて消滅した。


「あらら、本格的に曲がってしまいましたわね」


 布で拭きながらルビーがアンブレランスを開こうとすると、花びらの半分が引っかかっているような状態になってしまった。


「もっと単純な構造じゃないとダメそうだな。ラークスへの課題だな」


 師匠も興味深そうに見るけど、簡単に修理できそうな状態じゃなかった。でも、シールドにするのは無理でも、ランス型の鈍器としてはまだまだ使えそう。


「……こっちにもいた」

「おーい、人間。こっちにもいるぞー」


 サチとナーさまが壁に張り付いていたスライムを発見。

 同じ方法で難なく倒して。


「この調子でイケそうですわ!」

「おー!」


 広い空間を探索し終えて。

 あたし達は、洞窟の更に奥へ向かって進むのだった。

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