~可憐! ただの移動も工夫次第で修行になるよ~
冒険者ギルドから出たあたし達は、馬車に乗って学園都市の東側へ移動した。ちなみに今回の馬車は普通の馬車でした。ざんねん。
スライムの粘液で溶かされるのを防ぐにはお酒が必要なので、酒屋さんでワインを五本買って、ついでにお酒を運ぶ商人さんの荷馬車に乗せて行ってもらえることになった。
ガタンゴトン、と乗り心地がすっごく悪くて、さっき乗った普通の馬車がとっても優れていたことに気付く。
慣れるって、やっぱり恐ろしい。
あたしも路地裏で生きてた頃を忘れないように、師匠みたいな立派な盗賊になれるように気を引き締めよう、とお尻をさすりながら思った。
「ここから海岸へ向かって歩いていけば洞窟が見えるはずだ」
「は~い、ありがとうおじさん」
「お嬢ちゃん達みたいな可愛い子を乗せれて、こっちが礼を言いたいくらいさぁ。へっへっへ」
そんな風に笑う商人のおじさんに手を降って、あたし達は街道から海のほうを見る。
こっちは森がある西側の砂浜と違って、ゴツゴツとした岩場になっていた。と言っても、砂浜も普通にあるけど。
「パル」
「はい、なんですか師匠?」
「ワインはおまえが背負っとけ」
「うげ……なんでですかぁ、師匠~」
ただでさえマグ『ポンデラーティ』のせいで体が重いのに、ワインを五本も入れたバックパックなんか背負っちゃうと、動けなくなっちゃう。
それに……
ホントはもうポンデラーティは使いたくなかった。
これのせいで。
重くなったあたしの体のせいで、師匠は死んじゃうところだった。
あたしがこんな物を欲しいって言わなかったら。もっと違う効果のマグを選んでいたら。
師匠は、あんなにも苦しまなくて済んだかもしれない。
でも――
「ダメだ。それとこれとは話は別。そんなことを言い始めたら、体重が増えること自体に罪悪感が生まれてしまう。おまえは今後、お腹いっぱいごはんを食べられなくなるぞ」
「う……ごはん、食べたいです」
「あぁ。パルがガリガリに痩せてようが、太った子豚だろうが関係ない。どんなことがあろうとも、俺はおまえを助けていたよ。なめるなよ、我が愛すべき弟子。あの程度のピンチ、盗賊の仕事で言ったら中級だ。どうということは無い」
「じゃぁ、上級の仕事ってなんですか?」
「弟子を見殺しにすることだ」
と言って、師匠はあたしの頭を優しく撫でてくれた。
師匠が優しくて好き。
でも、背負ったバックパックの重さが、あたしの好きっていう感情を台無しにしてくる。後ろから引っ張られてるみたいに、ひっくり返りそうになる感じ。
「う、うぐぐぐ……」
しかも、歩くたびに背中で瓶がぶつかって音がするから怖いし。隠密性ゼロだし。砂で足は取られるし、冒険の前から状況最悪だ。
それでもなんとかフラフラ、カランカランと歩いていくと、波打ち際に到着する。
岩場に打ち付ける波がはじけて、海が泡とかで白く濁っていた。
「ありましたわ。あれが洞窟ですわね」
ルビーが洞窟を発見したらしく、指をさす。
いいなぁ、楽しそう。
ラークスくんの武器を試したくてウズウズしてるルビーは、楽しそうに砂浜を歩いていく。
少し進んだ先に積み上がったような岩場があって、崖になっている側面に大きく裂けたような洞窟があるのが分かった。
海と繋がっているみたいで、洞窟の入口から海水も入っていってる。岩場と水路のふたつが洞窟に入って行くような感じ。
海の水があるってことで、水分が多いからスライムが発生したのかも?
「でも、あんなとこに何か用事があったのかな?」
冒険者じゃない限り、あんな洞窟にわざわざ入ったりしなさそうだけど……?
「……貝とか採れるのかも」
「あぁ、なるほど。美味しかったもんね、貝のスープ」
サチといっしょに、うんうん、とうなづくと後ろでナーさまが頬をふくらました。
「私も食べたかったなぁ。いいなぁ、人間は。サチといっしょで」
「……ナーさまはいつも一緒にいてくれるじゃないですか」
「そうだけどさぁ」
なんて言ってる間に砂浜が完全に無くなり、岩場だけになった。
これでようやく砂に足を取られずに済むぞ~。よかったぁ。
「ふぅ~」
「ほれ、パル。軸がブレてるからワインがカラコロ鳴るんだ。中心を意識しろ、中心を」
「は、はい」
なるほど~。
こういう修行だったのか。
あたしは、ワインの瓶がお互いにぶつかって鳴らないようにゴツゴツとした岩場を歩いていく。
カラ、カラ、コロン、カラコロン。
「うっ……師匠、難しいです」
「まぁ、最初から出来たら天才だ。俺が落ち込む」
師匠はあたしの頭をぽんぽんと撫でてから、とんとんとん、と軽く岩場をジャンプしていく。
凄いのは師匠の足音がまったく聞こえないこと。
きっと師匠が瓶を持っていても、ぶつかったり音がしたりすることは無いんだろうなぁ。
っていう動きだった。
凄い!
そんな風に背中の荷物を意識しつつ、体の中心の軸? を意識しつつ、洞窟を目指して、岩場をジャンプしながら移動していく。
「よっ!」
カラン!
「ほっ!」
ガツン!
「んっ!」
コツン!
「うん!」
ぜんぜんダメだ!
五本の瓶を一本も動かすことなく、ジャンプして移動するなんて無理!
しかも体が重くなるデバフ状態だし!
「師匠ぉ~」
「できなくて当たり前だ。だが意識するのとしないのとでは違う。なにも気にせずジャンプするのと、気を付けながらジャンプするのとでは結果ではなく仮定が違うだろう?」
「そうですけど、一回一回怒られてるみたいでツライ……」
「怒ってない怒ってない」
師匠は笑ってあたしの頭を撫でてくれた。
でも。
難しいものは、難しい。
それでも、あたしはできるだけ音を鳴らさないように頑張って、岩場をジャンプしながら移動していく。
波がざっぱーんと飛び散ったりするのを横目に見ながら、洞窟の入口に到着した。結局、背中のカランコロンは鳴りっぱなしだった。
難しい。
ちょー難しい。
「かなり深そうですわね」
洞窟は、崖の裂け目のように縦に大きい亀裂が入っており、それがずっと奥まで続いている。足場となる岩場がそのまま中へ続くような感じだけど、段差があって低いほうには海の水が流れ込んでいて、水路のようになっていた。
そっちを覗き込むと、太陽の光が透き通るように海の水を青く照らしていて、魚がいっぱいいるのが見える。
「もしかして魚がいっぱい獲れる洞窟なのかな」
「そうかもしれませんわね。大型の魚は獲れませんが、小魚は一網打尽にできそうですわ」
入口に網をはって、洞窟の奥から追い込めば簡単に獲れそう。
もしかしたら、そんな感じで洞窟が使われているのかも?
「よし、美味しいお魚を食べるために頑張ろう」
「……おー」
「いきますわ」
さっそくルビーがランスをお花のように咲かせて肩に沿えながら頭の上に向けた。スライムは天井から降ってくるそうなので、これで防御できると思う。
でも、隙間だらけなので、あんまり信用度は高くない。
洞窟の通路はひとり分しか無い。
なので、ルビーを先頭に、あたし、サチ、師匠、ナーさま、と一列になって洞窟に入った。水路にちゃぷちゃぷと波が当たって、太陽の光が青く拡散して、めちゃくちゃ綺麗!
もしかして、とってもステキな洞窟なのでは?
「んぎゃぁ!?」
なんて思ってたら、いきなり悲鳴があがった。
慌てて振り返れば――
「あばばばばば」
ナーさまの顔に、べったりとスライムがくっ付いていた。
えー!?
エンカウント、早すぎない!?
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