~可憐! 残り物には福がある?~

 サチを冒険に誘ったら、問題なくオッケーだったので。

 いっしょに学園校舎の入口まで戻ると、師匠が待っていた。


「師匠~」


 と、手を振ると――師匠はチラチラと周囲を見渡してから手を振り返してくれた。

 優しい~。

 でも、恥ずかしがってる師匠、ちょっと可愛い。


「いいですわね」

「分かる、ルビー?」

「もちろんですわ」


 ふたりで、にへへ、と笑っていると師匠が合流した。

 で、あたし達を見て一言。


「なんでまだいるんだ、この神さま」


 うん。

 あたしもルビーも同じことを言った。

 サチに付いてきてるナーさまに!


「失礼な人間だな。確か、まだ一ヵ月もたってないでしょ。誤差よ誤差」

「エルフより時間の感覚が酷いな」

「千年くらい存在してたら、時間の感覚なんて適当になってくるのよ。ていうか、大神が近くにいるんだから、もうちょっと敬いなさい。敬語を使いなさい」

「こうも身近にいると、ありがたさがドンドン減っていく」

「えー!?」


 ナーさま、驚いて声をあげてるけど……

 師匠とナーさまのやり取りに、あたし達はうなづいた。もちろん師匠に賛成という意味で。

 なんていうか、神さまっていうよりも友達っていう感じがしてくる。

 王さまとか領主さまより話しやすい。


「邪魔しないから置いておいてください」


 ついには神さまがお願いしてきた。


「早く帰って怒られたほうがいいんじゃないんですか、ナーさま」

「サチのお友達は酷いことを言う。私のこと嫌いなんだぁ」

「え~……」


 涙目でにらまれた。

 あたし、そんな酷いこと言ってないよね?


「面倒くさい神ですわね。あなたが降臨していられるのもわたしのお陰というのをお忘れなく。いいですのよ、今すぐ影人形を崩してしまっても」

「あぁ~、ごめんなさい吸血鬼さま! 静かにしてますからぁ、もうちょっと、もうちょっとだけお願いします!」


 う~ん……あんまり思いたくないけど、ナーさまがイジメられたりした原因が、なんとなくちょっと分かってしまうような気がした。

 あぁ。

 この神さま。

 調子に乗っている。

 非常に調子に乗ってる。


「サチぃ」


 あたしがサチに、なんか視線とか表情とかもろもろを込めて訴えると、サチはこくんと静かにうなづいた。


「……ナーさま」

「んお。な、なにかなサチ。お願いがあるのなら聞いてあげるよ」

「……今のままだと、ナーさまのこと嫌いになりそうです」

「うげっ!?」

「……ちゃんとしてください、ちゃんと。威厳を持ってください。帰れなんて言いませんから、子ども達に慕われるような立派な人になってください。……人じゃなかった、神だ」

「わ、分かってるよぅ……じゃなくて、わ、分かりました。う、うん。今日は視察です。我が神官であるサチの行いを視察するつもりです。分かりましたか、サチのお友達と吸血鬼と、あと師匠」


 はーい、と一応は返事しておいた。

 師匠は返事しなくて、なんか微妙な表情を浮かべていた。


「小さい頃の遠足を思い出した」


 と、師匠は後で言っていた。

 遠足なんてあったんだなぁ……ジックス街の外に出るのは危ないので、街の中を歩いたりしてたのかな?

 お弁当を持ったりして、みんなで歩いていったんだろうなぁ。

 あぁ。

 良かった。

 あたしは参加しなくて。

 おっと……あたしに孤児院で過ごした記憶は無いんだった。

 うんうん。知らない知らない。気のせい気のせい。


「では、冒険者ギルドに向かいましょう。ラークスくんの武器を早く試したいです」


 というわけで、乗り合い馬車に乗って冒険者ギルドへ移動しました。

 今日乗った馬車は多人数は乗れなくて狭いけど、ふっかふかの座り心地の椅子があって、思わず眠ってしまいそうな馬車だった。

 たぶん貴族とか王族が使う馬車の試作品なんだろうなぁ。

 運がイイ。

 心地良い乗り心地に頭がぽけ~っとしてたけど、冒険者ギルドに入ってからはシャンとしないといけない。

 ぺちぺちとほっぺたを叩いてから中に入ると、まだ冒険者のパーティがいくつか残っている状態だった。

 冒険に出る準備中かな。

 装備点検とかしてる最中だけど、みんなが一斉にこっちを見てくるのはちょっと緊張する。

 でも師匠が言ってたっけ。


「視線は重要だぞ」


 って。

 なので、練習のつもりで視線の意味を感じ取ってみる。

 うん。

 敵視とか殺気とかは全然ない。ただの確認みたいなものだったっぽい。


「こちらの掲示板に依頼があるのでしたっけ」


 受付カウンターの近くにある掲示板。

 冒険者はそこに張り出された依頼書を取って、その日の仕事や冒険を選ぶ。

 あたしもルビーの隣に並んで掲示板を見た。


「あ、今日は残ってるね」


 早朝じゃないので、もう依頼なんか残ってないと思ってたけど。でも、掲示板に一枚だけ残っていた。

 それをみんなで覗き込むと、師匠さんとサチがめちゃくちゃ嫌な顔をした。


「残っている理由が分かった」

「……危険よね」


 依頼書に書かれた文字は単純そのもの。

 討伐依頼。

 いわゆる魔物を退治してきたら報酬を払うよ~っていうやつだ。

 で、肝心の討伐する魔物だけど……


「スライムだ」

「スライムねぇ」


 スライム。

 なんか水の塊みたいな魔物で、ネバネバしてる感じの不定形の有名な魔物。

 飲み込んだものを何でも溶かしちゃう能力を持っていて、武器とか防具が痛んでしまうので注意しないといけない。

 スライムの消化液を防ぐにはお酒が必要で、倒した後には必ずお酒でネバネバの粘液を洗い落としましょう。

 魔物レベルは4。

 そんなに強くはない魔物だ。


「え~っと、街の東海岸沿いにある洞窟にスライムがいたのを発見。危ないので退治してください。注意……何匹いるのか分からないので、洞窟をくまなく探索すること。その際、他の魔物が発生している場合が多々あります」


 報酬は銀貨五十枚。

 50アルジェンティ。

 魔物レベルが4なのに、報酬の金額が結構多い。

 おいしい仕事だ!

 でも、なんで残ったんだろう?

 というか、師匠とサチの表情が嫌そうになっているのが、その答え?


「師匠、スライムって危ないんですか?」

「かなり危ない。ほぼ100パーセント、不意打ちから始まる戦闘だと思ったほうがいい。あいつら天井から降ってくるんだ。設定されている魔物レベルは、正面で向き合った場合での想定で指定されている。本来のスライムの適正レベルは7か8……状況によっては10って考えてもいいだろう。間違ってもルーキーが請け負ってはいけない依頼だ。いわゆるレベル詐欺ってやつだな」


 なるほどぉ。

 でも、だったらなんでレベル4にしてあるんだろう?

 倒した後に残る魔物の石がショボいから?


「上から降ってくる……ということは、ぴったりの武器ではありませんか、これ」


 ルビーは背中の留め具からランスを引き抜くと、ガチャリと花が咲くみたいに開いてみせた。

 それをそのまま上へ向ける。

 確かに天井からの不意打ちに備えるにはぴったりの武器だ。むしろぴったりの『盾』って言える。


「まぁ、安物のワインを大量に買い込んで挑めば問題ないだろうが……割りに合わないんだよなぁ……」


 師匠はスライム退治をしたことある感じなのかなぁ。

 う~ん、と腕を組みながらあたしとサチを見る。表情を見てるっていうよりは、どちらかというとあたし達の服を見てる感じ。

 特に師匠は、あたしを見てた。


「あたしの装備、足りませんか?」

「あ、いや、違う。あ~……スライムはなんでも溶かすだろ? 金属だろうとおかまいなく溶かしてしまうんだが、まぁ金属には猶予がある。溶けだすまで数時間かかるので、それまでにお酒で洗えばいいんだが……服だ」

「服ですか」

「早い。溶けるの、早い」

「なるほど。服だけ溶けちゃうんですね!」


 ――ザワ。

 と。

 なぜか一瞬だけ冒険者ギルドの中がざわついた気がした。

 なになに、と周囲をうかがったけど、みんな装備点検に一生懸命だった。

 さっきの視線はなに!?

 というか、あたしが気取るより早く視線を外すなんて……!

 もうすっかり、どの冒険者があたしを見てたのか、ぜんぜん分かんない!

 むぅ。

 やっぱりホンモノの冒険者って凄いんだなぁ。

 あたしも頑張らないと!


「問題ありませんわ。わたしが全て倒してみせますもの。スライムの粘液は、全部これで受け止めてみせます。パルとサチは後ろからのんびり付いてきてくださいませ」


 ルビーはそう言って楽しそうに武器を肩にかつぐ。

 そんな様子を見て、師匠は腕を組んで考えていたけど……


「よし、俺も付いていこう」

「なんでですの!?」

「いや、心配だから……」


 というわけで、師匠が付いてくることになった。

 わ~い。

 師匠といっしょに冒険だ。


「信用されているのかされていないのか、いまいち分かりませんわ。むぅ」


 ルビーはほっぺたを膨らませつつ、掲示板から依頼書を外すと受付に持っていく。

 横から突っつきたくなったけど怒られそうなのでやめておいた。


「受理しました。えっと、そちらの三人は冒険者として登録されていますが、後ろのふたりは……?」


 受付のお姉さんが少し困ったように師匠とナーさまを見る。


「俺は保護者だ」

「私は神だ」

「えぇ……?」


 冒険者に保護者が付いてくるのも前代未聞だと思うけど。

 神さまが付いてくるのは、ホントにホントの前代未聞だと思う。

 うん。


「つ、付いていくのは自由ですが、その、ギルドとしましては何の保証もできませんので、えっと、それでも良いですか?」

「あぁ、問題ない」

「うむ。問題ないぞ」

「は、はぁ……」


 というわけで。

 師匠と神さまといっしょに冒険に出ることになりました。

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