~卑劣! 男の子だったら誰もが憧れる伝説の武器~

 パルとルビーがサチを誘いに行く間、俺はラークスを送っていくことにした。


「男同士、話がある」


 と言ってしまえば、パルもルビーも疑わずに了承してくれる。なんとも空気の読める弟子と吸血鬼で助かった。


「それで、話ってなんですか?」


 楽しそうに駆けだしていったパルとルビーの背中を見送りつつラークスが聞いてきた。


「いや、なに。武器のお礼を言いたいのと、ただの雑談だよ」


 嘘には、ほんの少しの真実を混ぜればいい。

 とは言うものの、お礼と雑談っていうのは真実だけど。


「ジュースでも飲むかい?」

「あ。じゃぁリンゴジュース以外で」

「了解だ」


 もともとリンゴという名前だけにリンゴジュースには何か思うところでもあるのだろう。もしくは、今まで散々からかわれてきたのかもしれない。

 適当な屋台でオレンジジュースを買って、ラークスに手渡す。


「すっぱ!?」

「ハズレでしたね……すっぱ!」


 ふたりで酸味の効き過ぎたジュースに、口と顔をしわくちゃにさせながら学園への道を歩き始めた。


「あの武器のアイデアはどこから出たんだ?」

「アイデアってほどではないと思います。単純に傘とランスを組み合わせただけですから。既存の物を組み合わせただけ。ゼロからイチを生み出したのではないです」

「ゼロからイチか」

「物を作る人間にとっては憧れです」

「分からなくもない。俺もオリジナルの技とか考えたりするし」


 ラークスくんと顔を見合わせて、ひひひ、と笑った。

 俺の考えた最強の必殺技。

 男だったら一度は夢見るものだが……それは鍛冶師や武器職人にとっても同じらしい。

 オリジナル。

 自分だけの物。

 それらに憧れない男など、この世に存在するだろうか?

 いや、しない。

 というわけで、この流れで本題を切り出そう。


「ラークス。君がもし魔王を倒す武器を作るとしたら……どんな物を作る?」


 英雄譚や絵本に出てくる勇者。

 彼らはいつだって伝説の武器を手に入れて、強大な敵に立ち向かう。神の加護を受けた剣や恐ろしいほどの魔力が込められた刃を振るって、ドラゴンや魔王を倒してきた。

 でも。

 現実はそう上手くはいかない。

 伝説の武器なんて、そう簡単に転がっているわけもなく。ましてや、すでに発見された伝説の武器なんてものは厳重に保管されており、たとえ勇者であろうとも貸してくれない貴重な物だ。

 手に入るのは、せいぜいマジックアイテムレベル。

 光の精霊女王ラビアンの加護を受けた、光属性の剣と盾を手に入れるので精一杯だろう。

 神話時代のドワーフが作ったと思われる武器や防具は、遺跡で発見されることが多い。だが、大抵の遺跡はすでに冒険者が探索した後だ。貴重なアイテムは、もうすでに残り少なくなっているのかもしれない。

 そんな中で――

 俺は。

 いや、俺たちは首元に巻いている『聖骸布』に手を触れた。

 間違いなく伝説のアイテムに分類される物であり、精霊女王ラビアンさまを祀る神殿の総本山から盗んできたものだ。

 貸してと言って貸してくれるわけでもない上に、ラビアンさまがお告げで持っていけって言うもんだから盗むしかなかったわけで。

 逆に言ってしまうと、ラビアンさまの導きがあったからこそ盗み出せた聖骸布だ。

 これが他のアーティファクトや伝説の武器や防具となると、そう簡単にはいかない。

 それこそ、ひとりでは無理。人生を賭けた大勝負を仕掛けたとしても、九割は失敗するだろう。立ち上げたギルドの人員をフル動員させて、武器をひとつ盗んで解散させてしまったのでは無意味だ。

 だからこそ。

 新しくも画期的な武器や防具を、あいつに届けてやることも。

 きっと重要になってくる。


「ま、魔王ですか!?」

「なに、ただの雑談だ。俺だったらこうする、みたいな想像とかしたことないか?」


 驚くラークスに、俺は苦笑しつつ手をひらひらとさせた。

 軽い冗談だ、とアピールしておく。

 本音としては超本気だけど。

 こういう質問、下手に熟練の職人であるドワーフにぶつけても無意味だ。

 どいつもこいつも自分の実力を知っている、というか、実力をわきまえているので……


「無理に決まっているだろ」


 という答えしか返ってこない。

 やる気がないのではなく、本当に無理な話なのでアイデアのひとつも答えてくれない。

 その点、ラークスは違う。

 なにせ『僕の考えたオリジナル武器』を持ち込んでくるくらいだ。

 若くて未熟で、無鉄砲。

 だからこそ。

 だからこそ、だ。

 いつだって熟練者を『古い老人』と笑ってきた者が時代を変えていくもの。

 まぁ、ラークスくんはそんなこと言わないだろうけどさ。

 僕の考えたサイキョーの武器を語ってくれる、素晴らしくも明日を夢見る若者には違いないのだから。


「え~っと、そうですね。僕だったら、たぶん武器をふたつ用意します」

「ふたつ?」

「はい。剣って、物凄い矛盾した武器なんですよ。あれ、矛盾で良かったのかな?」


 剣なのに、矛と盾。

 どういう意味だ?


「剣は切れ味を上げれば上げるほど、折れやすくなるんです。逆に、丈夫にすれば丈夫にするほど切れなくなる。安物の剣って、切ってるんじゃなく押しつぶしてる感じですから」

「あぁ、なるほどそういう意味か。確かに矛盾してるって表現は的確だけど、なんかこう、間違ってる気がするな」


 ですよね、とラークスは笑う。


「ドラゴンの鱗でさえ簡単に切れる剣を作っても、きっと魔王に届く前に折れてしまう。だったら、魔王に届く前は丈夫な剣で。トドメの一度だけ、切れる剣を使う。だから、ふたつの剣を使えば、魔王を倒せる……かも?」

「ふむ。しかし、それでは心許ないな。予備に何本か欲しい」

「持てる限りだと両腰に一本づつ、背中に二本、両手に一本づつ。六本の剣が限界でしょうか」

「無理をすればもう一本いけそうだな」

「そのかわり、動きやすさとかスピードが犠牲になりそうですけど」

「違いない」


 俺は肩をすくめて苦笑した。

 理想は、やはり二本程度だろうか。

 丈夫な剣と切れる剣。

 その二本があれば……果たして、あの魔王の首に刃は届くだろうか?


「……無理か」


 まさに『想像を絶する』というやつだ。

 実際に魔王を目の前にしたというのに、魔王を倒せる想像すら浮かばない。虚を突けるどころか、魔王に『虚』があるとも思えなかった。

 ルビーによって眷属化されていたからこそ、あの場にいることができた。ひれ伏さずに、夢我夢中で動くこともできた。

 では。

 実際に勇者パーティの一員として、俺に何かできるだろうか?

 そう考えた時――

 なにもできない、としか思えなかった。

 いくら肉体が若返ったからといって、盗賊は盗賊だ。力が強いわけでも、盾を持ってみんなを守れるわけでもなく、魔法も使えないし、戦況を見極める能力が高いわけでもない。

 作戦立案や、その場での機転ならば、やはり賢者が俺を上回る。

 せいぜい邪魔にならないように予備の武器を持ち、あいつに手渡すこと。

 それぐらいしか。

 俺には、できそうにもなかった。

 もっとも。

 それすらも死に物狂いだろうな。

 やっぱり――追放されて正解だったのだろう。

 あいつが引き留めもしなかったのは、裏方にまわす為だった……と、考えるには都合が良すぎか。いや、でも、聖骸布も持っていけって言ってたしなぁ。

 まぁ、とにかく。

 時間遡行薬はもちろんだが、魔王を倒す武器を手に入れることも必要になってくるはずだ。

 さすがにラークスに製作できるとは思えないが、それでもアイデアを聞いていくだけでも損は無い。

 申し訳ないが、そのアイデアを容赦なく熟練者に伝え、製作してもらうこともあるだろう。

 そういう意味では、ラークスはギルドに誘わないほうが良いか。

 無駄にプレッシャーをかけず、今はノビノビと鍛冶師への道を歩んで欲しい。ルビーの武器も、思い付きで作ってくれるほどだ。

 卑屈な環境から解放されたラークスの今後に期待するとしよう。


「あぁ、でもひとつありますよ、良い武器が」

「ん?」

「切れ味と頑丈さを兼ね備えた剣です。世界で唯一、切るのではなく『斬る』ことができると言われている武器があります」

「アレか。義と倭の国に伝わる『倭刀』……カタナだな」

「それです!」


 滅多にお目にかかれない一品だし、素人が使えばたちまち折れてしまうというカタナという剣。

 義と倭の国で作られているのだが、なかなか手に入るものでもなく、製造方法すら門外不出であり、認められた者でないと購入すらできないと言われている。

 一度は触れてみたいとも思っていたが、残念ながら実物を見る機会すら無かった。


「ラークスは作れないのか?」

「実物も見たことないので、なにがどうなっているのかサッパリです。斬るところまで切れ味を高めることは出来ると思うけど、すぐ折れちゃいますから。丈夫さも兼ねているカタナは、本当に意味不明ですよ」

「意味不明かぁ。カタナのような凄い武器があれば……いや、それでも魔王には届かないだろうな」

「あはは。カタナで魔王が倒せるのなら、今ごろとっくに倒せているでしょうから」


 それこそ――カタナ以上の物でないといけない。

 もしも。

 アーティファクトの倭刀があれば。

 伝説の武器と言われるカタナがあれば。

 そんな物が存在するのなら。

 魔王を倒せる武器と言えるのかもしれない。

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