~流麗! いっつ・まい・にゅー・ぎあ~

「お、おはようございます」


 おずおずと挨拶するラークス少年に、わたし達は三人で挨拶を返しました。

 ドワーフ達に勝って、自由に鍛冶研究会で活動できるようになったラークスくん。自信を付けたかのように思えたのですが……やっぱりまだまだ自尊心は鍛えられていないようですね。

 それとも朝からわたしの顔を見ることができて嬉しいのでしょうか。

 なんて、そんな冗談を言う間もなく、パルがドストレートに質問してしまった。


「ねぇねぇ、それなぁに?」


 と。

 まったく。

 まったくまったくぅ、ですわ。

 この金髪小娘には情緒というものがないのでしょうか?

 誰がどう見ても、ラークスくんが訪れた理由は、その謎の金属棒ですのに。それをこっちから問いかけるのは面白味に欠けます。

 ここは、おどおどしながら話を切り出すキッカケを探すラークスくんをじっくりねっとり見物する時間だというのに。

 ホント、人生経験の短い人間種の愚か者は困ったものです。

 退屈に殺されても、わたしは助けてあげませんからね。


「じ、実は新しい武器を開発しまして」


 なるほど。

 この金属の何かは武器なのですね。

 しかもラークスくんが作った新しい武器。


「おぉ!」


 そんなラークスくんの言葉に声をあげて反応したのは――

 師匠さんでした。

 思いのほか、師匠さんの反応が大きかったのでビックリしました。いや、ちょっと瞳をキラキラさせてませんか、師匠さん?

 なんでしょうか、男の人ってそういうの好きですよね。

 創作武器と言いますか、僕の考えた最強の武器とか、良く語っているイメージがあります。


「君が考えて作ったのか?」

「は、はい! 初めてひとりで作ってみました」


 反応が良かったのか、ラークス少年の瞳もキラキラと輝き始めたではありませんか。

 男の子、ですわね~。

 師匠さんも、表情がラークス少年と変わらないじゃないですか。

 でも、かわいい。

 好き。

 かわいい師匠さんも好き!


「あ、あの、前にエラントさんが言っていた『反らす』にヒントを得て作ってみたんです」

「なるほど。反らすことに重点を置いた武器。そいつは変わったコンセプトだな。盾じゃなくて、あえて武器で作ってみたのか」

「はい! 剣で防御することもあるじゃないですか。武器って、防具としての一面もあるな~って思ってたんです」


 なるほど、とわたし達はうなづいた。

 まぁ、わたしは素手で戦うというか、あんまり自分で動いたりする戦い方をしたことがなかったので詳しくは分かりませんが……

 確かに、武器は防御にも使いますわよね。

 逆に言うと、防具を武器にすることはあまり無いとも言えます。せいぜい盾を鈍器とするくらいでしょうか。

 ガントレットや手甲で殴る、ということも言えるかもしれませんが……あれはもう素手の領域でしょう。ブーツで蹴ることを特殊行動に捉えないようなものです。

 それを考えると、防具よりも武器のほうが表裏一体といった感じがあるのは理解できます。

 ですが……


「ラークスくんの持ってきた、それ。およそ武器にも防具にも見えませんけど?」


 金属の棒ではあるのですが……なにやらスリットがあると言いますか、穴が開いているような感じ。

 全体的に見れば、円錐形をしており、およそ馬に乗って戦う騎士が使うランスに似ている気がしますが。

 でも先端はあまり尖っておらず、刺す目的で作られたようには思えなかった。


「まだこの武器に名前はありませんが、る、ルビーお姉ちゃん、どうぞ持ってみてください」

「あら、わたしの為に作ってくださったんですの?」

「え、いや、えっと、は、はい……」

「うふふ、そんな照れずともいいですのに。ラークスくんが作った武器なら、どんな物であろうとも嬉しいですわ」


 なにせ師匠さんのエクス・ポーション製作に、少しだけラークスくんの聖印が関わっていますもの。

 ラークスくんも師匠さんの命の恩人です。

 まぁ、実際にはエクス・ポーションではなく時間遡行薬になってしまいましたが。

 大神ナーを称えるエンブレムがあったからこそ、安定したポーション製作が出来た、とも言えますので。

 こじつけかもしれませんが、そのひとつひとつが無意味ではなく、ちゃんと意味があったと思いたいのです。

 ですので、ラークス少年を助けることは無意味だったのではなく、師匠さんの命を救うことに繋がったと思えば、たとえどんな武器であろうとも喜んで使いたいと思います。


「――と、言いたいのですけれど。さすがに使い方が分からなければ困りますわ。これは、どうやって使う武器なのでしょう?」

「えっと、基本的にはランスのような感じの鈍器だと思ってください」

「……鈍器ですのね」


 苦笑してしまいましたが、よくよく考えればランスなんて使いこなせませんからね。むしろ鈍器と言われたほうが気が楽です。


「わ、重っ」


 見た目以上の重量を感じた。

 昼間の能力減衰状態でも持てないことはありませんが、なかなか振り回すには苦労しそうなぐらいの重さですね。

 なるほど、刺突武器ではなく鈍器にした理由が分かりました。

 とにかく重い。

 持ち手である柄の部分を持ったまま水平に安定させて突撃するには、かなりの筋力を必要としてしまうでしょう。

 こうも重い武器となると、刺すより殴ったほうがよっぽど効果的ですわ。


「円錐状になってますので、そのままでも相手の攻撃とかを反らせられると思います」

「お~、なるほど」


 師匠さんが多いに納得してうなづいた。

 剣でいうところの『鍔』に当たる部分が、手がすっぽりと納まるくらいに、まるでスカートのように広がっている。

 例えば、矢が飛んできたとして、真正面から矢に対して刺すようにランスを突き出せば、ランスの側面を沿うようにして矢の方向を反らせることができるでしょう。

 ですが、問題があります。


「この、穴はなんですの? というか、隙間が開いている感じですわね、これ」

「ルビーお姉ちゃん、その持ち手をグッと先端に向かって押してください」

「押す? こう? こうでしょうか?」


 ん?

 よくわかりませんわ。


「あ、えっと、いいですか?」


 ラークスくんは、ちょっと遠慮がちにわたしの手に自分の手を沿えた。


「遠慮なさらないでください。ラークスくんになら、どこをどんな風に触られても悲鳴はあげませんわ。師匠さんも許してくださいます。ねぇ、師匠さん」

「嫉妬はする」


 ……やば。

 冗談で言っただけですのに、師匠さんがそんな風に答えてくださるなんて!

 あぁ!

 惚れなおすって、こういうことを言うんですか!?

 なんかこう、鼻血が出そう……お腹の下あたりがキュっと熱い……

 好き。


「師匠さんの許可が出ました。この体はもうラークスくんの物です。むちゃくちゃに汚してください」

「えー!?」


 はぁはぁ、し、師匠さんがラークスくんに嫉妬してるなんて、そんな、そんな状況が嬉しくないはずがないじゃないですか、ほんと、マジで。

 ふひ、ふひひひひひひ!


「師匠。ルビーはやっぱり退治するべきだと思います。魔物は滅ぼすべき種族」

「俺もそう思った」


 えぇえぇえええええ!?

 ひどいッ!


「上げて落とすなんて、酷いですわ! 乙女の心をもてあそぶなんて! あんな人間たちは放っておいて、ラークスくんは続きを教えてくださいませ」

「あはは……えっと、この柄部分を持ちながらここを前に押す感じです」

「こう? おぉ」


 ギミック、と言うものでしょうか。

 まるで花が咲くようにランスの裾がスカートのように、ぶわり、と広がりました。


「なるほど、アンブレラか!」


 師匠さんの興奮する声。


「アンブレラ?」


 聞きなれない言葉に、わたしは質問しました。


「アンブレラ。もしくは『傘』や『雨傘』と呼ばれている雨具だ。義の倭の国で開発された物で、雨の日に使う道具だな。義の倭の国では外套を使う文化が無いせいか、そういった雨具が開発されたらしい」

「そうなんですのね。あっちの国の人は雨に濡れると死んでしまうのかしら?」


 わざわざこんな物を作らなくても、外套を羽織ったりフードを被ればいいでしょうに。

 妙な国というか変な文化ですわねぇ。

 退屈しないで済みそうなので、いつかは行ってみたいものですが。


「こうやって広げれば盾として使えるかと思って、傘をヒントに開発してみました。隙間が開いているのは、僕の技術力不足です。鱗状にしようかと思ったのですが、どうしても重さが跳ね上がりますし、使いにくいかなって思ってしまって……」

「確かに、そこがネックだな。そもそもにしてギミックを仕込んだ武器や防具っていうのは強度の問題が付きまとう。傘など、その最たるモノだが?」


 師匠さんが近づいてきて開いたランスの下に入った。

 なんでしょう。

 なぜか、とてつもなく嬉しい。

 傘という空間が持つ魅力でしょうか。この傘の下は、ふたりだけの物。少しだけ結界の役目も担っているような気がします。

 なるほど。

 義の倭の国の人間は、情緒というものを知り尽くしているようですわね。

 妙な文化、ではなく粋な文化、というべきでしょう。

 素晴らしいです!


「はい。壊れることは承知で作ってみました。むしろ今回ルビーお姉ちゃんに持ってきたのは、壊してもらうつもりで頼みに来ました」

「あら、もったいない。せっかく綺麗な武器ですのに」

「いいんです。たぶんきっと、使いにくいと思いますし。傘のように開くのは無駄かも知れませんので。でも、思いついちゃったので作りたかったんです。その……せっかく自由に武器が作れるようになったので」


 ルビーお姉ちゃんのおかげです、とラークス少年は笑った。

 もう。

 そんな笑顔を向けられては、無碍にできるはずがありません。


「分かりました。では、ぶっ壊してきますね」

「ルビー、言い方」


 パルが野暮なツッコミを入れてきました。

 これだから遊びの経験が少ない小娘は困ります。

 ジョーク、というやつですのに。


「パル、サチを誘って冒険に出掛けましょう。近くでオーガが暴れていたりしませんか」


 できれば乱暴のアスオエィローぐらい強いと、試し甲斐がありそうですが。


「いないだろう」

「いないよね」

「いないですよぅ」


 師匠さん、パル、ラークス少年。

 三者三葉という言葉を裏切るように。

 一様に否定されてしまいました。

 くすん。

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