~卑劣! 勇者パーティに追い出されたので盗賊ギルドで成り上がることにした~
中央樹の根本。
いくつもの根が床の上に這い出し、本の山を縫うようにして空間を支配している。言ってしまえば、それはハイ・エルフの領域とも言えた。
神聖にして犯すべからず。
もしも学園長が気さくで優しくなければ。
きっと誰も近寄れなくなっていただろう。
でも。
それが違うと思い知らされた。
神聖という言葉の持つ本当の意味を理解してしまう。
中央樹の根。
その全てが淡く温かくほのかに輝き、神々しく周囲を照らす。
薄暗かった空間は、とたんに神殿以上の清らかで美しい場所となった。
それは――
まるで、精霊女王の降臨を称えるようだった。
そう。
森羅万象すべてに存在する精霊たちの女王。
神の国にいる九曜の精霊女王の一柱。
光の精霊女王ラビアン。
つまり。
神さまが降臨した。
色素の薄い金色の神は、それこそ光そのものとも言えるほど綺麗であり、足首まで届きそうなほど長い。
汚れひとつ無い真っ白でやわらかそうな布を、ゆるく体に巻いただけのような服は、風も無いのに軽やかになびいていて、ラビアンさまの体を艶やかに隠している。
慎ましやか、とも言い切れない体のラインが見えるが、だからといって豊満とも言い切れない。
完璧とも言えるほどの整合性が取れた肉体は、今まで見てきたラビアンさまの姿としては、一番の現実感があった。
それもそのはず。
今まで俺が会ってきたラビアンさまは夢の中だった。
どこか現実感が無かったし、目が覚めれば記憶はおぼろげになってしまう。そのイメージは神殿にあった彫像に引っ張られていたような気がしないでもない。
「あぁ」
いま、目の前にいるラビアンさまこそが。
本物のお姿だった。
どんな素晴らしい神殿にある彫像よりも、どんなに腕のある職人が彫った彫像よりも。
降臨されたラビアンさまの姿は。
「美しい」
思わずそう言ってしまうほど、美しかった。
すぅ、とラビアンさまは息を吸い、目を開く。
金色……もしくは黄色の瞳で、その場にいる全員を見渡した。
もちろん、人間種たる俺たちは絶句するしかない。
神が――それも九曜の精霊女王が目の前に降臨したのだ。
声が届くどころじゃない。
ましてや夢の中で謁見するレベルでもない。
歴史書に残る。
残さないといけない。
事細かく詳細に記録を残すべき歴史的な出来事。
そのレベルの話だ。
「……」
その場面に自分がいるという事実に、体が動くわけがなく、ましてや息をするのも忘れてしまいそうになるくらいだ。
絶句していて当然とも言えた。
大神ナーさまだけは、知っていたので驚いてはいなかったが、ルビーの影で作られた人形を依り代にしているので光には弱いのかもしれない。なにも行動せず、静かにラビアンさまを見ていた。
ルビーはというと、俺の後ろでガタガタと震えている。
聖骸布を装備すると燃えてしまうくらいだ。
ラビアンさまと目が合うだけで消滅してしまうかもしれない。
「……」
そんな俺たちを見渡して、ラビアンさまは表情を崩した。
笑顔、なのだろうか。
それとも奇妙な組み合わせ……人間とハイ・エルフと大神と吸血鬼、という有り得ない状況に苦笑したのだろうか。
ともかく、ラビアンさまは少しだけ笑って――
俺を見た。
「!?」
なんだ、俺になにか伝えることでも……?
「……」
でも、ラビアンさまの口が動くことは無かった。
それはつまり――話せないこと、ということか。
聞かれては都合の悪いこと、と言えるかもしれない。
精霊女王の言葉に『都合の悪いこと』など、存在するはずがない。
森羅万象、全ての自然物質を司る女王たちに、聞かれては問題が発生することなど、有り得るはずがない。
ならば。
それは。
――俺だ。
俺の都合に合わせてくださっている。
「……」
ジッと視線が合った。
光の精霊女王ラビアンさまが、俺を――俺だけを見てくださっている。
それだけで嬉しい。
嬉しかった。
勇者のオマケだった俺が、勇者パーティの賢者と神官に追い出された俺が。
勇者を加護するラビアンさまに気に留めてもらえるなんて。
こんな嬉しいことはない。
良かった。
俺は、間違ってなかったんだ。
俺の人生は、なにひとつ無駄ではなかったんだ。
そう思えた。
でも、それだけを言いに降臨されたわけがない。
それだけの話だったら、それこそ夢でも神殿でもできる。
感動している場合じゃない。
その意図を。
神さまの意図を。
読み取らないといけない。
だが――
「分かりました」
そんなことは簡単だ。
聞くまでもなく、考えるまでもない。
ましてや、わざわざラビアンさまが降臨なさらなくとも、おのずとその考えに至れたであろう事柄だ。
だから――
俺は即答した。
分かりましたと即答した。
光の精霊女王ラビアンさまと俺。
その共通点はひとつしかない。
勇者だ。
勇者に関係することに決まっている。
そして、このタイミング。
俺が魔王領に行って帰ってきたタイミングだから、ではない。
ましてや、死にかけたからというわけでもない。
そう。
エクス・ポーションの失敗作。
時間遡行薬。
これだ。
これしかない。
勇者も俺も、すでに全盛期を過ぎたといっても過言ではない。人間領で時間をかけすぎたとも言える。
それこそ人間でなければ。
もしも勇者がエルフから選ばれていたら問題なかった。
だが、あいつは人間だから。
全盛期とも言える肉体年齢は少し過ぎてしまっている。
もしも。
もしも勇者が少しだけ若返ることができたら?
肉体の全盛期を取り戻し、今の熟練度のまま、今の経験を得たまま若返ることができたら?
それは。
それは本当の意味で――魔王を倒す勇者と成る。
世界を救う、ホンモノの勇者に成ることができる。
「……」
光の精霊女王ラビアンさまは何も語らない。
ただ、俺の言葉を聞き、俺の表情を見てコクンとうなづいた。
それだけ。
それだけだった。
あとはパルの顔を見て、ほほ笑んだだけ。
その意図と意味は分からなかったけど。
「ほへ?」
マヌケな声を出したパルに、また笑顔を浮かべて。
ラビアンさまは姿を消した。
いや。
天界に戻っていったのだろう。
中央樹が光っていたのが消えて、静寂が訪れる。明るかったところが途端に真っ暗になり、目がくらみそうになった。
「お、終わりました……? 終わりましたわよね? もう目を開けて大丈夫ですか? わたし、消されてませんよね?」
「大丈夫だ、ルビー」
俺の背中に盛大な安堵の息を吹きかけて、ルビーはきょろきょろと周囲を見渡した。
「すいません、怖くて目を開けられなかったのですが……なにがありましたの?」
絶句している面々を見て、ルビーは平気な顔をしているパルに聞いた。
「ラビアンさまがにっこり笑って帰っていった」
「なんですの、それ」
「きっと師匠のお見舞いだよ」
「精霊女王ってヒマなんですの?」
俺は肩をすくめて分からないフリをしておいた。
ラビアンさまの意図に気付いたのは、もうひとり……学園長だけ。
勇者パーティが以前に訪れたことがあるので、俺とラビアンさまの関係にも気付いているし、その意図に気付けないわけがない。
「ふ~む、なるほどな。忙しくなるぞ、盗賊クン。まずはどうする?」
「確実に言えることはひとつ」
「転移のマグだな」
そう。
勇者たちに追いつくためには確実に必要になってくる。
今の俺の立場では簡単に『転移の巻物』は、そう何枚も手に入らない。ましてや、何度も使い倒せるほどのお金も無い。
移動力を人類最大まで引き上げないと話にならないわけだ。
そしてもうひとつ。
やらないといけないことがある。
「盗賊ギルドがいる」
「ほう」
「盗賊ギルドで成り上がる。俺ひとりじゃぁ無理だ。自由に動かせる私兵が欲しい。そのためには盗賊ギルドで成り上がる必要がある」
「よろしい。盗賊クンは賢いな。色ボケたウチの賢者とは違う。どうだい、今からでも私の弟子を名乗らんか?」
「遠慮しておく。賢者の弟子を名乗れば、盗賊にとっては悪評みたいなものだ。俺のことは、適当に『卑劣』とでも呼んでくれ」
「ディスペクトゥス(卑劣)か。じゃぁ、君の盗賊ギルドはディスペクトゥスと呼ぼう」
盗賊ギルド『ディスペクトゥス』か。
まぁ、悪くない名だ。
卑怯で卑劣だと勇者パーティを追い出された俺のギルド名にはピッタリだ。
「え~っと、なにがなんだか分かりませんけど、あたしも入れてください師匠!」
ハイハイハイ、とパルは元気に手をあげながら言った。
「それならわたしも入りたいです。雑用から夜伽までなんでもやりますわ」
ルビーは丁寧に頭を下げながら言った。
行動とセリフがまったく合っていないな、まったく。
「あぁ、パルもルビーも団員に入ってもらう。ただし、夜伽はいらん」
「あら残念。もうキスまで済ませましたのに」
ルビーは肩をすくめた。
と、そんな後ろでパルの表情が次々に変わっていき、くちびるを指でおさえて真っ赤になっていくのが分かった。
……うん。
俺も思い出した。
なんか凄いキス、しちゃいましたよね。
いやぁ……
「夜伽はまだまだ早そうだな。あっはっはっは!」
そんな俺たちを見て。
学園長はゲラゲラと笑うのだった。
とりあえず、ディープなキスの思い出を頭から追い出して、俺は宣言する。
「盗賊ギルド・ディスペクトゥスを結成する。ギルドマスターは俺だ。ギルドとして活動する時はディスペクトゥスとでも呼んでくれ」
「はーい」
「了解ですわ」
「よし。ふたりともギルド内で使うコードネームが有ったほうがいいな」
盗賊ギルドでは偽名を使うことも多い。顔見知りであっても、本名を知らないことなんかザラにある。
今後、活動していく上で必要になってくるだろう。
「そうだな、パルは『可憐』で、ルビーは『流麗』でどうだ? 学園長、旧き言葉で『可憐』と『流麗』はなんて言うのか教えてくれ」
「可憐は『サティス』、流麗は『プルクラ』だ。可憐と流麗ねぇ……盗賊クンの見立ては、なんとも可愛げがあるな」
ニヤニヤと学園長が俺を見てきた。
ふん。
なんとでも言うがいいさ。
「頼むぞ、サティス、プルクラ」
「了解です、師匠!」
「どんな命令でもこなしてみせますわ、師匠さん」
そこは俺をディスペクトゥスと呼んで欲しかったのだが……まぁいっか。
ともかく、盗賊ギルドは結成した。
その目的はただひとつ。
勇者の支援をすること。
勇者を若返らせること。
そのためにはまず――
「盗賊ギルドで成り上がることにしよう」
それが、今の俺にできる全力だ。
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