~卑劣! タイミングは最悪にして最高~
下半身がサソリで上半身は人間の女性、という不思議な魔物。
もちろん今まで人間領では見たことがなかったし、そもそも上半身だけでは人間の女性と大差ない。服もきちんと着ているので、それこそ下半身を隠せば座っている女性にしか見えないだろう。
薄紫の長い髪に知的さを表す眼鏡。
いわゆる美人系の顔立ちなので、人間の美的感覚でも充分に受け入れられそうではあった。なにより豊満な胸はジックス街の宿屋の看板娘、リンリーに勝るとも劣らない。
巨乳が大好きな一般的な男性の人気は約束されたも当然だ。
俺にはまったく無意味なものだが。
つつましやかな小さな胸こそ、この世で一番美しいだろう。常識的に考えて。
いや、まぁ他人の趣味趣向にケチをつけるほど俺の器量は狭くないので問題ない。
もっとも――
サソリ女の彼女が人間領で一定以上の人気を得るには、有翼種以上の偏見と迫害を乗り越えないといけないが。
「改めて紹介しますね。こちらはアンドロちゃんです。ずっとわたしの補助をしてくださっていました。超優秀な子で、わたしの仕事をほとんどお任せしていました。ですが、我慢強いところが欠点です。決して泣き言を言わないのは美徳を越えて心配してしまいますわ」
「や、やめてくださいよ、サピエンチェさま」
アンドロは照れるようにハサミをブンブンと振り回した。正直、めちゃくちゃ危ない。どう見ても重く硬そうなハサミは、切断するだけでなく鈍器としても盾としても使っている部位だ。
人間の体など、軽くひしゃげてしまいそうな勢いがある。
怖い。
当たれば即死する。
怖い。
「よろしくお願いします。新しく眷属に加えてもらいました、エラントです」
俺の体は自動的にそう挨拶して頭を下げた。
魔物の文化的に『頭を下げる』というのが合っているのかどうか分からないが、そのあたりは理解しているらしい。
「はい、先ほどは申し訳ありませんでした。もう大丈夫です」
どこかスッキリした表情のアンドロは笑顔で受け入れてくれる。眼鏡もどことなしか曇りが晴れたように紫色の瞳を綺麗に透過していた。
「私はパルヴァスです。よろしくお願いします」
パルの体もそう挨拶したのだが……どうやら握手を求めているらしい。
下の手に。
下の手って言うと、なんかエロいニュアンスがあるな。
分かりやすく言うと、ハサミ。
パルは少し屈むようにして、アンドロの下半身に付いているハサミと握手を求めた。
なにやってんだ、パルの体 。
「……パルヴァスさん、そっちは危ないですよ。握手したことがないので、加減が分かりません。たぶん、人間の手だと簡単にちょん切れます」
「そうですか」
パルの体は素直にうなづいて、上の手と握手した。
「サピエンチェさま、変わった人間を見つけてきたのですね」
「面白いでしょ?」
「はぁ~」
困ったものだ、とアンドロは額に拳を当てて盛大にため息をついた。いつものこと、という感じではあるし、慣れている、という感じでもある。
「それではアンドロちゃんにはこれを」
ルビーは書類の山になっている机の引き出しからナイフを取り出す。攻撃力の高いものではなく、あくまでペーパーナイフのようだが……それでも豪奢で細かい意匠が刻まれており、相当な値打ちものと思わせる物だった。
そんなペーパーナイフを自分の手首にあてると、サクリと切断する。
ギョっとしてしまうような光景だが、幸いにも眷属化している体は微動だにしない。もちろんアンドロも驚くことなく見ていた。
骨ごと切断したような深い傷からは有り得ない量の血液がこぼれてくる。まるでバケツをひっくり返したかのように血があふれるが、それは床に触れる前に空中で停止した。
しゅるり、と音を立てるように血液は糸となる。
それはどこか魔力糸に似ていた。
血液の糸。
真っ赤に染まった糸は自動的に折り重なりあい、一枚の布のようになる。赤色の布かと思ったが、反対側は黒く染まっていた。
赤と黒の表裏一体となった布が血液から編み出された。
「はい、これが領主委任の証です。文句を言ってくる相手も、これを見れば黙るでしょう。わたしの血で編んだマントですから」
バサリと空気を打ち、ルビーは布を――完成したマントをアンドロに装備させてあげた。いつの間にやら胸の前で止める金具まで取りつけてある。
便利だなぁ、吸血鬼。なんでもできるじゃないか。
「あ、ああ、なんと素晴らしい物を! ありがとうございます、サピエンチェさま!」
「ちゃんと休まないとダメだからね、アンドロちゃん。ただでさえ『自殺志願のワーカホリック』と言われているのですから。『オプス・インサヌス(仕事狂い)』の二つ名は名誉ではなく不名誉ですからね」
「分かってます。ちゃんと六時間は寝てますので!」
アンドロは何度もうなづくようにしながら、そう言った。
あ、このサソリ女。
なにも分かってないな。
というか、ルビーの仕事を丸投げされてどうして喜んでいるのかと思えば、そういう性格なのか。
オプス・インサヌス。
仕事狂い。
なんて恐ろしい二つ名なんだ。
日がな一日、なにもしないでベッドの上で怠惰に過ごしていたい。なんて思ったこともある俺なんか瞬殺されそうな気がする。
まぁ、なんにしても本人が嬉しそうなのでいいか。
適材適所、なんて言葉もあるくらいだ。ルビーが領主をやっているより、よっぽど良い領主になってくれるはず。
なにせ、ずっと留守にしていて、これほど書類が溜まっているのに、領土を運営できているのだから。
アンドロがしっかりと運営するとなると、もっと良い領地になるに違いない。今まで滞っていたり保留になっていたものが一気に進むんじゃないかな。
まぁ、魔王領における良い領地の条件など、サッパリと分からないけど。
「それではアンドロちゃん、後は任せましたわ。わたしは少し用事を済ませてまた遊びに行きますので――」
「いやいや、何を言ってるんですかサピエンチェさま。大切な用事があるのは別にいいのですけど、準備は整えておいてくださいね」
「ん?」
「え?」
「そ、そういえば皆さん、なにやら忙しそうに準備をなさってましたね。ちょっとしたパーティでもするんですの? あ、分かりました。誕生日会でしょう。あのエルフのおばあちゃまの誕生日ってそろそろですものね」
「人間のお誕生日会をする魔物がどこにいるんですか、どこに」
「ここにいますわ」
「はぁ~」
アンドロはまた額に拳を当てて盛大にため息を吐いた。
「相変わらず人間が大好きですね、サピエンチェさま」
「アンドロちゃんのことも大好きですわよ?」
「もう飽きたくせに」
「うぐ」
飽きたのか……飽きてしまったんだろうなぁ……
そりゃルビーが悪い。
なんだかアンドロちゃんが可哀想になってきた。
「ほ、ほら、えっと、熟年夫婦みたいなものですわ。エルフのおばあちゃまの旦那さんも、飽きた飽きたと言っていますが、仲良く縁側でひなたぼっこしてるじゃないですか、太陽も出てないのに。あんな感じです。うんうん。愛してますわ、アンドロちゃん」
「はいはい、ありがとうございます。千年の恋も冷める勢いで愛して頂き、ありがとうございます」
ふむ。
完全にルビーの負けのようだ。
「ごめんなさい、わたしが悪かったです。許してくださいアンドロちゃん」
「許します」
「良かった。これで心置きなく遊びに行けます」
「いえ、ですから。今日の夜に四天王会議がありますのでどこにも行かないでください」
「……え?」
なにやら聞きなれない単語だが……
四天王会議?
四天王会議だって?
四天王会議っていうと、もしかして四天王が集まってくるのか!?
ここに!?
「ちょ、ちょっと待ってくださいましアンドロちゃん!? ほ、ホントに四天王会議がありますの!?」
「聞いていたから帰ってきたんじゃないんですかサピエンチェさま」
「偶然ですわ!」
一瞬ルビーに罠にかけられたんじゃないか、とも疑ったが……この反応を見るにルビーも初耳だったようで、あたふたとしている。
「議題は、議題はなんですの? ま、まま、まさかわたしが遊びまわっているので四天王の座を剥奪されるとか……?」
「いえ、緊急の会議みたいで議題についての話は聞いておりません。なんでも乱暴のアスオエィローさまが呼びかけたみたいで、会場は順番通りウチになりました」
「アスオエィローが? それってホントですの?」
間違いありません、とアンドロはうなづいた。
「アスオエィローが発起するだなんて。いつもは会議を面倒だと、話し合いより殴り合いをしようって言っていましたのに、どうしてまた……」
そのアスオエィローっていう四天王は、なんてというか、非常に『っぽい』性格をしているようだ。
魔物らしいと言えばらしいし、四天王っぽいと言えば、っぽい。
話し合いより殴り合い。
分かりやすくていいが……そんな魔物が会議をしようって言うのは、どうにも妙な感じがするのが理解できる。
「どういうことなんでしょう?」
ルビーはそう俺たちに聞いてきたが……
もちろん俺とパルは知っているはずもなく、アンドロも首を横に振った。
しかし――四天王会議か。
四天王。
魔王直属の魔物。
知恵のサピエンチェであるルビーの実力を考えれば、他の三人もまた強大な力を持っているはず。
知識は武器だ。
情報は命と同価値でもある。
四天王。
その種族や実力、また性格や考え方。
特徴だけでもいい、なんなら武器の有無だけでもいい。
勇者に。
あいつに。
それらの情報を渡してやりたい……!
「会議に参加しましょう」
俺の体が、ルビーに告げた。
言いたかった言葉を、俺の体が言ってくれた。
「エラント?」
「会議には参加するべきです、サピエンチェさま」
情報を得るべく。
勇者を助けるべく。
眷属化してしまった俺の体は。
自由な発言すらできなかったはずの俺の体は。
それでも尚。
勇者を助けるために動いてくれたのだった。
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