~卑劣! ゴー・トゥ・アンダーグラウンド~

 四天王会議。

 その言葉だけで、魔王直属の四天王がここに集まってくる、ということが予想された。それは俺にとってチャンスであり、勇者を少しでもサポートできるかもしれない。

 もっとも。

 いまのところ情報を得たとしても、どうやって勇者に伝えるのかは無策ではあるが。まぁ、なんとでもなるはずだ。お金さえあれば高額な『メッセージの巻物』でもいいし、転移の腕輪が完成すれば、それこそ勇者に追いつけるはず。

 最悪、パルを勇者に合流させた時になってしまうだろうが、それでも充分だ。

 といっても、パルの経験値はまだまだ足りない。もっともっと後になってしまうだろうし、どうやって合流させるのかも未知数。

 なんとも行き当たりばったりな方法ではあるが、あせっても仕方がない。光の精霊女王ラビアンさまの方策に従って、ゆっくり確実かつ着実にパルを育てよう。

 しかし、それでも。

 四天王の情報が一気に手に入るのだ。

 会議に参加しない理由が無い。


「分かりました。エラントがそこまで言うのでしたら、きっちり参加しましょう」


 俺が勇者パーティである事実はルビーには伝えていない。俺が眷属化している状態で参加をうながした意図をルビーには察せるはずもないのだが。

 それでもルビーは、会議に参加することを了承してくれた。


「では、アンドロちゃん。後は任せましたね」

「はい! お任せくださいサピエンチェさま!」


 アンドロは元気良くうなづくと、サソリの足を器用に立たせて、椅子に座る。いや、座るというか、椅子の上に立つと表現するべきか、ちょっと難しい。

 とにかくアンドロは書類の整理から始めるらしく、上半身の腕だけでなくサソリのハサミではない足も使って、書類の山を崩しにかかった。


「ふふ、ふふふ。ようやくです。ようやくサピエンチェさまの部屋を掃除できる日が来ましたわ!」


 あぁ、そっち? いや、掃除という言葉にはいろいろと意味合いが含まれているからな。邪魔な貴族を掃除しておく、なんて使い方もできるくらいだ。

 言葉通りに受け取るのはやめておこう。

 ……ところで思ってはいけないことを思ってしまったのだが。

 アンドロさんって、下半身は全裸なのでは?

 サソリの毒針が付いているしっぽがあるってことは、あの辺りがお尻なわけで。ということはやっぱり、下半身が剥き出しになっているのでは?

 う~む。

 魔物の羞恥心は分からん。

 ゴブリンなんかでも下半身は布をまとっていることが多いし、女性型が多いハーピーなんかは胸やあそこは羽毛で隠れている。

 アンドロも上半身は人間のような服を着ていて、ちゃんと胸は隠しているので人間と同じような羞恥心を持っていると思われるのだが……

 う~ん?

 それを考慮すると、もしかしてサソリ部分に性器は付いてないのか?

 じゃぁ、どこに付いてるんだ?

 お腹とか腰とか?

 おへそのあたりに付いていたりする可能性もあるのか?

 あぁ。

 あぁ~。

 あぁ、観察したい! 情報を収集しておきたい! 明らかに戦闘タイプではないアンドロがそれなりの強さを持っていたのだ。これで戦闘ができるサソリ女と出会った場合の実力や弱点を看破しておきたい!

 あぁ、くれぐれも言っておく。えっちな意味で探っていたんじゃないからね! 性器ってそもそも急所なので。一撃で内臓に届く場所は覚えておいて損はない。


「ここはアンドロちゃんに任せるとして。エラント、パルヴァス、こっちです。付いてきてください」

「はい」


 残念。

 アンドロを盗賊スキル『みやぶる』で看破する前にルビーが俺の体を連れていってしまった。

 呼ばれたのは隣の部屋に続く扉。どうやら部屋の中からでも移動できるらしい。

 隣の部屋は寝室になっており、大きな天蓋付きのベッドが設置されていた。

 吸血鬼と言えば地下で棺の中で眠っているイメージだが……現実は、お姫様のようなベッドで眠っているようだ。

 さすがに寝室まで書類の山は進出しておらず、スッキリとしたシンプルな部屋なのだが……しばらく使っていないせいか埃っぽい。

 寝室ゆえか、主の不在にあまり入りにくい場所でもあるため、掃除をしていないようだ。

 そんな埃っぽい部屋の中で、ルビーは這いつくばるようにベッドの下に手を伸ばした。

 なにをやってるんだ!? と驚いたのも束の間、ベッドの下から箱を引っ張り出すルビー。

 手のひらに乗るくらいの小箱で、色は黒い。ベッドの下を覗いた程度では認識できないくらいに溶け込んでいる。

 ルビーは自分の影の中に手を沈め、真っ黒で小さな鍵を取り出した。いま創り出したのか、それとも影の中にしまってあったのかは分からない。

 その鍵で小箱を開けると、中にはこれまた小さな金色と銀色の鍵のふたつが入っていた。


「宝物庫の鍵です。銀色が地下への入口の鍵で、金色が宝物庫の鍵です。ナイショですよ?」


 なるほど。

 まぁ、残念ながら情報を漏らせるような友達もいないので秘密は守れそうだ。

 いや待てよ。

 神官と賢者にワザと情報を流し、ワナにハメる……いやいやいや。あいつらの狙いは勇者であり、名誉とか栄誉とか宝石に心が奪われるような愚者ではない。

 仕方がない。

 ルビーのナイショは守るしかなさそうだ。


「会議が始まる前にさっさと目的を果たしましょう」


 夜までまだ時間があるので、無為に過ごす必要はない。

 当初の目的である宝物庫の探索を初めてしまおう、ということだ。

 ルビーの後に続いて、直接廊下へと出る。

 アンドロはバリバリと仕事をしているらしく、逆に好都合というもの。それはお城で働く他の者にも言えた。

 なにせ、ルビーにかまっているヒマが無いほどに忙しそうなので自由に行動できそうだ。

 螺旋階段を降りて、再び一階へと移動する。

 地下への入口は螺旋階段のすぐ近くにあり、なんの装飾も無いシンプルな扉だった。

 ルビーが銀色の鍵で扉を開くと、すぐに地下へと続く階段が見える。明かりは無いらしく、深さは分からなかった。

 俺とパルが階段に足を踏み入れると、扉は自動的に閉まる。一階の明かりが完全に遮断され、足元はおろか前を歩くルビーの姿さえ視認できないほどになってしまった。

 それでも、俺の体は自然と階段を降りる。

 盗賊で培った経験からか、それとも眷属化されている影響なのか。パルが平気で付いてきているのを考えるに、眷属化の影響が大きいのかもしれない。

 たぶん、今ごろ心の中でパルはぎゃぁぎゃぁ騒いでいるだろう。真っ暗な中で階段を手探りでもない状態で降りるなんて、正気の沙汰じゃないのは確かなのだから。

 コツンコツン、と足音だけが響く真っ暗な階段。

 何も見えないまましばらく階段を降り続けると、おぼろげな感覚で平面になったのが分かった。どうやら階段はそのまま廊下に続いていたらしい。

 廊下もやはり真っ暗でなにも見えなかった。

 夜と闇に生きる吸血鬼には照明は必要ないのだろう。ルビーはそのまま明かりも付けずに進んでいく。

 地下の廊下なのか部屋なのか、そこを歩き進み、右に一度曲がり、左に一度曲がったところでルビーは止まった。


「ここが宝物庫ですわ」


 声の反響具合から、たぶん振り返って説明してくれたんだと思うが……申し訳ないが何も見えていない。明かりがゼロなのだから、どんなに『夜目』のスキル技術が高かろうが見ることは不可能だろう。

 ガチャリ、と物々しい音が響き、宝物庫の鍵が開く。

 ズズズ、という重い扉の開く音が聞こえ、ルビーが中に入った。もちろん俺とパルの体も中へと入る。

 そして再びズズズ、という音と共に扉が閉まった。


「ここなら大丈夫ですわね」

「お」


 どうやら眷属化を解除してくれたらしい――


「うわあああ、ひぃぃいぃぃ!?」


 ――と、思ったらパルが大変だった。


「ぎゃあああああ、くらいいいい!? 見えない、見えないよぉ!?」


 わたわたと手を動かしているのが分かる。


「ほれ、ここだパル。掴まれ」

「し、しし、師匠! あぁ、良かった、もうぜったい離さないです」


 腕に捕まったと思ったら、そのまま抱き着いてくるパル。まるでよじ登るようにして足すらも絡ませてきた。

 仕方がないのでそのまま抱っこしてやる。

 夜闇を恐れるような素振りは今まで見せなかったのだが……やっぱり精神的には少し弱っているのかもしれないな。

 ちょっと強めに抱っこしてやるか。


「むふ」


 ぎゅっと力を込めると、嬉しそうな声が聞こえた。

 まったく。

 現金な娘だな。


「ルビー、明かりは無いのか? 申し訳ないがぜんぜん見えてないんだ。このままじゃ、ルビーの愛らしい顔も見えない」

「あら。すっかり失念してましたわ。わたしの顔が見えないのでしたらやる気も下がるというもの」


 ルビーは少し移動したようで、なにかをしている。

 すると、すぐに天井付近がボヤっと明るくなった。


「ふふ。これで師匠さんのやる気も出るし、パルが師匠さんに甘える理由もなくなりましたね」


 ちぇ、と言いながらパルは俺にしがみついていたのをやめて床に降りる。

 明かりは、おそらくドワーフのトンネルで見た魔石と同じ物。弱い明かりではあるが、宝物庫全体を照らすには充分な明かりが確保された。


「おぉ~、すごい……これ、全部ルビーの物?」


 ようやく全体像が見えた部屋の中を見渡してパルが感嘆の声をあげた。


「えぇ、そうですわ」


 宝物庫。

 その名にふさわしいほどに。

 いろいろアイテムが雑多に散らばっているのだった。

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