~卑劣! ムチムチの上半身にギチギチの下半身~

 吸血鬼の城。

 その言葉を聞けば、薄暗くもおどろおどろしいイメージを抱くが……


「ようこそ、エラント、パルヴァス。ここがわたしの実家です」


 ルビーに実家と紹介されてしまったら、なにかこう、安っぽい物に感じられてしまうのは俺だけだろうか。

 実質、お城の中は薄暗いものの、そこまで恐ろしい感じではなかった。もちろん、実家という雰囲気ではないのは確かだけど。

 入口の大きな扉の先には、真正面に二階に登る階段があり、それが左右に分かれていた。ふかふかの真っ赤なカーペットが一直線に続き、階段の手前には彫像のように全身甲冑が立っている。

 盾と剣を持つ甲冑だが、あれもまたガーゴイルと同じような魔物なのかもしれない。

 しかし、確認する術はなく、俺の視点は相変わらずルビーに固定されてしまっている。

 それでも、自由にならない視線で確認できただけでも一階に扉が四つ、二階にも同じだけあり、合計八つの部屋があるのを視認できた。

 恐らく階段の奥にも廊下は続いており、外から見た感じでは少なくとも三階はあるはずだ。


「んふふ~、どうですかなかなか立派なお城でしょう」


 と、自慢そうにルビーは胸を張るのだが、お城の中に彼女の声は響かない。

 なにせ――


「そちらの準備は? こっちは問題ありませんので。あぁ、少し待ってください、これを」

「はい、ただいま! あ、料理は準備できそうですか? えぇ、少し遅れていますので気を付けてください」

「あれ、警備の予定はどうでしたっけ?」

「それは向こうに確認を。わたしは下で確認してきますのでよろしくお願いします!」

「はい! あぁ、入口近くで立ち止まらないでください! 邪魔です!」


 と、俺たちはあれよあれよとすみっこに追いやられてしまった。

 なんだろう。

 凄く忙しそうだ。

 働いているのは魔物たちなのだが、人間も混じっていた。雰囲気的には人間も魔物も対等に働いている。

 男女関係なく、魔物も人間も関係なく、ピシっと整った黒の衣服に身をまとっており、全ての種族がやり手の商人にも思えた。

 いやでも、しかし――


「ホントにここ、ルビーの城なのか?」


 という言葉を言いたかったのだが、果たして眷属化している俺の口は動かなかった。視線で訴えることもできなかった。

 果たして。

 果たして主を邪魔者扱いできるお城など存在できるのだろうか?

 人間領だと殺されても文句の言えない所業だぞ、これ。


「い、忙しそうですわね……みんな。あ、わたしの部屋に案内しますね。邪魔になるといけないので……あれぇ……?」


 ルビーは首を傾げながらすみっこを歩いていく。俺の体はそれに付いていくしかなく、状況を観察できなかったが……どうやら想定外のことが起きているようだ。

 階段横に奥に向かう廊下があり、そこを歩いていくと、厨房らしき部屋があった。そこでも何やら慌ただしく料理の準備のようなことをしているようで、ガチャガチャとフライパンや食器の音が聞こえてくる。


「パーティでもあるのでしょうか……あの~、なにかつまめる物でもあります?」

「いま忙しいので!」

「あ、はい」


 見習いさんっぽいコックの少年にどなられて、ルビーはしゅんと厨房から出てきた。

 吸血鬼、ショボイなぁ……というか、認識されてないよな、これ。

 どうやら相当に忙しいらしい。


「よしよし」


 気が付けば、俺とパルはルビーの頭を撫でていた。

 相当に同情してしまったらしい。

 眷属ですら、ルビーをかわいそう、と思ってしまうほどだ。


「うぅ、誰かに乗っ取られたのでしょうか。もしや、魔王さまによって四天王の地位を剥奪されたとか? 今日は別のどなかたが新しい知恵のサピエンチェとなるのでしょうか」

「――その可能性は薄いでしょう。下の街ではサピエンチェさまを無視する者はいませんでしたので」


 俺が勝手にそんなことを言った。

 確かに、そう思ったので、そう話すことは問題ないのだが……やはり、なんとも奇妙な感覚だ。


「そ、そうですわね。とりあえずわたしの部屋に案内します。さっさと用事を終わらせて帰りましょう」


 帰る、とルビーが自然に言ったのが、なんとも嬉しいような少し心配なような気がしたが。

 それを指摘するつもりがない眷属の俺は黙ってルビーに付いていった。

 厨房を越えて、少し進んだ廊下の先を曲がると螺旋階段が見えた。黒の柵に赤い絨毯が栄えるようで、細かに施されている花の彫刻が豪華さを演出している。


「自慢の螺旋階段ですわ」


 ルビーに続いて、ぐるぐると螺旋階段を登っていく。登った段数から考えて三階にまで一気に登ってきたはずだ。

 三階へ到着してすぐの大きな扉。

 そこを遠慮なくルビーが開けると、閉まらないように押さえたまま俺とパルを招き入れてくれた。


「ここがわたしの自室です……わぁ……」


 ですわ、なのか、『わぁ』と驚いたのか。どちらか判別できなかったが、まぁ驚いたことは確かなのだろう。

 部屋の中には書類の山が溜まっていた。

 まるで学園長がいる中央樹の根本のように、それこそ本が重ねて置いてあるが如く、書類の山が部屋の中にいくつも形成されていた。

 それも奥にある机の上には殊更に高く紙の束が積み上がっており、主の不在をこれでもかと抗議しているようにも思えた。

 広々とした良い部屋なのだろうが……いまはそれが台無しになるほどに明確に種類の山が作られている。

 しかし、アレだな。

 魔物の世界でも、仕事は普通に紙で報告されたりするんだな。というか、こんなにも書類が溜まるほど活発に報告することがあるのか。すげぇな、魔物。

 人間種よりよっぽど働いてるんじゃないか?


「これは……アレですわね……さっさと逃げたほうが良さそうですわ」


 逃げるって言ったな、この領主。

 これは仕事が多いのではなく。アレだ、発想の逆転だ。まったく仕事をしていないから、これだけ書類が溜まってしまっていると思ったほうがいい。

 良く見れば机の上の書類なんか若干風化してるようにも思えた。相当な年月、そこに留まっているらしい。

 なにが退屈だった、だ。

 仕事があるっていうのに逃げ出したようにしか見えなくなったぞ、この堕落吸血鬼め。

 なんて思っていると、背後でガチャリと扉が開いた。

 ノックもせずに遠慮なく誰かが入ってきたらしい。


「む……何者です? ここは主の部屋です。みだりに人間が入って良い場所では……って、サピエンチェさま!」


 部屋に入ってきたのは、見たこともない魔物だった。

 低身長な人間なのかと思ったが違う。

 下半身がまるごとサソリのようになっていた。女郎蜘蛛やアラクネと呼ばれる下半身がクモになっている魔物は知っているが、サソリの下半身を持つ魔物がいるなんて初めて知った。

 一番前の足はハサミになっていて、器用にも紙の束を持っている。ワシャワシャと動く足に加えて、背後には毒の針を持つしっぽが鎌首をあげるように逆立っていた。

 そんな下半身の上に人間の女性の上半身が付いている。

 紫色の長い髪に眼鏡をかけた大人しそうな女性であり、着ている服がピンと伸びてしまうほど胸は大きく豊満さが見て取れた。

 ムチムチの上半身に対して、昆虫めいた下半身がギチギチと動いている。

 いやぁ……

 人間の感覚で見ると奇妙なほどアンバランスな姿をしているので、彼女を美しいと表現していいのか醜いと表現していいのか、サッパリと分からない。

 そんなサソリ女は奥の扉から逃げ出そうとしたルビーを目ざとく発見したらしい。


「ア、アンドロちゃん。ひ、久しぶり」

「さすがサピエンチェさまです。信じていました!」

「は、はぁ……」


 なにが? という表情で俺を見られても困る。

 俺が答えを知っているわけがない。


「みんな忙しそうなので、わたしは邪魔しないようにすぐに出ていくので。アンドロちゃんに任せっきりでごめんね」

「そんな気にしないでください。今日、この日だけでも帰ってきてくださったのです。みんな疑っていました。サピエンチェさまはもう二度と帰ってこないのではないか、って。もう他に楽しいことを見つけてしまったんじゃないか、って。それでも、それでも私は帰ってきてくださると信じてましたので!」

「あ、あはは……そうなんですのね」


 偶然です、なんて言えるはずもなく、ちょっと用事があって戻ってきただけ、とも言えないのでルビーは曖昧にうなづくばかりだった。

 この吸血鬼、そのうち部下の信頼を全て失って身を滅ぼしそうだなぁ。

 領主としては、それがこの街のためになる気がしてしょうがないけど。この部屋の惨状を見るにさっさと滅んでくれたほうが領民の為にもなる。

 そう思ってしまった眷属を許して欲しい。もちろん、顔にも態度にも言葉にも、一切出ないので安心だ。便利だなぁ、眷属化。


「ところでこの人間はどうしたのですか? 眷属化しているようですが」

「さ、最近見つけてきた良いオモチャです。なかなか強いんでしてよ。こちらがエラントで、こっちがパルヴァスです」

「エラント(彼らはさまよう)にパルヴァス(小さい)……ふざけた名前ですね」

「いやいや、そんなことはありませ――」


 突然にサソリ女、アンドロの毒針しっぽが俺へ向かって高速で伸びてきた。

 油断はしていなかった。

 しかし、殺気も感じず視線すら向いていない攻撃に反応できたのは、眷属化しているお陰だったかもしれない。

 毒針の先端を投げナイフの腹で受け止め、後ろへ後退する。同時に机の上にあった紙の山を崩しながらもロウソクを立てる燭台を手にして魔力糸を巻きつけた。

 それを投げつけるが、アンドロのハサミが燭台もろとも魔力糸を切断する。

 舌打ちしたいが、眷属化の体が許さない。

 一呼吸も入れることなく、投げナイフを投擲してこちらへ注意を向けた。それもハサミで防御されるが、同時に毒針のしっぽが伸びてくる。

 硬い上に速い!

 しっぽの毒針をジャンプで避けると、不安定の紙の山に着地する。そのまま、サソリ女に向かって倒れるようにと、書類を倒した。

 舞い上がる紙。

 その中で、サソリ女の視線がギラリと俺を射貫いた。

 よし!

 勝った!


「ッ!?」


 そう、後はパルが――シャイン・ダガーをアンドロの首筋に沿えた。

 しかし――

 パルの動きがビタリと止まる。

 パルの首の裏には、すでにアンドロの毒針が寸止め状態となっていた。

 相打ちを狙える状態。

 ならば俺が――


「いい加減になさい!」


 ルビーの声に、俺とパルの体は硬直するように『気を付け』をした。眷属化をフル制御させられたように、体がまったく動かなくなる。

 いや、さっきは行動と思考が一致していただけか。

 改めて、体と思考が乖離した状態となった。

 それはアンドロも同じだったようで、ビリビリと震えるように『気を付け』をしている。もっとも、サソリの下半身になにをもって『気を付け』なのか分からないが。


「アンドロ、わたしのオモチャを壊すつもりですの? エラント、パルヴァス、わたしの大事な部下を殺すつもりですか?」


 言い訳は……できなかった。

 俺の体もパルも、なにも言わなかった。


「ご、ごめんなさいサピエンチェさま」


 その代わり、サソリ女のアンドロが謝ってくれた。


「言い訳ではなく理由を教えてアンドロちゃん。ちゃんと話してくれれば理解します。どうして急に襲い掛かったの?」

「お、怒りませんか?」

「わたしはもう怒っています。アンドロちゃんはそんな暴力的な子じゃないから全面的に任せたのに。わたしがいない間に暴力を覚えたのですか?」

「ち、違います」


 ではどうして、とルビーは聞いた。

 アンドロは少し迷うそぶりを見せたが、すぐにルビーを見て答えた。


「嫉妬と苛立ち。です。たぶん」

「はぁ……嫉妬ですか」

「はい。サピエンチェさまが遊んでいる原因がこの人間たちだ、と思うとイライラしますし、そんなサピエンチェさまが羨ましくも思えたので、嫉妬です」

「全部、わたしへの恨みじゃないですか」


 ルビーはがっくりと肩を落とした。

 そりゃまぁ、この部屋の状態を見ると、恨みが爆発するのも仕方がない。その上で、オモチャを楽しそうに紹介されれば、破壊したくなるのも当然か。


「ごめんなさい、アンドロちゃん」

「いえ、私こそごめんなさい。サピエンチェさまの大切な物を壊すところでした」

「……分かりました。そうですね、決めました。決心しましたわ」


 ルビーは大きく息をつき、部屋の中でぐちゃぐちゃになってしまった書類を見渡してうなづくように言った。


「わたしは四天王と呼ばれるだけで良いので、領主の仕事はアンドロちゃんに全て委任します。ぜんぶ任せました」


 うわ、全部放り投げたぞ、こいつ。

 大丈夫か?

 余計にキレるんじゃないか?

 と、思ったが――


「ほ、ホントですかサピエンチェさま!」

「わたし、嘘は言いませんわ。アンドロちゃんをここまで追い詰めてしまったのはわたしのせいですもの。これからは、わたしに遠慮することなく存分に働いてくださいませ。全てあなたの思い通りでいいですからね。いちいちわたしに確認も許可もいりません。この街を、この領地をアンドロちゃんの好きなように政治をしてください。もっとも――それは、今までと代わりありませんが。ですがわたしのことは気にしないでください。アンドロちゃんの決定はわたしの決定と同じとします」

「あぁ、ああ、あああ、ありがとうございますぅ!」


 なんで?

 面倒ごとを押し付けられたのに、なんでアンドロちゃんが泣いて喜ぶの?

 ちょっと魔物の世界って分かんないです。

 いやぁ。

 やっぱ人類は魔物と共存できないんじゃないのか。

 改めてそう思いました。

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